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35. 師弟愛とは

「あのさ、天さん蘭さんと言うのを止めてくれない? もしかしなくても、朱璃の中で俺と飛天、コンビになってるよね〜。それ、大間違いだから。あいつとコンビなんか組んだ覚え毛頭ないから。あいつは俺の下僕。わかった?」

「……」


 後ろでしくしく泣き声がするのはこの際無視し、朱璃は頭を整理する。そして蘭雅が望んだ返事をした。飛天には悪いが、朱璃にも自己防衛機能が備わっていたのだ。


「分かりました。これからは、蘭さん天さんって言います」


 いや、直すのはそこじゃないだろうとそれぞれが心の中で突っ込みつつ、王の反応を固唾を飲んで見守る。

「……まぁ、それならいいか」

 いいのか!?  

しかし誰も突っ込まなかった。


 微妙な空気(当人たちはなぜか握手をして和やかムード)を突然壊したのは当人の朱璃だった。大変なことに気か付いたのだ。


「桜雅! ごめん……私、お兄さんと会っていたのに」

 桜雅がどれほど兄の安否を気遣っていたか痛いほど解っていた。もし蘭雅が王その人だと分かっていたら、せめて桜雅に似ていると気がついていたら、もっと早くその大きな心労を取り除いてあげれたのに!


 後悔と懺悔で泣きそうになった朱璃の頭に、桜雅の大きな手がぽんっと乗せられた。

「お前が悪い訳じゃない。謝るな」

「で、でも」

「そや、朱璃ちゃんは悪ない。孔雀団のアジトでこいつは桜雅と会おうと思えば会えたんや。俺かて知ってたんやから教えてやれてん。悪いのはこいつや!!」


 さっきの下僕発言の仕返しも含まれてはいたが、朱璃にこんな顔をさせたくないと思ったのは皆同じだった。


「そうですよ。皆の悪ふざけが過ぎたのですよ。あなたが気に病む必要はありません」

 その美声に朱璃以外、瞬間冷凍された。


 今、まさに土から出てきた莉己は全身土まみれなのだが、これまた美しく、ある意味完成された芸術作品のようだった。

「莉己さんっ! どうしてそんな泥だらけに!? お怪我は!?」

 悲鳴をあげ、朱璃がぶっ飛んできた。


「ええ、大丈夫ですよ。埋められていただけですから。ふふっ」

 涼しい笑みと、今の発言に違和感を感じ朱璃が首を傾げた。そう言えばここまで連れてきてくれた武官に莉己と景雪の様子を聞いた時、変な事を言っていた。

「恐ろしくて、私の口からはとても言えません」と。


「えっ……本当に生き埋めになっていたんですか!?」

「うふっ。顔は出てましたからね。正確には生き埋めにはなっていませんよ」

 海の中で意識朦朧としていたが言ったのを思い出した。しかし半分は冗談だったのだ。

 桜雅が間に受け、結果的には良かったのだが、なんと恐ろしいことをと背筋がぞっとした。


朱璃は莉己の身体をパタパタとはたきながら、口に出すのも恐ろしいのが、もうひとつ確認しなければならない事を尋ねることにした。


「えっと……景先生も……?」

 すると、うふっと笑って莉己が優雅に右へ移動した。

 朱璃の目に飛び込んできたのは、限界まで深く眉間にシワを作っている師匠の顔だった。

 正確にいうと頭だけの状態で、顔色の悪い桃弥と琉晟が周りの土を必死で掘り起こしている最中であった。


 目を見開いたまま固まっている朱璃と目前の兄を見比べて、桃弥は祈るような気持ちでいた。なぜなら朱璃が溶けた時、その反応が生死を決めると本能で感じたからだ。

 朱璃、頼むから地雷を踏まないでくれ……。


「ぷはっ。……なまくび」

「……」

 終わった……。地雷のど真ん中踏みやがった。


「黙れ」

「なむあみ」

「拝むな」

「そうだっ。いい物があった」

「お前、何を持ってる」

「ふふふっ」

「本気で怒るぞ」

 朱璃の片手に握られた筆が嬉しそうに弾んでいるのを見て、桃弥と琉晟は素早く避難した。

「おいっ! 誰かこいつを止めろっ! バクッ てめーぶっ殺す」

 ちらりと横目で確認すると景雪に猫のひげが生えていた。口元を押さえて桜雅は身体の向きを変える。


「やっぱり、眉毛を書かんと日本人じゃない」

「カチッ」

 景雪が筆に嚙みつこうとしているのが見えてしまった。

「カチッ」

再びいい音がし、桜雅と桃弥の腹筋は崩壊寸前になった。

 何がやっぱりなのか分からないが、泉李も莉己の口元をしっかり押さえて視線を外した。

 聞こえなかったことにしよう。見えなかったことにしよう。師弟の感動の再会を邪魔しちゃあいけない。皆が2人から離れた。その時だった。


「朱璃!! 後ろっ!!」

 景雪の鋭い声に誰もがハッと朱璃を見た。

 朱璃の後ろに剣を振り下ろす武官が目に入った。当然、朱璃にもその姿が見えた。


 朱璃の力量ならば、ギリギリ剣を受け止める事が出来るタイミングだった。

 もちろん景雪 は朱璃が帯刀しているのを確認済み、桜雅と琉晟が剣を抜くのも、桃弥と泉李が弓を構えるのも見え、最悪の事態は避けられたと考えた。


 しかし、その瞬間思いもよらぬ事態が起こった。

朱璃が剣を抜かず、ひしっと景雪の頭に抱きついたのだ。

 

