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33. 救出

 朱璃は寝ているだけだ。自分にそう言い聞かせ、ありったけの力を振り絞って大声を出し朱璃を起こした。

 叫ぶことしか出来ない自分に対する怒りに気が狂いそうになる。

 その時だった。波音以外の音が微かに聞こえてきた。

 足音!?


「此処だーー! 此処にいるっ。早く 早くきてくれ」

 もっと大声を出したいのに、掠れて声が出て思うようにある出せない。苛立ちではげしく縛られた手足を動かす。

「朱璃!助けが来たぞっ 朱璃ーー」

「桜雅かっ! そこにいるのか」

 激しい足音と共に聞こえた緊迫した声。

「泉李っ 朱璃を助けてっ!」


 瞬時に人が飛び込む音が二つ聞こえ、泳いで来る人影が確認出来た。

 頼む。間に合ってくれ。

「朱璃! 朱璃!」

 泉李が朱璃を呼ぶ声が響いた。


「……」

「大丈夫だ。息はある」


 呼吸する事すら忘れていた桜雅の全身の力が抜けた。

 しばらくすると、此方に泳いで来る気配がし、やがて縄が切られて足元が軽くなった。

「遅くなってすまなかった」

「いや、来てくれありがとう」

 素直に礼を言う桜雅の頭を泉李がクシャクシャと撫でた。

「朱璃は」

「琉晟が連れて上がった。多少水は飲んでいるが大丈夫だ」


 泉李の手を借り海から上がると琉晟が朱璃を抱き抱えているのが見えた。

 駆け寄り膝をつく。力なくダラリと下がった朱璃の手を握ると氷のように冷たくて、再び桜雅の身体が強張った。

 恐る恐る朱璃の口元に自分の頬を近づけると、弱々しくも温かな息が頬に触れた。

「……良かった」

 顔を上げると、琉晟も泣きそうに微笑んでゆっくりうなづいた。


「まさに間一髪だったな。卓言の後を追って来たんだが、迷路のようになっててな。時間がかかっちまった。すまなかったな」

 扉も複雑な仕掛けがしてあって、流石に焦ったと泉李が苦笑いした。

「琉晟が居てくれて良かったよ」

「そうだったのか……。いや、でも本当に助かった。琉晟も、礼を言う」

 琉晟は優しく微笑んで首を振ると、朱璃をしっかり抱き直して歩き出した。早く冷え切った身体を温めら必要がある。


 琉晟の後について歩きながら、桜雅は卓言の言っていた事と朱璃の推理を泉李に告げた。

「人柱って…….生き埋めかよ。……このまま埋めてもらった方が良くねぇ?」

「……泉李」

「あはははっ、いやーー冗談。銀鐘宮って言ったら、確か先王の時代までへ孫家のもんだったな。蘭雅の世になった時、献上という形で取り上げた。景雪が」

「可能性は高いな。直ぐに向かおう」


 洞窟を出ると朱璃が琉晟の上着に包まれているところだった。

「意識はまだ戻らないのか」

 琉晟が心配そうな桜雅にうなづき、手に持っていた水を朱璃の口にゆっくりと流し込んだ。

「……けほっ……けほっ」

 小さくむせた後、朱璃の瞳がゆっくりと開かれた。

「……だ……、だれが子ブタの塩漬けやねん!」

 琉晟から器をひったくるように受け取り、グビグビ水を飲んだ朱璃は再びスースーと寝息を立て始めた。


 呆気に取られる桜雅。堪えきれず泉李が吹き出した。

「ぷっ、あははははは」

 唇の動きでなんと言ったか理解した琉晟も肩を震わせている。

 自分の耳を疑っていた桜雅も間違いでないと確信し、やがて笑い出した。

「確かに塩漬けだな」


 間違いなく、一生豚の塩漬けを見るたびに朱璃を思い出すだろう。呑気に眠っている朱璃を見つめていると先程の出来事が蘇ってき、桜雅から笑みが消えた。

 朱璃の声が聞こえなくなった時、本当に死んだかと思った。心臓を鷲掴みされた様な痛みと衝撃。声を出すしか出来なかった己の不甲斐なさにどれほどの憤りを感じたか……。生きていてくれて、本当に良かった。

