28. 焼きとうもろこしと夏祭り
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焼きとうもろこしの匂いに誘われて、朱璃はフラフラと歩いていた。足留めをくらった関所で、しょうがないから商売している商い根性が好きだなぁと思いながら。人は夜店を見ると(夜店ではないが)ワクワクするのは何故だろう。
「ねぇちゃん美味しいよー1本どう?」
芳ばしい香りに惹かれ朱璃はくし焼を購入し、食べながら移動する。
「おいしー」
夏祭りを思い出した。
「よーこしゃーよーら、よーこしゃーよーよー」
幼い頃からずっと慣れしたしんだ祭り囃子が、自然に口から出てきた。
盆踊りも、小さい頃からわりと上手かった。
小学校4年生くらい迄は母と妹と行った近所の祭り。
綿菓子、かき氷、ヨーヨー釣り、くじ引き。
かき氷はいつも妹の好きなイチゴ。友達が食べていたブルーハワイが食べたかったけど言えなかった。高学年になって初めて友達と行った時、念願のブルーハワイを食べて感動。いまでも忘れられない味である。
首から下げたお財布にお小遣い、くじ引きの5等はチカチカひかるキーホルダー。
「……しまった……」
祭り囃子なんか思い出さなければ良かった。
思い出はきちんと片付けて仕舞ってあったのに、急に溢れ出てきて収拾がつかなくなってしまった。
頭の中の祭り囃子が鳴り止まない。人混みの熱気にあてられた時のように、周りの音が小さくなった。
のどの奥が焼けるように痛い。あーーあかんやつや……。
「大丈夫か……? おーい、お嬢さん」
はっとすると目の高さに中年男性がいた。
慌てて目をこする。
「迷子かな?」
首を振る。こんなところで何泣いてしまうなんて
恥ずかしい……。情けない……。
「あーー。そうだなーー。ここは歩行者の邪魔になるから、ちょっと端に寄って」
立ち上がった男は無精髭の中に茶色の優しい瞳をもった大きな熊さんだった。
優しく道端の方に連れて行かれ、朱璃ははっと我に返った。落としていた警戒心を慌てて拾おうとした時、大きな手で頭を優しく撫でられた。
「よーし。いいぞーいっぱい泣け。我慢は良くない。涙が身体の中に溜まると病気になる。パンパンになったら爆発するぞー。ほーら早く出してしまえ」
朱璃は上を見上げた。ほーら泣け泣けと数分前に会ったばかりの人が言う。
「泣かないのかー? そうか見られたら泣けないか」
男がくるっと後ろを向いた。大きな背中がどーんと現れた。
「かべ?」
「おうっ壁だ」
そもそもなんで泣いた? 朱璃は自分にといかけた。 そっかー夏祭り。
「涙止まりました。すみません。もう大丈夫です」
いい歳して通りすがりの方に迷惑かけれないと冷静になった。
熊さんがくるっとこちらを向いてじーと見つめ、また、くるりと背中を見せた。
「だめだ。まだいっぱい溜まってる。そもそもなんで泣いた?」
なぜか自然と大きな壁にポツリと呟いてしまった。「思い出してしまって……。小さい頃行ったお祭りみたいだったので」
「そうかー。故郷の祭りはこんなだったか」
「はい」
「いい思い出か?」
「はい……。とっても」
「そうか。良かったな。帰りたいのか?」
「……帰りたくないと言えばウソかもしれません。でも、もう帰れないと思うんです」
「そうかーー帰れないのか」
「はい。帰れないです」
「そうか。寂しいな」
「……寂しいですが、……今は寂しくないです」
「そうかーー。それはどうしてだ?」
家族にもう会えないと考えると、たまらなくなる。
でも、それは帰ってこない過ぎし日の思い出と同じ。
今、私が生きているのはこの世界。この世界で生きている朱璃が私なのだ。
そして私は1人では生きれない私に力を貸してくれた、大好きな人達に少しでも恩返ししたいのだ。
「寂しい時もありますが……楽しい時も辛い時も……寂しい時も1人じゃないんです。……だからここにいると幸せで……私も何かしたいと思って……」
「そうかー。わかった 」
くるりとこちらに回った熊さんは笑った。
「なんだ泣いているかのか。お前」
「……」
「俺は前に進むことを選んだお前はえらいと思う。難しく考えないで、今はしたいと思う事をすればいい。
人生ってのは成るように成るもんだ」
「……はい」
目元の笑いジワを見つめ、彼の言葉はきっと彼の人生経験から発せられたものなんだろうと感じた。じわっと胸に染み込むような感覚がある。
「それとな、時々は泣いた方がいいぞ。お前もともと泣き虫だろ」
「……」
「ほら図星だ。泣き虫は治らん。無理してるから、お前、背が伸びなかったんだ」
「……えー!!」
うそでしよー?!なにそれっどういうこと
かなりのコンプレックスであるチビの原因が、そこー?
