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フェイズ7-2:運命 -Machine Loid & Vie Elle-Même-

生徒会室の天井に張り付いていると、扉が開いて誰かが入ってきた。

「…何してるのヨン」

お声が掛かる。横に振った視界の隅にウェディングドレスが見えたので握力を緩めて着地し、書類を持ったジト目のツクヨミへ当たり障りなく釈明。

「監視カメラの設置だよ」

今しがた取り付けたカメラを指差す。ツクヨミは目を細めて天井を睨みつけたが、

「…見えないワン」

小型だから確認できなかったようで、視線をこっちへ戻した。

「…報告は受けてるわヨクト。ペナルティ、ちゃんとやってるようネハン」

「? うん」

やけに改まった物言いだが、素直に頷いとく。悪い気はしないし、風紀委員長からのお褒めの言葉だ。

しかしツクヨミはというと、オレの反応を見て困ったように視線をずらした。

「どうしたの?」

「エクサっ? な、なんでもないわヨンッ」

ウェディングドレスを翻して横のソファーに座り、書類を机上に置くツクヨミ。誤魔化しているのが見え見えだ。

言いにくい事、若しくは不満か? まだ警戒されてるのか?

…まあ別にいいぜ。気になるけど。

「よっ」

地下秘密基地への簡素でペラペラな扉を引っぺがす。気になってたんだよな、この脆さ。マシン細胞を注入してカッチカチにしてやる。カッチカチに。

「…ねエイト」

ツクヨミが誰かを呼んだ。今しがた設置したカメラで確認。彼女は書類にサインをしておりこっちを見ていない。別のカメラでカグラを映すと机でぐーすか寝ている。今この生徒会室で話せるのはオレしかいないので、つまりオレを呼んだって事だよな?

「なに?」

振り向かず声を出すと、ツクヨミもそのまま会話を紡いできた。

「質問しても、いイチ?」

「どうぞ」

「…マシーンロイドって、貴方以外にもいるノーニ?」

オレ、てかマシーンロイドの事を嫌ってたツクヨミにしては意外な質問。

視界を戻し、扉に指先からマシン細胞をボタボタと排出・浸透させる。

「いるよ」

「この周辺にハチ?」

「…もう何体かいる、と思う。父さんがどれだけ作ったのかは誰にも分からないから」

公式に確認されているのは一体のみだけど、その中にオレは入っていない。

「そ、そっカン」

何かに納得しているツクヨミだが、何にだ?

「…で、どうしたの?」

「あ、の…怒ってるわよネハン?」

「え?」

思わず振り返る。ツクヨミはペンを置いてオレを見ていたので顔を合わせることになった。

「な、な、殴って壊したこトオ…」

最初に会った時のあれか。

「いや、怒ってないけど…」

あれはオレも悪かったし、もう直ったから気にしてねえぜ。

「そ、そオク…」

ツクヨミはほっと胸を撫で下ろして安堵の嘆息。よっぽど気にしてたらしい。

「…あ、あ、あノーニ!」

それから何かの葛藤を振り払うと意を決して立ち上がり、勇ましくオレの前まで歩いてくる。

…どことなく雰囲気が怖い。話の流れ的に殴られる事はないと思うが、一応彼女の右腕に注意しておこう。

「はい?」

不思議そうに瞬きして「なんですか?」アピールすると、ツクヨミはいきなり頭を下げて腰を曲げた。

「ごめんなさイチッ!」

ベールが翻る。

…ごめん? ………謝罪?

「…何で? いや、何の?」

いきなりすぎるし趣旨も分からないので首が傾く。どうしたんだ一体。

オレの理解が追いついていない事を上目遣いで見知ったツクヨミは、顔を上げると説明に入った。

「貴方の事を誤解していた事ヨン。話に聞いてたマシーンロイドだから悪と決めつけて、一方的に嫌っていたワンッ」

そういう事。体の前で両拳をぎゅっと握りしめて異様な圧縮音出したけど、その表情と合わせて心の底から謝っているのが滲み出ていた。

だから、というわけじゃあないが。

「それは当然だよ。オレ、メモリーが消えてるけど、昔はかなり酷い事やってたようだから」

先にフォローの言葉が出ていた。昔のオレの悪行は半端なかったらしいので、その噂を聞いて先行したのは無理もねえ。

「…そ、それでも、今のあなたは聞き及んでいたマシーンロイドとは違うワン。ごめんなさイチッ」

再び頭を下げるツクヨミ。こういう所も生真面目で好感が持てる。でも、そういう罪の意識的なものを持たれるのはなんか嫌だ。

「ツクヨミさん、顔を上げて」

立ち上がって体を向かい合わせ、やんわりと促す。

「…は、はイツ」

そんなびくびくしなくてもいいじゃあないか。膝を曲げて目線を同じにすると、今度は視線を逸らさないでくれた。

「オレは怒ってないし、ツクヨミさんの行いも正しいと思ってる。だから、ね?」

「…で、は、はイチッ」

諭すように言うと、ツクヨミはまだ謝り足りないらしかったが、流石に折れて背筋を伸ばした。そこらへんもちゃんと弁えている。

「ありがとう、ツクヨミさん」

僅かに笑みを作りながらオレも膝を伸ばした。

「あ、ツ、ツクヨミでいいわヨクト」

ツクヨミは胸の支えが取れたからか、多少フランクになったようだ。

「そう? じゃあオレも呼び捨てで呼んでよ、ツクヨミ」

オレのリクエストに、ツクヨミは大きく頷く。

「…メ、メノン…! これでいイチ?」

「うんっ」

…嫌われていた相手に認められるのは、かなり嬉しかった。


カチカチにした、しかし軽さは据え置きの扉を嵌め込む。外れないように念入りに取り付けて、と。うん、ばっちりだぜ。

次は何をしようか。そういえば、発電用ジェネレータを見てない。結構古そうなものらしいし、一度点検しておいた方がいいかも。シンはまだ下にいるから、場所聞いて行ってみようか。

「♩〜」

そんな折、聴覚に鼻歌が舞い込んできた。どこか勇大なメロディーの発信源は陽気に書類整理をしているツクヨミ。右手でサインを書いているが、壁をぶち抜くあの凶腕とは似ても似つかぬ器用で柔軟な所作が疑問を浮かばせた。

仲良くなった事だし、聞いてみよう。

「なんの歌?」

ツクヨミの前のソファーに座りながら雑談の体で尋ねると、彼女はペンを止めてこちらを見た。

「この歌のこトオ? 『警原』知らないノーニ?」

けいはら?

「アニメ?」

「ううん、ドラマイクロ。『正義執行一族 警原の器』ヨン」

凄いタイトルだな。

「何十年もやってる人気シリーズなの二」

「ごめんね知らなくて。さっきのは、それの主題歌って事」

「お父様が大ファンなノーニ。私も一回見たらハマっちゃって、シリーズBlu-rayBOX買っちゃったワン」

目を細めて笑うツクヨミ。こいつの純粋な笑顔を見るのは初めてだが、普通に可愛い。

「でも今やってる第11期は微妙なのよネハン。近未来が舞台っていうのはいいけど、正義側の主張や理屈が足りないのヨン」

「ふうん。ちなみにお気に入りは?」

「第4期の江戸時代編しかないワン! 悪人を見つけたら間髪入れずに斬る爽快さと容赦のなさ、リアリテイ溢れる殺陣が最高なのヨン! あ、さっきの鼻歌も4期のオープニングバージョンだったのヨロズ!」

「分かるはずないよ」

身を引きながら苦笑すると、ツクヨミは熱くなりすぎた事に気付いたらしく、頬を染めながら咳払いした。

「ま、まあ機会があったら見るのをお勧めするワン」

「うん」

ワンテンポ置いて、本題に入ろう。

「聞きたかったんだけど、ツクヨミって右腕のパワー凄いじゃない。どういう原理なの?」

「あ、こレイ?」

ツクヨミはペンを置き、右腕を掲げて手のひらを開いた。

「それがさー、分かんないのよネハーン」

柔肌に力が込められる。指を握り締めて空気を鷲掴むと、指の間から異様な圧縮音が放出された。

「自分でも分からないの?」

「勿論、異常なのは分かるワン。でも、色んな病院に行ったけど、全ての検査は問題なくて、原因は不明って言われたのヨン」

ゆっくりと掌を開くと、開放された変な音が霧散していった。

「ふーん」

スキャンしてみるが、やはりオレのスキャニングでも普通の人間の筋肉や骨格しか写らない。キツ達のような超常の能力には違いないだろうけど、本人も分かってないのは初ケース。

「まあ、日常生活には問題ないから困ってないワン」

ペンを持ち、さらさらと「正義」の文字を書く。力のコントロールは完璧のようだ。

分かんないんじゃしょうがない。興味はあるがな。

「メノン、私も聞いていイツ?」

「なに?」

「今、ひマイクロ?」

「暇かと言われれば、暇だよ」

「ペナルティハチ?」

「全部終わらせたよ。さっきのは暇潰しにやってただけ」

秘密基地の内壁をマシン細胞でコーティングして爆撃にも耐えられるようにしたし、校門や校内のセンサー認証も更に早く正確にしたし、ついでにセキュリティゲートに不審者侵入時の迎撃システム組んだりしていたが、全てはヤヨイからの連絡待ちの暇潰しだった。

「じ、じゃあこの書類の整理、手伝ってくれなイチ?」

断る理由はない。ヤヨイから連絡があるまでなら。

「お安い御用だよ」

「…ありがトリリオンっ」

再びぺこりと頭を下げるツクヨミに頷いて分厚い書類を受け取る。「校別風紀目録」と書いてあり、周辺の小中高の風紀委員を集めて意見会をした時のものらしかった。

…これ、部外者のオレが閲覧していいものじゃない気が…それを含めて、信頼するってことなのか。


判子やサインを数百件、全てこなしたツクヨミは体を大きく伸ばして震えさせる。

「疲れたアト…」

「お疲れ様でした」

オレは不良生徒数とかを集計しただけで、あとはツクヨミのサインに不備がないかのチェックだけだったから楽だったな。

…モニターの時間は、現在14:09。

ヤヨイは2時くらいには終わるって言ってたっけ。しかし未だに連絡は来てない。遅れるのかな? こっちから迎えに行ってみるか。

「…そろそろ帰ろうかな」

ソファーから立ち上がると、ツクヨミも書類を持って腰を浮かした。

「メノン、本当にありがトリリオンっ!」

眼下の頭が下がる。

「うん。また何かあったら言ってね」

笑顔で告げると、ツクヨミは満足感溢れる顔で書類を爆睡のカグラへ持っていった。

「会長ー、書類に判子をお願いしまスリー!」

「…んが」

カグラが上半身を起こしたのを見てから、オレは生徒会室を後にした。


ヤヨイにメールを送りながら生徒会棟を出て、そのまま部活エリアに向かう。カメラ設置の時と変わっていない部活棟をスルーし、専用棟前へ…。

「…忘れてた」

セキュリティゲート。オレのカードでは入れねえ。ハッキングすれば簡単に入れるが、昨日の今日のルールは守らねば。

…でも、オレのメタル直感がなんかを知らせている気がする。どうしよう…。

「…? あれ、ハタカセじゃん」

「あ、キリウラさん」

腕を組んでゲート前をウロウロしていたら、ゲート向こうの生物部棟の方からショウコが出てきた。そういや、こいつも生物部だったか。バッグを持っているので部活終わって帰るところらしい。

