スケッチスケッチ
前回あらすじ
隣の仮設住宅でなてしこと同じような女性に出会う。
隣の区域の昼食会が終わって、ロボットの女性は一人になった。
僕と渚ちゃんはロボットの女性にこっそりと後を追うように、後ろから付けていった。
「早ちゃん。別に私達、こそこそとしないで堂々と会いに行ったらどう?」
「いや、人前でロボットの事を公言するのは良くないと思うから」
そんなロボットの女性にこっそりと後を追い、角を曲がった。
そして曲がった角からこっそりと伺うように見ると、ロボットの女性の姿はどこにもなかった。
「あれ、おかしいなあ?」
「居なくなっている」
僕と渚ちゃんは辺りを見渡したが、ロボットの女性はおろか誰もいなかった。
「わっ」
と背後からいきなり大声が聞こえて僕と渚ちゃんは驚いて、思わず地面に伏してしまった。
いきなり何事だと思って、背後を見ると、ロボットと思われる女性がいつの間にか僕達を後ろから大声で脅かしたようだ。
「何よもう」
渚ちゃんが言うとロボットと思われる女性は大笑いしながら倒れた僕たちを見下ろして言う。
「何よもうってそれはあたしの台詞だよ」
とにかく僕は立ち上がり、渚ちゃんに手を差し伸べて立ち上がらせて、僕と渚ちゃんは地面に倒れた時についた砂埃を振り払う。
確かに女性の言う通り、失礼な事をしたのは僕達だから、「ごめんなさい」と渚ちゃんの分まで謝った。
「ところであんた達、いつもあたしの事をじろじろ見ているけれども、あたしに気があるのかい?」
「実は・・・」
渚ちゃんがロボットなのかと聞きそうだったので、何かそれはまずい気がして、渚ちゃんの口元を後ろから押さえつけて僕は言う。
「いや、気があるって言うか、いつもみんなと遊んでいて僕達も一緒に混ざりたいなと思って。って言うか隣の区域の担当のボランティアの人ですよね。だからダメかなって」
「それなら、こそこそとしないで堂々とあたしに言えば良いじゃない」
確かに言うとおりだ。最初から渚ちゃんの言うとおりにしていれば良かったのかもしれない。
「あの、あなたのお名前は?」
「君が訪ねて来たのだから、まず君から名乗るのが礼儀じゃないかな?」
おっしゃるとおりだと思って「すいません。僕は楠木宗太郎と言います」続いて渚ちゃんも「私は南渚と言います」
「楠木宗太郎君に南渚ちゃんね。分かった。私の名前は市川楓。私の事はみんな楓さんとか楓ちゃんとか呼ばれているわ」
にっこりと微笑み握手を求めてくる楓さんの手を握る。
その手はなでしこさんのように細くてひんやりと冷たい感触がした。
その時、僕の鼓動がドキッと高鳴った。
何にそのようなドキッとした感情になってしまったのか?
僕は楓さんに何か特別な感情が抱いたのは自分では否定しておきたいが、どうして僕の鼓動は高鳴ってしまうのはなぜだろう。
その後渚ちゃんも、その握手を交わして、楓さんはこれから、子供達と遊ぶ予定だ。
僕達は楓さんに連れられ、子供達の所へと行った。
子供達はいつものメンツで楓さんと遊んでいる様子を見て顔は覚えている。
いつも楓さんと遊んでいるみんなも僕と渚ちゃんの事が気になっていたみたいだ。
隣の区域だからと言って、遊んではいけないと僕は思いこんでいた事に「そんな事はないよ」と言われて、僕はちょっと恥ずかしい気持ちでもあった。
とにかくロボットだと僕と渚ちゃんは密かに思う楓さんの素性を明らかにしたい。そしてなでしこさんの手がかりを知る事が出来るかもしれない。
どのように話を持って行こうか考えている。
楓さんは僕達も入れて、みんなとドッチボールをする事になった。
楓さんはその微笑ましい穏やかな笑顔で僕と渚ちゃん、それに子供達に接している。
一緒に遊んでいて気がついたが、この楓さんと遊んでいる子供達は決して悲しい顔はしない。
あの震災があったのだから、子供達は不安と悲しみに満ちあふれているはずだ。
じゃあ、我慢しているのか?
