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20. 名人誕生

 有能な人ってどこまでも有能なんだ。と朱璃は感心していた。

 道がなくなっても先頭を行く景雪と莉己の足取りに迷いは全く感じられなかった。方位磁石や地図を見る事も全くない。全て頭にインプットされているのであろう。


「足大丈夫か? おんぶしてやろっかー?」

 コソッと隣に来てそういう桃弥の横腹を押し返す朱璃。これで3回目のやり取り。

 泉李に固定してもらった足首は痛みはあるものの、我慢できる程度で、朱璃自身も安心していた。


「あのっ、今から会いに行く、孔雀さんってどんな方ですか?」

 景雪に聞いても答えが返ってくる事は稀なので、莉己に質問する朱璃。

「孔雀? ああ、孔雀というのは人の名前ではなく、彼の率いる商団の名前です。まぁ本人も孔雀みたいですけど。ふふふっ」

 質問しておいて何だが、朱璃は至近距離で見る莉己の笑顔に思わず見惚れてしまっていた。三年前、とにかく美しく、よく笑う人だなぁというのが莉己の第1印象だった。今もその気持ちは変わらない。

 こんなに木々がうっそうと生い茂る森の中を歩いていても、キラキラ輝いて見える。藪をかき分けいてもなぜか優雅で、森の精霊のようで、森が幻想的にすら思えてきた。


「朱璃? どうかしましたか?」

 莉己に声をかけられて朱璃はハッとした。危ない危ない、見惚れている場合ではなかった。

「いえっ、すっすみません。その孔雀団という商団に関所を通れるように力を貸して貰うのですよね。そんなに大きな力を持っているのですか?」

「商団といっても盗賊みたいなもんですから、豪傑が揃っていると思いますよ。ふふふっ」

 盗賊? 豪傑? 閉鎖された関……。それって……若者3人が顔を見合わせた時だった。


「来たな」

「来ましたね」

 まだ遠いが森の空気がザワザワし始めた。

「こっちから行くぞ」

 景雪が示した方角には道はなく、というよりそこで終わっていた。桃弥に縄を掘り投げると景雪が言った。

「そこらの木にしっかり結べ」

 状況からいって、切れた道の先の崖と言っても言い過ぎではない斜面を降りるのだろう。どうしてわざわざここを降りるのだと聞いたところで答えが返ってくる可能性は低い。もちろん逆らったりもしない。理由は『景雪だから』で十分だった。


「桃弥先に行け。次に桜雅だ」

「承知」

 縄を手にした桃弥が青くなっている朱璃に気が付き、ピンッと鼻先を弾いた。

「心配すんな。落ちたら受け止めてやる」

 緊張をほぐす様に、にかっと桃弥が笑う。

「大丈夫だ。足場になるところに一歩ずつ足を置いて行けば自然に降りていける。そのことだけ考えればいい」

 桜雅は降りる前に頭を撫でていった。


 朱璃がちらりと景雪をみると案の定しかられた。

「武官になろうってものがこんなのでビビってどうするんだボケ。さっさと行け」

 他に選択の余地はない。朱璃は覚悟を決めた。

 桃李も桜雅も、軽々降りていく。思ったよりも簡単なのかもしれない。よーし出来るっできる。

 自分にそう言い聞かせ、しっかりと縄を掴む。よしっ

「マムシに気をつけろよ」

「はい?」

 どうやって気をつければいいんですか? 躊躇した途端、下にいる2人がえらく小さく見えた。

「下を見るな。あほ」

 先生のせいです。あほーと言い返したい。


「景雪、かわいそうですよ。朱璃、いらっしゃい。私と一緒に降りましょう」

 ふわりと片腕で莉己が朱璃を抱きしめた。

「私の首にしっかりと掴まって下さいね」

 高貴な白檀の香りと甘い吐息を頬に感じ、莉己の腕の中で朱璃が仰け反った。

「だだだだだ大丈夫です〜」

 真っ赤になって腕から飛び出した朱璃に莉己がふわりと微笑んだ。

「ふふふ、遠慮はいりませんよ」

「えっ遠慮っと言うか」

 じわじわと離れる。莉己が抱きついて降りるなんて、そっちの方が恐ろしい……


 朱璃は慌てて縄に捕まり、崖から一歩踏み出した。

腕にぐっと体重がかかり、ぎゅぅと手に力を入れた。足元を見ると、当たったより足場がしっかりとあるのが分かりホッとする。

 落ち着いて一歩一歩、足場を探し、探りながら降りる。恐怖心が無くなったわけではないが、足手まといになってはいけないという想いが朱璃の気力を支えていた。


「……不公平や。足の長さで不利やん……」

 ブツブツ文句を言っていると下から声がした。

「左下に腐った切り株がある」

 ヒヤヒヤしながら見守っていた桃弥と桜雅だった。

「次は黄土色の茸のしたに岩がある」

 的確な指示にスピードが上がってきた。

「黄土色の茸、黄土色の茸、あった」

 やはり、もう少し長い脚が欲しかったと切実に思いながら岩に足を置き、安定させる。縄を握る手が痛くなってきた。手のひらを衣服に擦りつけて汗を拭き取る。

「……」

 目の前にも茸があった。もしかして、まさか、、これって、幻のきのこ、霊霊芝? どうしてこんな所に?

