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フェイズ6:黄龍 -Scream of DNA & Model girl yell-

オレは肩にシンテンオウを止らせ、ヤヨイとアーケードを帰途きとってる。エネルギーも少なくカラオケはお預け、てかシンテンオウのエネルギーを80%も吸ってオレ自身15%しか回復してないけど、マシーンロイドってそんなに燃費悪かったっけ。

「誰が一番強かったかね?」

右腕の着け心地に違和感があったので着脱したり回転させたりしているとヤヨイが聞いてきた。

「んー…」

キツはオレが対応出来ない速度の持ち主。

オボロは勝負内容的に本気じゃなかった。

イツムナのパンチも生で食らってたら終わってたろうし。

サバキの不死身っぷりは特殊ルールがなければ勝機はなかった。

「甲乙つけがたいけど…でも、やっぱりキツかな」

ぶっ壊されかけたのは真の姿を見せたキツとイツムナだったが、キツの弁ではあれでも本気じゃないらしいから、あいつが体裁気にせずに本気出してたら鉄屑にされてたかもしれねえ。

「確かにあのスピードは超一級品だからね」

「…それもそうだけど」

ヤヨイはキツの本当の姿を知らなそうだが、当然か。いくら友達でも、いや友達だからこそ言えねえよな。

「ていうか、四神て化物揃いだよね」

着脱面の僅かな歪みを調整し終え、今更の話題を放り込む。キツは人間じゃないし、イツムナも右腕だけ人間じゃないし、サバキも絶対人間じゃないし、オボロも人間じゃない可能性はないわけじゃない。

「そうだね。でも彼等くらいの力量の持ち主でなくては、カッ君の望む統治は難しいのだよ」

カグラか。出来る奴っぽいものなあいつ。寝坊助だけど。

そしてあいつらの上にいるってことは、人間じゃない気がする。

「そういえば、ヤヨイは何で生徒会に入ったの?」

まだ聞いてなかった。しかもちゃっかり副会長にまでなってるし。

「ああ、話してなかったね。過程が少し長いのだが、簡単に言うピルピルピル、ピルピルピル」

「うぉ」

普通に喋っていたヤヨイの口からいきなりアナログチックな機械音が。

「な、なに?」

「ピルピルピル、ピルピルピル」

口から音を垂れ流しながらヤヨイは落ち着いた様子で手で待ったを掛けて舌を動かすと、口内から飛んだ立体映像が正面に出現した。

「ヤヨイさん」

映しだされているのはグラサンメイドのシン。今のは着信音か。

…なぜ口内から?

「どうしたのかね」

ヤヨイがシンに問うと、彼女は話を切り出そうとして、オレに気付いた。

「申し訳ありません、生徒会の内密な話なのです…」

あ、そういう事。

「すまないねノン君」

ヤヨイの声に手を振って後ろを向き、聴覚機能を停止させ音を遮断する。そのままでいるのも暇なんでアーケードをぐるりと見回し、めぼしい物がないので最後に左のウィンドウへ目線をやった。

中にはマネキンが多分流行りの服を着こなして優雅に佇んでる。ブランドは「ミカドミヤ」といい、高級そうに見えて良心的な値段に落ち着いていた。

…オレも休みになったら服を買いに行かなきゃな。

背中がトントン叩かれたので振り返ると、ヤヨイがサイレンス状態でサムズアップしてたので聴覚機能を戻した。

「話、終わったの?」

立体映像が消えていたが一応尋ねる。

「ノン君。重大な話をしなければならない」

? ヤヨイの雰囲気が少し、重いものに変わった。どうしたんだろ。

「今のビサトさんとの話?」

「うむ。実はだね、明日ボクとノン君が闘う事になってしまったのだよ」

ヤヨイと…闘う?

「…何で?」

「四神が全員ノン君に敗れただろう? となれば、その上のボク、即ち生徒会長の右腕たる副会長の渾沌こんとんの出番なのは自明の理と思うがね」

…まあ、そうだな、妥当だな、だがな。

「ヤヨイと闘うのは嫌だよ」

「ふむ、それは何故かね?」

口元に手を持ってきてオレの本意を探り出そうとするヤヨイ。

…その仕草にどこか違和感が。

「ノン君?」

ヤヨイは目を細めた。詰問されてるので、素直に答えた方が良さそうだ。

「だって、ヤヨイと闘う意味がないもん」

「…意味があるから、こういう話になっているのだよ」

少し顔をうつむかせてヤヨイが漏らす。

「でも嫌だ。絶対に、何があってもヤヨイと闘いたくない」

「……理屈になっていない。もっと明確な理由はないのかね」

「理屈抜きで嫌だよ」

「…なんたる強情」

深く顔を下げなからヤヨイが呟く。

理由、理由ねえ。ない訳じゃあないんだがな。でもヤヨイの事が好きだから闘いたくないって本人に正直に伝えるのはオレのメタリックハートにヒビが入るレベルの羞恥プレイだし、昔のオレを好きなヤヨイには意味がないし。

