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24. 商談成立

 数分前まではかなりの不穏な空気がただよっていたが、空気読めない星人のおかげで、そのピリピリ感はなくなっていた。頼むから大人しくしてくれと桜雅と桃弥が念を送っているが、全く届く気配はない。


「朱璃ちゃん、玉子売りの商人さんやなかったっけ。

 もしかして茸とり名人?」

「名人やなんて〜本当ににたまたまだったんですけどね。玉子もたまたま通りがかっただけなんですよ」

 満更ではなさそうな朱璃に桜雅が溜息をついた。朱璃指揮で茸を取った時のことを思い出してしまったのだ。同様に桃弥も遠い目をしていた。


 のちに朱璃が霊霊芝狩りにおいては右に出るものはいないと本当に名人と呼ばれることになるとはこの時誰も考えもしなかったが、調子に乗せたのが飛天だということは間違いない。


「どっちも本職じゃないなら、弟皇子の従者?」

 朱璃はニコニコ答える。

「従者ってわけじゃないんです。二人とは友達で、成り行きで人探しを手伝っているんです。あっそうだ。天さん、この辺りに孔雀さんって方ご存じないですか?」

 どこまでも鈍い朱璃にとうとう二人がキレた。


「莫迦! この方が孔雀団頭領、飛天殿だ」

「えっ……。天さんが、飛天さん? 景先生が言っていた?」

 2人に睨まれているわけが、今、解った。

 もしかして、ものすごく邪魔したかも。

「あの……失礼しました」

 青くなって頭を下げる朱璃に飛天が意外な反応を示した。


「今、景先生っていうたな。朱璃ちゃん、景雪の何?」

「一応、弟子のつもりですけど……」

 飛天の質問の意図が掴めない。よく、あんた景雪様の何!?と美女から詰め寄られることがあるが、そういうやつ? しかし景雪は飛天に会いたくなさそうにしていた。なぜ?

 朱璃は閃いた。


「もしかして、先生。天さんの商団でも借金踏み倒してるんですか!? すみませんっ!! あっそうだ。この霊霊芝で何とか足しになりませんかっ」

 再び霊霊芝を差し出す朱璃に桃弥が突っ込む。


「お前いい加減、霊霊芝から離れろ 」

「えっ でも今お金持ってないもん。そんなん言うんやったら、桃弥が支払って。弟やろ」

「えーー。どうして俺が。おれだって金なんか持ってねえ」

「桃弥は変な壺とか皿とかばかり買って無駄使いしてるって聞いたで」

「なんだって!? 俺の壺のどこが無駄使いっていうんだよ。それ言ったの絶対兄貴だろ。無駄使いってのは兄貴の春本みたいなのを言うんだ」

「ああ、その意見には賛成。あんなの見て何がおもしろいんやろ。男ってよー分からんわ。桃弥見いひんの」

「っ!? そ、そんなの。ま、見るはずねーだろ」

「どもり過ぎちゃう? 好きなんやろ、やっぱり兄弟やなー」

「はあ!? あんなのと一緒にするな。言っとくが」


「お、お前ら いい加減にしろーー!!」

 飛天と景雪は知り合いだろうが、仲が良いようには思えない。飛天は誰と知り合いだとか、権力とか一切通用しない人物だとさっき身をもって理解したばかりだ。

 商人飛天を動かすためには、この孔雀団に利点があることが最優先。だとすれば、異世界から来た朱璃は宝の山だ。以前、景雪に朱璃を預けた時、チャチャックというものに興味深々だったことを思い出した桜雅は、協力の糸口がつかめそうだと必死で考えていたのに……。