「どうしたの?」

カードでゲートをパスしてこっちへ来た。グッドタイミング。

「ヤヨイを探してるんだけど」

「ヤヨイ? ちょっと前会議が終わって、あんたとのデートって嬉しそうにしてたけど」

「…うん」

ちょい恥ずかしいが、真実なので肯定。

…よく考えたら、まだ付き合ってない、筈。ヤヨイは違うのか? それとも…。

「連絡してみた?」

「メールしたけど返信ないし、電話も繋がらなくて」

「へえ、どうしたんだろ。あんなに楽しみにしてたのに」

…嫌な予感がしてきた。

「あ、もしかして…」

「心当たりがあるの?」

「うん。でも…あそこは…」

なんか後ろめたさを帯びるショウコ。どういうこった。

「まあでもハタカセなら、ヤヨイも許す筈だし」

「どういう意味?」

「来て」

ショウコは身を翻し、生物部室の方へ向かう。勿論、ゲートを通って。

「部外者のオレが入っていいの?」

「こう見えても副部長なのよね、わたし」

「それは知りませんでした。では遠慮なく」

副部長様が許可したのならツクヨミも納得するだろう。ゲートが閉まる前に向こう側へ行き、ショウコの後を付いていった。

「おお」

棟に入ると真っ先に畜舎があり、特有の生臭さが鼻腔センサーを突っつく。話に聞いていた通り、多くの牛や豚がひしめいていた。牛はやっぱりデカいけど、豚も結構デカいな。ショウコは臭いに慣れているのか、顔を顰めもしなかった。

「はい到着」

彼女は最奥の鉄の扉の前で振り返る。

「機密養育室、関係者以外立ち入り禁止だって」

貼ってあるシールを読むと、ショウコは肩を竦めた。

「こう見えても副部長なのよね、わたし」

「うん」

「でもここから先はヤヨイしか入れないの」

「へえ」

横にはセンサーがある。スキャンすると、特定のIDや生徒会関係者くらいしか入れないようだ。

「この中で何をしているの?」

「…それはわたしの口からは言えない」

…表情からして、とてつもなくやっちゃいけない事やってるのが分かる。なにしてんだ。

「ただハタカセなら、入れるでしょ?」

センサーを指差す。その意図は分かるが。

「校則違反だよ」

「許可します」

「では遠慮なく」

右手を置いてハッキングしてロック解除。

「なにかあったら責任とってね」

「少しはね。じゃ、行ってらっしゃい」

手を振るショウコ。入る気はないらしい。

「…オレが出てくるまで待っててよ」

「勿論」

一抹の不安を覚えながら、オレは分厚い鉄の扉を引いて中に入った。

薄暗い廊下が続いている。空気がひんやりとしており、空調によって温度が一定に保たれているようだ。壁には電波を反射する材質が使われているようで、もしヤヨイがここにいるのならメールも電話も届かないな。

「…?」

とりあえず進むと、右側にガラス張りの部屋が現れた。スキャンするとマジックミラーで、こっち側からしか見えないようになっている。中を覗くとそこは無菌室らしい。透明なカプセルが乱立しており、中には薄緑色の培養液に入れられた何か…肉の塊にしか見えない何かが浮いている。

「…生命?」

興味はあったが先に進もう。再びマジックミラーが出てきたが、中は完全防備服を着た部員が顕微鏡を覗いていた。こっちはまともな研究室っぽい。

廊下の一番奥まで来るとそこには扉が。

「マイの部屋…」

掲げられたプレートにはそう書いてある。マイ? 誰だ、いやとにかく、中にヤヨイがいるかもしれないんだ。

ドアをスキャン。認証システムはない。ドアノブ引っ張れば簡単に開くだろうが、人様の部屋に勝手に入っちゃまずい気がする。

「…すいませーん」

しょうがない。ドアをやや強めにノックしてみる。

「すいませーん。ヤヨイー?」

名前を呼んでもう一度叩くと、扉が重厚な音を立てて微かに開いた。

「ヤヨイ?」

暗い部屋が見える。

「ヤヨイはいない」

隙間から、ふんわりとした長い黒髪が美しい女が顔を覗かせた。知的で聡明さのある大人の女性。

「え、あ、すいません」

先生か? めっちゃ美人。

「いえ」

「ヤヨ…イキメさん、中にいますか?」

「ちょっとまえにでてったよ」

外面とは裏腹にどこか子どものような喋り方の女。しかも少し眠そうだ。

「すいませんでした」

「ばいばい」

用件が済んだとばかりに扉が閉まる。

…その瞬間、女の透き通るような白肌とかボインボインの胸とかが見えた。

「…なんですっぽんぽんなの」

痴女かあのアマ。マジに何もんだよ。

いや、そんな事はどうでもいい。ヤヨイはここにもいなかった。とりあえずショウコのとこへ戻ろう。

「お、ハタカセ」

機密養育室から出てくると、ショウコが自分の携帯端末から顔を上げた。

「ヤヨイ、いた?」

「いなかったけど…」

後手で扉を閉めながら言い淀むと、ショウコは声を忍ばせる。

「…マイ、いた?」

「変な女の人ならいたけど、あれが口外しちゃいけない人なの?」

「うん、まあ。黙っててね」

頷く。興味はあるが。

「でもヤヨイ、どこいったんだろ。私もメールしてるけど、返信ないし」

マジでどうしたんだヤヨイ。

ピローン

水晶モニターのメール欄にメールが届いた。

誰だこんな時…え…ヤヨイから?


たすけて



「あ、ヤヨイからメール来た」

「え、ほんと?」

メノンは朗らかな声を出し、連絡のつかない携帯端末からショウコの視線を向けさせる。

「うん。メール遅れてごめん、既に待ち合わせの場所にいるってさ」

「あ、なんだあ、そうなの? もう、ヤヨイったら」

安堵するショウコに笑いかけるメノン。しかしその脳内では、専用機たるシンテンオウへ直ぐに来いと10回以上も発信していた。

「ヤヨイもうっかりなミスするんだねえ。あ、キリウラさんにも、大丈夫って言っといて、またメールする、ってさ」

「はいはいっと」

鞄を担ぎ直したショウコがゲートに向かうのでメノンも続く。

「ありがとうキリウラさん。ヤヨイにはオレから言っとくよ。またね」

「ん、じゃあね」

ゲートを通過し、メノンと笑顔で別れるショウコ。そのまま校門へ向かっていると、ふと疑問が湧いた。

「? デートしに帰るんじゃなかったの…? 」

ショウコと別れた瞬間、メノンはギターケースを近場の物陰に押し込んだ。直ぐさま両肘両脹脛のブースターを全開にし、校舎より高く垂直上昇して、夕焼けの眩しい光の中、遮光膜を下ろして薄青くなった両目をかっと開いていた。水晶モニターの左側では午前中セットした隠しカメラ数百台の録画映像を数時間前から数百に分割して高速再生。部活棟近くの映像にヤヨイが僅かに映ったので確認し、その辺りの映像を細かく見ていくと不審な黒いトラックが学園近くに止まっていた事を数秒で判明させた。

ほぼ同時に、呼んでいたシンテンオウが文字通りすっ飛んで来る。羽ばたきではなく、可変させた翼からのジェット噴射。正面から見るとV字型になったシンテンオウは素晴らしい旋回でメノンの背中に張り付くと同時に、背中から伸びたコードがメノンの首筋へ接続された。

「シンテンオウ、港の方に急いでッ!」

アホオオオオオオオ

甲高い雄叫びを放ちながらシンテンオウは空を切る。同時に生体接続したメノンの水晶モニターに周辺の地図を表示させた。

校舎からのカメラで黒いトラックは学園近くの港方面へ走り去っていったのが確認できていたので、向かうはその港だ。

(恐らくヤヨイは攫われたんだ。状況証拠的にそれしかないし、オレのメタルシックスセンスがそう判断してる。理由は分かんねえが、今はヤヨイを助けるのが先決だぜ)

アホゥ

「うん」

あっという間に海が見えてきたのでシンテンオウが速度を落とす。接続しているので共有された思考から、様子を見ながら近づいて降りろと命令されていた。

護岸工事の済んだ一般的な、近くには巨大な倉庫が一軒のみの寂れた港。停まっている船舶はない。辺り一帯をスキャンしたメノンは、倉庫の陰に黒いトラックが停まっているのを見つけた。シンテンオウにゆっくり降りる指示を出し、地に降り立つと接続を解除。

「見張ってて」

アホ

メノンは遮光膜を戻し、シンテンオウを上空に放った。

再度スキャンしてみるが、辺りに人はいない。倉庫の壁が古く内部は透視できなかったので、黒いトラックの方を先にスキャンしながら足早に近付く。

運転席には誰もいないが、オートドライブ機能でここまで無人で走ってきたようだ。荷台の扉を開けるが、中には何もなかった。

(…運び出されて倉庫か?)

メノンは倉庫の前へやってきて全景をスキャン。上部の窓は全てシャッターが降りている。正面の錆び付いた扉は開くようだが奇襲を警戒して避け、ブースターで上昇して上のシャッターをこじ開けた。

真っ暗な倉庫内をスキャンすると、中央に置かれた質素な椅子の上に携帯端末が置いてあるのを発見。トラップに注意しながら入って手に取ったが、それは紛れもなくヤヨイのものだった。

(まさか…囮か! オレをここに誘き寄せる為の…)

まんまと引っ掛かったメノン。携帯端末を臍辺りから体内へ収納した直後に明かりがつき、後ろの扉が開いたので慌てて振り返る。

「ハアアタアアカアアセエエエッッ!!」

「うあっ!」

男が何か変なものを突き出しながら突進してきたが、メノンは反射的に右に避け、無防備な首筋に手刀を見舞った。

「んんっ!」

驚いていた分少し力が入ってしまい、男は気絶すると同時に顔面から地面に叩きつけられる。

「っ…あぁぁびっくりした…!」

息を整えるメノン。冷静になって男をみると、顔見知りだった。

「あれ…この人は確か…エルド?」

顔立ちと長い金髪が、初登校日を思い出させる。次いでメノンはエルドの右腕に目が釘付けとなった。

「こ、これは…?」

何か槍のような物を持っていると思っていたが違う。肘から先が肉食動物を思わせる体毛に覆われ、掌には肉球とナイフのような爪が生え揃っていた。分かりにくいが筋力も人間離れしており、熊の腕そっくりと言っても過言ではない。

