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心におさまりきれない壮大な海

前回のあらすじ


 渚とも和解して気持ちはお互いにすっきりさせた。

 一人部屋で退屈をもて余している宗太郎はなでしこのデッサンを何枚も描き、それを見たなでしこはおおいに喜びを示したのだった。



 なでしこさんと共に僕はお散歩することになった。


 長い間引きこもっていたので、分からなかったが季節は夏だった。


 それに改めてだけど、外の温かい風に身をさらすとすごく心地よい気分になる。


 この辺の地理はあまり詳しくないが、知らない事を知ると言う事は僕の憂鬱な気持ちを吹っ飛ばしてくれる。


 知らない土地、温かい日溜まりに包まれて、僕はなでしこさんの先を歩く。


 ふとなでしこさんの方を振り向くと、なでしこさんは僕を幸せそうな笑顔で僕を見る。


「なでしこさん、早く早く」


「宗太郎様、あまり無理はしないでくださいね。お体に触りますから」


 街路樹にラッパのような赤い花を咲かせた木が並んでいた。


「なでしこさん。これは何て言う木なの?」


「これはアメリカデイゴですね。温かい季節になるとこうしてラッパのような花を咲かせる木なんですよ」


「へー」


「宗太郎様は植物に興味がございますか?」


「興味って言うか?何か知らない事を知ると何か気持ちがすっきりする」


「それは良いことです」


「なでしこさんはロボットだから、何でも知っているんでしょ」


「以前も申し上げましたが、私達も作られた時は赤ん坊とさほど変わりませんよ。だから私も宗太郎様のように学ぶ事がたくさんあります」


「なでしこさんは、学校で何を勉強しているの?」


「まあ、普通に高校生が習う勉強です」


「友達はいるの?」


「・・・」


 するとなでしこさんは少し切ない顔になり、僕はそんななでしこさんがいたたまれなくなって、そのなでしこさんの手を取り幸せそうに笑ってくれた事に僕は安心した。


 もしかしたらなでしこさんは学校では友達がいないんじゃないかな?

 誰かにいじめられていないか心配になってきた。

 僕は学校では友達は渚ちゃんがいつもついてくれて、僕を守ってくれる。


 しばらくアメリカデイゴの街路樹が並ぶ、道を進むと、海が見えてきた。


「なでしこさん。海が見えてきたよ」


「はい。この景色を宗太郎様に見せたくてお散歩にお誘いしたのですよ」


 なでしこさんが生計を立てて暮らす家は以前僕が住んでいた家と差ほど遠くない所だ。

 こんな所にアメリカデイゴの街路樹が並び、その先には海が見渡せるなんて。


 なでしこさんと共に海に行く。

 でも何か近づく度に、壮大な海に何か怖くて後込みしてしまった。

 だから僕は壮大な海を見ないようになでしこさんの背後に回りながら、なでしこさんと共に近づいていった。


「どうしたのですか?宗太郎様」


 海が怖いなんて、僕は恥ずかしくて言えない。

 するとなでしこさんは僕の目をじっと見つめて、「怖くないですよ。これから宗太郎様は知らない物を知る為に、この先の壮大な海を私と見に行きましょう」となでしこさんはちょっと強引にも僕の手を優しく掴んで優しく誘導してくれた。


 何だろう?その壮大な海を目にしたら、心がパンクして、壊れてしまうんじゃないかという不安が生じた。


 でもなでしこさんはそんな僕を優しく誘導してくれる。

 なでしこさんを信じれば良いんじゃないか?