なのにどうしてこいつらはっ。


 桜雅に叱られた2人は我に返った。背中に嫌な汗が伝う。や、やばい。


 その時ぷっと飛天が噴き出した。

「くっくっくっ、あいつほんまに好きやなぁ」

 3人とも身内の恥をさらしてしまったような気がして恥ずかしくなった。いや実際そうなのだが……。


「思い出したわ。2年ほど前にとにかく軽くて丈夫な弓が欲しいって言うてきたな。あれ、朱璃ちゃんのやってんな」

 朱璃が装着している弓を指差して、飛天が納得したように頷いた。

 朱璃の顔がパッと輝いた。

「これっ、天さんとこの商品やったんですね。 凄くいいです! 軽くて使いやすい、こんな弓初めてです」


 あの時は結局、景雪の注文通りの物が見つからず、腕のいい職人に造られたのだが、これ程喜んで貰えると悪い気はしない。

「そうか、それは良かった。大事に使こてくれてるみたいやな。ありがとう」


 ニコニコと嬉しそうな朱璃と、そんな朱璃をさっきと同一人物とは思えない穏やかさで見つめる飛天。

 やはり孔雀団の協力を得るためのカギは朱璃が握っている様な気がし、桜雅と桃弥は事の成り行きを見守ることにした。ただ、問題なのは朱璃が寝ていて桜雅と飛天のやり取りを聞いていない事だ。

 頼むぞ朱璃……。


 一方、孔雀団の方は飛天が絶対的存在なのか、強面の部下たちは皆、指示を待つべく大人しくしている。


 その飛天はというと、笑顔を貼り付けたまま思案していた。

 あの超無精者の景雪が弟子を取った事が信じられない。ましてや弟子の為に弓矢を自ら調達しに来たなんて奇跡としか思えない。この、一見ネジが1本足りなさそうな娘を弟子にするなんて余程の理由があるのだろう。

 まさか朱璃が異世界から来た娘をだとは思いもしない飛天は、納得のいく理由を探そうと朱璃を遠慮なく観察していた。


 市場で出会った時もそうであったが、年頃なのに男物の衣服を基にしていると思われる簡素で地味な格好。漆黒の髪も無造作に一つにクルクルと丸めて止めてあるだけ。顔立ちは美しいと言うより可愛いが、妓楼に行けば幾らでもいそうなレベルだ。そこに景雪が固執する要素があるとは思えなかった。

 ただ、1つだけ、今まで見てきた女にはないことがある。

 それは、家柄や身分を感じない自由さ。景雪の弟子であっても、王族の桜雅が友達だとあっさりと言える者はこの国には殆ど居ないだろう。名門秦家の桃弥との掛け合い漫才も大概面白かった。どうやって育てば、あんな娘になるのだろうかと興味深い。

 じーーと見つめるとじーーと大きな瞳で見つめ返してくるし、にこりと笑えばニコニコと無邪気な笑顔を返してくる。素直、単純、無邪気、阿保っぽいのが逆に気を許せて癒されるのか。

 何よりも景雪だけでなく、この桜雅と桃弥も朱璃を大切にしている。


 朱璃を値踏みする様に見つめる飛天に嫌な予感がした桜雅が自分の背に朱璃を隠そうした時だった。


「決めた。朱璃ちゃんが俺の女になってくれるんやったら、協力してもええわ」

「はっ!?」

「関所超えるだけやなくて、景雪ら救出して、今回の黒幕倒して、王様と再会するところまで手を貸したるわ」

「なっ!?」

 桜雅と桃弥の目が見開かれ、鋭さが増したのを飛天が可笑しそうに見ていた。


「本気で言っているのか?」

 桜雅が朱璃の腕を掴み、そばに引き寄せた。しかし当の本人だけは今の飛天の言葉を冷静に受け止めていたようだ。


「景先生は捕まったんですか?」

「そうや。劉莉己もな。皇子殿を追っている近衛の奴らも麓まで来てるし、ここで俺らの助けが無ければヤバいなぁ」

 景雪らが捕まったのは計算通り疑惑があるのだが、朱璃は気がついていない。

 飛天の口車に乗る前に朱璃を連れて行かなければ。

「仲間を売ってまで協力してを求める訳がない。朱璃行くぞ」


「ふーん…….それでもええけど。それで捕縛されて全員牢獄行きか。遅くても2日後には王が亡くなり

 新しい王の世になるっちゅうわけやな」


 桜雅が飛天を睨みつけた。謎の多過ぎる飛天の事を信用出来ない。朱璃を求めるには裏があるのではないかと思っている。それなのに頼らざる得ない無力な自分への怒り。苛立ちと怒りの炎が桜雅の内から噴き出しそうになっていた。


