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12. 陽気な玉子売り

 翌朝、桜雅と泉李は朝市に繰り出した。

「通天は活気のある街だな。民の表情も明るい」

  桜雅がうれしそうに言った。


  3年間で視察した町村は多くあるが、辺境に行けば行くほど貧しさや治安の悪さが目立っていた。祖国が近隣諸国の中では豊かな方だと疑いもしていなかった桜雅にとって、この現実は少なからずショックだった。いや最もショックだったのは、井の中の蛙であった自分自身に対してだ。


  そんな桜雅にとって通天は自分の思い描いていた街に近かった。

「先生の内乱に巻き込まれなかった数少ない州のひとつだからな」

「州侯は確か…柳俊保殿だったな」

「ああ、清潔潔白を絵に描いたようなご仁だと聞いている。俺も実際ちゃんと話した事はないが」

「上に立つ者の力量で本当に変わるものなんだな」

「だから人選は本当に難しい」

 実感のこもった泉李の言葉に、桜雅は深く頷いた。


  少し行くと市場の外れでやけに人々が集まっている露店が目についた。そうなると、気になるのは人の常、2人とも自然とそちらに足を向けた。

「玉子売りか」

 ただの玉子売りなのだが、売り子のノリの良さと愛らしさに、人々が吸い寄せられるように集まっているのが分かった。


「新鮮な卵はこうして黄身だけ箸でつまめるんですよ。ほらっ」

  生卵の黄身を箸でつまんで見せた娘に「おお〜」と見物客から声が漏れた。その反応にすっかり気を良くした娘はニコニコッと愛らしい笑顔を浮かべた。


「この産地直送、新鮮卵がなんと8個で100元!

 8個で100元もかなりお安くさせてもらってるんですが、今日は沢山の方が集まって下さったので、特別に…2個オマケしちゃいます! 10個で100元!! 10個で100元! 数があんまりないから早いもん勝ちですよー 欲しい人っ」


  一斉に卵を買い求める声が上がる。

「桜雅、なに手を挙げようとしているんだ」

「あぁ、いや、つい」

  泉李のツッコミに、やや顔を赤くしつつ、桜雅が右手を下げ、感心したように言った。

「客の心をつかむのがうまいな。さすが商人だ」

「ああ、たかが玉子売りされど玉子売りってな」

「ところで10個100元は安いのか?」

「大体玉子の値段としてはその位だろな。ただ、100元あれば、大根なら3本、瓜だと6〜7個は買える」

「……!玉子高くないか?」

「割らないように輸送しないと行けないし、しかも生ものだ。とくにこの街は養鶏が盛んではないからな。高くなっても仕方がないさ」

 その割にはどんどん売れている。間違いなく売り子の手腕によるものだろう。


  桜雅が 感心して見ていると、売り子の娘と目が合った。

「あれ? そこの男前のお兄さんたち買うてくれへんの? ほんまにおいしい卵やのになー。こーゆー意外な お土産って嬉しいもんやとおもいますよー。奥さん喜ばはるのになぁ」

  そう言って、娘は前にいた中年の女性に話を振る。


「なぁ奥さん、そうやろ?」

  なつっこい笑顔に釣られ、その女性も笑顔になる。「そうだね。うれしいね」

「ほら〜。こーゆー小さな事でも旦那の株をぐんと上げられるもんですよー。お父さんたち最近どうです?

 奥さんのご機嫌損ねる事してません? そんな時のご機嫌取りには、白々しい宝飾品なんかより、こーゆー身近なものが1番! お前に食わせてやりたかったの一言を添えたら、もう言うことなし。家内安全、夫婦円満がたったの100元で買えちゃう!」

 

 今まで女性の客が多かったのに、この一言で野次馬だった男達が、一斉に卵を買い求め始めた。

「本当に上手いな」


  商人言葉がうるさ過ぎず、何故か心地よく心に響くそうこうしている間に10数箱もあった玉子は完売してしまった。


「すみません完売で〜す。でも来週は、この子がもっとたくさん持ってきますから、どうぞ買いに来てやってください !!」

  娘と一緒に玉子売っていた少年が、今度は1人で来るからと宣伝し、買えなかった客の機嫌を損ねないよう上手に対応している。和気あいあいとした雰囲気で、朝市全体も活気つけたようだった。