 でも怖い。


 僕はなでしこさんの手をひかれながら、思い切り目をつむって進んだ。


 そしてなでしこさんは立ち止まり、「宗太郎様」と声をかけて、僕は恐る恐るその目をおもむろに開いた。


 目の前には壮大な海だった。


 その壮大な物を目にした時に、圧倒され、驚いたが、次第に見つめていると、心の器がそれを少しずつ受け入れられるように、収まって、最高の気分になった。


 温かい風が僕となでしこさんを包み込み、太陽の光が照らした。


 辺りを見渡してみると、他にも人はいたが、まるでここに僕となでしこさんしかいない世界だと僕は錯覚する。


 僕の左手にはなでしこさんの右手、なでしこさんの手ってひんやりして冷たい。

 お母さんに聞いた事があるが、冷たい手の人って心が温かいって聞いたことがある。

 なでしこさんはきっと心が温かいのだろう。


 思えばなでしこさんとの生活はまだ一週間も経っていないが、僕のことを良く知り理解して、側にいるとすごく安心する。

 こうして壮大な空に包まれた海をなでしこさんと手をつないで眺めていて、いつまでもこうしていたいと言う気持ちになる。

 僕はなでしこさんが好きだ。

 なでしこさんは僕を大切にしている。

 将来なでしこさんと結婚がしたい。


 しばらく壮大な海をなでしこさんと眺めて、ちょっと寒くなってきた。


 そんな僕を察したのかなでしこさんが「寒くなってきましたね。そろそろ戻りましょうか」


 戻る時もなでしこさんの手をずっと握っていた。

 そして僕は言った。


「なでしこさん。またここに来ようね」


 なでしこさんの目をじっと見つめて、なでしこさんは幸せそうに笑って「はい」と快く返事をしてくれたことに、僕は幸せな気持ちだった。


 そして僕は人知れず思うんだ。


 なでしこさんの為に強くなりたいって。


 だから明日は何が何でも、学校に行こうと僕は心に決めた。



 ******   ******   


 そのまま手を繋いで帰ると、僕たちの家のドアに寄りかかり、渚ちゃんがいた。


 そんな渚ちゃんに気がつくと僕はこうしてなでしこさんと手を繋いでいるところを見られたらまずい気がして、咄嗟に離すと、なでしこさんは不思議そうな顔を見せて、なでしこさんも家のドアに寄りかかっている渚ちゃんに気がついた。


「あら、渚さんではありませんか」


 渚ちゃんは僕となでしこさんを交互に見つめて、何か怪訝な表情を浮かべて見てきた。


「宗ちゃん。どこ行っていたの?」


「ちょっと散歩に」


「なでしこさんと?」


「そうだけど」


 どうして僕は渚ちゃんに対して後ろめたい気持ちになるのか?


 そして渚ちゃんが僕の目をじっと見つめてきた。

 その目は僕の心を読む目だと思って、僕が渚ちゃんの苦手な所だった。

 ここで反らしたら、ダメだと思ってじっと見つめるが、僕はなぜか折れてしまい、その目を反らしてしまった。


 反らしてしまった瞬間にしまったと思ったが、もう遅い。

 渚ちゃんに対する後ろめたい気持ちがばれてしまっている。

 いつものように詰問されるのかと冷や冷やとしたが、渚ちゃんは目を閉じて、「とにかく、無事に帰ってくればそれで良いよ」と行ってその場を去ってしまった。


「せっかくですから、お茶でも召し上がって行かれたらどうですか?」


 その渚ちゃんの後ろ姿になでしこさんが言い掛けたが、渚ちゃんは「今日は用事があるのでこれで失礼します」と言って、そのまま帰ってしまった。


 その渚ちゃんの後ろ姿を見つめて僕はなぜか切ない気持ちになった。


 部屋に戻り、僕は一人になりたい気持ちになった。

 なでしこさんはそんな僕の気持ちを察するように、部屋に来て、お茶とカステラを置いて、何も言わずに部屋を出ていった。


 ため息が一つこぼれて、僕はいつの間にか、スケッチブックと鉛筆を持ってデッサンをしていた。

 描いたのは渚ちゃんの肖像画だった。


 なでしこさんの事が僕は好きだけど、それを渚ちゃんに知られると何か後ろめたい気持ちになる。そしてそんな渚ちゃんに素っ気なくされて切なくなる。

 自分の気持ちが訳が分からなくなっていた。

 なでしこさんやお母さんに教えられた通り、その気持ちはゆっくり休んで時間が経てば、すっきりするって教えられたけれども、夕方になっても何か心がもやもやとしてすっきりしない。