 朱璃は初めて見る桜雅の激しい怒りに思わず息を呑んだ。

 朱色の髪がまるで炎の様に燃え、深みを増した瑠璃色の瞳は視線だけで全てを焼き尽くせるほどの怒気。

 あまり感情の起伏の大きくない穏やかな性格だと思っていたが、内面にはこんな激しい気性も併せ持ってるいる事が分かった。

 そして今、この状況では無理もないが、桜雅は焦り、苛立っている。

 桃弥も次の一手に備え、桜雅だけでなく全ての動向に神経を集中させているのがわかる。どんな事があっても主君を守るという覇気に圧倒される。

 朱璃は着物の上から無意識に景雪の玉を握りしめていた。『お前が止めろ』景雪の声が響く。


「はーーい! はーい しつもーーん」

 呑気な声で朱璃が手を挙げた。

「はい、朱璃ちゃん」

「天さん。独身ですか?」

「そうや。実家の方からもそろそろ嫁さん連れて帰って来いってうるさいねん。朱璃ちゃんやったら大歓迎なんやけど」

「彼女になるってとこまでですよね」

「んーまー そう言うたな」

 明日の買い物の相談をしているかの様な軽いテンションの2人。桜雅たちとの間に温度差が出来ている。



「朱璃っ! 行くぞ」

 桜雅が険しい表情のまま朱璃の腕を引く。

「待って桜雅。天さん、私その条件のみます。でも、

 事が解決したらって事にして下さい。簡単に解決する自信ありそうやし、それでもいいですよね」


「朱璃!」

 桃弥も我慢しきれず朱璃を怒鳴った。

「桜雅も桃弥も落ち着いてって。別に私、嫌々承諾する訳ちゃうで。天さん男前やし、結構いい人やし、私も20や、彼氏欲しいと思ってたところやし。ほら、こう言うの、棚からだんご虫っていうんやっけ。あはははっ」

 2人の肩を叩いて笑う朱璃は上機嫌の様に見える。


「天さん、私約束破ったりしません。だから天さんも約束守ってください」

 飛天はニヤリと笑った。

「朱璃ちゃん、なかなか言うてくれるやん。わかった。約束するわ。というわけで商談成立な」

 握手をする2人を信じられない思いで見つめていた桜雅たちは、そのあり得ない展開に逆に冷静になってきていた。朱璃に何か考えがあるに違いない。


「3日で解決したるわ。だから、月曜の夜から、お前は俺の女やで。いいな」

 不敵に笑う飛天に朱璃はゆっくりとうなづいた。

 今のセリフ反則ーー。免疫がないのだから冗談でもやめてほしい。


「と言うわけやからな。お前らこの方たちを丁重に扱え! わかったな」

「承知」

 飛天が周りの部下をぐるりと見渡してそう言うと、だれも否とは言わず 従う姿勢を見せた。


「楓、お前らは麓の部隊足止めしろ。松、秦景雪と劉莉己、それから宗泉李の行方を追え。乾、茜の団と合流して北陽の関を突破するから準備しとけ。葎、2人を船まで案内してやれ」

 よく通る声で次々と指示を出す飛天は、まさに名将の風格を漂わせ、その指示に素早く従う様は優秀な部隊そのものだった。ならず者のあつまりと言う姿からは程遠い。

ひとまず最悪の事態は回避できた?朱璃はゆっくりと息を吐いた。


 それぞれ複雑な想いをしている3人の元へ指示を出し終えた飛天が戻ってきて、ひょいっと朱璃を抱き上げた。

「怪我の手当てしとこか。ええ医者がおるねん。あはははっ、なんちゅう顔してんねん。まだ何もせーへんって。約束は守るって言うたやろ。してほしいんやったら別やけど」

「し、してほしくないです」

 顔を赤くさせて否定する朱璃に飛天が笑う。

 そしてちらりと桜雅たちを見てから、そのまま朱璃を連れて行ってしまった。



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