異形の右腕を持ったエルドがなぜこんな場所にいて襲ってきたのか。本人に聞く必要があるだろう。

「ねえちょっと! 起きて!」

メノンは今しがた倒したエルドを仰向けにして頬を軽く叩いた。

「ん…あぅ…」

力が入っていたとはいえ先程のは当身だったのでエルドはすぐに目を覚まし、異形の右腕で頭を器用にかく。

「あ、起きた!? あの、なんでエルドがここに」

「…え? あ? …ハタカ」

「もうそれはいいからっ!」

目覚めたエルドが右腕の爪を立ててメノンの喉元に突きたてようとしたが、メノンはあっさりとその手首を掴んで捻り上げた。

「いとぅぁっ!」

細いメノンの腕に全く敵わない熊の腕。人外たるマシーンロイドとの差が如実に出ていた。

「質問に答えてよ! どうしてここにいるの!!」

ヤヨイへの唯一の手掛かりに必死なメノン。力が入り、握力だけでメキメキと嫌な音が奏でられる。

「ま、待て! へし折れる、へし折れるぅ! 話すから離してくれえ!」

腕が折られると判断したエルドが懇願すると、その様子にメノンははっとして腕を離した。

「ご、ごめん。大丈夫?」

「お、おう…くそ、結構な改造したって言ってたけど、ダメダメじゃねえかあのヤブがっ」

異形の右腕をプラプラ揺らしながら、エルドは唇を尖らせる、

「改造って、その腕だよね?」

「おう。近くにおれのチームの溜まり場があんだけどよ、昨日の昼頃変な科学者っぽい奴が来てな。力をくれてやるから頼みを聞けってやつよ」

観念したのか、エルドは立ち上がりヤヨイの携帯端末が置かれていた椅子に座ってペラペラ話しだした。

「で、その腕ってこと?」

「ああ。DNAがどうたらこうたらで、肉食動物のパワーが発揮できてんだ。で、その頼みってのが、明日ここにてめえがくっから倒せって言われてよ。普通の人じゃなくマシーンロイドのてめえだから遠慮なく、ってな」

(DNA、改造…移植手術か? でも昨日の今日でこんな事が出来るなんざ、相当な技術だ。そんな連中がヤヨイを狙う? なんでだ?)

「…ていうかエルドは大丈夫なの? 普通、拒絶反応とか起きそうなもんだよ」

「あん? ああ、なんか最初は吐き気とかあったけど、なんか慣れた」

さらっと言ってのけたエルドに呆れながらも、メノンは科学者について尋ねる。

「その科学者って、どこから来たか分かる?」

「いや、知らね。あ、でも、ダチの一人が海の方に船で帰ってったって言ってた気が」

船、と聞いたメノンはシンテンオウを呼んだ。

「シンテンオウ!」

アホー

開けたシャッターから入ってきたシンテンオウを肩に止まらせ、生体接続したメノンは昨日の船舶の出入りを検索。

(…! 一件だけヒット。フカサ名義で、行き先は…「壁」の外の、シュコトウ…!)

メノンは唯一の手掛かりに賭ける事にした。

「ありがとうエルド。またね」

「おう。その内またニュウタに行くから覚悟しとけよ!」

どこかさっぱりしたエルドに手を振り、メノンは倉庫の出入り口扉を蹴り壊した。


海の上を飛んで行くメノンとその背のシンテンオウ。十秒程進むとモニターマップに「壁」が映し出され、減速しながら水晶モニターで確認できる距離まで近付いた。

(あった)

一見、どこまでも続く空と地平までの塩水。しかし波が偽装された「壁」にぶつかる飛沫によって水際だと分かる。スキャンすると空と地平線の映像を流しているだけのハリボテで、メノンはそのまま近くの船舶用出入り口の方へ旋回した。

(ここだ)

船舶を積載すると自動で動くレールの先、宙に浮いているように見える自動センサーを発見し入り口前で滞空すると認証され、空を映した巨大な扉が左右に開いていく。通常船舶ならレールに船底を着けて動いていく仕掛けだったので、メノンはそのまま「壁」内部に入った。

ライトに照らされた広大な「壁」内部は白くがらんどう。床には幾重にもレールが交差し、至るところに「壁」が破損した場合はすぐに直しにくるオートメーションマシンが取り付けられている。背後の重い扉が自動で閉まり、メノンは「壁」の外への道を探した。

(こっちか)

モニターマップを確認し南の方へ向かう。最南端にはセンサーと30メートル大の巨大な扉があったものの、「壁」の外行きなので厳重なセキュリティが組まれていた。

(ここから先はAクラスの生命維持装置を積んだ船舶でなければ通行できません、か。オレには関係ねえぜ)

スキャンで読み取ったメノンはハッキングで強引に扉を開かせた。大型タンカーも余裕で格納できる待機スペースへ入ると、壁側に台座とキーボードタイプのコンソールがあり、近づいて操作。

(準備OK、気圧を下げて、と)

「壁」の外に合わせた調整を開始する。シンテンオウの滞空ジェット音がメノンのメタル聴覚から消えていった。

(現在真空状態。セーフティ解除、扉オープン)

完全に空気がなくなったので「壁」の外への扉を開く。巨大な鋼鉄の扉が音もなく左右に開いていき、メノンは「壁」の外へ初めて出た。

外での時間は夜であり、地平線まで続く渇ききった砂の大地が生の星空に包まれている。「壁」の天井に映し出される夜空と違い、澄み渡る大気もあって格別に綺麗だとメノンは思った。試しに地面に降りて砂を手に取ると、全く水分がないので異様にサラサラしている。

(お)

手を払って砂を落としたメノンは、夜空の一角に青と緑に彩られた美しい球体が浮かんでいるのを見つけた。

(あれが)

頭を嘴で突かれ我に帰る。声無き声で鳴いているシンテンオウに急かされており、メノンはごめんと手刀を振った。浮上して背後の「壁」、いや、超巨大な鈍色のドームを見遣ると、直ぐさまシュコトウのある南のドームへ向かう。

(待ってろヤヨイ! 今すぐ助けに行くぜ!)

シュコトウまでの距離はおよそ40km。シンテンオウの最高速度はマッハ2で、ドームの中では衝撃波が危なすぎる超音速だ。十分な高度まで上昇したシンテンオウの可変した翼からバーニアが更に突き生え、メノンは速度を全開にして飛んだ。

(今のうちに調べとくか)

かっ飛ぶ景色や空気抵抗を意に介さず、水晶モニターの右上にマップと現在地、右下にネット画面を表示させたメノンは到着する前に先程のフカサなる人物をもっと調べようとした。

(え〜っと……!!)

数秒後、水晶モニターの左の視界に光、そして衝撃。それらを感知した時にはメノンは後方へと投げ出されていた。平衡感覚と視界が入り乱れ、シンテンオウが声にならない叫びを上げる。

(た、態勢をおぉぉ!)

錐揉み回転で落下していたメノンはシンテンオウのジェットを切り、両脹脛のブースターでなんとか体を水平に立て直した勢いのまま乾いた地面を四肢で削った。しかし、今し方直撃したエネルギーを今にも放とうとしている、複数の鏡が幾重にも重なり合った奇妙な砲台がモニターマップに幾つも映り、紫の血の気の引く思いで音もなく叫ぶ。

(シンテンオウ飛べ!)

即座にマッハ2でロケットのように上昇。ほぼ同時にエネルギーが発射されたが、間一髪で何とか回避に成功した。

(い、今のは…!?)

地上から数十メートル付近で滞空し体勢を整えるメノンとシンテンオウに眩い光と塵が降りる。避けたエネルギーの一つが地面に触れて爆発し、光と粉塵が上空まで撒き散らされていたからだ。

(光と爆発…なんだあの変なもの!?)

眼下を全面スキャンすると、周囲のあちこちにエネルギー砲が設置されている悍ましい結果が出た。慌ててモニターマップを確認するも、この辺りには特に何もない事になっている。

(なんでこんなとこにあんな物騒なもんが…いくつも…)

胸部周りに触れると、ピュアバイオレットオイルが指先に付着した。衣服はボロボロになり、露出した白い皮膚は耐光機能で何ともないが、突き抜けた衝撃で内部装甲に亀裂が入りオイルが滲んできている。

そんなものを発射するエネルギー砲が無数に点在している事実にメノンは息を飲み、そして青ざめた。

(…やっべ)

周囲のエネルギー砲が一斉にメノンを見上げた。砲台に装着された鏡が夜の明かりを乱反射して吸収、全体が眩く。

(こんな危険なものを用意してたなんて…予想できるかっつーのッ!!)

ヤケクソ気味に飛立つメノン。発射される光弾の雨。

光速に音速ではどう足掻いても太刀打ちできない。

たちまちメノンは膨大な光に包まれ、夥しい衝撃に意識を失った。


(植物による光合成、始まりました)

(室内酸素量上昇)

(排出水分量も上昇中)

(微生物を確認、増殖開始)

(単細胞生物を確認、食物連鎖が発生しています)

(たった3分だぞ? それでここまでとは…信じられん)

(まさに奇跡の産物だ)

(これで皆救われるのね)

(いち早く謎を突き止めねばな)

何人もの研究者が興奮する会話を聞き取りながら、ヤヨイは心底嘆息した。

(はは、下らぬね…こんな程度で喜ぶなんてね)

麻酔が効いたフリをしている裸体の彼女は、8畳程の個室に入れられている。床と天井と壁は全て硬質ガラス張りで余す事なく丸見えになっている直方体。密閉されたそれは幼子が昆虫を捕らえて空気を全く計算に入れていない水槽と同じだった。

目を閉じている分、耳には雑談が容赦なく入ってくる。そのどれもが感嘆に満ち溢れていたが、能力の底辺部しか見せていないというのにこの反応では、ヤヨイも失笑するしかなかった。

(もう狸寝入りはよそうかね…いや、ノン君の安全が確認出来るまでは抑えねばね)

本来ならこんな水槽 、いやこの施設丸ごとどうにかできるが、今は少しでも自分に注意を引きつける為、ヤヨイは少しずつ少しずつ変化を起こしていた。

(水分量8ℓ突破。排水し回収します)

(酸素濃度が18%で安定)

(昆虫や小動物を確認)

(…素晴らしい。もう前時代に追いつきおったか)

低次元な事で大喜びする科学者の姿が滑稽過ぎて、ヤヨイは笑いを必死に堪える。

(く…ふふふ…あ)

しかし堪えれずに、震えた肩からガスのように白い粉末が噴出してしまった。

(な、何が起きた?)

(…花粉のようです。こちらも回収します)

白く塗り潰されたガラスを採取機械が拭き取る。それを薄目でチラ見し、ヤヨイは心を引き締めた。

(…ふぅ、危ない危ない。落ち着いておこうかね)

取られまいと握りしめていた真っ赤なハンカチの感触を確かめながら。



意識が戻った。時間は、5分程経ってた。瞼を開く前に全身をスキャン。全体にダメージはあるけど、自己修復は開始されてる。皮膚に損傷なし。

…感覚が変だな。

「……?」

瞼を開くと、オレが居たのは広大な球体状のドーム。一面真っ白な壁で、その中心にオレが大の字で浮いてる。なんかサバキみたいだ。

スキャンすると、どうやら上下左右の壁に設置された馬鹿でかい重量制御装置から重力波が発射されて空中に固定されているらしい。

不味い、重力はオレの皮膚でも遮断は無理だぜ。

動けない…駄目だ、どうにもならねえ。

あの変な砲撃で衣服が吹き飛び見事にすっぽんぽん状態だけど、オレに性器はないので恥ずかしくはないが…あ、シンテンオウは?

