ぷろろーぐ
この世は3つの世界で成り立っている。神々の住まう天界。魔と聖が入り混じるヒトの世界、中界。魔族の住まう魔界。3つの世界は上から天界、中界、魔界と連なり永い刻不干渉であった。しかしいつしか天界の神々と魔界の魔族たちが干渉し、対立が始まり、いまでは中界を戦場として数百年間争い続けている。
中界・王星歴256年
中界東部に位置するヘスティア王国が魔界の将軍、第二魔将ヴァリウス・アヴァンティウスによって侵略され滅亡した。
盤の上にて無数に並ぶ駒。対局するは神と魔王。魔王の駒が1つ、前へと進む。
城の一室から紙の上を走るペンの音がする。しばらくすると音は止み、紙が捲られる音がして、再び紙の上を走るペンの音だけが聞こえ出す。机の上には山積みとなった紙がいくつもあり、少しずつ減って行く。もうこの作業を始めて、3時間が経とうとしていた。
「──はぁ……」
作業のためにつけていた眼鏡を外し、眉間を揉みほぐす。机の上には作業を開始する前から変わらず存在する紙の山。心底うんざりする。が、仕事だからと割り切るしかない。
窓へと目を向ければ城下が見える。いつもと同じ賑わいを見せる変わらぬ光景。様々な種族が行き交う賑やかな城下。女性たちがカフェやショッピングを楽しんでいる。男たちが酒を片手に騒いでいる。子どもたちが走り回っている。そんな光景に口元を緩ませる。
机に視線を戻すと、紙の山。ゲンナリする。何故、こんなに仕事が多いのか。城下ではあんなに楽しそうに民たちが騒いでいるというのに。ほんの数年前までは俺もあそこにいたというのに。
「──はぁ……」
外した眼鏡をかけなおし仕方がなしとばかりにまた紙をめくる。内容は『捕虜の取り扱いについて』。
先日の紛争で捕らえた戦乙女を筆頭とした500余りの人間の兵。ヴァルキリーは鎖に繋ぎ、1人牢獄へ収容。他の兵たちは何人かに分けて牢獄へ纏めて収容してある。
尋問の結果として戦乙女にはまだ何もしていないが、人間の兵の1人が口を割った。『5日後、中界東部にある魔族によって奪われたヘスティア王国を奪還するため、大規模な侵攻作戦を行う。各地で起こる紛争はそのカモフラージュであり、準備は間も無く整う』ということだった。
しかし、まだ口を割ったのが1人であること。今回は戦乙女が出てきたが、その他の紛争では人間の身で構成されたものだからで、紛争というよりは暴動に近く一方的に鎮圧することができたため、カモフラージュとして機能しているのか。人間たちの軍団規模の集結が旧ヘスティア王国周辺の情報からは集まってこないため、尋問の末についたデマカセなのではないか。確証が得られないため引き続き別の兵の尋問、並びに戦乙女にも尋問の許可を求めるもの。
戦乙女に関しては俺が直接尋問するため却下。兵への尋問は継続を許可。ペンを走らせ、次の紙へと移って行く。
日が落ちてようやく紙の山とおさらばすることができた。とは言ったものの今日の分が終わっただけであり、明日にはこれと同じ量のものが積まれているだろうが。
眼鏡を外して伸びをする。背中から骨の軋む音が聞こえる。やはり慣れないことはするものではないな、身体が鈍って仕方がない。窓から覗けた城下町も日没とともに昼間とは違った顔を見せている。やれ、俺も混ざるかと机に手を掛けると扉を3回ノックする音した。
「──閣下、カザリです。入室の許可を頂きたく」
「許可する」
「はっ、失礼します」
許可されると入ってきたのは軍服に身を包んだ女だった。
「お忙しいところ失礼します。人間たちの旧ヘスティア王国侵攻に関する新たな情報が入り、報告に参りました。よろしいでしょうか?」
「構わない。それで情報とは?」
「それが旧ヘスティア王国侵攻が3日後になるやもしれません」
「何?前回吐き出させた5日後ではなく3日後だと?」
「はい。詳細についてはここに」
そう言って差し出してきたのは数枚の文書。新たに証言したのは3人。3人とも3日後と証言している。集結場所は不明。規模は旧ヘスティア王国軍残党5千を中心に隣国から1万の援軍の1万5千。そして天界の尖兵である戦乙女が5人だという。それと、昨日より暴動が起きておらず人間たちの準備が整った可能性があること。
新たに証言した3人が同じ3日後というのであれば5日後よりはそちらの方が信憑性がある。であれば3日後、しかし暴動が収まっていることを考えると3日後よりも早く侵攻して来るかもしれない。かといって、この3日間武装状態で構えたとして侵攻してこなかった場合……。敵兵の数は問題ない。戦乙女に関しても俺が相手をすればいい。だがやはり……。
「なるほど。情報が錯綜しているな」
「はい、この報告書には書かれておりませんが9日後という情報もあれば、そもそも侵攻そのものが無いというものまであります。そのため──」
「──戦乙女の尋問をするべきだと?」
「はい。閣下が何故尋問しないのか、私どもには分かりかねますが、この状況です。一刻も早く打開策を考えねばなりません」
何故、戦乙女を尋問しないのか。理由は単純、したことないから。昔軍属になる前に恐喝ならしたことがある。しかし尋問はない。かといって他の者に任せてしまうと、一部を除き逆にたとえ縛っていたとしても返り討ちに合うだろう。あれは名のある戦乙女だ。すごく強い。俺が立ち会えればいいのだが、書類が溜まっているから難しい。だが、先送りにできる問題でもない。
「──分かった。いまから行おう」
「はっ。了解であります!」
席を立ち、女軍官を伴い執務室から出る。どうやら今日は城下の酒屋には行けそうもない。