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楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十七歳篇 両極のもの(三)
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148 姫君たちの就寝

 相変わらずよね、貴女たち。

 そんな呆れを聞き流し、室内履きを脱いだエウルナリアはいそいそと大きな寝台に登った。ぽふ、ぽふと隣を叩く。


「早く早く。サーラは? 中身、ご存じないんですか?」


「読むわけないでしょ。でも、『一緒になら構いません』って言質はとってあるわ。あの子、いつになったらちゃんと女の子になるのかしら……」


 ぴらり、と(ロウ)で封がなされた手紙を閃かせる。レインが来る少し前、卓上に置いておいたのだ。



 エウルナリアが座する寝台の中央まではやや遠い。

 ゼノサーラは裸足になり、寝具をめくったあと中へと滑り込んだ。「貴女も入んなさいよ。部屋の明かり落として。こっちの灯りだけで充分読めるわ」と、枕元の装飾的なランタンを指差した。

 勧めに従い、黒髪の少女は速やかに就寝の準備を終える。もそもそと同じように入り込んだ。


「えっと……」


 仰向けで手紙を受け取り、そのまま開封。ぴったりと寄り添った姫君達は天井を背景に、揃って几帳面な文字列を黙読した。




“――元気? エルゥ。互いの都合でゆっくり会えなかったのは寂しいけど、きみが無事でよかった。これを読めてるってことは、今も無事ってことだよね。そのまま帰って来てくれると信じてる。


 将軍上がりは、あれからどう? エルゥのことだ。最終的には『お友だち』になってても、私は一向に驚かない。セフュラのジュード王には良いライバルが出来たよね。……あぁ。レインやグラン、殿下方もか。


 殿下つながりで一つだけ。


 皇太子のノエル殿下から便りが届いた。多分皇宮よりも早いはず。白夜(びゃくや)国の宮廷に鷹使いが下働きとして入り込んでたって。各地に潜り込んだ鷹使いと連携して、きな臭い狼煙(のろし)を上げられないか画策してたらしい。中央に不満を抱える地方の大領主、二人くらい”


「……『一応、芽は潰した』――……か。兄上ったら、意外にロゼルと仲いいわよね。留学前から知己だったそうだけど」


 読み終え、ほぅぅ……とため息をついたゼノサーラは、感嘆を込めて呟いた。

 まじまじと文面を再読していたエウルナリアは相槌を打つ。


「本当に。その頃から季節の(ふみ)を交わしていたそうです。情報網の広さと強さは流石(さすが)キーラ家ですね」



 かさり、と折り畳む。

 手早く元通りに仕舞うと、枕の下に差し込んだ。


「キーラ家ねぇ。当主のイヴァンも、今は確か白夜よ。その……、不穏な領主? 辺りに招かれてたりして」


「あり得そうです」



 ――――皆、できる最善を尽くして戦火を未然に防いでいる。そのことに支えられていたし、これからは支える側となるのだと眠気が吹っ飛んだ。

 高揚に、エウルナリアは青い瞳を輝かせる。

 ふと寝台が軋んだ。


「じゃあ、本番ね」


「本番……?」


 うつ伏せとなり、可愛らしく枕を抱き締めた皇女が愉しげに親友を眺める。くすくすと笑っていた。


「さ。洗いざらい吐きなさい。実際のところディレイ殿はどうなの? 英雄? 戦上手? 血も涙もない悪鬼漢? ほぼほぼ貴女のためだけにアルトナ以東を攻めようとした奴だもの。()()()あったんじゃないの? あの男が、自分から手のひらに乗っかった貴女に何もしないとは思えない。わざわざサングリード聖教会の誘致にかこつけて、レガート(うち)にまで足を運ぶんだから」


「え、あぁぁ……あの……サーラ? 待って。その、近いです落ち着いて」


 さらり、とランタンの灯りを受けて滑らかに輝く銀の髪が(とばり)のように顔の横に落ちてくる。頬を撫でられ、いやいやいやいや、ちょっと待ってと内心焦った。


 こういうのは、何となく危ない気がする。


「サーラ……しばらくお会いしないうちに、いっそう積極的になられましたね。対象が私なのは、いいのか悪いのか……」


「いいに決まってるでしょ」


 ふふ、と笑み細められる紅のまなざしは悪戯っぽく、彼女の双子の兄王子を彷彿とさせた。


 第三皇子シュナーゼン。


 かれはどうしてるんだろう? と、ふと気になった。

 問うてみると、つまらなさそうに体を離した皇女が淡々と答える。


「あの馬鹿はねぇ、不真面目だった一、二学年の取りこぼし単位を特別カリキュラムで消化してるとこ。信じられる? 一般教養よ。山と積んだ教科書(テキスト)を前に、『僕が! ウィズルに行きたかったのに!!!』とかほざいてたから、出立前に存分に自慢してやったわ。泣いてた」


「……そうですか……」


 目に浮かぶ、この場にはいない我が道をゆく自国(レガート)の秘蔵っ子殿下。

 気の毒ではあるが、かれの行く末を思うと悲愴さの影は微塵もない。本人は泣いていたとしても、周囲はさぞかし明るかったろう。



 得難いひと達。心強いひと達。

 それぞれの立場で、出来ることを全うしている。



 ――かれらを守れたという安堵に、改めて身を委ねながら。


「あっ……こら、エルゥずるい」


 すぅぅ、と。

 健やかな寝息を立てはじめた少女を起こせるほど、皇女は容赦なく振る舞えなかった。



 ランタンの灯りを消すと訪れる蒼い闇。

 もう、時刻は深夜だろうか。

 ゼノサーラもやがて、冴えざえと差し入る月の光を弾いて寝具の上に流れる黒髪を。真珠のようにやわらかな光輝をたたえる額に散らばる前髪を整えてやったあと。

 みずからも、ぼふんと枕に沈み込んだ。



 ――――おやすみ、エルゥ。





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