「………」

背中にいない。でもモニターマップは開く。てことは、シンテンオウのパーツだけ取り込んでるって事か。

マップによるとここは変な砲台が沢山あった場所から数百メートル離れた地下。シンテンオウ、まさか…あ、いや、ドーム近くの地表に電波反応あった。良かった、無事かどうかは分からんが、取り敢えず破壊されてないっぽいぞ。

「…!」

目の前に巨大な立体映像が映し出される。どこかの所長室みたいな場所で、男が一人写ってる。ピチピチの白衣を着た、太った奴だ。

「目が覚めたようだな」

睨みつけると、男は愉快そうに笑って椅子に座る。

「とりあえず、話をしよう」

こんな状態でか。

「おい」

オレの考えを無視するように、男が後ろから誰かを呼ぶ。

「…!」

現れた人物に、声なき声で叫んでいた。

(アクロウッ!)

見間違えようのない、オレの初めての友達のアクロウだ。男に怯えてるのか周囲を警戒しているが、外傷はないみたいだ。

人質とは汚えぞ!!

「…はは、勘違いしてんぞ、お前は」

男がオレを見てせせら笑う。何がだ、ええ?

「メ、メノン…」

アクロウが前に出て、申し訳なさそうにオレを見る。

その顔が、ほんの少し歪んだ。

「ご、ごめん。じ、実はおれ…」

そう言いながら、ポケットから何かを取り出すアクロウ。錠剤…? なに、それ。何の薬? あ、飲みやがった。水なしで。

「…う、ぐおおおおお」

突如、もがき苦しむアクロウ。ちょ、どうした? なんか全身から湯気出てるぞ!

「薬で年齢と体型変えてな、潜入させてたんだ」

男が笑う。蹲ったアクロウは僅か数秒後、ゆっくりと立ち上がった。

アクロウ…?

「…ふぅ」

軽い溜息を吐いた、高身長で髭面の男が、ぶかぶかで小さい学生服を着ていた。年齢は30台後半くらいだけど…あれ? アクロウは? どこいった? え?

「どけよフカサ」

「…悪い」

太った男を退かせた男は学生服を脱ぎ捨てて掛けてあった白衣を着て椅子に座り、手元のコンソールを操作した後にふんぞり返ってオレを見た。

「てわけで、俺が本当のアクロウだ。騙してて悪かったな、メノン」

『…? あ、そういう事なの?』

今の操作はオレの言葉を向こうに伝えるシステムの起動だったらしい。

「あんま驚かねえのな」

男、いやアクロウが笑う。まあ、な。今までの奴らに比べれば、薬で体型変えてたのはまだ納得できる方だし。

『何で潜入なんてしてたの?』

「あの学園に入るには、入学するか教員になるかだ。教員免許取るにも造るにも時間かかるんで、前者しかない」

お、答えてくれるのか。

『確か、ニュウタ学園は学生年齢ならほぼ顔パスで入れるもんね。目的は?』

「オールライフの為だ」



(…んー、そろそろ起きて会話しようかね)

ヤヨイはゆっくりと瞼を開き、わざとらしく周囲を見回す。白衣を着た連中の一人がそれを見つけ、偉そうに笑った。

「目が覚めたか、オールライフ」

動植物に囲まれたヤヨイは、小さく頷いて手近なトカゲの頭を撫でた。



『オールライフ…?』

なに、それ。聞いた事ねえ。全ての命って事?

「それすらも忘れたんか。ま、しゃーない」

アクロウが笑いながらコンソールのスイッチを押すと、オレの前に立体映像が出てきた。

『説明してくれるの? なんで?』

「おれ達の目的はお前じゃないから。納得してくれればお前も追撃してこんだろ?」

納得する筈ないだろ…いや、一応聞いておくか。

「これを見ろ」

映像はヒノモトが真ん中に来てる世界地図。

「各ドームのデータがこれだ」

ちっこい日本ヒノモトを囲む巨大な鈍色のドームの横に色んなデータグラフが表示される。他にも亜米利加アコメトシクワ露西亜ツユニシアなど現存する10箇所のドームにも同じデータが表示されたが、ヒノモトだけ緑色のグラフが明らかに突き抜けていた。

「ここ2ヶ月でヒノモトのドームだけこのデータ、生物の繁栄速度・進化・成長度合いが文字通り桁違いに、爆発的に上昇してる」

ほう。

『それがヤヨイ、オールライフの仕業って事?』

「仕業? ふふ、そんなもんじゃない!」

興奮しながらアクロウが叫びコンソールを動かすと、次にヤヨイのシルエットらしきものが出て各所をピックアップしていく。

「我々の調査の結果だ。こいつは二酸化炭素を吸って酸素を吐き、光合成をする。会話やくしゃみで生物には無害な超微小の花粉と胞子を飛ばして植物や菌類が育まれ、食物連鎖を活発化させる。全身からは絶えず特殊な生体電磁波やフェロモンを放出して動植物を健康にすると同時に活性化させている。そして、体のフィルターを通す事で有害汚染を浄化する作用を持つ!」

狂ったように笑いながら説明を終えたアクロウは、最後にこう添えた。

「そしてこいつは、あらゆる動植物のDNAを持っているんだ。人間の姿をしているのは擬態、ほんの少し多めに人間のDNAが入っているからに過ぎん。残りの99.8%は別モンだ」

…へー。

『そりゃ凄い。全然気付かなかったよ』

「だろ? 完っ璧な擬態だ。おれらも突き止めるのに苦労したぜ。でだ、こいつの体を調べ尽くせば、前時代に絶滅した動植物全てを再生させる事もできる。つまり、この星は助かるんだ」

コンソールを操作すると、砂だらけの干からびて穴だらけで海とかいう巨大な水溜りもない、滅びかけている地球が映った。

「今や人口は前時代の1000分の1、ドームの外じゃ何も育たんし、ドーム内も何とか維持してるが、このままじゃ100年後には地球生物が全て滅亡するという統計が出てる」

アクロウが憂鬱な面構えで溜息を一つ。

『なんかごめん。オレ、マシーンロイドだから、何にも力になれなくて』

「いやいや、お前が謝る必要はねえよメノン。これはおれたち人間の問題だからな」

『それもそうだね。こんな世界にしたのも人間だし』

「お、おお。はっきり言うなあ、てめえ」

はっはっは、と笑い合うオレら。

…それから、アクロウが表情をキリッと引き締めた。

「つう訳だ。おれの生命還元組織は、オールライフを解剖、地球の為に役立てるつもりでいる」

『…アクロウ』

「お前が追って来たのはオールライフを助ける為だろうが、邪魔すんな。それだけだ」

………………………。

『ヤヨイが、さ。了承したわけじゃないよね? 自分の命と引き換えに世界を救って、とか』

「おう。だが、こうでもしなけりゃ地球は滅ぶんだ。誰かがやらなきゃならない。オールライフ一人の犠牲で全て救われるんなら、やるだろ?」

『ヤヨイが自分から志願するのなら、オレは、止める気はない、けど、ヤヨイの意志を無視して無理やりやるっていうのなら、オレは止める気だよ』

「おれだって最初は細胞片や毛髪の採取だけで済ますつもりだったがな。だが体から剥がれた体組織は自己食物連鎖を起こして一個体の微生物になっちまって、どうにもならんかったのよ」

『ヤヨイに聞いてみたら? バラバラに解体するけどしょうがないから諦めろって』

「聞けるわけねえだろ」

『そんな非合法な』

「超法規的措置とでもいってもらおうか」

『いや、だから…』

そこまで言って、アクロウの後ろのフカサとかいった奴が身を乗り出してきた。

「いつまでもグダグダやってんじゃねえよ」

『いや、あの、話し合ってるんだけど』

「ちっ」

明らかにムカついたフカサが手前のコンソールらしきものを操作すると、オレの体が後方へ物凄い速度で引っ張られて壁に激突した。

『ゲフッ』

痛えなちくしょう。

「おいフカサ…」

アクロウが困り顔で操作しなおすと体がまた中央へ戻って静止。あっちで重力波の制御してるのか。

「アクロウ、こんな奴に時間裂いてんじゃねえ。早くあの化け物バラそうぜ」

…今の言い方はちょっと、なあ。

てめえ、何様だ。

『フカサって言ったっけ。あなたにヤヨイをどうこうする権利はないよね?』

「黙れ鉄クズ」

『ゴフッ』

今度は前方に叩きつけられた。痛えなちくしょう。

「フカサ、もうやめろ」

「そりゃこの下らない問答の方だろが。お前の部下達も待ってんだろ」

「そりゃ…そうか」

納得し席を立つアクロウ。

「つうわけで、すまねえな。こっちにも事情があってよ、計画を進めなけりゃやべえ事になんだ」

『…そっか。じゃあ…仕方ないね』

オレは全身にエネルギーを行き渡らせていく。モニターで見ているアクロウが呆れた。

「おい、やめときなメノン。さっきお前をボコボコにした光元子兵器こうげんしへいきでまたボコボコにすんぜ」

「しかもさっきのはお情けで止めただけだ。てめえをぶっ壊しちまってもいいんだぞ」

アクロウの横、フカサがニヤニヤ笑う。

『…確かに、あの変な兵器なら、オレを壊せるようだけれど』

両手両足からブースターを生やす。

『…ごめん、やっぱりオレ、マシーンロイドだからさ。価値観が違うんだよ』

怒りがふつふつと湧いてくる。同時にエネルギーも行き渡って全身が熱い。

感情に身を任せるとこうなるのか?

『ヤヨイは死なせない、から』

「そうか…残念だ、メノン」

アクロウがコンソールを操作。重力が更に増大したが、もう意味ねえぜ。

『世界なんて関係ないよ。ヤヨイは、オレが守る。ヤヨイへの恩返しで、あの笑顔の為にも…どんな事をしても…例え世界を敵に回しても絶対ヤヨイを死なせないよ…』

決意すると、なんか胸辺り、いやコアから力が湧き上がってきた。

今こそ、今こそだ。

抑えていたマシーンロイドの力を全開にしてやるぜ。

…オレにも何が起こるかわからんけどな!

まあ、ヤケクソって奴だぜ!!



