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楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十七歳篇 両極のもの(三)
145/244

145 念には念を?

 語り終えると、陽はかなり移動していた。窓から差す光の角度が、やや深い。時刻は午後四時前。

(すっかり話し込んじゃった……)



 コンコン、と扉を叩く音がしたのはその時だった。「はい」とレインが立ち上がり、応対に向かう。訪れたのは迎賓館のメイドだった。


「ご歓談中、申し訳ありません。城からお越しのお客人に伝言(メッセージ)が」


「承ります」


 ごく短いやり取りのあと、再び扉が閉まる。

 (きびす)を返したレインは手に持った白い封筒をエウルナリアの元へと運んだ。


 何げなく受けとり、開封する。

 差し出しはヨシュアだったが、書面はとてもディレイ(かれ)らしい簡潔なものだった。

 微妙な顔色を読みとってか、対面の席からゼノサーラがわくわくと身を乗り出す。


「何て? エルゥ」


 エウルナリアは、ほんのり苦笑した。


「……そんな、色っぽい中身じゃありません。このまま私達は迎賓館に泊まるようにと。“ただし迎えの人員と馬車は寄越す。乗らずに(から)で帰せ”と。三人の衣装をそれまでに脱いでおくこと、ともありますね」


「? なぜ?」


 きょとん、と目を瞬く皇女。代わりに兄皇子が口をひらいた。


「囮かな」


「おそらく」


 こっくりと頷く。ちゃっかりエウルナリアの隣に腰を降ろしたレインが続きを引き継いだ。


「例の襲撃事件の首謀者が行方知れずなこともあり、城は警戒を強めています。

 ディレイ王の政策変換――穏健方面への(かじ)とりですね。これを快く思わない一派は、王がレガートやサングリードと接近するのを喜ばないと。

 警護の固い迎賓館(ここ)よりは、移動中が狙われると踏んでのことでしょう」


「なるほど」


 ――代わりの人員。

 危険はないんだろうか。瞬間、そんな心配もふと浮かんだが、エウルナリアはふるふると(かぶり)を振った。


 自分がやるべきこと。背負える範疇を()()は軽く越えている。

 いま優先させるべきは、せっかく風向きの変わった和議への道筋を繋ぐこと。途絶えさせないことだった。


 ゆえに、きっぱりと述べる。


「ご厄介になります。レイン、この封書を執事どのに。……多分、最初の初老の方だと思う。あちらにも連絡は行っているでしょうけど、互いに文面の裏は取ったほうがいいわ」


「は」


「――待って。内通の危惧がそれほど?」


 アルユシッドは片手を挙げ、若干語気をつよめた。エウルナリアは目線でわずかに肯定する。


「念には念を。どこかからは漏れている気がするんです。殿下がたの安全を最優先に、私も動きたいですし」


「それはそれで複雑だけど……しょうがないね。わかった。サーラ?」


「はい」


「今後、この館でもあちらの城でも。当たり前だけど単独行動は慎みなさい。エルゥと相部屋にしてもらおう。私も、かれらと同じ部屋にしてもらう。できれば全員、続き部屋が望ましい」


「うっそだろ……皇族と、相部屋……」

「グラン。出てますよ心の声」


 何かが著しくショックだったらしい赤髪の騎士に、アルユシッドは微笑んだ。


「敵地での警護と思えばいい。寝台も用意してもらうから無駄に気は張らないで。身体は休めるように。

 ……エルゥ。王との会談は明日だったね、一緒に立ち合う?」


「宜しいんですか」


 真っ青な瞳を丸くした姫君に、司祭でもある皇子は表情を和らげた。


「もちろん。ディレイ王以外の重臣達にも、きみの立場はきちんと把握させるべきだと判断した。王妃に望むにしても、敷居は高くしておくに越したことはない」


「牽制……」


 ぼそっ、とレインが呟く。くすくすと姫君は笑った。


「ご配慮いたみいります。殿下」


「『殿下』は無しだと、さんざん弟妹達から言われてるだろう?」


 心外、と言わんばかりの美貌に、エウルナリアはさらに笑みを深くする。

 ゆったりと、泰然と。隙なくうつくしい。それは、いわば『外向き』の顔だった。


「練習ですわ殿下。うっかり『ユシッド様』とお呼びしては、かれらに要らぬ警戒心を起こさせそうなので。出来るだけ摩擦は減らしたいんです。こう見えても」


「ふふふっ! そうそう。あやうく戦の原因になりかねたものね?」


「うっ」


 ゼノサーラによって的確に痛点を突かれた姫君は短く呻いた。

 ころころと、皇女は母親譲りの朗らかさで声を立てて笑う。「どいて、レイン」と従者を退かし、みずからが親友の隣に収まった。そのまま、ぎゅっと横抱きにする。


「~~最高! わからなくはないわ、取り合いになるの。そうそう、キーラ家のロゼルから手紙を預かってるの。あとで二人で読みましょ」


「! え、ロゼル? 嬉しい! ありがとうございますサーラ」


「ほどほどにね。夜更かしはだめだよ」


 途端に華やぐ空気に、はぁい、と言葉半分の返事の皇女。やれやれと兄は顔をしかめた。



「――じゃ、俺らは執事どのと話してきます。行こーぜレイン。付き合う」


「ありがとうございます」


 抜け目のない幼馴染み達は一礼を残し、とりあえずの職務に向かった。





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