なでしこの悲しみ
前回のあらすじ
突然街を襲った大地震。
危機一髪のところでなでしこに助けられ高台の灯台へ。
街から飛散物が3人を襲い、なでしこは命をかけて渚と宗太郎を守る。
満身創痍となったなでしこの前に宗太郎は立ち上がり無謀にも守ろうとする。
ここはどこだろう?
何も見えない。
何も聞こえない。
まるで僕の意識だけが存在しているような感じだ。
僕は死んでしまったのか?
だったらここは死後世界?
天国なのか地獄なのか?
天国でもなさそうだし、かといって地獄でもないような気がする。
ただ僕の意識だけがはっきりしていている。
これは意識と言うより僕の魂だろうか?
じゃあ僕は死んでしまったのか?
本当に死後の世界があったなんて驚きだな。
人間は死んだら、ただ土に返るだけだと思っていた。
そう僕は炎の竜巻のような、なでしこさんが言っていた火災旋風に包まれた町から、爆発物が飛んできて、僕は・・・。
そこから僕は何も思い出せない。
存在するのは僕の意識だ。
僕の肉体は消滅して魂になったのだろうか?
どうやら僕は死んでしまったようだ。
そう思うと絶望の気持ちに苛まれた。
なでしこさんと渚ちゃんはいないのかな?
魂となったら孤独を強要される状態に陥る定めなのかな?
孤独は嫌だな。
泣きたい気持ちだが、涙も流せない。
悲しい気持ちが芽生えた時に、目にも映らないし、触られる感触がないが何か感じる。
何だろう?根拠はないのだが、渚ちゃんとなでしこさんを感じる。
そう感じた時に、僕の心が潤うように、気持ちが高ぶった。
魂となった僕は近くになでしこさんと渚ちゃんの魂があるような気がした。
肉体を離れて魂となっても、僕はなでしこさんと渚ちゃんを感じていたいと僕は思う。
「宗ちゃん」「宗太郎様」
気のせいか?渚ちゃんとなでしこさんの声が聞こえたような気がする。
「宗ちゃん」
「宗太郎様」
確かに聞こえる。
まるでその声は一筋の僕の希望でもあった。
それは僕を幸せへと誘うマッチのようなほのかな明かりだ。
そして僕の頬に一滴のなま暖かい感触を感じた。
何滴も何滴も僕の頬に打ち付ける感触。
そしてその頬をその滴が僕の頬を伝い、口に流れ、その滴の味覚を感じた。
これは涙の味だ。
そう感じた瞬間、目映い光に瞳をくすぶられる感触がして、その目をゆっくりと開けると、最初はぼやけていてはっきりと分からないが、次第にその姿がはっきりとしてくる。
そしてその姿がはっきりと分かった時、僕はその名を口にする。
「・・・渚ちゃん」
「宗ちゃん。良かった」
僕を苦しいぐらいに抱きしめる渚ちゃん。
どうやら僕は生きているようだ。
「苦しいよ渚ちゃん」
「ごめんなさい」
「それよりもなでしこさんは?」
深刻な表情をする渚ちゃん。
「宗太郎様、意識を取り戻しましたか・・・良かったです」
なでしこさんの声が聞こえて、その方に目を向けると、なでしこさんは両腕がなく、痛々しくもなでしこさんの胸は大きくへこんでいた。
でもなでしこさんは生きていてくれた。
僕はそんななでしこさんに抱きついた。
「良かったよ。なでしこさん」
このなでしこさんの胸のへこみは、なでしこさんの盾となろうとした僕を庇って、自分の身を犠牲にしたのだ。
その事情を知り、それでもなでしこさんが満身創痍だが、こうして意識があって生きている事に安心した。
そして僕は立ち上がり、辺りを見渡すと、僕達は灯台の上で、大地震から一夜あけたみたいだ。
灯台から町を見つめると、町は崩壊していてひどい有様だった。
きっと大勢の人が負傷して亡くなっただろう。
でも僕は渚ちゃんとなでしこさんが生きていればそれで良いと思った。
「とにかく宗ちゃん。ここに入れば、救助の人はいずれ来るってなでしこさんは言っていたから、とりあえず待ちましょう」
僕は無性に渚ちゃんとなでしこさんを二人を抱きしめずには入られなかった。
きっと僕達はこれから大変な苦難に立たされるだろうが、僕にはなでしこさんと渚ちゃんがいれば良いと思っている。
ここで僕は一つ心配な事が出来る。
僕と渚ちゃんは多少怪我をしているが、少し治療すれば、済むけれども、なでしこさんの修理はどうすれば良いのか僕はそれが恐ろしく心配になった。
