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8. いってらっしゃい、ありがとう



「棚を元に戻して 早く茶器を持ってこい」

 真っ赤な顔をして怒る桃弥に全く動じない景雪をみて、泉李がため息をついた。


  彼が、年の離れた弟をからかい、怒らせる事が何よりも好きだとよく知っている。彼の愛情表現なのだが景雪を兄にもつ桃弥に同情してしまう。

案の定、これ以上 兄を喜ばせてなるものかと、必死で冷静さを取り戻そうとしている桃弥が目に入った。


「……開け方を教えて下さい」

  桃弥の葛藤が見えるだけに涙をそそる。


「扉の右上を叩くと、中の留め具が外れる仕掛けになっている」


  棚の中の茶器は全く動いていないところを見ると

 固定されているのだろう。手の込んだいたずらに見事に引っかかった自分にも腹を立てつつ、桃弥は言われた通り、とびらの右上を叩いた。


「ただし、強く叩くと反動で開くから気をつけろ」

 

  顔面を強打し撃沈した弟に涼しい顔でそう言ってから景雪はため息をついた。

「だから言った」

「…………」


  それを早く言ってくれ!と桃弥に変わって言ってやりたい桜雅だった。

  そして その様子を唖然として見つめている朱璃に気付く。桃弥が大反対した理由が今よーく分かったが、他に朱璃を預けられる人物が浮かんでこない。

  側近2人はどう思っているのだろうかと目を向けると、見かけによらず笑い上戸の莉己は まだ涙を浮かべ身をよじって笑っていた。(もちろん顔が崩れることはない)

  泉李は見なかったことにしようとしているのか、窓の外を見ていた。


  景雪は棚から何事も無かったかのように茶器を取り出し、琉晟の持ってきた湯で優雅に茶を淹れ始めると不意に口をひらいた。

「人手は足りているから他をあたってくれ」


 桜雅は焦った。先手を打たれてしまった。

「ちょっと待ってくれ。まだ何も言っていない」

「仰らなくても判ります」

  取りつく島もない。


「景雪」

 莉己のやんわりした声が聞こえ、まかせろと言っている様に見えた。

「そうですか、残念ですね。少しは退屈しのぎになるかと思ったんですけどね」

  あっさりとあきらめた 莉己が立ち上がる。


「桜雅、参りましょう。異国の民の知恵や技術が役に立つ事がありましょうから、もっときちんとした人に

 お預けになった方が良いかも知れません」

「まぁ そうだな。景雪、邪魔したな」

 泉莉は琉晟に介抱されていた桃弥を抱き起こしながら言った。


「朱璃、行きましょう」

  状況が分からず、オロオロしていた朱璃はどうやら拒絶されたのだと理解し、慌てて立ち上がった。

  そして こちらを見ようともせず、お茶を啜っている景雪に、頭を下げた。

「お邪魔しました。失礼いたします」

 

  その後 琉晟から上着を受け取り、桜雅たちに駆け寄る朱璃に景雪が初めて目を向けた。


「異国の民だと? 嘘をいうな」

 

あそこで理想通り朱璃が言葉を発してくれた事に内心ほっとしたが、当然そんなことはおくびにも出さず莉己が答えた。

「嘘ではありませんよ。桜雅が拾ってきたのですが、言葉が通じませんから異国の民いうのも推測ですけどね。少なくとも、私はあのような衣装を見るのは初めてですし」

「………」


  滅多なことでは電源の入らない景雪の瞳に光が入った事がわかる。それでも気づかない振りをし、朱璃を連れて部屋を出て行こうとする。

「ちょっと、 待て」

 やがて、不機嫌そうだが久し振りに聞く本気の声がした。


  餌には食いついた。後は逃がさない様にゆっくりと引き上げるだけだ。

莉己だとどこまで本当か疑わしいので、ここは真面目な桜雅が適任だと泉李が目で合図する。


  桜雅は慎重に言葉を選んだ。

「異国の者ゆえ、景雪でも知らない事を知っているかも知れないと思い連れて来た。今は意思疎通は難しいかも知れないがお前にとっては、それ程問題ではないだろう。それに漢文字なら少しは読める。