 喉の奥がツンと痛くなってら涙が込み上げてきた自分に驚いた。

「……」

 朱璃だけは助けたかった。自分の命と引き換えでも死なせたくなかった。守りたかった。

「そうか……。こういう気持ちか」

 知らぬ間に飛んできたタンポポの種から芽が出てるのに気が付いた。そんな表現がぴったりだったかも知れない。


「大丈夫か」

 朱璃の脈診をしていた泉李が桜雅の様子に気付き声をかけてきた。

「ああ、俺は大丈夫だ。朱璃は?」

「疲れて眠っているだけだ。まっ 早いとこ着替えないとマジで風邪を引くだろうがな。それに」

 泉李は桜雅の手首を傷をみて眉を寄せた。

 縄で縛られた手首の擦過傷が酷い。

「これも早く手当しないとな。それにしても……、お前のあんな声初めて聞いたな」

 からかわれるのだと思い身構えて泉李を見ると、いつもの飄々とした顔ではなかった。


「お前も、朱璃も、無事で本当に良かったよ」

 自分だけ苦汁を舐めるような思いをしたのではない事に、今更ながら気が付いた。

「心配かけて、すまなかった……」

 泉李はもう何も言わず、ぽんっと桜雅の肩を叩き、馬の用意をし始めた。

 信頼のおける仲間の頼もしい後ろ姿を見つめていた桜雅だったが、ふと大変な事を思い出して後を追った。


 生け贄どころか起爆剤になりかねない、いや、いつ爆発するかわからない不発弾の掘り起こし作業が残っていた。





 銀鐘宮へ向かう前に左林軍と合流する。おうがたちの帰還の報告を受けていたのか、陣に入ると直ぐに飛天と桃弥、そして1人の美丈夫が駆け寄って来た。


「兄上」

「桜雅っ。無事で良かった!」

 そのままギュッと抱きしめられ、桜雅は照れくさくて遠慮がちに離れた。もう20歳なのに、いつまでも子ども扱いする様な愛情表豊かな兄に困ってしまうのだ。


「兄上こそ、ご無事で……」

 どれほど心配した事かと、口に出さずとも少し恨めしげな視線を向ける弟に、兄王は苦笑した。

「心配かけてすまなかった」


 笑顔でグリグリと頭を撫でられ、桜雅は小さくため息をついた。本当に毒殺されていてもおかしくはなかった。飛天と隠密で 動いていた事が幸いしただけた。改めて、そう考えると背筋がぞっとする。


「もう、無茶はしないで下さい」

「ああ」

 元々、自ら動く性分の人ではあるが、動かざる得ないという背景がある事も、桜雅は重々承知していた。

 しかし、自分たちが朝廷に帰って来た。少しでも兄の、王の負担が減る様にするつもりだ。

 桜雅は決意を新たにしたのだった。


「朱璃ちゃんは大丈夫なんか? 4人ともびしょぬれやし、海に潜ったんか」

「入り江の洞窟に隠し部屋かをあってそこに縛られていた。あれは昔の拷問部屋じゃないかな。満ち潮で完全に沈没する部屋があった」

「げっ水責めか。悪趣味ーー」

「泉李達があと少し遅かったら、朱璃は死んでいた」


 桜雅の表情から嘘ではないことは分かる。恐らく、桜雅の命も無かっただろう。

 琉晟が大事に抱いている朱璃は、表情こそ穏やかであるが、顔色も悪く疲労が色濃く見える。


「許せないね。まぁ、許す気なんて無いけど」

 兄の真っ黒な美しい笑顔にあまり免疫の無い桃弥が真っ青になるのを桜雅は気の毒そうに見ていた。こればかりは慣れるしかない。

 莉己と一緒に3年間いたのだから素質は有る、と後で励ましてやろうと考える友達思いの桜雅であった。


「後は、迷惑な奴らの居場所やな」

「ああ、それだったら多分、銀鐘宮で生き埋めになっているらしい」

 今思い出したと言わんばかりに着替えをしながら泉李が言った。

「生き埋め?」

「卓言が生け贄にすると言っていたらしい。朱璃の国では人柱を、立てて高貴な建築物を奉納する習わしがあるらしくて、それで銀鐘宮の事を思い出した」


「卓言ならあり得るな」

「生き埋めって……もう、助からないんじゃ……」

 桃弥がさすがに心配そうに言う。


「いや、まだ生きている筈だ。卓言はどうしても景雪に命乞いをさせたいらしいからな」

「……それは無理だろう」

 そこに居た全員の意見が一致した。

 そして、「太陽が西から昇る方があり得るわ」と真顔で言った飛天に異議を唱えるものは居なかった。


 もちろんその場に居たら、真っ先に「あり得ない」と笑っていたであろう朱璃は爆睡中であった。

 直ぐに集められた女官や医女が風呂に入れ治療にあたっているので大事には至らないだろう。


 一同は朱璃を残し銀鐘宮に、向かうことになった。





読んでくださってありがとうございました。

次回は久しぶりにあの方達の登場です。


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