「へっ、重力で拘束されてどうやっ」

フカサが嘲笑った瞬間。

『レッド・エクスプロード!!』

メノンの全身から赤く眩い光…体表と皮膚より僅かに開いた隙間から突き抜けた高エネルギーがドーム全体へ放出され、重力制御装置ごと周囲一帯を爆発に巻き込んだ。

部屋が赤く照らされ、たじろぐアクロウとフカサ。モニターの出力データには球形状の熱エネルギーが数万度と表示されているが、メノンのいた中心部は瞬間的に数十万度を記録していた。

「…なるほど、四方からの重力による拘束を解くには全方位攻撃で発生装置ごと吹き飛ばすしかねえ。だから膨大なエネルギーをコアから直接放ったのか…」

コンソールを操作して静止衛星からの中継映像を地表へ何個も飛ばすと、メノンを拘束していた捕縛空間が地表ごとすり鉢状に吹き飛んでいた。

「な、んてやろうだ…」

あまりの威力に慄くフカサ。アクロウの指の動きが早くなり、何処かに居るはずのメノンを索敵させる。夜空を映した映像が何かを捉えたのでズームさせると、顕となったその姿にアクロウは思わず呟いた。

「…あれが…本当の、真のマシーンロイドなのか?」

星空に浮かぶ、生い茂る緑に青々とした水を携えた「月」。

それを背に浮遊する、漆黒に染まった機械装甲の人型。

全体的にシャープで丸みを帯びたフォルム。頭頂部左右に2本の湾曲した角が生え、銀色の毛をあしらった不自然な程白いマントを装着し、両足のブースターで静かに佇んでいる。

人間で言えば目に当たる部位はひび割れたよう歪んで鋭く赤熱し、月を睨み付けているようにも見えた。

それは、メノンが黒い本体を剥き出し、白い外皮を纏った、マシーンロイドとしての真の姿だった。

「あ、ぁ…」

フカサがびびり、アクロウは焦りながらも素早くコンソールを操作した。

「迎撃!」

周囲の光元子兵器37基が上空のメノンへ向けられ、光を充填する。先程破壊されかけた砲撃が迫る中、メノンは眼下へ視線を向け、白いマントの裾を掴んで翻した。自在に操作できる外皮の質量が増加・伸縮され、体全体を遮るように展開後、壁のように硬質化させる。

充填を終えた兵器が四方八方から光弾を発射し、その全ては盾となったマントへ直撃して夜空を光に包む。だが光が陰った後に傷一つないマントが元に戻れば、メノンも全くの無傷だった。

「ど…うなってやがる!?」

「…あのマントは元々、伸縮自在で超耐性を秘めた外皮だった。それを操作して盾にしたという事だろう…」

解析データが表示されていくモニター内で、カノンは無造作に腕を、左腕を挙げた。

「…情報じゃ、奴ぁ右腕だけしか攻撃できなかったよなあ……?」

フカサが分かりやすく狼狽え、アクロウの頬を汗が伝う。何が飛び出してくるのか予測できない。

メノンは天を掴むような拳を勢い良く大地へ向けた。黒い腕に刻まれた溝から赤い光が迸り、幾つかのパーツが分解・再構成して肘から先が巨大化したように可変し、裏返るように開いた掌が割れて四角い砲口が突出…瞬く間に左腕が大口径の大砲へ変形していた。

目を見開く二人を尻目に砲口に真っ赤なエネルギーをチャージし、直径3メートル程度の光弾を作ると眼下へ発射。ゆっくりと地表へ着弾したそれは瞬時に膨張して極大の赤熱球となり、光元子兵器もろとも半径数キロ四方の砂地をクレーター状に消し飛ばした。

「…………か、かか」

呻くフカサと喉を鳴らすアクロウ。しかし左腕を元に戻してゆっくりと月を見上げたメノンの姿に叫ぶしかなかった。

「こっ、こっちに気付きやがったっ!!」

衛星をハッキングして此方の所在を知ったと気付いたアクロウは椅子から立ち上がって呆然とするフカサを突き飛ばし、後ろのドアを開く。

かつてシャトルの発射場だった広大な実験室には白衣を着た大勢の研究員とヤヨイを閉じ込めた水槽が置かれており、丁度彼女が目覚めたところだった。

「…アクロウさん? どうされ」

研究員の一人が血相変えて所長室から出てきたアクロウに尋ねるがそれどころではない。ヤヨイがその慌てように疑問符を浮かべる中、アクロウは巨大なメインモニターへ走り、備え付けのキーボード横の緊急ボタンを殴り壊す勢いで押した。

「施設全体にバリア起動! 最大出力で!」

高速タイピングしながら叫ぶ。モニターに映像が受信され、左側に地球の静止衛星からのメノンが、右側に月の静止衛星からの月面を丸ごと包む電磁バリアの映像がそれぞれ映された。

「………………!」

メノンの姿を見たヤヨイが身を乗り出す。脊髄から天井に幹を伸ばしていた樹木が引きちぎられ、ガラスへ掌を貼り付けてモニターを食い入るように見た。その背中全体から一斉に何本もの白い腕が突き生え、同じようにガラスへベタベタベタベタベタ掌を押し付ける。爆発的な細胞増殖や筋骨の成長に神経・血管の接続…今までとは桁違いのデータが解析されていくが、研究員達はモニターへ釘付けとなっているので気付けなかった。

(…ノ、ノン君! 良かった!)

ヤヨイはメノンのその姿を知っており、無事だった安堵で涙を零す。連動するように皮膚から透明な体液、異常な高濃度の栄養素の含まれたそれが溢れ出してガラスの底へ溜まっていき、細胞分裂の異常促進により誕生した生物進化上存在しえない丸い肉食魚が蜥蜴を食し、植物が早送り映像のように水槽内に根を張ると季節感のまるでない花々が咲き誇った。

隕石衝突すら防ぐ薄緑色のバリアが完成したのを見て、メノンは左手を月へそっと伸ばす。指先から肩までの溝に赤い光が迸るのを見てアクロウが不敵に笑った。

「無駄だ! このバリアは光学兵器じゃ破れねえよ!」

それを嘲笑い返すように、指先から手首までが異様な変形でドリル状に可変。膨張した肘から先がメノンの身の丈程にまで巨大化して先端と結合し、破砕目的の兵器が音もなく高速回転し始めた。同時に、広がったマントが頭から脚に掛けて鋭角にとんがって幅広く伸び、連動して高まるエネルギーが両脚のブースターへ充填されていく。

ほんの数秒考えて、アクロウは気付いてしまった。

「あ、あの野郎、ここへ直接来る気かっ!!」

ロケットの先端のような左腕のドリル、空気抵抗を軽減する流線形のマント、爆熱ブースターを推進力に大気圏突破するつもりだ。電磁バリアを突っ切って月面基地へ降り立つに十分過ぎるエネルギーと、ここへ来られた場合どうする事も出来ない事実に、アクロウは忌々しくキーボードを殴りつける。

その時。

『サポート任されたんで、とりあえずやっとくぞ』

何処からか届いた音声がモニター左のスピーカーから流れると同時に、月面から放たれた黄金色の超圧縮エネルギー光弾が電磁バリアとメノンのドリルと下顎とボディとマントと背後の地球を貫き、反対側の地表から突き抜けた。コンマ一秒にも満たない亜光速狙撃の威力は、メノンのチャージしていたエネルギーを暴発させて赤い大爆発を発生させる。

モニターからの赤い光に包まれる実験室内。釘付けとなっていたヤヨイの目が少しずつ見開かれ、それとは逆に瞳孔がみるみるうちに縮小化していく。何本もの手に熱と力が入り、強化ガラスがピシピシと音を鳴らした。ようやく気付いた科学スタッフ達が異様な彼女の姿に驚愕すると同時に解析された凄まじいデータへ歓声が木霊のように響き渡る中、アクロウは安堵して椅子に座る。

「……た、助かった」

心底からの息を吐くと、モニター右側に今し方狙撃した男が映し出された。

『うぃーす。大丈夫かー?』

派手な金髪を揺らす、垂れ目で軽そうな雰囲気の若い男。斜め上視点なのでどこかの衛星を介して映像を送っているらしい。衣服は青白いスーツだったが、その左腕はメカメカしい超遠距離狙撃銃に可変していた。

「あ、ありがとうよ、スプラッド」

7メートルはある砲身を不気味なくらい滑らかな可変で元の細腕に戻すと、スプラッドと呼ばれた男は傍らの「逆」と墨字で書かれた酒瓶を傾けた。

『んぐ…ぷはー。なあに、あいつが来たらおれの管轄のここがやべーと思ったのよ。ま、正当防衛だな。マスターからも攻撃すんなとは言われてねーし』

そう言って、人工的だが気持ちの良い風の吹く草原に寝転ぶ。バリアが霧散して見晴らしのよくなった赤茶色の星を眺めて、スプラッドは笑った。

『それにほら、あれくらいじゃ機能停止しねーぜ』

彼の水晶モニターには爆発の収まった後が映る。アクロウが巨大モニターで確認すると、全身の破損及びボロボロのマントを晒すメノンが映った。左腕は肘から先がなくなり、顔の下から背中まで風穴が空いている。

「スプラッド、もう1発頼む!」

『その必要はねーよ。奴の残存エネルギー見てみな。あんなオンボロのパワーでよくやった、と言った方がいーぜ』

言われたアクロウが出力データを確認すると、メノンの胸部にあるメインコアの「体内エネルギー」数値が残り1%と表示された。

『まもなく機能停止だ。もうあいつは何もできねえ。あとは好きにやれや』

スプラッドがごろりと寝返り、通信を切った。

アクロウは汗を拭い、後ろのスタッフへ振り返る。

「諸君、聞いての通りもう大丈夫だ。今の内にオールライフのデータを回収、次の作業に移るぞ」

「はいっ!」

水槽内の固まった異形のヤヨイと喜色満面なスタッフ一同を一瞥し、モニターに向き直って素早いタイピングでデータを保存するアクロウ。念の為メノンを確認するが、歪な両目が明滅を繰り返していた。もう間も無くエネルギーが切れるようだ。再生する事も出来ないらしく、ただ呆然と月を、というかこちらを見ている。

これで全て計画通り、と安心するアクロウ。

「………………?」

ふと、奇妙な違和感に包まれた、と思いきや。

「…………!? うっぶえっ」

唐突に、なんの前触れもなく吐き気がこみ上げ、胃を昇ってくる不快感に堪らず横の床へ吐きだした。

「……はぁ…な、なんだ??」

涙を拭うと、倒れたスタッフの一人が視界に入る。彼は自身の吐瀉物に舌を伸ばし、剥いた白目から涙腺が決壊したように涙が垂れ流され、顔面は蒼白で全身を痙攣させていた。振り返ると、ほんの数秒前は笑顔だった数十人のスタッフが全員同じ顔で床へ伏している。

「は……は……?」

意味の分からない惨状。しかしヤヨイを閉じ込めた水槽を見たアクロウは、何が何なのか分からなくなった。

辛うじて理解したのは、水槽内がありとあらゆる動植物…魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類、昆虫や植物が混ざり合った様相を呈している事。解析データが桁を遥かに超えてPCがパンクしてバグっている事。

そしてボックス中心にいる見えない何かから五感全てに「食われる」という動物的本能が叩きつけられている事だけだった。

(……こ……れは…………?)

