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生きること。


 あれから二週間が経過して、身よりの亡くなった僕と渚ちゃんは仮設住宅に入り、生活支援を受けながら生活している。

 あの震災からクラスで生き残ったのは僕と渚ちゃんだけだった。

 友達が死んだ事を真に受けて、僕と渚ちゃんは涙も出ないほどの悲しみに打ちひしがれていた。


 時々僕はふと思う。

 僕が死んでしまえば良いんだと。

 その事を渚ちゃんに言ったら、怒りを露わにして僕の頬を思い切り殴りつけたのだ。

 『冗談でもそう言う事を言わないで』

 と言って。

 だから渚ちゃんの悲しい顔は本当に見たくないので、そんな悲しい事を思っても口にしないと僕は心に誓った。


 そしてあれから眠る度にいつもなでしこさんの夢を見る。

夢の中で現れたなでしこさんは僕を幸せにしてくれる。

 だが目を覚ました時、まるで絶望のどん底に陥るような気さえしてくる。

 だったら夢から覚めなければ良い。

 ずっと夢の中でなでしこさんと一緒にいたい。

 そして眠ることさえも目覚める事さえも、僕は怖くなり、何をするにしても怖くなる僕がいるのだ。

 でも確かに目覚めた時に絶望に苛むが、そこに渚ちゃんが入る事が僕にとっての唯一の生きる希望だ。

 また三人で出かけたい。

 また三人でおいしい物を食べに行きたい。

 また三人で写生をしたい。


 そうまた三人で写生をしたい。


 そう思って僕は心を悲しみに捕らわれないように、起きているときはずっと絵を描いていた。

 僕はこうして絵を描いていないと、不意に悲しい気持ちに捕らわれて、絶望的な気持ちになるのが嫌だからだ。


 主に描いているのはなでしこさんと渚ちゃんの絵だった。


 そして描き終わって、じっと眺めると幸せな気持ちにさせてくれる。

 でもあまりじっと長く見続けていると、悲しい気持ちになるので次から次へと僕は描いて描いて描きまくって、心に悲しみの隙を作らないように描き続けた。


 でも体力の限界が来て、ふと気分転換に外に出ると、木の下で渚ちゃんがうずくまっている。

 いつもの事だった。

 両親が亡くなり、クラスメイトの友達もみんな震災で命を落としてしまったのだ。

 その悲しみを癒すには二週間では短すぎるだろう。


 僕も唯一の肉親である母親を亡くした時、一年近くは何も出来ない状態に陥った。

 でもその悲しみを拭ってくれた存在はなでしこさんだった。

 もしなでしこさんがいなかったら、立ち上がる事さえも出来ずに、もしかしたら震災に巻き込まれて命を落としていたかも。

 そのなでしこさんはもういない。

 でもなでしこさんは死んだ訳じゃない。

 そう思うと、何か心に希望がもてるようになる。


 でも今僕の唯一の希望は渚ちゃんだ。

 だから木の下でうずくまっている渚ちゃんを連れて散歩に出かけようと思ったが、どうしよう。

 うずくまっている渚ちゃんから、何か近づくなと言うような感じがする。

 でも少しでも渚ちゃんには元気になってもらいたい。

 だから僕は勇気を振り絞って木の下でうずくまっている渚ちゃんの元へと歩み寄った。


「な、渚ちゃん」


 声をかけると渚ちゃんは垂れているその頭をおもむろに上げて、僕を見上げた。

 渚ちゃんの顔を見ると、げっそりとやせこけてしまって、目には以前のような輝きは感じられない。


「早ちゃん」


「これから気分転換に散歩に行くんだけど、良かったら渚ちゃんも行かない?」


 すると渚ちゃんはちょっと嬉しそうに感じで、笑ってくれた。

 そんな渚ちゃんを見て、僕はホッとしたと同時に嬉しい気持ちになる。


 渚ちゃんと一緒にこうして久しぶりに渚ちゃんと歩いていると、こんな時に心強い何て表現は不適切かもしれないが、独りぼっちじゃないと確信して僕は安心してしまう。


 思えば渚ちゃんとは朝と夜の挨拶しか、この二週間していない。


 散歩するところと言っても、仮設住宅の近くのとある避難場所兼公園である。

 震災の時にこの公園にたどり着いた人は皆助かったと聞いている。

 今更そんな事を聞いても僕と渚ちゃんにとってはどうでも良いことだった。