…というか。

「……ノン君、ちゃんとはっきりと、何で嫌なのかを言いたまえよ」

ヤヨイ、何両手で口元抑えながらプルプル震えて、僅かに見える顔真っ赤にしてんだ。

「ねえ、ヤヨ…イッ」

「…っ!?」

強引だが、ヤヨイの両手首を掴んでバンザイさせる。隠されていたヤヨイの顔は…なんか喜色満面で赤くなっていた。

「どうしたの?」

「い、いや、ね」

手が顔に向かおうとするのを押さえたまま顔をずいっと近付けて聞くと、ヤヨイは瞳を右往左往させながら答えた。

「ボ、ボクも闘うのは勿論嫌なのだけど、ノン君は逆に勇んで闘いたかったらと思っていて、そ、それでノン君も闘いたくないと聞いたら、こ、こ、ここの様だよっ」

成る程。拘束を解いてやるとヤヨイは手で顔を仰ぐ。

「ふぅ、熱い、熱い」

「変な事考えてオレを挑発するからだよ」

「調子に乗りすぎたようだ。ノン君がどう思っているのか、知りたくなってね。つい」

今のオレの心の内を知ってどうなる。オレはヤヨイの知ってるオレではないんだ。

「で、結局オレはヤヨイと闘わなきゃならないの?」

「いやあ、でも睨めっこはご褒美だったね…え? あ、その事かね。ふふ、心配しなくともいい。断ったよ」

「本当? 良かったあ、もう闘うなんてこりごりだよ」

「甘いのだよノン君」

ヤヨイは人差し指を左右に振った。

「ボクとの闘いはカッ君命令だったのでね。会長命令を断るのは並大抵ではないので、不戦敗という扱いで済ましたのだよ」

「え? それじゃあ…」

「そう、ボクはノン君に敗けた身だ。キーちゃん達同様、ペナルティも下るだろうね」

なんと。

「ごめんヤヨイ。オレの不戦敗でよかったのに」

頭を下げる。肩のシンテンオウがずり落ちないよう背中に移動し、アホゥと鳴いた。

「おやおや、ボクが勝手にやったのだからノン君が改まる必要はないと思うがね」

そう言われても。

「顔を上げたまえ」

許しが出たので腰を戻すと、シンテンオウも肩に戻った。アホゥ

「気にしなくともいいのだよ。寧ろ、済まないと思っていてね」

「…と、いうと?」

「ボクが敗けたものだから、カッ君自らノン君をぶちのめすつもりらしい」

「…はい?」

カグラが、オレを、ぶちのめす?

「カッ君と闘わなくてはならないのだ。頂上決戦だね」

………マジで?

