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楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十六歳篇 成人後の日々
14/244

14 アンサンブル・レッスン(前)

音楽回になります。マニアックかな…

「はい、もう一回。今度は小節番号35から42まで、シュナ様だけ」


「はーい。姫君」


 カ、コ、コ、コ、コ、コ……と、速いテンポ。指揮棒(タクト)で目の前の譜面台の右端を軽く打ち、正確に刻む。

 拍子は八分の六。三拍子よりも更に細かく、独特のリズムの揺らぎがある。

 仮にも楽士伯家の娘。どんなテンポ、リズムにも対応できる自信はあるが――


 ザザンッ!


 エウルナリアが刻む八分の六拍子にすんなりと乗り、軽やかな装飾部音符をともなう小太鼓(スネアー)の一音があざやかに響いた。


 そのあとに続く、複雑で小刻みな十六分音符系や六連符系のフレーズも、難なく銀髪の皇子は手元から生み出してゆく。正確で適度なアクセントは冷静且つキレがいい。普段は軽薄な印象だが、叩き出す音色は意外にもきっぱりと潔いものだった。


 躍動感を秘めつつ、流れるように優雅に――しかし、徹底して揺るがない一本の線に貫かれている。

 面が一つしかない小太鼓(スネアー)でこうも多彩な音が出せるのかと、耳を傾けながらエウルナリアは舌を巻く。


 打楽器譜には五線譜があまり必要ない。鍵盤やティンパニなど音階を扱うなら別だが、小太鼓(スネアー)大太鼓(ベースドラム)などは基本的に一本の線さえあれば事足りる。

 そのことをまざまざと実感する。


 シュナーゼン皇子は星紅玉(スタールビー)の瞳をきらきらと輝かせ、とても楽しそうだ。


 “楽譜を埋める音符が複雑で、困難であればあるほど燃えるのが打楽器奏者(パーカッショニスト)(さが)なんだよ。もう、堪らなく好きなんだ……特に、スネアーが”


 ―――とは、確か去年言われた気がする。その時のかれは、楽器そっちのけでエウルナリアの指先を手に取り、にっこり笑っていたが……


 楽器の表面(ヘッド)、胴内部の空洞、裏面の繊細な響き線(ガット)を鳴らした、芯の通った素晴らしい独奏(ソロ)

 二本の細い木のスティックを自在に操り、完璧な八小節間を刻んで魅せた奏者は、黒髪の歌姫にちらりと視線を流す。


 すっと伸びた背筋。立ち姿が綺麗だ。

 エウルナリアはしばし音の余韻に酔い、頬を赤らめた。いい音は、やはりいい。


「どうだった? エルゥ。どこか直す?」


 にこにこと問いかけるシュナーゼンは、ご機嫌だ。演奏の内容はもちろん、黒髪の可憐な音楽監督の反応が芳しかったからだろう。疑問型ではあったが、自信満々である。


 エウルナリアは、ふるふると(かぶり)を振った。青い目がにこやかに細められる。


「いいえ、大丈夫ですシュナ様。すごく素敵でした。えぇと…じゃあ、グラン。スネアーの独奏のあと、43小節目からの独奏を。その前の()()()()、1.5拍前からどうぞ」


「了解、エルゥ」


 再び、譜面台を打つ指揮棒の音―――今は、音楽棟の四階研究室を借りきっての室内多重奏(アンサンブル)のレッスン。ちょっとしたサロンを兼ねるこの部屋は、居心地がよい。


 西に面して大きな硝子窓が嵌め込まれ、壁は防音素材。床は絨毯なので音が吸い込まれるが、余計な響きもかき消されるため、ごまかしは一切利かない。初期の練習や音合わせに適した場所でもある。


 グランが目を半ば伏せて、金色のトランペットを構える。微かな息を吸う音―――

 滑らかな上昇音が鼓膜を撫でた。

 高く速い風が身を突き抜けてゆくような錯覚に陥る。そのくせ、柔らかくキラキラして切ない。


 ……かれは、本当に深い音色の奏者になった。


 エウルナリアは楽譜を目で追いながら、張りつめたような緊張感とともに全神経を研ぎ澄ませ、一音たりとも逃さないと集中していたが――

 ふと。


 (良かったのかな。私、グランに『皇国楽士になろう』って勧めて…)


 忘我の傍ら、ちりっと焦がすような痛みが胸に訪れた。――が、あえて無視する。今はそれどころじゃない。


 真っ青に澄んだ色合いの瞳は今、できうる限りの私情を排して目の前の《音楽》に(のぞ)んでいる。


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