10 戻る日常、しずかな変化(5)
音楽棟の練習室に、再び沈黙が横たわる。
少女の述懐をあらためて反芻してか、少年達の顔から表情が消えた。
少女自身は、打ち明けた内容に心を引っ張られ過ぎないようにするためか、伏し目がちな視線を机の一点に定め、きゅ、と珊瑚色の唇を引き結んでいる。
そんな中、口火を切ったのは銀色の髪の皇子だった。
「…けっこう、大事だよそれ。兄上がピリピリするのも道理だ。エルゥが受けた被害っていうか……侮辱は相当なものだし、一国の王でも許されることじゃない。下手したら外交問題だよ」
エウルナリアは小さく頷く。受けた当人がいち貴族令嬢でしかなく、事を荒立てようとはしていない。その二点が件の事件を水面下に沈めている。
「“正式に所望する”って、国を通して妃に望むって意味?」
ギッと椅子が軋む音。
窓側の席に座っていたグランが右肘を背凭れに掛け、身体を部屋の中央へと向ける。
流された紺色の視線を受け、エウルナリアは出来るだけ他人事のように、淡々と答えた。
「多分。…ユシッド様は“皇国の歌い手が他国に嫁ぐことはない”とその場で断ってくださったから、正式な使者を立てて正面から求婚――なんてことには、ならないと思うけど」
(“方法は色々とある”とも、確か言われたんだよね…)
これも告げるべきか、と面を上げると、壇上に立つ従者が眉間に皺を寄せているのが見えた。かれも机上の一点を眺め、考え事に没頭している。
「――由々しいですね。正攻法が効かないからと、諦めるような男じゃなさそうですし……口移しで酒とか。外道ですか、あり得ない…」
聞こえた言葉はほぼ独り言。後半は更に音量を下げ、ぼそっと呟いた。
なんだか怖い。目が完全に据わっているし、漂う冷気が可視化しているようにすら思える。
「あの…レイン?」
「あ、失礼しました。
エルゥ様、僕はこのあと邸に戻ります。家令の父にも相談して、確実に、いち早くアルム様の耳に仔細が届くよう手配してきますから。
当面、夜会などで招かれた場合は、僕たちの誰かが常に貴女の側にいられるようお願いするつもりです。
グランも、シュナ殿下も。それでいいですか?」
「あぁ。むしろそっちのが演奏より大事じゃね?」
「うん。外国の夜会なら僕のほうが適任だろうし。遠慮なく伝えて」
「では、これにて閉会といたします。差しあたっての課題と致しましては、エルゥ様の安全確保ということで。
エルゥ様自身も、今後はご協力ください。皇国楽士は、基本的に単独行動禁止ですよ」
じと、と睨む従者の視線が痛い。
姫君は小柄な身体をさらに縮み込ませた。
「はい……ごめんなさい…」
―――まるで公開裁判みたいだったな…とは、一時間目の終わりを告げる鐘の音を聴いたあと。黒髪の令嬢が胸中で、こっそりと溢した言葉。
「次の時間、なに? エルゥ。送るよ」
退室する彼女の背に声を掛けたのは、グランだった。