命よりも大切な物
「なでしこさん。そんな危険な事何てする必要ないよ。だから帰ろうよ」
「私がやらなくては放射能にさらされている町の住民のみなさんに面目がたちません」
「そんな事どうでも良いじゃないか。なでしこさんはこんな危険な事をしたくないんでしょ。命を懸けてまで、そんな事はしたくないんでしょ。楓さんから聞いたけれども、膨大な借金を返済するために嫌々させられているんでしょ」
「楓お姉さまの言う通り、私には膨大な借金があります。でもそれを返済するだけで、今回の件を引き受けたのではありません」
「じゃあ、放射能にまみれている住民の人達の為に・・・本気で・・・」
「ええ」となでしこさんはその瞳を閉じて訴える。
「そんなの僕達には関係ないじゃないか」
「関係なくはありません。地震で災害を受けて困っている人を私は見過ごせません」
なでしこさんの発言を聞いて、僕は自分の事ばかり考えている事に恥じる。
でも僕にはどうすることも出来ない。
自分の無力さに為すすべもない事を改めて知り、僕はショックで立つ気力さえも失い、地面に伏した。
「宗ちゃん」
渚ちゃんが駆けつけて、そんな僕を癒すように抱きしめてくれた。
「何で、何で、なでしこさんが行かなくては行けないの?なでしこさんは人間が嫌いなんじゃないの?
自分の都合しか考えない人間が、・・・」
「宗太郎様も、渚さんも人間ではないですか」
その言い方は卑怯だ。もはや返す言葉も見つからない。
それに涙が止まらない。
するとなでしこさんは僕と渚ちゃんに歩み寄ってきて、僕と渚ちゃんを抱きしめた。
「宗太郎様、渚さん。私はこうして開発されて宗太郎様と渚さんに出会えて本当に良かったと思います。
もちろん私は人間が嫌いです。
自分の都合しか考えないそんな人間が。
そんな人間に蔑ろにされて、傷ついて処分される事を望みました」
「でもなでしこさんには多額の借金があって、それを返済しなければいけなくなった」
「楓お姉さまから聞いたのですね。
私も楓お姉さまも社に都合の良いように命じられ、自由を求めました。
でも社はそんな事を許してはくれません。
でも宗太郎様、私は宗太郎様と渚さんの所に派遣されて私は幸せでした。
宗太郎様も渚さんも私をロボットのような扱いはなく、同じ人間として平等に接してくれました。
それでこのなでしこ、笑わないで聞いていただきたいのですが、なでしこは今度生まれ変わったら、人間になりたいと思いました。
それと私が今回の件を本気で引き受けたのは宗太郎様と渚さんに出会えたことがきっかけ何ですよ」
「きっかけって?」
「正直申し上げますけれども、今回の件を持ちかけられた時、強制的に命じられ、本当は死んでしまいたい程の恐怖の感情が芽生えました。
宗太郎様の言う通り、放射能にさらされている人達の事なんてどうでも良いから、この恐怖の感情から逃げ出したいと、自ら命を絶とうとしたんですよ。
でも宗太郎様と渚ちゃんに出会えて、この件を命に代えてもやり通そうとしたのです。
私も色々な人間を見てきたのですが、宗太郎様や渚さんのような純粋な人には巡り会ったことはありません。
それに思ったのです。
もし放射能にさらされている人の中に宗太郎様や渚さんがいたら、私はどうするって自分に問いかけたら、この件をこの命に代えても引き受けようと」
「なでしこさん」
「宗太郎様、渚さん。言っておきますけれども、私は死ぬつもりなんてありません。
この件が終わったら、また三人でどこかで暮らしましょう」
なでしこさんの発言を聞いて僕と渚ちゃんの心は凄く潤う。
「約束だよ」
なでしこさんは僕達から離れて、放射能漏れしている原子力発電所を真摯に見つめる。
原子力発電所は僕達の生活に欠かせない生活のエネルギーを供給している。
