第1話「連れ出してみた」
第1話
目の前に天井より鎖で吊るされている翼を生やした女がいる。元は純白であっただろうと思わせる1対の翼は血と砂塵に塗れ、同じく純白であった服も戦闘によって赤く汚れていた。不思議なのは身体はボロボロであっても破れていない服。あれと戦ったのは俺であり素手でボコったのだが、なかなか頑丈なものだ。この拳が弱いのか、服がとんでもなく素晴らしいものなのか悩むところである。
女は俺たちが入ってきたのことに気づき、睨み付けてくる。ドキッとする。この感情を言うならば、恐怖。美人は怒ると怖いと言うがなるほど、確かにあれはドキッとする程度には怖い。思わずときめいてしまった。これは俺が睨まれて嬉しいとかではなく懐かしさからくるものである。
昔はよく睨み睨まれ、殴り殴られたものだ。要はよく喧嘩をしていた。最近は睨まれることは少なくなり、睨まれたとしてもなけなしの勇気を振り絞ったような精一杯の強がりばかり。だからあの様な睨みは久々で思わずと言うことだ。別にマゾとかではないから勘違いしないように。
「何用ですか?第二魔将自らこのような場所に来るとは」
無視する。しかしここは嫌な空気だな。こんなとこに長い時間いれば体調を崩すぞ。この部屋にはないが、ここまで来るのに牢獄の中に放置された屍があった。腐り果てたものから白骨化したものまで。排水溝はヘドロに塗れ鼠の糞もある。この牢獄も元々は人間どものものだったのだが、この前の戦争で国を支配下に置いたことでついてきたものだ。せっかくこんな施設があるのだからと配下の者たちに使用するよう手配していたが、下見をするべきだったな。これは流石にいけない。
「カガリ、この戦乙女の移送の準備をしろ」
「はっ、して移送先はどちらに?」
「王城だ」
「はっ、ってえぇ!?か、閣下それはマズイのでは?」
それになんだこの鎖は?鎖で繋いでいるとは聞いていたが吊るしていたとは。足枷程度だと思っていた。これでは休めるものも休めん。……そもそもこんな部屋では休めんか。
「こんなところにいては尋問どころではない。早急に移動させよ」
「しかし!」
「よい。責は俺を負う」
「……直ちにかかります」
カガリは敬礼し、移送の準備に向かって行った。さて、
「謝罪する戦乙女よ。劣悪なる牢獄に封じたことを」
頭を下げる。捕虜とはいえ捕虜にも人権がある。国際法によって決まっているのだ。捕虜に手荒な扱いをするなと。だと言うのにこの扱い。流石にこちらが悪い。
「……なぜ頭を下げるのです。私はあなたに敗北した。であればこのような扱いを受けることもありましょう」
「貴様は捕虜だ。であればそれ相応の扱いがある。これは不相応のものだ」
「変な魔族ですねあなたは。捕虜の扱いなど勝者の自由。国際法に定められてはいても誰も守っていないというのに」
「誰も守っていないからと守らないというのは愚者の考えだ。無論、捕虜の中にも愚者はいる。己が命助かりたいが為に仲間を売り、捕虜となる者も。しかし貴様は違う。仲間の助命の為自らの身を差し出した。であれば、応えるのが魔族の将よ」
残念ながら下級の輩にはそれが分からぬ愚者もいるが、と付け加える。ぶっちゃけるなら魔族の上級将校たちはそのような行いはしない。国際法などオマケであり、そんなものがなかった時代からしていない。魔王陛下の想いを理解しているから。下級の魔族はそれを理解することができるほどの頭を持ち合わせていない。だから、平気でそのようなこともしでかす。因みに俺の部隊でそのような行為をした場合、同じ目にあってもらうことにしている。自分も同じ目に合えばそれがどんな意味を持つものなのか理解するからだ。
それにそもそもの話、我ら魔族はもともと戦士には敬意を示すのだ。戦場に立つならばそれが女でも子供でも年寄りだろうと戦士だ。であれば戦士たちにはこちらも敬意で応えなければいけない。
「……感謝します。気高き魔族の将よ。しかし、私からあなたに告げることはありません。何をされようと仲間を売ることはしません」
「貴様こそ、気高き天界の将だな、戦乙女よ」
なるほど、最近ではなかなか見ることのない優しい戦乙女だ。よし、カガリには悪いが少し早めに出るとしよう。
戦乙女を繋ぐ鎖を千切り、手かせ足かせを外す。そんな俺を不思議そうに見る戦乙女。羽織っているものを脱ぎ、戦乙女に被せる。流石にこの姿で出歩くのはマズイというものだ。
「ついて来い。貴様にこの街を見せてやる」