牙を剥いた猛獣と相対している感覚。

水の中で大きな口の巨大魚と相対している感覚。

身の丈以上もある蛇と相対している感覚。

或いはそれら全てがミックスされた化け物に食い殺されそうな感覚…その全てが同時に満面なくアクロウを襲う。

ずぶ濡れたように冷や汗が全身から噴き出し、皮膚から血の気が失せ、呼吸をしようにも息ができない。動いたら食われる、という感覚がそうさせていた。

(そういう事か…オールライフはあらゆる生物のDNAを持ってるだけじゃなく、その姿や能力を顕現できる。『自己食物連鎖』で。つまり、こいつにとっておれたちは、食い物みたいなもんなの……か……)

本能に訴えられた悍ましい衝動に耐え切れず、アクロウは失禁し、部下達同様に白目を剥いて崩れ落ちた。

数秒後、水槽は爆発的に増大した容量によって壁面全てにヒビが入り、砕け散る。詰め込まれていた動植物が薄い緑の液体に乗って一斉に床へ溢れ出した。

「…ま、これくらいで許してあげようかね」

水槽の抜け殻に立っていたヤヨイが、自身の甘さに呆れ果てて笑う。辺りを見回して外への出入り口らしき扉を見つけ、何気なく指を向けた。

それだけで、昆虫の行軍を鳥類が見守りながら飛ぶ。

動けない魚類や鈍い爬虫類、両生類を哺乳類が噛んだり掴んで連れて行く。

植物が微生物と共に液体を吸い上げ、意思を持ったように絡み合うと、手の空いた動物達が共同して引っ張っていく。

争いなく互いに協力するその光景は美しくも見え、弱肉強食と食物連鎖的には不気味にも見えた。

「…さて」

生み出した生命達が外へ旅立ったのを見届け、床の研究員達を一瞥したヤヨイは、赤いハンカチをちゃんと持ってる事を確認し、軽くジャンプした勢いで80メートル上の天井にぶち当たった。


『スプラッド、見てみろ』

「…おぁ?」

睡眠モードに入っていたスプラッドが通信音声で目覚め、上半身を起こす。水晶モニターへ月面のデータを全て表示させると、2キロ離れたアンサイ生命研究所から高エネルギー反応が発生していた。

「んだよいったい…」

欠伸混じりに左腕を再び超遠距離狙撃銃へ可変し、足の裏からのブースターで上昇したスプラッドが研究所の方へ銃腕を向けてスコープを覗く。目をぱちくりさせて、一言。

「…おれ、まだ夢見てる?」

『現実だ』

スプラッドのぼやきに通信が突っ込んだ。

直径140メートルのドーム型研究所の屋上を突き破って、巨大な人間の上半身が生えていた。端正な顔立ちや黒の瞳、新雪のようにふんわりとした長髪、ふくよかな胸。

風景との尺度が違い過ぎるが、彼女は紛れもなくイキメ ヤヨイその人だ。

「ふ…んん」

元と変わらぬ声を出しながらヤヨイは研究所から力ずくで下半身を引っ張り出すと、近くの駐車場へ歩きだす。推定40メートル前後となった彼女は、停めてあった車を無造作に蹴り上げて踏み潰し、髪や白肌に乗った瓦礫を払い落とした。

「マスターの友人の娘さん、凄いですねー」

『ほっとけ』

スプラッドの戯けに通信が呆れる。

「で、どうします?」

『それも、ほっとけ』

「…あいあいさー」

巨大ヤヨイが超視力でスコープ越しにスプラッドを見たので、彼は桑原桑原と左腕を元に戻して降り立つ。

ヤヨイは周囲に邪魔者や生き物がいない事を再度確認すると、赤茶色の地球を見上げた。


体やマントを修復するエネルギーすらないメノンは、ただ月を見て浮遊している。

今の彼にできるのは最早それだけ。目の明滅速度が遅くなり、脹脛のブースターの出力も低下しつつある。

実の所、この姿はメノンという個体から見ればイレギュラーに近いものであり、当然マシーンロイドとしての限界を超えていた。思考に直結する回路は正常に機能しておらず、光元子兵器を破壊したのも、月へ向かおうとしたのも、敵意に対する反射でしかなかった。

なのでマシーンロイド:Mは、エネルギー切れに悲観する事もなく、抗う事もなく、自然の成り行きで意識を手離そうとした。


巨大な物体が天空より飛来し、メノンの目前を通って地面へ突き刺さると共に粉塵が舞い上がり、大気が揺れる。

ほんの少し意識を繋ぎ止めたメノンは、全身が凍りついた巨大な人の形をした何かを眺めた。膝から下が着地の衝撃で地表に埋まっている。

その全身がギギギとぎこちなく動き出したかと思えば。

「……んっ!!」

一息にマッスルポーズを披露すると体表全てに亀裂が走り、外殻表面が氷諸共砕け散って破片が降り注いだ。

湿気が多分で生温く、酸素がたっぷり詰まった空気が流水のような髪の毛と共に周囲数百メートルへ広がる。

外殻の下から現れた柔らかそうな白い肌の壁、局部や胸周りが生い茂った樹木で下着のように隠され、全身から莫大な酸素を放出する巨人のヤヨイが、にっこりと微笑んでいた。

「…ノン君♩」

半歩下がりつつ腰を落とし、両手を後ろに回すと、鈴のような声を響かせるヤヨイ。

だが彼女の前のメノンはその姿を見ても、微動だにしなかった。

リアクションがない事にヤヨイは困惑し、眉をひそめる。

ずいっとメノンへ顔を近付けて、首を傾げた。

「…ノン君?」

もう一度呼ぶ。吐息でマントの残骸がはためいた。

愛しさを込めたヤヨイの言葉。


それがきっかけとなり、メノンの脳内に、真っ赤な閃光が弾けた。


「ほう。流石は後継機。同じように未知の原子がコアに生まれていたのか」

ハタカセ機械工学研究所の所長室。巨大なデスクに座るグレンの前には立体映像が映し出されている。巨大ヤヨイと対峙するボロボロメノンの全身からほんのりと赤い光が漏れ出しているそれは、静止衛星からの中継映像だった。

接待ソファーに座り、テーブルに置かれたグラスを手に取り傾ける黒スーツの若者。セミロングの茶髪に不敵な笑みを携えた中性的な青年が言葉を紡ぐ。

「聞くまでもないと思うが…どうだアリア? 『Gジー』エネルギーと比べて」

向かいのソファーに目線を投げかけると、白髪で死んだ魚のような目をした美女が立体映像を見ていた。その目の水晶モニターから観測データを直接取り込み、脳内にて解析処理を異常な演算能力でこなしている。その様子は、瞳がキラキラと輝いているように見えた。

「『G』エネルギーには遠く及びません。しかしMのボディとコアならお釣りが来るでしょう」

アリアと呼ばれた女性はこれ以上は不要とばかりに瞼を閉じる。膨大なデータを自身のデータバンクに保存し、更に研究所のメインバンクに転送した。

それを済ませて立体映像を再度見れば、メノンの体が見る見るうちに再生していくところだった。彼女の語った通りコア内の未知の原子に熱量を浴びせてエネルギーを爆発的に増やしているのだ。

あっという間にボディとマントが復元されたが、スプラッドに撃ち抜かれた顎が歯を食いしばったような形状で再生していたのを、グレンは見逃さなかった。

「イクス、見てみろ」

「?」

茶髪の若者イクスが映像に注目する。

メノンが元通りになって喜色満面のヤヨイへ、微かな声が届けられた。

「…ヤ…ヨイ…」

「!? ノン君、その状態で喋れるのかね!?」

顎の下に手をやり、メノンは具合を確かめる。

「ああ…なんとなく、喋れるように…できたみたい…」

ヤヨイは感極まったのだろう。メノンの体を両手で優しく掴むと、植物の生えていない胸元へぎゅうっと押し付けた。

「ヤ、ヨイ? …痛くない? オレの体、硬いよ」

「ノン君はどうかね? ボクの体、柔らかくて暖かいだろう?」

「…うん。ヤヨイの心臓の音が、心地良く聞こえる」

「ふふ、当たり前だね。心臓も巨大になっているのだからね」

赤子を抱くように、母親に抱かれるように、不思議な温かい気持ちが沸き起こる二人。

互いにそんな経験はないが、実感できる何かは確かにあった。

「…ごめん、めちゃくちゃ気持ちがいいし、疲れてるから…寝てもいい?」

「安心したまえ。お家に送ってあげるからね」

「ありがとう…おやすみ」

メノンが電源をOFFにして鼾をかき始める。

ヤヨイはにっこり笑い、メノンを少し強く胸元に押し付けて白肌に沈ませるように体内へ取り込むと、ヒノモトドームへの移動を開始した。

「成る程。再生時に変形させる事も出来るようになったわけか」

「…確かにマシーンロイドとしては規格外です」

巨大ヤヨイの軽やかな歩きを静かに眺める3人。

そこへ月から送られたスプラッドの立体映像がソファー横へ現れた。

「よっす」

「よっす。では、揃ったから始めようか」

グレンは立ち上がり、3人を見ながらデスクに手をついた。

「オレはメノンにウルティロイドの資格があると思う」

「俺はないと思うがな」

軽く挙手したイクスが即答。そしてアリアとスプラッドへ視線を向けるが、

「私はウルティロイドへの改造に賛成です」

「あ、おれも」

昨日は同じく否定した2人があっさり寝返り、イクスはソファーから転げ落ちるように立ち上がった。

「な、何考えているんだ!? あんな奴にウルティロイドになる資格はないだろう!」

声を荒げるイクスにアリアが至極冷静に答える。

「マシーンロイドとして規格外品という事が分かりました。伸び代が気になりますが、一つ上の段階に進むのは当然です」

「おれはアレだな、なんかあいつ色々面白そうだから!」

「スプラッド貴様ァ!」

悪びれもせず笑うスプラッドに掴み掛かろうとしたが、相手は立体映像。イクスは手を忌々しそうに引っ込めた。

「寧ろなぜお前は反対する?」

グレンが尋ねると、イクスは振り返り、凄まじい形相で睨みつける。

「何故かだと? あいつはマシーンロイドとして欠陥品だ! それ以上でもそれ以下でもない!」

イクスはソファーへ座り直すと、グラスの残りをかっこんで腕を組んだ。

「イクス…」

アリアは心配そうに見つめるが、スプラッドは欠伸を一つ。

「ふぁあ…三対一で決まりだな。じゃ、改造終わったらまた呼んで〜」

手を振りながら立体映像が消えていき、それを見届けたグレンは手の関節を鳴らした。

「よしアリア。コアの準備をしておけ」

「あ、はい」

相変わらず無の表情のアリアは立ち上がり、研究所五階に行くべくデスク横のエレベーターへ乗り込んだ。

扉が閉まるまでイクスを見ていたが、彼は憤慨して目を閉じたままだった。


「…ぬ?」

砂の大地を踏みしめてきた巨大ヤヨイは、ヒノモトドーム近くに差し掛かって足を止めた。ドームへ続く船舶移送用線路の上に3人の人影が見えたからだ。

1人は黒い長髪を携えた、筋骨隆々な野性味溢れる男。白い毛皮の長ズボン一丁でむきむきの腹筋を露わにし、長い犬歯を剥き出しに太い上腕二頭筋を組んで笑っている。

1人はその男の肩に腰掛けた、血のように赤黒い髪をした幼い女の子。全身を黒い外套に包んでおり、年不相応の無表情を保ち、明後日の方向を見ている。

1人は男の横に立つ、ふくよかで色気の漂う妙齢の美女。のっぺりとした暗緑色の長髪とピッチリとした白のウェットスーツが特徴的で、口を閉じているが目つきは恐ろしく鋭い。