  数日一緒に旅をしたが、なかなか聡明な少年だ」


  景雪がつかつかと朱璃に近づき、朱璃の上着を引っ張った。そして先ほど上着を着るときにジーと音をさせていた突起物をつまんだ。

「これは何だ?」

「チャチャッ、チャツク です」

 心臓をばくばくさせながら、やっとの事で答える。


「ちゃちゃちゃっく?」

 そしてチャックを、上げたり下ろしたりと繰り返した。

「ふむ」

  先ほどまでの眉間の皺がなくなり、心なしか楽しそうに見えたが、整った顔が胸元から10センチほどにあるこの状況って。

  朱璃は顔をそらし、助けを求めようとした瞬間、後ろから莉己に抱きしめられた。


「む」

 観察の邪魔をされ、景雪の眉間に皺が戻った。

「この子を預かってくれれば、いくらでもその不思議な衣服をしらべられますよ。他にも色々な道具も持っているようですし」


「何が異国の民だ。この世に無いもの、無い言葉。

 異世界の民の間違いだろうが」


 泉李が朱璃の頭を撫でた。

「どっちにせよ、ここでは無力な子どもに過ぎない。使命がなければ面倒見てやりたいが、今回は、ちょっと物騒で連れていけないんだ」

「私達が戻ってくるまでとは言いません。この世界で暮らしていけるよう助けてあげてくれませんか?」

「本当に勝手な願いだと思うが、景雪しかこいつを助けられないと思う。どうか引き受けてくれないか」


  朱璃は莉己の腕の中で、皆が自分のことを頼んでくれているのを感じ、泣きそうになっていた。感謝の気持ちと、離れたくないと寂しく思う気持ち。

  そして 自分に選択権は無いのも分かっていた。景雪の決断をじっと待つ。


「わかった。但し、責任は持たないからな」

「感謝する」


 その時。ちょうど我に返った桃弥が、瞬時に状況判断し叫んだ。


「……! ダメだっ! 朱璃が可哀想だっ。やっぱり俺たちが連れて行こう。ここに居ては命が危ない」

  桃弥赤い鼻がやけに説得力を増すが、3対1では桃弥に勝ち目は無かった。


「朱璃ー ぐすっ 俺を恨むなよー 恨むならこいつらを恨めよー。達者でなー」

  泉李に引きずられていく桃弥の言葉は分からなかったが、何となく身の危険を感じた朱璃は思わず、桜雅の服を掴んだ。


「朱璃」

 初めて出会った時、自分が守りたいと思った。自分と同じ名をもつ少年。


「心配するな。景雪は実はすごく優しい。きっとお前の力になってくれる。俺も自分のやるべき事を頑張るからお前も頑張れ。必ず、迎えに来るから、待っててくれ」


  まるで恋人同士の別れの様になっていると当人たちは気付いてもいなかったが、何度も桜雅に頭を撫でられ、朱璃は流石に男だと騙している罪悪感に耐えられなくなっていた。


  数日間、一緒にいて分かった事は彼等が目的のある旅ををしている事。桜雅かを命を狙われていて、3人が守っている事。自分を助けた事で予定が狂ってる事。それなのに優しくしてくれた。


「ごめんなさい。本当は少年じゃないの。こんなんだけど、一応女だし、一応17歳だから。言い出せなくて悪いと思ってる……。本当に良くしてくれてありがとう! 何とか頑張って、恩返しするから!!

  だからっ、身体に気をつけて無事でいて下さい」


 よしっ 通じないけれど、一応言った。

 それに莉己さんは気がついてるっぽいし。あの人案外黒いなと思いつつ、4人を見送る。


  やがて、桃弥の言葉の意味を本当に理解して、深いため息をつくことになるのだか、それはもう少し先の話になる。





読んで下さってありがとうございます

これで、出逢い編 終わりです。

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