思わず固まったまま男をじっと見つめると、ふっと意味ありげに笑われた。えっ嘘!?
「本当なんですか?」
「ああーまぁ、気にすんな」
どういう意味? 聞き流せないゆゆしき問題だよね、これはっ。
もう少しつめ寄ろうとした時だった。
なにやら後方が騒がしくなった。けんか?
「はぁー。お前、本当に迷子じゃないんだな。じゃあ、そろそろ仲間のとこに帰った方がいい」
「あのっ焼きもろこし買いたいんです」
「焼きもろこし? その先にあったが、お使い途中か?」
「はい」
「さっさと買って帰った方がいい。嫌な風が吹いてきやがった。送ってやりたいが、のんびりしてられなくてな、一人で大丈夫だな」
男が後頸部をさすってそう言い、朱璃の背を押した。
「は、はいっ、ありがとうございました」
礼を言うのが精一杯だった。何故なら男が急いでいるのが分かったからだ。自分のせいで随分足止めしてしまったに違いない。
申し訳ない気持ちで一杯になり、朱璃は去っていく男の後姿に、頭を下げた。
「名前も聞けへんかった。せめて独身かどうかだけでも聞きとけばよかったーー」
熊さん、実は朱璃のドストライクだった。(飛天のことは完全に忘れている様子)
そしてちゃんと言う事を聞いて、急いで焼きもろこし購入し商団に戻ったのだった。
その頃、馬車の中で大人しか待っている事しかできなかった二人は不安と苛立ちを募らせていた。
ようやく、葎の声が聞こえた。
「桜雅様、出発致しますのでご準備ください」
「葎、どういう状況……!?」
馬車から飛び出すように出た桃弥が思わず声を上げた。何故なら孔雀団の団員達は、それぞれ武器を片手に意気揚々と馬に乗り、まるで戦闘準備をしているようだったからだ。
「騒ぎを大きくしてどさくさに紛れて他の商団も入れてやります。ですが、お二人はそのまま南へ、竜興宮へお向かい下さい」
相変わらずの無表情で葎が言う。
「ちょっと待ってくれ。関所はもしかして強行突破するのか?」
「はい、もちろん」
「……飛天は?」
「そろそろ戻るでしょう」
自信満々に詰所へ向かった飛天が頭をよぎる。すんなり通れると言ってなかったか? っていうか飛天は何をしているんだ? 突っ込んでいい所なのだろうか。
「朱璃様は?」
「あっ、えーと、その……焼きもろこしを買いに……すまない」
葎の無言に焦り、桃弥が探しに行こうとした時だった。
「あれって…….」
夜市の方から飛天の姿が見えた。流石に服装は押さえてあるが。それでも遠目からでも一目で確認できる。
いいのか!? あんなに目立って……。光ってるし……。
狭い馬車の中でひっそりと隠れていたのが少し悲しくなった桜雅と桃弥であった。
「くそー。暑いのに頑張って損したーー」
飛天は明らかに不機嫌だ。一体何を頑張って来たのか?