「…大丈夫かね?」

なんか、足の力が勝手に抜けたので横のウィンドウに寄りかかっちまった。

「…何で闘わなくちゃいけないの。オレは体の良いサンドバックの扱い? …別にそれでもいいけど」

「おおぅ、何という自暴自棄。落ち着きたまえ」

そう言われても。

「人生は闘いの連続ではないかね」

「…そんな哲学的な…あ、オレも不戦敗って事に出来ない?」

「カッ君はあらゆる手段で闘わせようとするだろう。ボクは副会長権限で断ったのだが、ノン君には…」

バンビーなオレには無理か。

「やるっきゃない、てこと」

「安心したまえ。明日はボクが目一杯応援しよう」

…何度目になるかのヤヨイのサムズアップ。

「ありがとうヤヨイ」

「どういたしまして」

このやりとりも何回めかなあ。

アホゥ


「ご馳走様でした」

鉄塊のオイル和えを完食し、掌を合わせる。

「もういいの?」

「うん。とっても美味しかったよ」

特注皿を台所へ持っていくと、同席の弟妹から声が上がった。

「お兄ちゃん、食べ過ぎじゃないぃ?」

「そう?」

「九杯完食」

メタル腹八分で止めといたんだけど。

「…健啖過剰」

なんかクオンがじーっと見てくるような。

「エネルギー補給の為に沢山食べてるだけだよ?」

今日はシンテンオウ呼ぶ羽目になったから、たんと貯めとかないと。明日はカグラとやり合う事になってるし。

「母さん、明日は普通に起きるから」

「ええ、ご飯用意しておくわ」

「うん。じゃあ部屋にいるね」

母さん達に一言掛け、オレは自室へ。宿題やんなきゃ。



メノンの後ろ姿を心配そうに見送ったネオンは、わざわざ箸を置いてシオンへ尋ねる。

「…最終改造後ってこんなにも食べるものなのぉ?」

シオンは頬に手を添え、眉根を寄せた。

「そうねえ。あの人から一カ月分って貯蔵した機材を、もう三分の二以上も食べちゃってるわ」

いくら何でも食べ過ぎな量に、クオンも箸を置いて話に参加する。

「燃費膨大…改造失敗?」

「あの人に限ってそれはないわよ」

グレンの腕を知るシオンはそう断言し、クオンは納得したが、ネオンは逆に不安になっていた。

「…学校で何か強制されてて、それでエネルギーを過剰使用してるんじゃないぃ? マシーンロイドだからやれ、みたいなぁ」

無理矢理重労働させられながら笑みを絶やさない兄の姿を想像するネオンとクオン。弟は口元を歪ませた。

「…非道」

ネオンの予想はある意味的中していたが、ある意味外れてもいた。

「そうと決まったわけじゃないわ。でも心配ね」

「お母さん、お兄ちゃんに聞いてみてよぉ」

「嘆願」

兄の身を案じる弟妹達に応えるため、シオンは優しく頷いた。



宿題終わって、時間が出来た。

さてどうしよう。明日の為に地下でスキルポイント稼いどこうか。いや、闘う気まんまんになってどうするオレ。でも闘いになるわけだし。

ベッドの上で考え事してたら、ドアがノックされた。

「はい」

「ママよ。入ってもいい?」

母さん? どうしたんだろ。いいよと言って上半身を起こす。母さんが入ってきた。どこか気難しい顔をしている。

「どうしたの?」

母さんはベッドの縁に腰掛け、その美貌をオレに向けた。

「メノン、学校で何か辛い事とかある?」

…いきなりなんの話? 声のトーンもどこか固いし。

「ど、どうしたの母さん」

「ご飯いっぱい食べてるでしょ? マシーンロイドの食事一カ月分の量を、メノンはもう半分以上も食べてるの。そんなにエネルギーを消費する事が、学校にあるんでしょ?」

そういう事か。でもそれは辛いんじゃなくて、責任問題というか、マシーンロイドだからやらなくちゃいけない事っていうか。

どう説明したもんだろ。

「ええっと、別に辛い事はないよ。エネルギー消費が激しいのは学校で頼りにされてるからだし」

「それは、ちゃんとマシーンロイドとして見られてるの? 便利だからとかで押し付けられてない?」

…これはあれか、いじめとかそういうのを気にしてらっしゃるご様子。マシーンロイドだから余計にか。ここは心配させないようはっきり言っとこう。

「いじめなんてないよ。オレは楽しくやってる」

本当に、今は楽しくて仕方がない。闘う事は別として、クラスメイトとの関わりや授業は新鮮で味わい深く、そして感慨深い。勿論全ての人間がオレを良く思ってないのは分かるし辛いけど、そんなのは当たり前だからなるべく気にしないようにしてる。

「そ、そう。ならいいけれど。もし何かあったら、ちゃんと家族に言うのよっ」

本当に息子の事を気遣ってる母親の気迫というものに気圧される。優しさに目からメタル涙が溢れそうだ。

「ありがとう、母さ」

「いいのよ、メノン」

…母さんが抱き付いて、オレの頭を撫でている。まるで赤子をあやすように。

「か…」

…声が出ない。いきなりの事に脳がショート寸前。すっげえいい匂い。

「…おやすみ、メノン」

母さんがぱっと離れ、ウインクしてそそくさと部屋を出て行った。向こうも気恥ずかしさがあったらしい。

ふ、母さんめ。

「………ふぉおぉおぉぉぉ」

オレはベッドに横になって枕に顔を埋め、悶絶した。


…翌朝。寝る前まで呻いて羞恥を吐き出し続けたおかげで、今朝は母さんと臆面なく顔を合わせられた。向こうもやや顔を赤らめつついつも通りに接してくれたので助かったよ。

「行ってきまーす」

「行ってらっしゃい」

弁当入れたギターケース背負って母さんとエゾに手を振り家を出る。エゾは眠そうな瞼で小さく吠えてくれた。

「シンテンオウー」

ガレージに回り、認証して中に入る。シンテンオウは昨日帰ってきた時同様充電中だった。

「もしかしたら今日も倒れるかもしれないから、その時はお願い」

アホゥ

念の為声を掛けてから登校した。

天気は快晴、小鳥も囀るいい日和だけど、オレのメタリックハートには今日起こるであろうカグラとの闘いの不安が積乱雲となって到来している。思わずメタル溜息が出ちまうけど、しょうがないよなあ。

橋を渡りながら一メートル下の川を眺めると、珍しく彩り溢れる生態系が垣間見えた。流石一級河川だな。

「…あ」

橋の先、ヒュウガとタイテンの分岐路で、改造制服を着たヤヨイがスマホ片手に佇んでいた。誰かを待っているようだが…オレ、か?