 思えば、僕たちが助かったのは明らかになでしこさんのおかげだ。

 なでしこさんが居なければ、僕も渚ちゃんも津波に飲み込まれて海の藻屑となっていただろう。


 渚ちゃんと散歩して、なでしこさんの事が思い浮かんで、その事を話題にしようとしたが、僕が辛くなるのであえてしなかった。

 もしかしたら渚ちゃんもなでしこさんの事を心を痛めているかもしれないし、お互いの為にこの話題をするのは良くない。


「宗ちゃん」


 ようやく渚ちゃんが口を開いて、僕はただそれだけで嬉しく思って「はい」と急にかしこまって返事をしてしまった。


「なでしこさんはどうしたのかな?」


 渚ちゃんの言葉に僕は胸を痛めた。

 別に渚ちゃんに悪意がある訳じゃないのは分かる。

 それに僕の気持ちを察する余裕もないことも分かる。

 さらにここで渚ちゃんの質問を流してしまったら、少しだけ元気を取り戻した渚ちゃんがまた、落ち込んだ状態に戻ることを僕は恐れた。


 だから明るく振る舞おうと頭の中で、色々とどんな返答をすれば良いのか迷っていると渚ちゃんは、「また三人でお出かけしたかったね」と渚ちゃんは無理に笑顔を取り繕い、消え入りそうな声で言ったのがちょっと辛いが、不思議となでしこさんの話題を降られて、傷つく気持ちにはならなかった。


 だから僕は言ったんだ。


「きっとまた出来るよ」


 と僕は根拠はないが渚ちゃんの目を見て。


 すると渚ちゃんの表情が徐々に明るくなっていくように、おもむろに僕にその笑顔を見せてくれた。


 久しぶりに渚ちゃんの元気な笑顔が見れて僕は正直嬉しかったんだな。

 本当に根拠はないけれども、また三人でお出かけしたり、学校に行くことだって出来ると、心から信じることが出来て、鬱蒼とした気持ちに陽気な日差しに照らされたかのごとく、ミルミル僕も元気を取り戻せた感じだった。


 そうだよ。

 またなでしこさんに会えるよ。

 僕も渚ちゃんもこの震災で大切な者を失っている。

 確かにそれは僕たちだけじゃない。

 でも渚ちゃんはどうか分からないけれども、なでしこさんが生きていると信じる事で僕は希望がもてる。


 そして渚ちゃんもなでしこさんは生きていると信じて、希望を持つことが出来た。


 僕と渚ちゃんはいつも二人きりだった。

 仮設住宅には僕達のように家族を失った人はたくさんいた。

 夜な夜な僕たちの部屋まで鳴き声が聞こえてくる。

 そんな声を聞くと辛いが僕達には関係のない事だと割り切ろうとした。


 仮設住宅で僕は出会ったんだ。

 なでしこさんと同じロボットの人を。

 そのロボットの女性は端から見たら、普通のしっかり者の美人さんにしか見えないが、僕には一目見て分かった。

 どうやらこの仮設住宅に派遣されてきたみたいだ。

 きっとロボットの事は隠していると僕は思った。

 だから僕も遠くから見て、あーロボットの人なんだなあと何となく思っているだけであった。


 そのロボットの女性は茶色がかったボブカットヘアーでいつも紺色のジャージを着て、家族を失った子供達と遊んだり、食事のお世話をしたりしている。


 もしかしたらなでしこさんの事を知っているかもしれないと思って距離を縮めて近づこうとしたがやめておいた。

 そんな事をしたらとんでもない事になりそうだし、ロボットって言っても確信がある訳じゃないし、もしかしたら僕の思いこみかもしれないし。

 でもあれはロボットだよな。


 日々、渚ちゃんも元気を取り戻してきて、普段は僕と一緒にスケッチブックで写生をしたりしている。


 今公園からの空の風景を写生している。


「絵を描いていると何か落ち着くね」


 ふと渚ちゃんは一息ついて、僕に問いかけてくる。


 写生をしていて、いつも公園であのロボットの人が子供達と戯れている。


「早ちゃん」


「何」


「いつもあの女の人を見ているけれども、気でもあるの?」


「いや、別に」


「きれいな女の人だよね」


 渚ちゃんは目を細めて棘のある口調で僕に言う。


「別にそんなんじゃないよ」


「じゃあ、どうしていつも見ているの?それに・・・」僕のスケッチブックを取り上げて、ページをパラパラとめくり、「これは何なの?」とロボットだと思っている女性のデッサンが描かれていた。