咄嗟にヤヨイは警戒した。三人は一見人間に見えて、酸素呼吸器や宇宙服も無しに空気のないドーム外に平然といる事もそうだが、なによりヤヨイの「生物探知能力」に該当していない。

つまり、この三人は人間どころか生き物ではない。

(ボク、若しくはノン君目当てかね…)

誘拐の件、またメノンを撃ち抜いたスナイパーも生き物ではなかった事からヤヨイは拳を握り締める。

だが男はヤヨイの反応に無音で鼻を鳴らすと、背後のドームの壁を裏拳で軽く叩く。それで通行の認証が成されたらしく、壁が左右に割れて線路が繋げられた。女が掌をドーム内へと向けるが、どうぞという動きにしか見えない。

(…通してくれるのかね)

敵意は感じられず、ヤヨイは警戒を解いた。横に退いた三人を過ぎて開かれた扉の前までくると、彼女の体が少しずつ小さくなっていく。今の大きさでは内部に入れないので『自己食物連鎖』で体積を減少させていた。

10メートル程の大きさになり、胸元へ取り込んだメノンを薄っすら見えさせたヤヨイは扉の中へ入るが、彼らも後ろからついてきた。

「君達の目的は何だね?」

見下ろしながらヤヨイが尋ねると、男がやけに長い犬歯の生えた口を開く。

「俺は違うが、こいつらはメノンのサポートが目的だからな。対象が家に無事に帰るまで見守らにゃあいかんわけよ」

肩の幼子と隣の女性を親指で指す。

「ボクはちゃんとお家に帰すけどね…サポート? ふうん、何のだね?」

「……………………………」

「……………………………」

二人へ聞くが、幼子はヤヨイをじっと見ているだけ、女性の方は口を開かずに愛想笑うだけだった。

「喋れないのかね?」

「そういうわけじゃあねえんだが…」

男が苦笑う。ヤヨイははっとした。

「まさか、ノン君の身の回りのお世話とかそういう…」

慄くヤヨイに幼子がぽつりと呟く。

「アホゥ」

それを聞いたヤヨイがぐわっと幼子へ首を捻り、幼子は面食らった。

ややあって、ヤヨイは納得したように笑う。

「ああ、サンプルボイスが微妙でよく分からなかったのだが、君、メスだったのだね。いや、君達に雌雄はないのかね?」

「んなもんあるわ。ハタカセ製のマシンなめんな」

「ふうん……………………ぬ?」

男の台詞に、ヤヨイがはたと気付く。

「と、という事は、ノン君にもあるのかね?」

「あるに決まってんだろ」

「…うおっしゃあああああああああ!!」

心の底から絶叫するヤヨイに、幼子が再度アホゥと呟いた。



寝かされている

白い

眩い光

ここは 改造台か

体が動かせない

瞼が閉じられない

遮光も出来ていない

水晶モニターも表示できない

意図的に遮断されているようだ


見た覚えのない人がいる

長く美しい銀髪を携えて白衣を着た女性

いや男か

そいつがオレをじっと見ている

笑顔で

食い入るように

デジャブか

こんな光景 前にもあった気がする

思い出せない

「メノン」

男が口を開く

存外に渋い声だ

「オレの質問に答えろ」

男が何かしたらしい ほんの少し体が動かせるようになった

喋るくらいはできるようにされたようだ


「お前の使命はなんだ?」


オレの

使命?


…そんなのあったっけ



「…分か…らない…よ」


オレは震える唇で正直に答えた


男はオレの答えに満足したらしい

笑う

手を叩いて笑う

腹を抱えながら笑う

ひとしきり笑った男は

少年のような笑みを浮かべていた


なんだ、こいつ




瞼を開く。降り注ぐ強いライトの光が目に入るまえに遮光膜が自動で降りて視界が薄暗くなる。

首を動かす。見覚えがある部屋、そして改造台に乗せられている。

左視界の端に人を見つける。明銀色の髪を手でかき混ぜて肩を揉んでいる。

「……オレ…?」

「お、目が醒めたか」

上半身を起こして白い皮膚と暗銀色の髪を確認。遮光膜が戻る。

父さんはこちらを一瞥すると、一仕事終えたように肩を回して溜息を吐く。明らかに疲れている。

状況からみてオレの体を直し終えたとこか。

しかし、その態度が気になった。父さんが疲労しているのは余程の大改造だったに違いない。それとも、オレの改造が上手くいかなかったのか。それは困るぜ。

全身スキャン……………………。

!!!!??

しししし出力が300倍になってる!!?

な、なんじゃこりゃあ!?

「と、父さん? これってなに? どういう事? オレにいったい何したの!?」

「…………………………………」

理由を聞こうと顔を向けた先には、父さんの驚きに引きつった表情があった。赤い瞳をまん丸く開いており、よほど信じられない事が起きたらしい。それが何か分からなかったが、父さんのそんな顔を見るのは2度目だっけ。

「う、嘘だ…!」

父さんはまるで宇宙の新法則を見つけたかのように、笑いと驚きを上手くミックスさせた表情でそう言って、興奮のあまり倒れた。


なんか気絶した父さんを改造台に乗せる。床冷たそうだし。

とりあえずもう一度全身スキャン。

…すげー、出力超アップしたからかスキャン速度もメタル速い。

えー、変わったとこは…オレの自前のコアの横に新しいコアが埋め込まれていた。何、この「アルティメットコア」とかいうの。それに「Gエネルギー」なるエネルギーが蓄積されてて、それが全身に行き渡っていた。出力300倍はこの未曾有のエネルギーの恩恵か。

Gは父さんの頭文字かな。

それ以外に目立ったとこはない。オートマッピング機能も外されてるから、シンテンオウにパーツは返されたようだ。

…現在20:00か。

オレはヤヨイに助けられて無事帰り着いたようだけど、ヤヨイがどうなったのか知りたい。それに、アクロウ達の事も。

父さん気絶してるから聞けそうにないけど。


恐らく父さんが用意していた赤系統の服を着て改造室から玄関へ。

…お?

「初見で誰か分からなかったわぁ。分かってたら家に上げてなかったしぃ」

「当然」

「君達、失礼な言い草だね。こんな美少女捕まえて」

鉄扉少し開けた所で人の気配がしたが、ヤヨイ、とネオンとクオンがなんか殺気立って話してる。

良かった、ヤヨイ無事だったんだな。でもどうしたん………え?

「その姿、何ぃ? 前の方が似合ってたよぉ?」

…手を組んで高圧的にヤヨイを見下すネオン。その周りに、なんか電気の塊みたいな玉が飛び交ってバチバチいってる。スキャンするとネオンの頭部を中枢に数万Vの電気が全身に流れ、余剰エネルギーが皮膚から溢れて周囲に弾けているようだ。

「皮肉、痛快」

逆に頭の後ろに両手を付けたクオンは嘲笑うようにヤヨイを見ている、と思うが、その身体は重力を無視したように数センチ浮いていた。こちらもスキャンすると、心臓部に埋め込まれた何かの装置…「重力制御装置」なるものを使用して自身の重力をマイナスにしているみたいだ。

…今まで2人共普通の人間だと思ってたが、どうやら違うようで、しかしマシーンロイドではないみたいだ。

父さんに改造されたのか?

「お、ノン君」

気付かれた。空気アレだけど出よう。

「お兄ちゃんん?」

「兄貴っ」

ネオンとクオンが同時に振り返り、出てきたオレへタックル。

「お兄ちゃんん! 無事で良かったぁ!」

「健在、涙、涙、嗚呼、涙!」

能力をOFFった二人が泣きじゃくりながら引っ付いた。お、おおう。

「落ち着いて2人共。オレなら大丈夫だから」

両手でそれぞれ頭を撫でて慰めるが、なんかすっげえ泣きつかれてる。

どうした? 以前にもこんな事があったのか?

…そういえばヤヨイにも初対面で泣かれ

「…ヤヨイィ!」

ヤヨイがいねえ! どこいった、オレが弟妹と戯れてる間にぃ!

ネオンとクオンをゆっくり引き剥がし、玄関から飛び出してエゾの犬小屋前にいる男をスルーして地面を滑りながら道路に出ると、トボトボ帰るヤヨイを発見。

「ヤヨイッ!!」

ビクッと身を震わせるヤヨイ。

今、どうしても言っとかねえとな!

「明日暇なら、今日の埋め合わせをしたいんだけどっ」

「…ぇ?」

振り向くヤヨイ。なんで目尻に涙を溜めてんだ。

「ど、どう?」

「明日…うん、明日は暇だけど…」

涙を拭う。

「じ、じゃあ、明日10時にアーケード東口でいい!?」

ちょっと押しを強めに、ヤヨイへ詰め寄る。

「か、構わないけどね」

まだ少し呆けてるけどヤヨイから言質取った!

「録音したよ!」

よっしゃ!

「じゃあヤヨイ、また明日ねっ!」

大きく手を振る。あ。

「もう夜遅いから、送っていこうか?」

この時間帯に一人帰らせるのは忍びないぜ。

「え、あ、え」

…なんか、ヤヨイがとてつもなく困惑してる。あれか、オレがコロコロ提案変えてるからか。

「う、ううん。だ、大丈夫、お心遣い感謝するね」

それでもようやくヤヨイはいつもの振る舞いを取り戻した。涙もいつの間にか止まってる。

「じ、じゃあ、ノン君!」

ヤヨイは、活力を内側から引き出すように、手を振った。

「また明日ね!」

「うん!!」

オレもヤヨイから元気を受け取るように手を振って、彼女の後姿が消え入るまで眺めていた。

明日が楽しみだぜ!



