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36. 一件落着

読んでくださってありがとうございます。

「ひーー痛い痛いっ。そこは触らんといて〜ひーー」

『自業自得だ』

『琉! わざと痛くしてる!? ぎゃっ』


 琉晟が逃亡した朱璃を捕まえて陣まで担いで行くのは容易だった。背中の痛みと空腹のせいでヨロヨロしていたからだ。

 朱璃の色白な背にくっきりと残る青アザが痛々しい。明日になればさらに青黒く変色するだろう。そう思うと琉晟は無意識に険しい顔になっていた。本当に切られなくて良かった……。骨に異常はなさそうだが、打撲の具合から言っても肋骨が折れていてもおかしくはない。


 自分を顧みず、無茶ばかりするこの少女の世話をしてきて3年。今までに何度も大変なことがあったが、今回ほどキツイと思う事は無かった。湿布を貼り付けて、包帯を少し硬めに巻きながら琉晟は溜息をついた。

 正直、これほど辛いと思わなかったのだ。朱璃を他人に任せる事を。

 泉李と囮になってから、落ち着かない琉晟の心を察した泉李に笑われた事も記憶に新しい。

『親離れと子離れのリハーサルみたいなもんだな』と言われたその時はピンと来なかったが、今なら泉李が言わんとしていることが解る。

 朱璃は1人になってどうだったのだろうと気になり始めた。


「うわっ、めっちゃ美味しい」

 手当ての後で、女官の持ってきてくれた粥をハフハフ食べる姿は20歳の娘には見えない。

 食べる?と言うように自分に勧めてくるのもいつもの事だ。そしていつものように首をひと振りすると、へらっと笑い再び粥を口に運ぶのも見慣れた日常。


 なのに胸に広がるこの言いようのない寂しさは何だ。

 朱璃が自ら人質に志願した時、あまりに突拍子なく、意味のない事だと思ったのに何故か止められなかった。あの時の胸の痛みに似ていた。


『無茶をしたとは思うがままに、よく1人で桜雅様をお守りしたな』

『心配ばかりかけてごめんなさい。でも、私、桜雅を1人にしたくなかってん』

 景雪に言われたからではなく、自分でもよくわからない気持ちが身体を動かしていたと朱璃は言った。

『ああ、だから今回は怒らない』

 ポンポンと頭を叩くと、またへらっと笑う朱璃。

 確実に巣立ちの時を迎えた雛鳥に複雑な想いがする琉晟だった。




「おーーい、公槿の捕縛に行くけどついて来るか?」

「はい、はーーい! 行きます」

 泉李に呼ばれて外に出ると、皆が身支度を整えていた。もちろん莉己も景雪も着替えを済ませている。


「大丈夫か? 無理しなくていいぞ」

「大丈夫です! お腹も一杯になったし」

 確かに血色も良くなり元気に見えた。


「お前ってさーー。意外と丈夫だよな」

 桃弥が心底感心したように言った。

「ありがとう、わっ莉己さん凄く綺麗です」

「ふふふっ ありがとう」

 正装に近い形の官衣は、莉己の抽象的な容姿にとても似合っていてその美貌がさらに際立っていた。思わず見惚れた朱璃は頬を赤らめた。


「おい」

 不機嫌全開景雪の前を素通りしようとした朱璃はもちろん捕まる。

「あ、先生も素敵ですね。特にそのマスク。カッコいい〜」

「……除消液を出せ」

「先生なら直ぐに作れます!」

「……ぶっ殺す」





「どうする?……置いてく?」

 松葉杖のくせに逃げ足の速い朱璃を、今度ばかりは許せないのか景雪が後を追って行ってしまった。


「ああ、置いていく。しっかし驚いたな。あいつが走る姿を見るのは子どもの時以来だよ」

「ふふふっ。景雪を走らせる事が出来るだけで大官に値しますね。桃弥、お口を閉じないと虫が飛び込んで来ますよ」


 追い駆けっこをする兄を見るなんて夢にも思わなかった実弟はポカンと口を開けたままだった。

 地震か水害、火山の噴火が……などとブツブツ言っている桜雅の反応も可笑しいが解らなくもない。


「朱璃ちゃんって、もしかしたら最強やったりしてな〜」

 飛天の意見があながち間違っていない事が明らかになるのは、そう遠い未来のことではないだろう。





 その頃、迎賓館では孫公槿が、賀国の長官の到着を、今か今かと待っていた。

 非公式と言っても、長官自らの訪問は公槿を次期国王と認めた事になる。蘭雅派も王の死去後にこの事を証明すれば何も言えないだろう。


 この様にかなり強引な展開(罠)だったが、自分にとって都合の良いことばかりだった為かえって疑わなかった。もちろん、甥の卓言のことなどどうでも良かったのでこの場にいない事は気にも止めなかった。