 この気持ちをなでしこさんに相談しようかと思ったが、何かいけない気がしてやめておいた。


「宗太郎様、夕飯が出来上がりましたよ」


 気がつけば、なでしこさんが部屋をのぞき込むように開けて教えてくれた。

 僕はベットから起きあがり、居間に向かう。

 テーブルには焼き鮭の切り身に、お浸しに、タケノコとキノコの炊き込みご飯だった。

 おいしそうだが何か食欲がなかったが、なでしこさんに心配かけてはいけないと思って、焼き鮭の切り身を一口口に入れ、とてもおいしかった。

 何だろう。おいしい物を食べると、すっきりしないもやもやが解消されていく感じがした。

 なでしこさんは相変わらず僕の向かい側に座って、頬杖をついてにっこりと幸せそうに僕の事を見つめていた。


「おいしいですか?宗太郎様」


「おいしいよ」


「おいしい物を食べると気分がすっきりするって、私はいつしか学んだことがありますが、気持ちの具合はいかがですか?」


 なでしこに心を見抜かれていた事に僕の箸が止まった。


「渚さんに対して、何か思い悩んで入るみたいですね」


 なでしこさんは僕に追い打ちをかけるように言って僕はへこんで何も言えなかった。


「詳しくは分かりませんが、宗太郎様が良ければ、私に話してみてはどうでしょう?

 問題は解決は出来ないかもしれないですけれども、話すだけで、気持ちがすっきりする事もありますよ」


 僕は迷う。

 なでしこさんの事が好きだと言う気持ちが渚ちゃんに知られたら、何か後ろめたい気持ちになる事を。

 でも話すような事じゃない。

 こんな事をなでしこさんに話したら、なでしこさんに迷惑がかかってしまうんじゃないかと思って「何でもない」と言って、箸を手に取り、おいしいご飯を食べて、気持ちをすっきりさせた。


 おいしい物を食べてなでしこさんの言う通り、気持ちがすっきりとしたが、食器を片づけて、部屋に戻った時、僕は再び思い悩んでしまった。

 だったらさっきなでしこさんに話して気持ちをすっきりさせた方が良かったんじゃないか?

 じゃあ、今台所で作業をしているなでしこさんの所に言って打ち明けるか?

 やめておこう。何か無粋な感じがするし、それにこんな気持ちを打ち明けるなんてなでしこさんに迷惑だ。

 なでしこさんはロボットで、人の心を良く看破して優れた能力を持っているが、なでしこさんは女性だ。

 亡くなったお母さんは良く僕に言っていた。

 女の子には優しくして、けっして暴力をふるってはいけないって、よく言われた。

 だからなでしこさんの気持ちを大事にして上げたい。

 それに今日素っ気なく避けられた渚ちゃんの気持ちも大事にして上げたい。

 そんな事を思いながら、僕は気がつけば、なでしこさんと渚ちゃんの肖像画を交互に描いていた。


 夜ちょっと眠れないので、デッサンを描いていた。

 なでしこさんと渚ちゃんの肖像画だ。

 時計を見ると午後十時半を示している。

 なでしこさんもそろそろ一緒に眠る時間だと思って、部屋を出て、まだこの家に来て一度も入った事もない部屋がある事に気がついた。

 扉の向こうになでしこさんの気配がする。

 僕は恐る恐る扉を開けると、なでしこさんが机の前でパソコンに向かってカタカタとキーボードを手際よく叩いている。


「あっ、宗太郎様」


 僕に気がつき、キーボードを叩く手を止め、僕に振り返る。


「何をしているの?」


「はい。翻訳の仕事をしています」


「翻訳?」


「はい。簡単に言うと英語やフランス語を日本語にする作業です。宗太郎様との暮らしの生計を立てる為に、やっている内職です」


「そう」


 と言って邪魔にならないように、速やかにその場を去って部屋で大人しく寝ようと思うと、なでしこさんは。


「眠れないのですか?」


 その通りであり、本当に眠れないと言うとなでしこさんは心配するので言えなかった。

 だがなでしこさんは僕の心を読むように、


「眠れないのですね」


「いや。その。なでしこさんは・・・仕事が・・・あって・・・その・・邪魔になる・・」


 しどろもどろな気持ちでなでしこさんに心配かけないと、必死になって言っていると、僕はなでしこさんに抱きしめられた。


 鼓動が激しく高鳴る。

 なでしこさんは何か女性特有の良い香りがする。


「なでしこさん。仕事があるんでしょ?」


「たった今終わったところです」


「僕に気を使っていない?」


「宗太郎様こそ私に気を使っていませんか?」


 なでしこには僕の心はお見通しって感じで、僕は何も言えなかった。


「お母様から伺っていますが、宗太郎様はとてもお優しい方で、心配かけまいと無理をすると。

 だから宗太郎様、私にもっと甘えて良いんですよ。

 私はその為に、派遣されたロボットですから」


 その為に派遣されたって、その言葉に僕はあまり良い気分にはなれなかった。


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