 まだ春なのに……まさか


 一方、ちょうど中間位までまで来てピタリと動きを止めた朱璃に4人は焦った。足がすくんでしまったか?

 それとも本当にマムシ?

「朱璃っ」

 助けに行こうと桜雅が縄を掴んだ(上では景雪が)

 その時だった。

 朱璃がパッと下の2人を見た。

「これっ! これってもしかして霊霊芝!?」

「ええっ?」

「漢方に使われるあの霊霊芝!? 抗腫瘍、止血、心臓病、胃潰瘍、不妊、抗炎症その他もろもろに効能のある貴重な茸がどうしてこんな所にっ 天然物なんて超珍しいのに。しかも黄芝! 黄芝には脾気を増し精神状態を安定化する作用があって物凄く貴重やのにーーほんまに霊霊芝?!」


 右手の茸を見せる朱璃の迫力に押され、桃弥は「た、たぶん」と慌てて返事した。


「……きゅわ〜ん」

 この状況には似つかわしい黄色の悲鳴を上げた途端、朱璃は左手の縄をハシッと握り直した。

 そして、さっきのオロオロぶりは嘘のように、右へ左へ山斜を飛ぶように走り始めた。時折、「うきゃあーん」「キャイ〜ン」と言葉にならない奇声が聞こえる。


「桃弥……朱璃は茸を採っているのか?」

 どう見てもそうとしかみえないのだが、一応 隣で同じように唖然としている桃弥に確認してみた。

「のようだな」


 崖上では莉己が2つ折れになって声が出ない程大笑いし、それを横目に景雪が眉間を摘んだ。

「何がきゅうわ〜んだ!! そんなに身軽に動けるなら最初からさっさと降りやがれ! 」


 景雪の怒鳴り声に朱璃が動きを止めた。しゅんとして、じっと動かなくなったので桃弥が慌てて小さな声で、「早く降りてこい」と声を掛けた時だった。

「景先生っ! 幻の天然霊霊芝ですよっ! 一掴みあれば、半年分のお米が買えますっ。 先生の大好きな春本(成人男性向け本)も買い放題ですよっ。ボーとしていないで先生も早く取ってください!」

 再び茸採りに熱中する朱璃は、3人をこれ以上ないほど笑わせている事に気付いていなかった。


「大したものですね。あなたの姫は」

 脱力している友人をからかっていた莉己の瞳が一瞬鋭くなった。もちろん景雪も気づいていた。

「はぁ〜すまん」

 大きな溜息の後の謝罪の言葉に莉己はないしんとても驚いていた。天上天下唯我独尊を地で行く男。それが秦景雪である。弟子の粗相を謝るなんて考えられない。

 景雪の変化が信じられなくもあり、嬉しくもあり莉己は目を細めていた。


「バク! いい加減にしろ! 追い付かれたぞ」

 我に返った朱璃が慌てて降りる姿を確認してから、景雪が莉己に先に行けと言った時だった。

 ガラガラと岩が崩れる音と共に、朱璃の小さな悲鳴が聞こえた。慌て過ぎたせいか後2メートル程のところで足を滑らせバランスを崩したのだ。


「……本当に落ちてくんなよ……。まじでびびったぜ」

 急なことで落ちてくる朱璃を抱き止めるのが精一杯だった桃弥は、その衝撃で尻もちをついた。しかし朱璃だけはしっかり守っていた。


「ごっごめんっ」

 桃弥を下敷きにしている現実にあたふたし過ぎて、

余計に立ち上がれない朱璃が逆に桃弥に抱きついている。

「お、おまっ」

朱璃の顔が近過ぎて言葉を詰まらせる桃弥の上から、無言で桜雅がひょいっと朱璃を釣り上げて立たせた。

「怪我はないか?」

「うん大丈夫。桃弥 ごめん大丈夫?」

「ああっ全然大丈夫だ、お前こそ……あ」

 桃弥が思わず目をつむった。


 降りてきた景雪の渾身の拳骨。

「うっ」

 頭を押さえて涙目で景雪を見上げると当然お怒りモードである。朱璃は素直に頭を下げ、他の3人にも何度も謝罪した。

「ふふふっ大丈夫ですよ。気にしないで」

 莉己が景雪に殴られた朱璃の頭を、優しく撫でながら言った。

「景雪が大人な御本がお好きなのは皆知っている事ですから」

 フォローする所はそこかよっと心の中で突っ込む桜雅と桃弥であった。


 やがて追っ手の気配が遠ざかっていき、5人は幸運にも見つからなかった事にホッとした。

 朱璃は自分の失態を深く反省し、その後は静かに真面目に必死に歩くのだった。


読んでくださってありがとうございます。


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