「だから言ったでしょう。やはり他商団の中には該当者はいませんでしたよ。じきに天気が崩れます。早くして下さい」
どうやら、飛天の交渉が失敗するのは葎からすれば想定内だったようだ。考えてみれば、馬もかなりの数を調達しているし、団の中でも動揺は見られない。むしろ関所破りする気満々で準備をしているように見えた。
この無表情でとっつきにくい青年が、かなり有能な人物だと評価が上がったと同時に、再び飛天の信頼度がダウンした。
「はいはい」
肩を竦めながら飛天が2人を見た。
「朱璃ちゃんは?」
「焼きもろこしを、買いに……すみません」
「……しょうがない姫さんやな〜。探して来るからいつでも行ける様にしといて」
桜雅と桃弥は朱璃を止めなかった事を心から反省していた。朱璃の行動を予測するのはやはり難しい。
あの景雪と琉晟が振り回されていた気がしたのは気のせいではなかったかも、知れない。
やがて、焼きもろこしを食べ食べ、飛天に連れ戻され朱璃が戻ってきた。
「すっごく美味しいで〜」
笑顔で焼きもろこしを手渡され思わず受け取ってしまったが、一言叱っておかなくてはと桜雅が口を開きかけた時
「ホンマうまいで、食ってみー」
飛天まで勧めてきた。
桜雅は出鼻をくじかれたが、飛天の機嫌が直ってホッとした。
「飛天様」
飛天から渡された焼きもろこしを拒否し、葎はめずらしく眉をあげていた。
「んな怒んなってーー。朱璃ちゃんのお陰で尻尾掴んだで」
「本当ですか?」
「玉子や」
飛天は少し笑って言った。
「荷が腐るからって海産物は通してもらったらしいけど、玉子も割れたらあかんっていう理由で通れたんやって」
「……分かりました」
葎はさっと身を翻し、本陣の方へ行ってしまった。飛天の雰囲気もガラリと変わっており、桜雅達に緊張かを走った。
「何か分かったのですか」
「それは後で説明するわ。それよか、葎から聞いたな。竜興宮へ行け」
何が言いたげな桜雅を無言で制する。
「油断するな。今までの奴とは違う。お前の命本気で狙って来るで」
ここで何としても桜雅を捕らえたい。例えそれが死人であっても良いと言うことなのか。
朱璃には聞こえない様に小声ではあったが、飛天の声色には今までにない鋭さがあった。桜雅だけでなく、桃弥の顔色も変わる。
「朱璃ちゃんは俺が預かるからな。心配せんでもええ。竜興宮で会おう」
「判りました」
桜雅の言いたい事は言わずとも伝わっていた様だ。
不意にいつもの調子に戻って、にやっと笑う飛天に不思議と安心感を覚えた。
奇妙な再会を果たした兄のような存在だった人は、外見こそ100倍ほど派手になっていたが中身は変わっていなかった。
隣の桃弥も同じ事を思ったのだろうか、2人の肩の力がいい具合にぬけていた。
「んじゃあ、そろそろ行こか。ほんまに雨が降ってきそうやしな」
飛天の言葉に、朱璃が残っていた焼きもろこしを慌てて食べ終えようとしているのが目に映り、桃弥が呆れた様に言った。
「お前な〜。食ってる場合かよ」
「腹が減っては育児は出来ないって言うやん」
「誰が子守すんだよ。それをいうなら戦だ。莫迦」
「え〜育児やん。2人のやんちゃな息子のお母さん設定」
「じゃあ、俺はお父さんやな。お父さん達は仲よー先に行くさかい、息子達は後からゆっくりおいでや」
飛天はそう言うと、ひょいっと朱璃を抱えて自分の馬に乗せた。
「えっ 私馬乗れます!」
「えーのえーの、しっかり掴まっときや」
強引に朱璃を連れて行ってしまった飛天を見送った2人。
「あんな親父は嫌だな」
「同感」
関所の方が騒がしくなってきた。いよいよ始まった様だ。
「いくぞ」
「 承知」
吊り橋で桜雅を逃した孫卓言には後がない。
この商団な中に桜雅がいることは予測しているだろうがアジトには乗りこめず出て来るのを待っていたに違いない。そこへ飛天がこの関所に来ていることを自ら宣伝して回った。
当然、桜雅らを狙ってくるが、それは計画どおりなのである。
弟皇子の桜雅ですら囮にする飛天の非情さは、むしろ2人を安心させた。なぜなら、飛天の役職が予想通りだと証明されたからだ。それは間違いなく王の無事を意味する。
加えて、危険伴う囮としての役割を託されたことは、自分たちの力を認めてもらえたと、2人のテンションは上がっていた。
「お客さんがきたぜ」
「とっとと。終わらせるぞ。いい加減、蚊帳の外はごめんだ」
「だな」
桜雅と桃弥の力を持ってすれば孫家の私兵は大した問題ではない。本当に恐ろしいのは、雇われた暗殺部隊。
飛天の言わんとする意味を正確に理解した2人の瞳が力強く輝いた。
朱璃の好みがわかりました。
朱璃の好きなもの:トト○、ベイ○ックス、サ○ー
納得です。
ま、理想は理想ですからね。