「…! !!」

…オレの姿見て顔がぱぁーっと明るくなってスマホしまって手を振ってるからオレ待ち確定。駆け足。

「ノン君おはよう!」

「おはようヤヨイ」

並んで歩きだす………オレの左腕に右腕をするりと絡めてきたけど平常心平常心平常心平常心。

「待っててくれたの?」

会話だ、会話で誤魔化すんだ。

「勿論だとも。本日はノン君の生涯の中で実に記念すべき日となるだろうからね。それでテンションがうなぎ登りなのだよ」

ニコニコ顔のヤヨイ。なんでそんなに嬉しそうなんだ。思わず顔を背けちまうだろ。

「カグラさんと闘うだけなのに?」

「カッ君に勝ち、ノン君の凄さを見せつけて、知らしめて、忘れられなくなる日となるのだよ」

「誰に?」

「全校の皆さ。どいつもこいつもノン君を奇異な目で見て失礼だと思わないかね?」

「むしろ驚かない人の方が少ないよ。仕方ないね」

この容姿にびびらないのは家族と一部のクラスメイトだけだが、まあ客観的に見ると化け物にしか見えないからしゃあない。交流の少ない人間はキツとの四神戦の映像で自虐的な意味でのオレの勇姿しか見れないわけで。

「それでも黄竜こうりゅうを仕留めたとなれば歴史的快挙に他ならないがね」

こうりゅう…黄龍ね、カグラの事か。四神の上だから、まあ妥当だな。

「浅いよ歴史が」

「濃厚だよ。厚みが桁違いさ」

そうなのか。そんな奴と一戦交えるなんて正気じゃない。

「…で、その黄龍はどういう格闘スタイルなの?」

聞いておこう。情報は大事だ。

「一言で言えば、ハイオールラウンダー、といったところか」

「…全体的に強いってこと?」

「うむ。身体能力は超高校級で、あらゆる格闘技を経験したそうだね」

「どれだけ凄いの?」

「分かりやすい説明をすると、カッ君は四神全員に勝っているからね」

「…つまり、単純に考えてキツ並のスピードでツクヨミさん並のパワーを持ってるの?」

「勿論二人には劣るがね」

………想像しただけでメタル背筋が震えた。無論、キツの真価はそこじゃないし、ツクヨミも明らかにパワーとは別の能力を持っているが、あの二人のカタログスペックに追いついちゃ駄目だろ。

「…勝てる気がしない」

人間じゃないだろ絶対。オレもだけど。

「怖気付いたのかね? ノン君だって四神に打ち勝ったではないか」

「ヤヨイ、あれは偶然に次ぐ偶然で、オレの実力じゃないよ。分かるでしょ?」

一部はかなり卑怯な事もしたし。

「運も実力の内とはよく言ったものだよね」

そう言われると否定出来ないのは辛い。

「ボクからのアドバイスは一つ。決して気を抜かない、ただそれだけだね」

「…ありがとう。とにかく頑張ってみるよ」

「その意気だッ」

ヤヨイのサムズアップを見て少し気持ちが楽になった。

…心の準備はしとかないと。


こんな朝っぱらやるなんて聞いてねえぞゴルァ!