それが破綻したら、人間に欠かせないエネルギーは悪魔に変わる。
「何をしているなでしこ」
憤りに満ちた甲高い声が聞こえてきた。
振り向くと、小太りで黒いスーツを着た、いかにも僕的に感じの悪そうな人だ。
「今回の件で我が社の信頼がかかっているんだぞ」
「はい。大川社長」
渋々神妙に対応するなでしこさん。
どうやらなでしこさんを所有する社の長みたいだ。
近くにいる楓さんも逆らえず、その目を閉じて、黙っていた。
何だろう。この大川社長を見ていると無性に殺したくなる。
「一刻を争うんだ」
「はい」
「さあ、行け」
「はい」
そしてなでしこさんは原子力発電所に走っていった。
「あんなガラクタでも最後には社のために役に立ってくれるのでしょうか?」
大川に控えている秘書らしき人物が僕にとって聞き捨てならない台詞を叩いている。
「まあ、我が社が開発したガラクタ共にも自由を持つ法律さえなければ、あんなガラクタすぐに処分していたんだがな」
僕は我慢できずに大川社長に叫びながら立ち向かった。
すると楓さんが僕と渚ちゃんを制止した。
「何だおまえ達は?」
と大川社長。
「この人でなし」
「お前なんか放射能の餌食になれば良いんだ」
僕と渚ちゃんは大川に対して言う。
「申し訳ありません。大川社長。この子達は、私が管轄する区域の子供達で」
「お前も我が社のロボットだな」
「はい」
「名前は?」
「楓と申します」
「ロボットに人権などなければ、お前をスクラップにしていたんだがな」
たばこに火をつけて煙を思い切り吸い込み、僕達にその煙を吐き捨てた。
本気で人を殺したいと思ったのはこの時が初めてだった。
こんな人間がなでしこさんや楓さんを所有する者だなんて。
「楓とやら、このガキ共を痛めつけてやれ」
「お言葉ですが、その命令には従えません。
ご存じの通り、私達ロボットにも人権が認められる法律があります」
「くそ。政府の連中めがくだらない法律を」
大川社長はたばこをポイ捨てして、秘書と共に去っていった。
僕と渚ちゃんは悔しくて涙が止まらなかった。
あんな人間がなでしこさんや楓さんを開発した社長だなんて。
そんな僕と渚ちゃんを楓さんは抱きしめてくれた。
「泣かないの二人とも。
確かにあの社長には逆らえないようにプログラムされているけれども、聞いたとおり、私達ロボットにも人権は認められる法律が出来たの。
だからなでしこは今回の件を終了させれば自由が約束されるわ」
「でもそれは簡単な事じゃない」
僕が言うと楓さんは、
「そう。宗太郎君の言う通り、簡単な事じゃない。
でももう信じるしかないのよ。
それにもうなでしこ一人で行く事はなくなったんだから」
「それってどういう事ですか?」
涙を拭って楓さんの方を見る。
そして僕は気が付く、楓さんも原子力発電所に乗り込むつもりだ。
それは至って心強いが「僕も行きます」すると渚ちゃんも「私も行く」
しばし僕と渚ちゃんは楓さんの方をじっと見つめる。
そして楓さんのにっこりと笑って「その心意気、いつまでも大事にするんだよ」
人は一人では生きていけない。
誰かの支えがなければ決して生きていく事は出来ない。
誰でも掛け替えのない存在がいなければ、人間は生きていく事、もしくは成長する事さえも出来ないだろう。
そう僕にとって大切な者はなでしこさん。
同じく渚ちゃんもそう。
震災で大勢の人が亡くなり、その掛け替えのない存在を亡くして、絶望にさらされた人達を僕達は見てきた。
その中で日本中からその掛け替えのない者を亡くした人のために少しでも掛け替えのない存在になってあげようとする人はいた。その中に楓さんも含まれている。
考えて見れば人間にも少なからず、そう言った利己的主義者じゃない人もいるんだって。
そう思うと人間が嫌いな僕に葛藤が生じる。
人間を嫌いだと言い切って良いのか?