『あれ? さっき男の人がいた気がする…エゾ?』

『ウォン』

『? おかしいなあ』

首を傾げて玄関へ戻ってきたメノンがネオンとクオンへ言い寄られる。

『お、お兄ちゃんん!』

『兄貴!』

『なに?』

『あの女に近づいちゃ駄目だよぉ!』

『いきなりどうしたのネオン。ヤヨイは良い子だよ?』

『彼奴、善良、否! 化物、怪物、危険度最上級生物!』

『こら、クオン。そんな事言うなよ。そうなってまで、オレを助けようとしてくれたんだから』

『あの女の正体知ってるのぉ!?』

『さっき知ったばかりだよ。でも、オレだって化物みたいなもんだから別に、って感じ』

『兄貴、化物、否! 絶対、否!』

『ありがとうクオン。だったらヤヨイも化物じゃないよ』

『ち〜が〜うぅ! あの女は違うのぉ!』

『はいはい。今日は疲れてるから、寝かせてよ』

「兄貴!」

メノンが二人の制止をやんわりと振り切って自室への階段を上がっていく。

その立体映像を見つめる3人。そこへ直通エレベーターが到着し、中から出てきたグレンはごほんと態とらしく咳払いした。

「アリア、お前の使命はなんだ?」

「貴方をアシストすることです」

無表情の女性が答える。

「スプラッド、お前の使命はなんだ?」

「マスターをサポートすることだけど」

立体映像の派手な髪型の男性が答える。

「イクス」

「貴様の敵を殲滅することだ。知っているだろう創造主サマ」

茶髪の男性が眉を寄せながら答える。

グレンはにんまりと笑った。

「そうだ。マシーンロイドには必ず使命がある…というより、それなくして誕生はできない。必要不可欠な要素だからな。最初期のバグがここまで尾を引くとは思わなかったしどうでもいいと思っていたが、兎にも角にもにも、メノンにも当然使命はある。しかし、コア搭載直後のメノンはこう答えた。分からない、と」

途端、三人の表情が明らかに変わった。

「…マジで? あいつおかしくね?」

「…というより、異常だ。アリア、今『M』の体に異常はあるのか?」

「…いえ、どの部位も故障していません。特に異常も見受けられません」

「つまり」

腕を組み、グレンが勝ち誇る。

「完全に俺の手を離れたって事だ」

所長室は無音に包まれた。それを破ったのは、苦虫を噛み潰した顔のイクス。

「…忘れているのなら、教えてやったらどうだ? 自分が生み出された理由、そして『M』の意味も含めてな」

「うむ。それでメノンがどう行動するのかも興味深い」

「でも教えた所でよー、別に変わらんだろ」

「うむ。それはそれでどう行動するのかも興味深い」

「…つまりどうされたいのですか?」

「自由だ。メノンがどう成長するかはな」

「…フン。期待した分、落胆しない事だな」

話の纏まりを掴み、イクスは立ち上がった。

「エネルギー供給して、仕事に戻る」

「おう」

所長室からイクスが出て行くと、立体映像は大きな欠伸をかます。

「じゃあ、おれは寝るわ。何かあったら呼んでな」

「うむ」

スプラッドの映像が途切れると、最後にアリアが立ち上がった。

「お休みを頂いておりますので、また二日後に出社いたします」

「しっかり休めよ」

所長室から出て行くアリア。そのポケットからは携帯端末のストラップとして可愛らしいゆるキャラが垂れ下がっていた。


一人となったハタカセ機械工学研究所所長は、所長椅子に腰掛けて、考える人のようなポーズをとった。

生気を失った瞳を瞑り、機械的に含み笑いながら、徐にぼそりと一言。

「やるなあ、カズヤ」

親友の一人娘の雄姿に、少し嫉妬していた。



日曜日。

入学初日の赤いロングコートを羽織ったオレがギターケース背負ってアーケード入り口にて待ち合わせていると、カジュアルな服装にロングスカートのヤヨイがやってきた。

可愛い。めちゃくちゃ可愛い。信じられないくらい可愛い。

「どこかに入ろうかね」

オレ達は近くの喫茶店『石茶山人いしちゃやまと』へ。

奥の禁煙席に着き、オレは水だけで、ヤヨイは紅茶を注文した。ギターケースをテーブルに立て掛ける。

「ノン君、ボクの携帯端末を持っているかね?」

「あ、うん」

ポケットからヤヨイの携帯端末を取り出して渡す。充電もバッチリだぜ。

「そういえば、キリウラさんに連れて行かれた機密養育室ってとこにいた、あのマイって人は?」

「ボクが造りだした人工生物だね」

メールを確認しながらヤヨイが平然と言った。

「提供してもらった優秀な人間同士の受精卵に多数の動植物の因子を組み込み、DNA手術で脳組織を活性化させて生み出した胎児を急成長させた合成獣だよ。今、生後1カ月程度かね」

「ふうん。何で造ったの?」

ヤヨイの指の動きが止まり、オレにこそっと顔を寄せた。

「…秘密だよ。ボクについてこれる人材がいなくてね。ショーちゃんが部員の中で最も優秀なのだが、それでもデーフォリール理論の最初の方で詰まっているのだよ」

高校生レベルでは異常な知能指数の持ち主だがね、とヤヨイはフォロー。

成る程、その理論がなんなのか分からんが、つまり。

「自分の右腕として造ったって事」

「うむ。あと数ヶ月もすればボクに匹敵する能力を持った専属研究員になるだろうね」

携帯端末を仕舞ったヤヨイは代わりに赤いハンカチを差し出した。

オレのだ。

「ありがとね」

「どう致しまして」

ハンカチを受け取ると、ヤヨイは真剣な表情を浮かべた。

「さっき聞いたのだが、アッくん及び他クラスの何人かの転校手続きが生徒会に送付されていてね」

「…アクロウがボスの、月の組織の人達だったってこと」

「だろうね」

紅茶を嗜むヤヨイ。

そうか。アクロウの奴、逃げやがったのか。

…あばよ。

「ヤヨイ」

「なんだね」

「ヤヨイは、オールライフ、って言うの?」

「ボクを創り出した父が名付けた訳ではないけどね」

父親が創ったのか。凄えな、ヤヨイの父さん。

「あのさ。オレ、マシーンロイドじゃなくなったらしいんだよ」

「ほう」

「父さんがウルティロイドに改造したって言ってた。それと、ある目的でウルティロイドにしたんだって。でもオレがマシーンロイドの目的っていうか使命みたいなものを忘れてて、だから思い出すまでは今のままでいろって」

「ほほう」

「だからオレ、マシーンロイドじゃなくなったんだよ」

「そうかね」

「うん…」

分かりにくいかもしれない。

でも、オレだって分からないんだ。

「…ヴィエルメーム」

「うん?」

「ヴィエルメーム。父はボクをそう呼んでいたね」

「ヴィエルメーム…?」

どこの言葉だ。

「意味は分からないのだよ。でも、ボクはヴィエルメームって事だね」

「そっか…」

「ノン君はそのウルティロイドとやらになって、何か変わったかね」

「新しいコアを搭載されて出力が超上がったよ。再生能力が桁違いに上昇したりしてるけど、それ以外はあんまり実感ない」

「そうかね。では、ノン君はマシーンロイド、ボクはヴィエルメーム。それでいいのではないかね」

ヤヨイは屈託なく笑う。

それでいいのか。色々、こう、なんか、考える必要があるような、ないような。

…めんどくせえな。

まあ、よしとしよう。

「ヤヨイがそれでいいなら、オレもそれでいいよ」

「では、それでいこうかね」

「うん。よろしくお願いします」

「こちらこそ」

なぜか頭を下げ合うオレら。

面を上げると、なんか可笑しくって笑い出しちまった。


やっぱり、ヤヨイは可愛いぜ。

「…オールライフの置き土産か」

アンサイ研究所所長室のモニターには月面に蔓延った生命達が生き生きと映し出されていた。

「最初から頼んでいれば、こんな簡単にできちまってたのかよ」

アクロウがぼやくのも無理はない。彼らの計画は本当に時間と金の無駄でしかなかった。

「はあ…ま、いいか。結果オーライってことで」

笑みをこぼし、アクロウはデータを他の研究施設へ送り、マイクに言葉を乗せた。

「んじゃ、養殖やら保護やらは任せたぞ」

『了解。ここまでやってくれたのなら、あとは任せろ。恩にきる』

「…つうわけで、うちのチームは解散だ。プロジェクト『オリジン』は成功したも同然だし」

通信を切ってモニターを消し、後ろのフカサへ振り返って嘲る。

「ここは好きに使っていいぞ。火星の生命起源計画、精々頑張るこったな」

鼻歌混じりでデスクの脇を通り抜けようとしたアクロウ。しかしフカサの巨体がせき止めた。彼が退かないとデスクに挟まれて移動できない。

「手伝ってくれないのか?」

「冗談だろ」

アクロウの顔から笑みが消え失せる。言葉とは裏腹に、冗談ではない雰囲気だ。

「お前をチームに加えたのは火星からの圧力、それだけだ。お前程度の人材を副所長にしたのもそれが理由だ。第一、此方のデータを火星へ横流ししていたのがバレていないと本気で思っていたのか?」

フカサが言葉を詰まらせたが、アクロウは笑った。

「ああ、もうあのデータは無駄になったわなあ。オールライフがいないんじゃ」

「…いいのか」

「あん?」

「お前はそれでいいのか、と聞いている。自分の手でプロジェクトを成功させた訳でもないのに、それで」

声を絞り出したフカサへ、アクロウは自身のこめかみに指を突き付けながら言った。

「いいに決まってんだろ。バカかてめえは」

無用のデスクを横へ蹴り飛ばしたアクロウは、書類が舞い散る中所長室の出入り口へ進む。フカサはもう何も言えない。

そしてアクロウも何も言うつもりもなく、所長室から出て行った。

「あ、所長ー!」

「遅いですよー!」

床掃除をしていたプロジェクトチームがアクロウに集い、彼は思わず頭の後ろをかいた。

「わりーわりー。んじゃ、プロジェクト成功を祝して、飲みいくかー!!」

「いやいや、私達何もしてないじゃないですかー」

「まあまあ、棚ぼたという奴ですな」


一人所長室に残されたフカサは、火星からの着信が鳴り響く携帯端末を踏み砕くと、懐から取り出したサンプルを見て憤怒の表情を滾らせる。

「…見ていろ、どいつもこいつも」

試験管の中には、瞬間冷却されたヤヨイの髪の毛の一本が梅雨糸のように入っていた。



ハタカセ研究所の地下3000メートルにある、縦横1000メートルもの超広大空間。その中心部には馬鹿でかい透明な球体「保存球」が設置され、濃紫色のエネルギーが太陽のように保持されて部屋を薄暗く照らしている。幾重にも絡み合う配線ケーブルが凡ゆる所から接続されていた。

保存球直下の鉄製の玉座へ座ったイクスはスーツの胸元をはだけさせながら肘掛先のコンソールを操作。球体から補給用のケーブルが伸ばされたので掴み、薄い胸板へ引っ張ると鋭利な先端を乱暴に突き刺した。

「…くそっ」

呟き、イクスは目を瞑る。

ケーブルを介してコアへエネルギーが供給される中、悲しみに涙を零していた。

「いつからだ。あの方が、あんなに腑抜けに成り果てたのは…」

ひとりごちた直後にエネルギーが満タンになった合図音が鳴りケーブルが自動的に外れて球体へ戻るとイクスは目元を拭って立ち上がる。

「…戻るか」

水晶モニターで各部のチェックも済ませた彼は、受け持ちの職場「金星」へ向かうべく、

『Ganon Energie Room」と掲げられた部屋から出て行くのだった。

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