いやそうは見えない。
僕と渚ちゃんも含めて楓さんとこうして遊んでいると、悲しい気持ちが不思議と感じられない。
楓さんと目が合うと、ニコッと笑ってくれて、何か気持ちが高揚してくる。
それは僕だけじゃなく、どの子もみんな平等に接して、不安や悲しみを払拭させるようにニコッと笑う。
それはなでしこさんを彷彿させるような笑顔だった。
それで僕は気がついたが、僕は楓さんにドキッとしてしまうのは、なでしこさんと面影が重なったからと言う事に。
別に楓さんに恋愛感情があるとか、もしかしたら一理あるかもしれないが、それは違っていて、そして改めて気づかされるが僕はなでしこさんの事が好きだと。
僕はなでしこさんが生きている事を信じる事で僕が僕でいられるのだ。それは家族を失った渚ちゃんも同じなのだ。
僕と渚ちゃんになでしこさんの代わりなど、この世界のどこにもいないのだ。
それはロボットの楓さんも代わりにはなれない。
それは当たり前の事だ。
だからもうためらっている場合じゃないかもしれない。
一刻も早くなでしこさんの安否を知るために、楓さんに聞くしかない。
楓さんがロボットだと言う事が周りにばれたら、何か良くないだろう。
だから楓さんはロボットである事を隠している。
みんながいなくなった所を見計らって、楓さんと距離を縮めて、聞いてみようと思う。
そう思いながら僕と渚ちゃんは、楓さんと共にみんなと遊んでいる。
楓さんは時計を確認して「そろそろおやつにしましょうか?」
子供達はみんな喜んでいる。
でも僕と渚ちゃんは子供は子供でも、そんなおやつで喜ぶほど子供じゃないし、おやつは僕達と違う区域だから、僕達はもらえないだろうと思って、ここはいったん、引き上げようと思ったが、楓さんは僕達を快く誘ってくれて、僕と渚ちゃんもご相伴に預かる事になった。
隣の区域の仮設住宅の広場には、おやつの準備が整っていた。
おやつはボランティアで支援してくれる。
その中の楓さんはその一人なのだろう。
「渚ちゃんに宗太郎君、君達の区域のお友達も呼んできたらどう?ご馳走するけれども」
楓さんの話を聞いて僕の気持ちは曇ったかのように嫌な気持ちになった。
そう僕達の区域の子供達はみんな地震からの災害で色々な大事な物を失って、僕達のように元気な子はいないのだ。
楓さんは僕と渚ちゃんの意を汲み、どうやら悪い事を聞いてしまった事に気がついたみたいで、複雑そうに僕達にどんな言葉をかければ良いか言葉を選んでいる様子だった。
でも楓さんは凄く前向きな人で「とにかく、みんなと一緒におもちを食べようよ。みんなと食べる物って凄くおいしくなるみたいだからさ」
僕と渚ちゃんは顔を見合わせて、「分かりました」と僕が言った。
楓さんは言った。『みんなと食べる物って凄くおいしくなるみたいだからさ』って。
やっぱりロボットだ。食事を口にする事が出来ない体なのだ。
きっと楓さんも、なでしこさんと同じようにミネラルウォーターをエネルギーにしているのかもしれない。
それは思った通りであり、楓さんはおもちはいっさい口にはせずに、紙コップに注がれたお水を飲んでいた。
僕と渚ちゃんはおもちを配られて、子供達とは距離を置きながら、二人でおもちを口にしていた。
「おいしいね」
渚ちゃんはおもちを口にしておいしいと言う。
おもちはきなことあんこが付けられた物だ。
僕も口にして本当においしかった。
そう言えば、僕達の区域に配給されたお弁当はまずくはなかったけれども、震災に遭ってから、食事がおいしいとは思った事がなかったっけ。
本当に楓さんの言う通り、みんなで食べる食事はおいしかった。
でも楓さんはその事を知識として頭にインプットされているだけで、実際には味わった事がないのだろう。
そんな楽しい時間を満喫している最中に、また余震が来た。
「宗ちゃん」
心配そうに渚ちゃんは僕に言い掛けるが、僕は「大丈夫だよ。それほど大きいものじゃない」と安心させた。
僕と渚ちゃんはそれほど余震は心配じゃないが、他の子供達はパニックに陥っている子もちらほらいた。
その光景を目にして心が痛む。
余震よりも、こうして誰かが苦しんでいる所を見ると本当に嫌な気分になる。