でも人間は利己的な人間ばかりだ。
でもそれだけではない。
でももしかしたら利己的な人間なのは僕なのかもしれない。
そんな利己的じゃない人間がいるのに見ようとせずに自分の事ばかり、なでしこさんの事ばかり考えていたんだから。
「渚ちゃん。僕は世界一利己的で自己中心的な人物だよ」
近くになぜか渚ちゃんを感じるのでそう聞いてみる。
「ううん。違うよ。利己的な人間は私の方だよ」
「いいや僕の方が利己的で自己中心的な最低な野郎だ」
「ねえ、じゃあ、私も早ちゃんもそう言う利己的で自己中心的な所はあるんじゃないかな?」
「確かにそうかもしれない」
そして僕はその事で少し考える。
「利己的で自己中心的な人物は誰の心にも存在しているんじゃないかな」
「そう言えばお母さんに聞いた事がある。自分を大切に出来る人間になりなさいって」
「自分を大切に出来る人間って・・・」
何か渚ちゃんにヒントを貰った感じがして、その『自分を大切にする』って言う言葉を頭の中で僕は思い巡らせ反芻した。
『自分を大切にする』
『自分を大切にする』
そう言えばなでしこさんも、僕のお母さんも言っていた。
そう言えばロボットにも人権が認められる法律が出来たと聞いた。
もしかしたら、なでしこさんはこの事を引き受けたくなければ却下出来たのかもしれない。
なでしこさんは自分を大切にしたいから、無茶な放射能漏れした原子力発電所に向かった。
なでしこさんはこの件を強制は強制でも引き受けたくなければ、それが出来たんだ。
なでしこさんは強制された時、死んでしまいたいと言っていた。
でも僕と渚ちゃんの出会いで、放射能漏れした発電所を除去したいと思った。
それは被災者の中に僕や渚ちゃんのような人がいると思ったからだと。
そのなでしこさんの思いは自分の命を投げ捨てる覚悟だ。
なでしこさんは命よりも、自分の思いの方が大事なんだ。
なでしこさんは自分の気持ちを大事にする事に対して命を投げ出す事も厭わない。
それはロボットだから出来る事なのか?
いやなでしこさんはロボットでも人間と同じ感情を持っている。
様々な邂逅を経て、自分の命を犠牲にしても人命を救いたいと言う、本当に素晴らしい人格者へとなっていったのだろう。
本当に素晴らしいかもしれないけれど、僕は嫌だ。
僕はそんななでしこさんは嫌だけれども大好きだ。
そう好きなんだよ。
好きすぎる物が失われる恐怖を僕は知っている。
それはまさにこの世の恐怖のどん底にたたき落とされた気持ちにさらされる。
また僕はお母さんを亡くした時のような気持ちを味わらなければならないの?
そんなの嫌だよ。
被災にあった人の事なんてどうでも良いよ。
なでしこさんにはそれを救うのに命を懸ける必要なんてないと思う。
なでしこさんは自分の気持ちを大事にしているけれども、僕や渚ちゃんの気持ちを考えているの?
自己中心的な事を言っているのは分かっているよ。
でも仕方がないんだよ。
なでしこさんが死んだら、僕と渚ちゃんはどうなるの?
何?悲しんでいるのは僕たちだけじゃない?
うるせーよ。うるせーよ。うるせーよ。
人間なんて自分の事しか考えない連中ばかりじゃん。あのなでしこさんを開発した社長の大川を見て見ろよ。
思えば金や権力を持っている人間が、非情なのが世の常なの?
金や権力で物を言わせて、気に入らない人間はそれで排除する。
なでしこさんは原子力発電所に人命を救う為に命を懸けて行っているのに、社長の大川は遠くで高見の見物をしながら傍観して、それで成功したら、大川が世間で英雄のように扱われる。
じゃあ政府はどうしてロボットにも人権が認められるようになったのか考えたことはある?
うるさい。うるさい。うるさい。
僕と渚ちゃんは本当に富みも名誉も権力なんていらない。
お願いだから僕達から大切な物をこれ以上奪わないで。
僕と渚ちゃんからの一生のお願いだよ。
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ここはどこなの?
「気が付いた?」
まどろんだ瞳に写ったのは眠っている僕を膝枕であやしている渚ちゃんだった。
「僕はそういえば・・・」思い出せない。
「どうやら私達は無謀にも原子力発電所に行こうとする事に楓さんに気絶させられたみたい」
辺りを見渡すと、夜の草原で、明かりのともる方を見ると、原子力発電所が見える。
「なでしこさんは?」
「とにかく早ちゃん。私達はなでしこさんを信じるしかないよ」
原子力発電所の方をじっと見つめる。
心なしか?なでしこさんの悲鳴のような声が僕に木霊しているような気がした。
だから僕は叫んだ。
「なでしこさーん」
と。