「なでしこさん。たとえ僕と渚ちゃんが助かっても、なでしこさんはどうなるの?」
「・・・さあ、どうなるんでしょうね」
「なでしこさんは表沙汰にしてはいけない存在なんでしょ。もし救助隊が来て、なでしこさんを見たら・・・」
「宗太郎様、渚さん、私の事は良いですから、もっと自分たちの事を心配してください」
「どうして自分はどうでも良いような言い方をするんだよ」
「私は宗太郎様や渚さんを守ることも義務です。その為に派遣されたのですから」
「どうしてそんな自分は物だと言うような言い方をするんだよ。僕も渚ちゃんもこれからもなでしこさんの事が必要だよ」
「本当に宗太郎様は優しいのですね・・・ってこれは禁忌でしたね」
「そんな事を気にしている場合じゃないよ。僕が優しくても何でも良いから、もっとなでしこさんは自分を大切にしてよ」
「・・・」
黙り込むなでしこさんに対して、「なでしこさん」と一喝。
するとなでしこさんは海の向こうのどこか遠くに視線を送り、語り出した。
「私は、開発されてから、様々な人の所に派遣されました。
ご老人の介護など、お屋敷のメイドとしても執務をこなしてきました。
私をロボットだと思って、体を酷使する人間もいました。
それでも私は役目を全うして来ました。
中には私の容姿にひかれて、私に惚れ込んだ者もいました。
その時、ロボットの私にも伴侶が欲しいと思って、心を許せば、私の体を弄び、私がその男性に尽くそうとして心に決めた時に、まるで手のひらを返すように私を排除し、さらにその男性の奥様に私との不倫がばれて、私は迫害され、その男性は私は欠陥品だと難癖を付けて危うく処分されそうになりました」
「・・・なでしこさん」
「早太郎様のお母様には感謝しているのですよ。
処分されそうになった私を買い取ってくださったのですから。
でも正直、私は処分されれば良いとさえ思っていました。
でもこうして宗太郎様と渚さんと出会って、私は本当に幸せでした。
宗太郎様は本気で私の事を思ってくれている。
私は今だから言えるのですが、宗太郎様は私に言いましたね。
『いつまでも一緒にいてくれるよね』って」
僕は頷き、涙がこぼれ落ちていた。
「正直、嬉しかったけれども、その言葉を私は半信半疑でした。
私はそんな都合の良いように私を扱う人間は嫌いでした。
私は人とは違うロボット。
女性でありながら子供も出産する事も出来ません。
そんな私を簡単に愛しているなんて言って寄り添って、その言葉の裏には私を性欲処理としてしか扱っていない。
私が心を許して、その人に寄り添って生きれると本気で思ったときに、私は・・・私は・・・手のひらを返すように欺き、ガラクタとまで私をののしり、私は何のために作られて、何のために・・・」
なでしこさんはこらえきれずに涙を流していた。
僕はいたたまれなくなり、渚ちゃんも同じ事を思ったのか、そんななでしこさんを抱きしめた。
僕と渚ちゃんはなでしこさんの真心を目の当たりにした。
なでしこさんはかわいそうな人だ。
でもかわいそうなロボットにはしたくない。
確かに自己中心的な人間はこの世に存在している。
でも僕はそんな人たちばかりではないことも知っている。
現になでしこさんの話を僕と聞いて、渚ちゃんもその心を打たれた。
その時、救助に来た自衛隊のヘリコプターが僕たちがいる灯台の側を通った。
ここで合図を送ろうか僕はためらった。
なでしこさんがロボットだと言う事が公にばれたら、なでしこさんは僕の前から永遠に・・・。
「宗太郎様、自衛隊に合図を・・・救助を要請してください」
僕は迷う。
「宗太郎様。渚さん」
迷っている僕と渚ちゃんを一喝。
すると渚ちゃんが意を決して、自衛隊のヘリコプターに両手をあげて「おーい」と大声を上げた。
すると自衛隊は気がつき、僕達がいる灯台のところにヘリを近づける。
自衛隊は僕達を救助して、ヘリに乗った。
自衛隊の人たちはなでしこさんが両腕がない事に驚愕して、さらに意識がはっきりしている事にも驚いている様子だ。
なでしこさんの正体はばれてしまった。
ヘリで助けられた僕達は病院へと運ばれ、手当を受けた。
僕と渚ちゃんの怪我は大した事はなかった。
それで僕は思った。
なでしこさんはどこに連れて行かれたのだろう?