でも僕も渚ちゃんもその子達にどうする事も出来ないので、見て見ぬ振りをしているしかない。
そこで楓さんが泣いている子供達を落ち着いた表情で対応していた。
きっと泣いている子供達は余震で震災の事を思い出してしまったのだと思う。
中には我慢して泣くのをこらえている子供もいる。
そんな子供達は楓さんに泣きつき、楓さんはただ静かに抱きしめ、子供達が落ち着くのを言い聞かせていた。
その光景を目にして、やはりなでしこさんと重なる。
なでしこさんも楓さんもロボットで、誰かの為になすためには自己犠牲をする事を否まない。
楓さんに泣きついている子供達は、まるで母親を思うような感じだ。
そんな光景を見ていると、僕も楓さんに泣きつきたいとさえ思ってしまい、なでしこさんが恋しくなる。
涙がこぼれ落ちそうな時に、僕の手に暖かな温もりに包まれたかのように感じがした。
「渚ちゃん」
渚ちゃんを見ると、ただにっこりと笑って僕の手を優しく握って癒してくれる。
僕の手を握る渚ちゃんの手に包まれる感触は、僕のすべての悲しみをぬぐい去ってくれているようにも思える。
きっと僕の悲しみをいち早く察知して、僕の心を癒してくれたんだ。
とにかく泣かないようにと堪えていると、渚ちゃんは僕を抱きしめた。
そんな事をされたら僕は泣いてしまう。
涙なんて見られたくない。
でも渚ちゃんは泣いても良いよと言わんばかりの包容だった。
それに泣いていたのは僕だけじゃなく、僕の悲しい気持ちを察知して包容してくれた渚ちゃんも泣いていたのだ。
どうやら渚ちゃんは僕の気持ちを癒すだけでなく、自分も僕を引き寄せる事で、癒されたかったんだ。
僕も大切なものを失っている。渚ちゃんも同様。
それにここの仮設住宅に住んでいる人達も同じなのだ。
そう思うとなぜか、悲しい気持ちが軽くなった気がした。
そう。悲しいのは僕だけじゃない。
仮に僕だけの悲しみに捕らわれていたら、僕はその悲しみに潰されてしまっていただろう。
だから渚ちゃんでも、この仮設住宅で暮らしている人達とも、分かち合って生きた方が賢明だと思った。
それが本当の助け合い何じゃないかって。
余震は収まり、僕と渚ちゃんも気持ちは落ち着いて、楓さんを母親と慕う子供達の気持ちも落ち着いたようだ。
僕と渚ちゃんはとりあえず、なでしこさんの事はおいといて、隣の区域の子供達と本気で仲良くなろうと思った。
隣の区域の子供達は僕と渚ちゃんがいつも何かを書いているところを見ていたので、何を書いているのかと問われて、僕と渚ちゃんは顔を見合わせて、頷きあって、僕たちの区域の仮設住宅に戻り、そのスケッチブックを取りに戻って、みんなに見せて上げた。
「上手だね、宗太郎君も渚ちゃんも」
「宗太郎君の絵だけど、これは宗太郎君で、これが渚ちゃん。この人は?」
なでしこさんを描いたデッサンを指さす正人君と言う男の子。
「この人はなでしこさんって言うんだ」
「綺麗な人だね」
すると、楓さんが横から注目してきた。
その様子だと、楓さんはやはりロボットで、なでしこさんの事を知っていて、もしかして知り合いなのかもしれないと僕は睨んだ。
僕はチャンスだと思った。
楓さんはなでしこさんの事を知っている。
このように楓さんと距離を縮めて行って、なでしこさんの手がかりが得られるんじゃないかって。
「楓さんもどうですか?」
とスケッチブックを差し出す。
なでしこさんが描写されているデッサンを見せつけた。
無言の驚愕の反応だった。
普通だったら、うまいねとか言うところだけれども、何も言わずにただ驚いて見ている様子だった。
「楓さん」
声をかけて、目で『なでしこさんの事を知っていますね』と言う視線を送った。
すると聡い楓さんは僕が楓さんがロボットだと言う事に気がついた感じだった。いやロボットだと僕が気がついたのを知ったのはちょっと前だったかもしれないが、いつ気がついたかは定かではない。
僕も渚ちゃんも分かっている。
ロボットだと言う事を世間に明かしていけない事を。
すると楓さんはその瞳をおもむろに閉じて、そして開いて、僕の目を真摯に見つめて言った。
「早ちゃんも渚ちゃんも、後でお話しましょう」