「皆様ー! 長らくお待たせ致しましたぁー! 頂上決定戦の始まりでえええすううう!」

ホウコの叫びに呼応した歓声によって体育館が震えた。まだ朝の9時半だが、頂上決戦観戦者に限り午前中の授業免除だから満員なのは当然ちゃあ当然。

「流石のボクも予想外だ」

「ガグッガグ…だよね」

控え室にヤヨイが入って来たので、少しでもエネルギー貯蔵量を増やすための早弁を止めると、彼女は掌を此方へ向けた。

「ああいやノン君、補給を続け給え。構わんよ」

じゃ、遠慮なく。うんめ。

「今回のルールは四神戦と同じだ。時間制限もない」

ふんふん。

「但しバトルは特設フィールドで行う」

「ガグガグ…特設?」

「心配しなくていい。ノン君はホーちゃんのアナウンス後入場し、中央の丸い足場の内側で待機するだけだね」

サバキとの闘いっぽいな。まあいいか。

「ングング、ゲフ…ふぅ。ご馳走様でした」

水筒の重油も飲み干し、手を合わせる。母さんありがとう。

「今日の解説は誰? シンさん?」

特注弁当箱を風呂敷に包みながらヤヨイへ尋ねる。一番カグラを知ってるのは同棲してるシンだろうし。

「いや、シンちゃんはセコンドだね」

「セコンド?」

「フィールドにセコンドスペースがあり、そこに一人まで同伴させられるのだよ。まあ、応援か見守るくらいしかできないのだがね」

ふーん。ま、気にならなきゃいいかと思っていると、ヤヨイが顔を赤くして俯き、上目遣いで恐る恐る聞いてきた。

「…そこでだノン君。ボクをセコンドに付けないかね?」

ああ、最初からそれ目当てか。

断るわけねえだろ。


「四神全てを打ち倒した殺戮マシンが遂に頂点を目指す‼︎ 果たして龍の逆鱗に食らいつく事が出来るのかああああ‼︎ ハタカセエエエー‼︎ メェエノォーーーン‼︎」

ホウコのキレッキレのアナウンスを聞いて、打ち合わせ通り体育館へ姿を現す。様々な色のスポットライトが無尽に走り、激しいギターの旋律が迸るデスメタルでメカニカルなメロディーを聴きながら中央へ。昨日同様ほぼ満席だが、先生も生徒も熱狂的に騒いでいた。上段の一角でギターとベースとドラムが生演奏してるが、よく見るとギターはエイジ。多分、かなり上手い。

「セコンドは生徒副会長『渾沌』のヤヨイが担当するそうですが…おおっと、今の彼女はチアガールだ! なんかエロいィ!!」

オレの後ろを付いてくるヤヨイは薄桃色の特製チア服を着て両手に赤いボンボン持ちながら声援に応えていた。ホウコの言う通り、なんか、その…体のラインがくっきり出るミニスカートとか色んな意味で凄いぞヤヨイ。

中央の円を探す。そういえば床は昨日オレがレッド・インパルスで焼き尽くした筈だ。一日じゃ修復は無理…。

「…ヤヨイ、浮いてるんだけど」

一面に張られた補修シートの上に、直径一メートルほどの表面が平らな鉄の塊が浮遊していた。簡易なリモコン操作で動く足場のようだが…。

「それだよノン君」

振り向いてヤヨイに確認し、オレはその円の中に立つ。…良かった、沈まなくて。

カグラの姿が見当たらない。周囲を見回すと、最上段に「四神席」と銘打たれた特設席が組まれ、左からツクヨミ、オボロ、キツ、サバキが各々ゆったりと座っているのが見えた。オレの視線に、キツが生卵を割って口内へ黄身を落としながら手を振り、オボロがパンみたいなのを頬張りながらいつもの微笑みを浮かべ、ツクヨミが串に刺さった肉を噛みちぎりながら嫌悪に眉を寄せて、サバキがキャベツ丸ごとにかぶり付きながら目を細める。フリーダムな奴らだ。

ヤヨイがオレの横へ移動すると、見計らったように生演奏とライトが止み、館内が闇に包まれる。

「さあ、真打の登場です!」

バンドと逆方向にスポットライトが当たり、待機していたコーラス隊が厳かな歌声を重ねると同時に昨日サバキで開けた穴をシートで包んだ天井が…なんか左右に開いていって光が差し込んできた。そしてオレとヤヨイを乗せた足場がどんどん上昇していく。

なにこの演出。

新田にゅうた学園の頂点にして最後の希望‼︎ 見事マシーンロイドを打ち砕いてくれ!! 黄龍、カグラアアアーテイィィィトォォォォ!!」

四神達を見下ろす高さになってホウコが喉を破らんばかりに叫ぶ。足場は開かれた天井を越え、丸みを帯びた屋上よりやや高めの位置で停止した。両端にF1のピットみたいなものがあるが、あれがセコンド席らしい。

その一方にカグラとシンの姿があった。成る程、既にいやがったのか。

「…?」

セコンド席両端から可動式の床が中央まで伸びてきて接続し、丁度真ん中に空いていた丸い穴にオレ達を乗せた足場が下降してすっぽりと嵌った。

…どこのどいつだこんな仕掛け作ったのは。よっほど頭の良い馬鹿に違えねえぜ。

「ではノン君、健闘を祈るよ!」

ボンボンから親指を伸ばしたヤヨイは微笑みながら後方のセコンド席へ向かう。祈られても。

セコンド席へ着いたヤヨイから目を離し、フィールドを見回す。床は鉄製で結構な厚さだが、古いキズが所々に刻まれていた。体育館より広く感じるが壁がないからだな。

「…行ってくる」

「お気をつけ下さいまし」

座っていたカグラが立ち上がり、シンの頭を撫でてこっちへ歩を進めてくる。

「ここでこの頂上決戦のルールを説明致します!!」

縁に建てられた衛星塔の一角から立体映像が飛び、ステージを横切るようにホウコの実況する姿が映った。下の連中も、こうやってオレ達の闘いを見る訳か。

「…ふぅ」

オレと相対してスタンスを広げるカグラ。その緩んだ体にぐっと力が入るのが分か…

「………え?」

…気のせいじゃない。カグラの体の節々から、か黒い煙のようなものが噴出し始めた。燃えてんのか? スキャンすると、熱はあるが分類は不明。キツん時のデータと比べても全く別のものだから妖気じゃない。勿論カグラは意図的に放出させているようで意に介してないし、黄金色の制服は機密性、耐熱性が高いらしく燃えちゃいないが、こいつは何だ。