 どうやらまた無意識のうちに僕は描いてしまったみたいだ。


「これは・・・その・・・」


 もはや言い逃れは出来ない。渚ちゃんの威圧的な視線が痛い。


 僕はため息を一つもらして、事情を説明した。



 ******   ******   ******



「確かに言われてみれば、そんな感じがするね」


 事情を説明して公園で子供達と戯れているロボットと思われる女性を見て渚ちゃんが言う。


「でも、まだそうと決まった訳じゃないし、ただ何となく僕が気になっただけだよ」


「もしかしたら、あの人ならなでしこさんの事を知っているかもしれないよ。だから聞いてみるのはどうかな?」


「いや、それはまずいでしょ。まだロボットだとは確信がないし、そんな事を聞いて、もし違っていたらどうするの?恐ろしく恥を欠くよ。

 それにもし本当だったら、本人はそれを隠しているだろうし。あまりそういうのを詮索するのは良くないよ」


「でも、なでしこさん・・・」


 そういって渚ちゃんは表情を曇らせる。

 その表情を見て、僕は迷う。

 なでしこさんが生きている事を僕たち二人は信じて、今はそれを希望にして生きているような物だ。

 だから思い切って聞いてみようと思うが、何か気が引ける。


 部屋に戻り、丁度昼食の時間で、いつもの配給のおばちゃんがお食事のお弁当を届けてくれた。


 お礼を言って、お弁当を僕と渚ちゃんの分の二つ手にして、ラジオを聴いている渚ちゃんの元へと行く。


「渚ちゃん。お弁当」


「ありがとう。丁度お腹がすいていたからね」


 渚ちゃんは本当に元気を取り戻していった。

 以前までは食事も食べられない程のショックに追いつめられていたからな。

 それに僕と描いている絵も、上手に描けていて、精神的に余裕が出てきたことが分かる。


 ラジオはあの壊滅的な地震から三週間がたった今も地震の話題で持ちきりだった。

 死者は一万五千人に達し、行方不明者も相次いで死亡が確認されて来てそれをとどまる事はなかった。

 特に隣県の原子力発電所が崩壊して、その県は放射能にさらされ、亡くなった人もいて、その県には放射能が蔓延して、もはや近づく事も出来なくなる程だ。

 もうラジオ聴いているとネガティブな感情が芽生えるので、僕は渚ちゃんに断る事なく消した。


「ちょっと何をするの?」


「聞いていて辛くならない」


 言葉を失う渚ちゃん。

 でも渚ちゃんは消したラジオの電源を入れて「とにかく辛いけれども、こうして情報を聞いておかないと、何が起こるか分からないから」


 そういった直後にまた余震が来た。


 ラジオではあの震災から百七回目の余震だと言っている。


 渚ちゃんの言う通りだ。


 辛くても、ちゃんとラジオで情報を得て構えていないといけない。

 それよりも、渚ちゃんは元気にもなったし、本当に強くなった。

 この仮設住宅に一緒に来た時は、余震がくる度に、凄く怯えていた感じだし、ラジオも聴くのも嫌がっていたのにな。

 家族を失い、友達も亡くして・・・でも僕と渚ちゃんはなでしこさんが生きている事を信じている。その気持ちが僕も含めて渚ちゃんを強くしているのかもしれない。


 だから僕はなでしこさんの事をあのロボットの人に聞いてみようかと思い始めた。


 食事中に渚ちゃんと相談して、渚ちゃんも大賛成だった。

 でもどのように話を切り出せば良いのか、考えなくてはいけない。

 本当にあのロボットの女性に失礼のないように距離を縮めてから聞いてみる事を渚ちゃんと相談して決まった。


 食事が食べ終わった時、すぐに部屋を出て、ロボットの女性がいる所へと向かう。

 あのロボットの女性は僕たちが暮らす仮設住宅の隣の区域担当なので、僕達には関係なく、僕達には面識は合っても、あっちは何も面識もない。

だから名前すら分からない。


 事情徴収から始めようかと考えたが、彼女は今、隣の区域の仮設住宅に暮らす人達に、お昼を提供していた。


 それにしてもよく目立つ人だ。

 人が紛れる中で彼女を見つけるにはたやすい。


 僕と渚ちゃんは彼女を遠くから見つめて、どのように距離を取っていこうか考える。

 彼女を遠くから見て、気のせいか、彼女が一瞬僕を見て、微笑んでくれた気がした。

 気のせいなのか分からないけれども、心臓がちょっと飛び跳ねそうな心境になった。


「どうしたの宗ちゃん」


「別に。とにかくあの人混みの中で彼女と接するのは、あまり良くないから出直そう」


「そうだね」


 本当に気のせいなのか分からないけれども、彼女は一瞬僕の方を見て、微笑んだような気がした。

 その一瞬の出来事が鮮明に浮かび上がり、あの笑顔がなでしこさんと重なる何かを僕は感じた。


 きっと彼女はロボットだけど、その身の上を隠していると、証拠はないが改めて確信した。


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