 公槿は今人生で絶頂の時を過ごしていたかも知れない。


 やがて長官到着の報告が入った。

 謁見の間には大層立派な王座が用意してあった。

「賀国国王からの献上品です」

 この一言にかなり気を良くした公槿はドカンとそこに腰を下ろした。

 座り心地は最高だ。数人の重鎮しか側にいない事、文官ではなく武官ばかりなのも気にも留めないほど浮かれいた。


「長官がおいでになられました」

「通せ」

 最初が肝心だ。舐められない様、座ったままで対応してやると公槿が胸にそらす。

 夢にまで見た瞬間が遂に訪れたのだが、ものの数秒で終わった。否、訪れるはずもなかった。


「お忙しいところお時間いただき感謝しております。さて、早速ですが協議のご報告をさせていただきます」

 長官は部屋に入ってくるなり、まるで事務処理をしにきた役人のようにめんどくさそうにそう言った。


 起立したまま、礼も無く切り出した長官に公槿は怒りで顔を染めた。公槿の側近もここまで露骨に主を侮辱されて黙っているはずはなかった。

 しかし公槿は理性をかき集めて、柄に手をやる側近を止めた。

 即位すればこんな男、直ちに名誉毀損、侮辱罪で処罰いや、死刑にしてやると自分に言い聞かせる。


「はっはっはっ。賀国の長官ともあろうお方が、礼節を、お忘れになられるとはよほど需要な報告なのでしょう。先にお聞き致しましょう」


「では申し上げます。我が賀国は、反逆者 孫公槿、孫卓言、および武器密売人 軻銚の処罰について一切の権限を祇国に譲渡します。平たく言えば、今回の一件、賀国は全く無関係という事で後はお任せ致します。蘭雅国王」


 そう言いきって長官は膝を折って頭を下げた。

 その後で悠々と現れたのは、意識不明重体の蘭雅国王。続いて謀反の首謀者として処刑した白桜雅、生き埋めにしたはずの劉莉己、行方不明の宗泉李、憎き秦家の秦桃弥、それから派手派手しい異国風の衣服を身につけた男はたしか軻銚の仲間だったはず……。

 威武堂々とした若き王と五人の新進気鋭の臣の姿はまさに圧巻で、公槿以外は平伏すよう叩頭した。


「ほらっ、先生もう始まってますよ」

 その場に全くそぐわない愛らしい若い女の声がし、その声の主と思われる女に力いっぱい背を押され、仏頂面の秦景雪が現れた。


「遅れて申し訳ありません」

 朱璃がペコペコ頭を下げながら、少しびっこを引きながらこちらにやって来る。

 おかんに嫌々道場に連れてこられた子どもみたいやなっとボソッと飛天がつぶやき、吹き出しそうになった桃弥がぎこちない咳をした。

 ふるふると肩を震わす例の人を何気に隠す泉李のお陰で、表面だけは緊張した空気を維持出来ている。


 一方、茫然自失の孫公槿は秦景雪の姿を目にした時、血走った目を見開き己の敗北を悟ったのだった。まさに天国から地獄へ突き落とされた公槿は、もはや尋常な精神ではなかった。


「謀ったな……秦、景雪!! 貴様だけは許さん」

 どんな事をしても、道連れにしてやる!!」

怒涛のつく勢いで、剣を振りかざした公槿が一直線に景雪に……!!


「……なっ!?」

 ピクリとも動かない自分のからだに驚愕する公槿の姿に、皆耐えられず笑い出した。

「一体どうなっている!! 何をした!?」


「あーーあーー 可哀想 くっくっく」

 椅子から離れない公槿の回りを皆が笑いながら取り囲んだ。(桃弥だけが複雑な顔をしていた)


「ホント凄いね。ピクリとも動かせないなんて。効果はどの位持つんだ?」

「2〜3日だ。ちなみに中和剤でしかとれないんだとよ」

「あれはいけるでっ。うちの目玉商品にさせてくれへんか」

『たまたま出来た失敗作ですから、商品化は難しいかと』


 今覚えば、この接着剤が事の起こりだった事を思い出し、朱璃は思わず師である景雪を見つめる。

 猫のひげをだけで無く、眉毛と鼻毛も描いておけばを良かったと後悔した。


「刑の施行方法はどうする? このまま穴に埋めておくでいいかな」

 少し離れた所で気怠そうにしていた景雪が口を挟んだ。


「水責めだ。ついでに壺も抱かせてやれ」

「壺は関係ないでしょう!?」

 思わず桃弥が突っ込みを入れ、桜雅が吹き出した。


「ふふふっ。そうだね。そうしよう。いいところがあるらしいね」

 にこにこと笑顔を公槿に向ける王に、公槿は逆に色のない顔で口をぱくぱくさせた。


 椅子のまま縄でぐるぐる巻きにされ捕縛されていく姿は滑稽で、つぼにハマった莉己の笑い声はいつまでも響き渡っていた。


 一方で、隣国まで巻き込まみかねなかった謀反という大逆をこうして笑顔であっさり片付けた国王と敏腕の官史たちに、賀国長官は驚異を抱き、決して敵に回してはいけない相手だと肝に銘じた。

 それ以後、賀国と祇国の友好な関係は永く続いたという。



 

あと、2話くらいで終わります。

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