「あの」

「…お前を壊すつもりで闘う」

オレの言をぶった切ってとんでもないことを言い出しやがった。

「…なぜオレの撃破に固執するんですか?」

本当に分からない事を聞くものの、カグラは顔を伏せたまま、

「…終わったら話してやろう」

と言葉を漏らすのみ。面倒っちい野郎だな。

「カグラさんはあの4人よりも強いんですよね?」

「…それはお前も同じだろう」

「オレの場合は運も絡んでたんですけど」

そりゃもう密接に。

「…大して変わらん。俺も奴らには手こずった」

…お? 圧勝とまではいかずそこそこ苦戦したらしい。

「キツのスピードには?」

「…捉えるのに苦労した」

「オボロには?」

「…撹乱された」

「ツクヨミさんのパワーは?」

「…死ぬかと思ったな」

「サバキの頑健さも?」

「…ふ、あいつは正しく不死身だ」

今、間違いなく笑ったニュアンスが感じられた。

…なんだ、こいつも生徒会長として頑張ってたって事か。同じく苦労した者として親近感湧くぜ。

「…惜しいな」

それはカグラも同じだったようで。

「…お前が視察者でなければ闘う必要はなかったのだが」

しさつしゃ? なんぞそれ。

「どういう意」

「〜となります‼︎ それでは早速始めたいと思いますが、お二人共準備の程は!?」

おいコラてめえホウコ! 絶妙なタイミングで割り込んで来んなや!!

「…もう一度だけ言う。…ぶっ壊すからな」

ああもうほら、カグラやる気じゃん。黒い煙の量が増えてるのは強い決意の表れらしい。やや顔を上げたので口元が見えたが、歯を剥き出しにして笑っていた。

…なんか犬歯が長いような。

「では!! レディー…!!」

3Dホウコがゴングハンマーを持った。

おっと、制服の裾を上げとくか。

「…そんな事をしなくても、替えの制服は用意してある」

カグラから声がかかった。

「え? な、なぜですか?」

「…俺と闘えば分かる。行くぞ…!」

声を荒げるカグラ。両腕を横に伸ばしたヤツの全身から立ち昇る煙の量が増す。だからなんなんだその煙。

…とにかくオレもやるしかない。両手両足のブースターを突出させて制服を破り構える。調子は普通だ。

オレ達を見て、溜めに溜めたホウコが雄叫びと共にゴングを鳴らした。

「ゴ」

ホウコの立体映像が消えた瞬間、カグラはミサイルのように黒煙を纏いながら上空へ跳び、どういう原理か分からないが空中で急加速してオレ目掛けて突っ込んできた。

堕潰だかい…!」

四肢のブースターを噴出させて前方へ逃げると、後方から粉砕音と衝撃が響く。

「オオオオオオおおっといきなり強襲ーーー!!」

振り返ると、オレの元いた位置に拳を突き立て、鉄の床を陥没させてヒビを刻んだそいつが、やや乱れたオールバックの顔を伏せたまま立ち上がる。全身から蒸気のような音を立てて黒煙が絶えず放出されていた。

「カ、カグラさん…?」

あまりの変貌振りに思わず声が出た。無論、大丈夫かという意味で。

「何だ…」

何事もなく律儀に返事したカグラが振り返ると、いつのにか左眼のアイパッチがずら下げられて首から下がってた。

右眼はクマがあるがパッチリと開き、やや充血した白目の黒い瞳がオレを凝視している。が、問題なのは露わになった左眼。瞼がなく、眼球の代わりに黒い宝石のような塊が埋め込まれていた。義眼か?

「…大丈夫なんですね」

「下らん喋りは止めろ…」

それだけ言うと、カグラは煙を引き連れながらこちらへダッシュしてきた。もう会話終わりにしやがって。

とりあえずサバキん時みたいに、向こうの耐久性確かめとこうか。

「行きますよ!」

こちらもダッシュ。それを見たカグラは足を止め、左腕でボクサーのようにジャブを、煙を纏いながら連発してきた。

普通ならそんな攻撃効かないと高を括るが、ヤヨイのアドバイス通り油断はしない。同じくボクサーのように両腕を構えてガード。

「カグラの連打ぁぁー! メノンガードするぅぅぅ!」

…やばい、なんだこれ。一撃一撃が皮膚の衝撃耐性を貫通して内部にダメージが染み込んできやがる。マジかよ。

「ぬん…!」

オレの動きが止まったのを見計らい、踏み込んだカグラが右ストレートをぶっ放した。

「ぐっ」

ガードして踏ん張ったにも関わらず体が後退させられる。

「痛烈〜!! メノン効いているかあああ!」

なんつうパワーだ。両腕がちょい痛い。イツムナには及ばないが、スピードがある分こっちの方が厄介だ。

「仕留める…!」

意気揚々と接近してくるカグラ。上等だ。

「てやあ!」

ブースターに点火して一気に距離を詰め、こっちも右ストレート!