「面白いもの見れたな」

「玉子買っておけば良かった」

「だな」

 2人が屋敷に戻ろうとした時であった。


「待ってくださーい! そこの兄さーん」

  玉子売りの娘が追いかけて来た。

「すみません。さっきはダシに使わせて貰って。お陰で沢山売れました。ありがとうございました」

  ペコリと頭を下げる娘に顔がほころぶ。間近に見ると思ったよりも年齢は若そうで、漆黒の大きな瞳の器量良しだった。


「お役に立てたのなら光栄だ」

 娘に見とれているのか返事をしない桜雅に代わり、泉莉が答えた。

  泉李の微笑みを前に、娘は少し慌てたように手に持っていた紙袋を差し出した。

「ほ、ほ、本当に美味しいので、食べてみて下さい。

 玉子かけごはんがおススメです!」

  袋を泉李に押し付ける様に渡し、もう一度礼を言うと娘はバタバタと戻っていってしまった。

「ありがとなー」

 後ろ姿に声をかけてから、ぼんやりしている桜雅を小突き、市場を後にした。



「こりゃあ 美味い」

  思わず声を上げた泉李に桜雅も莉己も意義はなかった。

  屋敷に戻った2人の手土産を見た陵才が、希望通り玉子かけご飯の用意をしてくれたのだ。


「その陽気な玉子売りの娘さんに感謝しなくてはいけませんね。何年ぶりでしょうか」

  玉子かけご飯は、庶民の間で親しまれる食べ物だ。名家のご子息である彼等ににとっては逆に滅多にお目にかかれない代物だったのだ。当然、桜雅は玉子かけご飯初体験である。

「美味い!」

「新鮮な卵だから余計うまいんだ」

 娘がしていたように黄身を箸でつまみ上げて見せてから(得意げに)泉李は早くも2杯目をかき込み始めた。


「沢山買えばよかった。陵才殿たちにも分けてあげれたのに。来週まで来ないと言っていた。やはり他の市場を廻っているのだろうか」

「玉子が欲しいんじゃなくて、あの娘に会いたいんだろ」

  やっと、茶碗を置いてニヤニヤ笑う泉李に桜雅は抗議する。

「そうじゃない。俺は、玉子かけご飯がこんなに美味いとは思ってなくて、兄上達にも食べさせてあげたくてだな….」

「おやおや、そんなに可愛い子だったんですか? 私も行けば良かったですね」

「だからそんなんじゃ」

 少し赤くなって意地悪な側近を睨む桜雅だったが、急に言葉を詰まらせ固まった。


  桜雅の突然の変貌に怪訝な顔をした2人が、桜雅の視線の先を追った。

「……………」

 そこには、恨めしそうな表情で壺を抱いた桃弥が、隣室から覗いていた。

「俺……俺……玉子かけご飯、大好きなのに」

  本気で涙ぐんでいる。どうやら時間が経つにつれ、怒りよりも悲しみのほうが勝って来たようだ。


「分かったから泣くなよ〜 ほらっ食べさせてやるから。あ、飯がない。悪りぃなぁ あんまり美味かったもんだからついつい食べ過ぎっちまった」

「とっ桃弥! これをやる。まだひと口しか食ってないから」


  桜雅の差し出した3杯目の茶碗と、からっぽのお櫃と、莉己の震える後ろ姿を順に見つめていた桃弥は、スンッと鼻を啜るとパシンと戸を閉めてしまった。


「おーい。桃弥〜悪かった! いじけるなよ〜。飯貰ってきてやるから」

 声を必死で抑え笑い転げている莉己を飛び越え、泉李がお櫃を抱えて部屋を出て行った。


  桜雅が桃弥を忘れていた事を反省しつつ、改めて三杯目の玉子かけご飯を味わっていると泉莉が戻ってきた。

  お櫃の代わりに、小さな荷物を持っていた。

「近所の子どもが、俺達に届け物をもってきた」

  少し警戒しつつ、泉李が荷を開けた。

『壷の中和剤』

  3人が顔を見合わせた。




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