視界に映るのは濃翠の衣。

「ばっ」

朱璃が何をしたのか景雪が声を出す時間は無かった。

 朱璃の身体を通して伝わる衝撃。


 次に景雪が見たものは、横たわる朱璃の身体と、数本の矢が命中し倒れた武官の姿だった。



「朱璃!」


 皆が駆け寄ると同時に朱璃が、身をよじりながら起き上がった。

「いたたたた……罰が当たった」

「動くな!」

 泉李と琉晟が朱璃を押さえつけ、止血をすべく傷の確認をする。

「衣が切れてない?」

「……?」

 まともに切られたはずの背中にも血の跡は残っておらず、打撲痕のみであった。

 朱璃を斬った男から剣を取り上げた飛天がふうっと息を吐いてから、おもむろに剣を見せた。


「片刃か」

 どうやら、焦り過ぎたのか、片刃の剣に慣れていなかったのか定かではないが、刃の無い方で朱璃を斬ったようだ。


「あははっ 助かった」

「あははじゃねぇぞ!」

 激昂する景雪から朱璃をかばってくれるものは居なさそうだ。何か言いたげな視線がいくつも朱璃に突き刺さる。

 やばい、ここに味方はいない。逃げるべしっ。

空気の読める女、朱璃の反応は早かった。

「あー!」と大きな声を出して立ち上がる。


「用事、思い出した!」

 脱兎のごとく逃げ出す朱璃に、あっけ取られる面々。


「ははははっ、逃げられたな」

「逃げ足はやっ」

 琉晟が、朱璃の後を追ったので朱璃のことは任せることにし、お互い顔を見合った。

そしてまだ笑うことができていない年少組の肩を抱くと、気つけ代わりにもう一つの現実を突きつけることにした。

「あ、増えてる」

全員で何故か眉毛が片方の半分だけ太くなっている地雷の撤去に取り掛かる。


「あんな退屈せーへん女、初めてやな。さすがお前の弟子」

 飛天の笑顔はいつもの人を食ったようなものではなくてもっと温かなもので、彼の友人たちは意外そうな顔をした。


「確かに行動が、読めない所は似てますね」

 土を掘り起こしながら朱璃の話に花が咲く。話を振られ、ぶすっと景雪が言った。

「本人に自覚はないが。あいつの行く所に騒動が起きないことは無い。何もない所でもだ」


「今回の事も、朱璃がキーパーソンだったな」

「全く関わりのない人間なのに、よくこれだけ絡んでこれますよね。ある意味、すごい才能だと思いますよ」

「だよね。そもそも市場で玉子売りをしていたのも可笑しいし、絡まれているのを偶然助けたのが俺たちで、実はあの後壊しちゃった屋台の店主に怒られて大変だったんだよ。くっくっくっ」

「でもそれが無かったら城に戻ってたかもしれへんやん」

「そうだね。そうしたら本当に毒を飲んでいたかもね。俺にとっても命の恩人だね」

 朱璃のお陰であれば、朱璃は祇国の英雄と言っても良いだろう。


「単なる偶然だ」

 はんっと鼻で笑う景雪がようやく土から出てきた。みな、視線を合わせなかった。

「……」

 実は和気あいあいと話す彼等には、無視を決め込んでいた事がある。

 最大限の気力を使い、視神経を操り

『見ない・見えない・気のせいだ』

 を合言葉に、このまま真っ直ぐお家に帰って頂こうと思っていた。


「……」

 景雪の眉間のシワが1本増えた。

 彼の視線を追うとやはり麗しの笑い上戸の君が、一応泉李を壁にして(完全に見えているが)二つ折りになってヒーヒー言っていた。

 ぺちんと泉李が頭を叩いているが止まるわけがなかった。それを見て、

「ぷっ」

 蘭雅の気の抜けた様な声が漏れたのを境に、皆我慢出来ず栓が抜けたように笑い出した。


「お前ら……」

「新しい発見ですね。その仏頂面におひげが似合うなんて。くすくすっ。伸ばしてみてはどうですか? おひげ」

「ああ、可愛いぞーー。伸ばせ伸ばせ」


 桜雅と桃弥以外は、景雪が怖いわけでは無かった。景雪の機嫌を損ねると、後で琉晟と朱璃が大変だと同情し我慢していたのだ。

 結局、我慢出来るはずもなく、ここぞとばかりにからかい始めた。


 それを少し離れたところで複雑な顔で見守っていた桜雅と桃弥のところに、左将軍が最後の仕事の段取りが出来たことを報告しに来た。

「ふっ。変わっておられませんな……」

 優しげな眼差しで王を始めとした最強軍団を見つめて微笑む将軍は、彼等の良き師であり上司でもあった。


「久しぶりに兄上のあんな顔を見たよ」

 桜雅が眩しそうに目を細めた。

 彼等はずっと前から、王と家臣である前に親友なのだと、少し胸が熱くなる桜雅と桃弥であった。



「桜雅、手筈は整ったって?」

 兄である王に呼ばれた桜雅は気を引き締め、将軍の報告を伝えた。


 今頃、今回の首謀者である孫公槿は賀国の外長官との協議の為、迎賓館へ向かっているはずだ。新国王として事実上の初仕事に大張り切りだと容易に想像がつく。後は捕まえるだけの話だ。


 孫公槿をおびき寄せる罠を仕組んだ優秀な部下たちの働きに王は大満足だった。

「さーて、事件の終幕だ。行くよ」

「御意」



読んでくださってありがとうございます。

あと少しです。

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