「ならば…」

オレの動きを見て瞬時に急停止するカグラ。反応が超早い。そのまま素早く体を後ろに捻り、微動だにしなくなった。

何する気か知らねえし関係ねえ! くらえ、一応加減したマックス・ストレイション!

全渦ぜんかっ…!」

オレの右拳がカグラに届く前に、奴はそれより早く捻った体を戻す勢いで右脚を振り上げ、弧を描く黒煙付き後ろ回し踵落としを放った。

避け

「ほるべっ」

…ダメだ、脳天に踵を叩きつけられ、そのまま床に顔面からダイブするハメに。

「カグラの全渦がカウンターでマックス・ストレイションを捕らえたああー! 流石のメノンもひとたまりもないぃぃぃ!」

…効ぃたぜバカヤロー。モニターが一瞬乱れる程の衝撃、しかしロックオンした照準はもう頭上へ飛んでいた。容赦なく追撃してきやがる。床に顔を付けたままバーニア全開で後方へ移動、オレの頭部があった床へカグラの踏みつけが炸裂し黒煙が迸った。あっぶね。

「しぶといな…」

立ち上がったオレを右眼で見据えるカグラ。

「それは当然ですよ」

頭部が熱かったので右手で触ると、残っていた黒煙だった。

「その煙、何なんですか?」

煙を払って聞く。答えてくれないかなあ。

「これは『気』だ…」

カグラは頭を掴むように右手を乗せ、左手で煙を掴むように握って答えてくれた。

…き? …気か? 妖気とはまた違うのか。

「なんですか、気って…?」

「生物の体内に眠っているエネルギーの事だ…」

「…つまりそのエネルギーを体外へ煙状に放出しているという事ですか?」

「いや、消費した時に体外へ排出される余剰エネルギーだ…。身体能力が爆発的に上昇する作用のな…」

成る程、原理は分からないが意図的にブーストさせているって事か。てことは。

「さっきから容赦ないのは、早く闘いを終わらせようとしているからですよね。多分、長時間は保たないんでしょう?」

「それもあるが…ぅ…」

喋っていたカグラの体がいきなりグラつき、左足で踏ん張って頭から倒れるのを防いだ、ように見えた。

「? どうしたんですか?」

今、急に意識を失ったように感じたが。

「何でもない…。ただタイムリミットがあるのは正解だ…。行くぞ…」

カグラは会話を断ち、両腕を背中へ伸ばして仰け反る。黒い煙、いや気が両掌に集束していた。

壊波かいは…!」

カグラは両腕をオレ目掛けて伸ばすと同時に、チャージしていた1メートル大の気を撃ち出した。黒い塊は岩石のように硬質化しており、床を切り裂きながらオレに飛んでくる。そういう事にも使えんのか。

「レッド・インパルスッ!」

口周りの4つの共鳴機関から赤いエネルギーを放出し、球形に纏めて気の塊へ撃ち放つ。

赤い球と黒い塊はオレとカグラの真ん中で激突、拮抗もせずに爆発四散し周囲を焦がす余波を放った。

「壊波とレッド・インパルスの撃ち合いッ! 全くの互角だぁあー!!」

カグラがニヤリと笑うが、何がおかしい。こっちは全然楽しくないぞ。

轟武ごうふ…!」

素早く右腕を掲げるカグラ。気が拳の先から腕全体を包むように一気に噴出し、そのまま振りかぶって突進してきやがる。あれで殴りつけて来る気だ。

だがそうやすやすといくか!

「行けぇ!」

一応加減したレッド・インパルスをカグラへぶっ放す。先読みか反射神経か、奴は右拳を赤球へ突き合わせて防いだが、気の膨張と熱とエネルギーで爆発が発生した。

「レッド・インパルスで轟武を迎撃ー!」

威力すっげえ。直撃食らわないでよかった。

「危ない危ない…」

黒い煙の中からカグラが悠々と姿を現した。やはりどこか嬉しそう。こいつ戦闘狂か?

…様子見続けるのはやばそうだ。こっちからも行くぜ!