なでしこさんが居なくなったら僕は本当にどうなってしまうの?
なでしこさんは僕の親族同様だ。
それに僕達が住む町はむちゃくちゃな状態になってしまった。
なでしこさんもいなくなり、住む場所がなくなったら、僕は本当にどこへ行けば良いのか?
病院の中で、そんな事ばかりが頭の中に巡り、止めどなく涙が流れ、そして枯れて、一週間が過ぎていった。
病院の中で僕は紙と鉛筆でなでしこさんをデッサンしていた。
描き終わり、そのなでしこさんのデッサンを見つめると、悲しい気持ちになり、涙を流している所だが、涙も枯れて、出なかった。
まさに絶望の枯渇した砂漠に放り込まれたような心境だ。
看護婦さんや、医師になでしこさんの事を聞くと、みんなシラを切るような感じで、はぐらかされている感じがする。
どうやらなでしこさんの事は病院の関係者の中では禁忌しているような気がする。
それに病院は僕も含めて被災している人でそれどころでもないようだ。
両親を亡くした子供など、それに家族を失った遺族など、さらに被災で見るに耐えない姿になり果てて運ばれた患者など。
悲しいのは僕だけじゃない。
病院は患者の悲鳴に包まれている。
きっと病院だけではなく、町を襲った大地震で現地で慟哭の声であふれかえっているのかもしれない。
でも僕にはそんな事はどうでも良かった。
僕の頭の中はなでしこさんの事しかなかった。
僕はとんでもないエゴイストだが、それでも良かった。
どうしてこんな事になってしまったのか?
僕は何も悪い事はいっさいしていない。
あまりにも理不尽だ。
でも本当に僕だけじゃないんだ。
僕だけが特別な訳にはいかないって。
僕にこうしてベットが用意されただけでも幸運なんだよね。
気持ちを落ち着かせた時に、渚ちゃんが僕の病室に入ってきた。
「渚ちゃん」
僕は渚ちゃんを目にした時に、砂漠のような心に潤いの水が注がれるかのように感じになった。
「・・・宗ちゃん」
だが、渚ちゃんの表情を見ると、凄く表情が曇った感じだった。
もしかしたら何か悲しい事でも合ったんじゃないかと察した。
僕の思った通り、渚ちゃんは悲しい出来事を目の当たりにした。
渚ちゃんのお父さんとお母さんが運ばれて、たった今その息を引き取ってしまい、死亡が確認されたみたいだ。
そんな渚ちゃんと僕は求め合うように抱き合い、互いに泣いて、抱き合った。
悲しい現状に陥った僕達はそうする以外にその場を凌ぐ方法は見つからない。
「どうしてこんな事になっちゃったの?」
渚ちゃんはその無念を誰にはらせば良いのか分からないでいる。
それは僕も同じ気持ちだった。
いやこの僕達だけじゃない。
きっと僕達の町で被害に遭った人たちも同じ事を思っているだろう。
だから僕と渚ちゃんはこの無念を泣いて抱きしめあい、晴らすしか方法は今のところは見つからない。
僕もなでしこさんが恐ろしく心配だ。
でも渚ちゃんは両親をこの災害で亡くしている。
互いに独りぼっちとなった僕と渚ちゃんはその求め合う心がなければ、お互いに心は見るに耐えない物になり・・・・想像したくない。
僕には渚ちゃんがいる。
渚ちゃんには僕がいる。
今はそれでこの場を凌ぐしかない。
このような窮地に陥ったときに、本当に大切な物が何なのか分かる気がしてきた。
もうなでしこさんはもう・・・。
僕と渚ちゃんは同じベットを使う事で、渚ちゃんのベットが空いて病院側は好都合であった。
これから僕達はどうなるのだろう?
身よりも亡くなり、家も失ってしまった。
でも僕には渚ちゃんがいるから安心だ。
渚ちゃんも僕に泣きついて、たっぷり泣いて、気分を落ち着かせた感じに今は僕のベットの上で一緒に眠っている。
僕も渚ちゃんもこのような状況に陥って誰もいなかったら、心は互いに壊れていただろう。




