114 対峙する姫と王(後)
最初に動いたのはグランだった。
こちらからは表情を伺えない。空気が一変する。ぴりり、と肝を掴まれたような緊張が走った。
扉を開けたまま、ディレイは赤髪の青年を上から下までゆっくりと眺める。「なるほどな」と口のなかで呟いた。
おもむろに目線より高い位置にいるエウルナリアに向け、視線と声を投げかける。
「今日は、忍びということか。大歓迎だな。……どうしたい? 姫。まさかこれっぽっちの手勢で暗殺ということもあるまい」
「「――!!」」
瞬間、レインとグランが殺気立つ。ディレイはそれを余裕で流した。
(だめ。踏んでる場数がちがう。敵わない)
秒で判断を下したエウルナリアは、にこりと微笑む。出来るだけあざやかに。場違いなほど、華やかに。
「まさか。かれらは私の大切な騎士です。陛下とて、想う相手の護り手をみすみす蔑ろになさることはありますまい」
「言うな、なかなか」
腕を組み、楽しそうにディレイは答えた。動かない。まだ、こちらにまでは登って来ない。
グランの牽制が奏功しているのなら、エウルナリアはどんどん攻めてみたかった。機は逃せば逃すだけ不利になる。また、その焦りを見せることも。
「お話があるのですが――陛下。私と会談の席を設けてくださいますか」
「二人きりなら」
「……却下です」
姫君と王の、小手先の刃を突きつけ合うやり取りに、果敢にもレインが加わった。ディレイは怪訝そうな顔をする。
「この者は?」
「以前、レガートの劇場でお話しましたよね? ……大切なひとです。婚約したいと考えています」
「ふぅん」
ちら、と眺めるだけで青年王は興味を失ったようだ。すぐに矛先はエウルナリアへと向かう。
「――それで? 俺が穏便に済ますとでも?」
一歩。王が動いた。グランは即座に反応する。体を張り、その進路を妨げた。
体格差は著しい。
長身のグランですら気圧される、滲み出る覇気に見ているこちらの血の気が下りた。
青ざめた顔で、エウルナリアが懇願する。
「……だめ、グラン。手を出しては」
「やなこった」
大切な少女の言葉を途中で遮り、身の丈を包む白いサングリードの衣装が揺れる。
次の刹那。
(!)
バッ! とマントが翻った。素早く留め金を外し、身軽となったグランが剣を抜いて上段から斬りかかる。
ディレイはそれを、さして面白くもなさそうに避け、みずからは腰に下げた剣の柄に指を伸ばすこともない。気だるげに素手で応じた。
白刃を怖れぬ動きで一気に間合いを詰める。
虚を突かれたグランは本能で距離をとろうとした。が――どうしようもなく、遅かった。
「ぐっ……ぅ!」
「温いな。問題にならんほど温い。エウルナリアを護りたいならこれでは到底、側には置けん。……どうする? 姫。殺すか? それとも」
手刀で鋭くかれの利き手を打ち、瞬く間に剣を奪っている。本人には文字通り、赤子の手をひねるようなものだったのだろう。
さらに足元を掬われ、背から床に倒されたグランは悔しそうに顔を歪めた。痛みもあるに違いない。ディレイは、じり、とその肩を容赦なく踏みにじった。
逆手に構えられた切っ先は真っ直ぐに。触れそうなほどかれの喉に迫っている。
(…………!)
動けないエウルナリアと、歯噛みするレイン。
ディレイは、声に一滴、凄みを足した。
「会談の席。おおいに結構。降りておいで姫。…………俺も。お前とならばいろいろ、是非話してみたい」
ちく、と切っ先がグランの肌に沈み、わずかな血を歌姫に見せつけた。