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楽士伯の姫君は、心のままに歌う  作者: 汐の音
十七歳篇 両極のもの(二)
134/244

134 返り討ちの従者

「食べないと、持ちませんよエルゥ様」


「レイン」


 サングリードの腕利き治療師マリオが去ってしばらく。続きの間では会議じみた話し声が漏れ聞こえたが、それも収まった。


 ぱたん、と扉を閉めたレインの左手には焼き菓子と、茸とベーコンのキッシュが乗っている。それに紅茶。

 現金なもので、エウルナリアは急に空腹を覚えた。つい小声になり、下から窺うように問う。


「ありがと……そう言えば、食べてなかったね。レインは? 食べた?」


「僕も今からです。グランが入浴中ですから、かれと一緒に食堂に行きますよ。城中、やっと人心地ついたみたいです」


「……そっか。グランも雨のなか、頑張ったんだよね。今夜はゆっくり休んでもらって? あな――」

「休めると思いますか」


「…………えぇと」


 “貴方(あなた)も”。

 そう言おうとした、中途半端な笑顔のままで固まってしまった。


 大袈裟に肩で息をついた従者の少年は、やれやれと眉宇をひそめる。呆れつつ、カチャリ、と銀のトレーを小卓に乗せた。

 ポットの蓋を開けて茶葉の匂いを確認し、小さく頷いている。シンプルな白い陶器のティーカップに、しずかに注ぎ始めた。


「意識がなくて、毒で体力が落ちていようとも、猛獣は猛獣です。それが一晩同室だなんて……!! 耐えられるわけがないでしょう?」


「猛獣……、わかる。ディレイはこう、油断すると食べられそうな感じがするよね。食べるため以外では、無益な殺生をしなさそうなところとか、特に」


 納得しきり。

 うんうんと一人で頷くと、ひどく不可解な表情(かお)をされた。おかしい。温度が下がった気がする。

 レインは、ふるふると震えつつ抑えた声で懇願した。


「洒落に、なりませんから……!! エルゥ様、お願いです」


「はい?」


「僕と、ヨシュアさん達とで協定を結びました。ですので、今夜エルゥ様がこの男を看ることに関しては口を挟みませんが」


「そう」


 ――果たして、それは一体どんな協定だったのか。ろくでもない気配しかしないので、あえて訊かずにおく。


(……)

 レインは茶器を持ったまま瞑目し、天を仰いでいる。

 そのまま、カッと瞠目すると、やや乱暴な仕草でポットから茶を注いだ。


 ガチャンッ


「どうぞ!」

「……どうも?」


 非常時を脱した途端、残念なことに主従の温度は再び噛み合わなくなった。

 どこまでもぬるま湯な主に業を煮やしてか、頬を染めたレインは悔しそうに顔を歪め、本音をぶちまける。


「いいですか? 話し合いの結果、僕とグランは続きの間で休むことになりました。()()()()()()必ず大声を出してください。あと、無理に一人で看病しないこと!! 交代人員はいくらでもいるんです。わかりましたね?!」


 はぁ、はぁ……と、激昂しすぎたのか息が切れている。エウルナリアは気圧されつつ、ソファーでこくこくと頷いた。行儀よく、小ぶりなキッシュを両手で持っている。


「わ、わかった。無理はしません。私だけじゃ着替えなんて到底、させられないもの」


「……っ……着替え、とか……!」


 ぷつん、と堪忍袋の緒が切れる音がした。

 気のせいであって欲しかった。


「もう、いいです。好きになさってください。こっちも好きにしますからっ!」


 あくまでもヒソヒソ声のまま、丁寧な言葉を叩きつけるという器用な真似をしてのけたかれは、そのまま足音も立てずに退室した。


 淹れたての紅茶。焼きたての軽食からのぼる湯気とともに、ぽつん、と残されて。



「……これくらいなら、怒っててもあんまり怒ってないように見えるのが、レインのすごいところよね……」


 と。

 力なくこぼした姫君は、はむ、とキッシュにかじりついた。


 それは、扉向こうの気の毒な従者を凹ませる(しゃがませる)に足る、容赦ない鉄槌だった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 昨日、読んでいたんですが。 レイン…レインが、、、不憫だ……。 こういう時でも、キッシュにかじりつくんですね、エルゥちゃん!^^; ディレイ推しの香月としては美味しい展開ですが、この物語は…
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