「はあっ!」

再びレッド・インパルスを牽制目的でカグラへ放つ。どうするのか出方を伺うと、カグラは右腕を差し向けた。

気反きたん…!」

掌から放出された気が1メートル大の壁を作る。表面はガラスのように滑らかで鏡みたいだが、オレのレッド・インパルスがそこにぶつかり………!?

「レッド・インパルスが跳ね返されたあ!!」

赤球が速度を全く落とす事なく反射された。マジかよっ!

「ぬ!」

咄嗟にガードすると爆炎がオレを包む。ダメージは殆どないが…気持ち悪ぃ。自分の攻撃食らうのもだが、加減したとはいえ相当なエネルギーの塊のレッド・インパルスを完璧に反射したカグラの妙技に、メタル鳥肌が立つ。

! 照準が上へ。また強襲する気か。だがぬかったなあ!

「堕潰…っ!?」

拳を下に向けて落下してくるカグラを捕捉すると、奴は急に血相を変えた。凄い、迎撃にマックス・ストレイションをぶち込んでやろうというオレの動きが分かったらしい。なんちゅう勘だ。

「く…!」

もう勢いがつき過ぎてて減速しても無駄と悟ったのか、敢えて気を噴射して加速するカグラ。

だから甘いってんだよォ!

「シルバー・プラスター!」

カグラの一撃を敢えて顔面で受け止めシルバー・プラスターで無力化。気の奔流が周囲へ拡散されて肌にちくちくするが、それ以外はノーダメージ。

「ここで…!?」

大きな隙を見せるカグラの首を右手、引き寄せた脚を左手で持つ。

「こ、これは…!」

驚愕するカグラを背中に抱えて左脚を振り上げ、地面に振り下ろした。

「父さん直伝! フルメタル・バックブリーカー!」

「ぅぐぅがぁ…!!」

腕に力を込めると、カグラは右眼を上擦らせ、喉の奥から淀んだ叫びを漏らした。よし、効いてる!

「おおおおっとおお!? バックブリーカー!? なんて荒技だあ!!」

「だがぁ…!」

全身から気をジェット噴射のように放出するカグラ。痛! 熱! おまけに反発する磁石みたいに勝手に腕から放れていく!

「う…わぁっ!」

ち、離されちまった! にゃろう……!?

「お返しだ…!」

真後ろでしゃがんだカグラがオレの胴を両腕でホールドし、そのまま力を入れて仰け反った。浮遊感と共に景色が空から床へ一瞬で移り変わるが、こ、これはまさか!

「んげぉあっ」

「カグラ、バックドロップで返した〜! メノン効いているかああ!?」

…ぐあ、めっちゃ効いた。頭が床に深々とめり込んでるし、モニターがまだ乱れてるくらいだから、さっきみたいに気を放出して勢いを増したんだろう。

この野郎、マジで壊すつもりで…!

「やりましたねえ…!」

両肘のブースターのバックファイアをカグラへ放射。奴は堪らず腕を解いて距離を取った。

もう手加減なんざ止めだ…ぶちのめしてやる!

「でやああ!」

四肢のブースター全開、距離を詰める!

「マックス・スト」

「壊波…!」

…このタイミングでかよ!

「おのわっ!」

「メノンの突進にカグラの壊波がカウンターヒットォ! メノン吹っ飛ぶー!」

いってぇ…。まずい、冷静になれ、落ち着け、ダメージはそこそこだ、受け身を取って…。

爆羅ばくら…」

吹っ飛ばされてなんとか着地し、カグラを見据える。奴はクラウチングスタートの構えを取っていた。

「……え…?」

カグラの姿が陽炎のように消え、照準がいきなり背後へ回った……?

「ッ」

!?

「カグラの爆羅炸裂ゥ!! メノン反応出来なァァ〜いぃ!」

な、何が起こった? なんでいきなり胸元が爆発して…宙に舞ってるんだ、オレ!

…スピードカウンター396m/s…カグラが超スピードでなんかやりやがったのか…⁉︎

「トドメだ…!」

頭から地面に落下する瞬間、気を溜めたカグラの覇気に満ちた逆さまの姿が。

全舞ぜんぶ…!!」

なんかやばい!



必殺の一撃を見舞わんと足を振りかぶるカグラ。危機感を抱いた逆さのメタルノンは腕や脚やブースターを動かして何かしらの抵抗を見せようとしたが、カグラの重く鋭く黒く獰猛な瞬速六連回し蹴りの前にはどうしようもなかった。本来あり得ない身体能力に気のブーストが組み合わさった絶技は、メノンの足掻きを文字通り蹴散らして胸部へ全段叩き込まれ、制服と繊維と皮膚を焼き焦がしながら床へ叩き伏せた。全身の関節がなくなったような不可解な挙動で転がり、四肢を広げたうつ伏せで静止したマシーンロイドを見て、ホウコは唾を飛ばす。

「ぜ、全舞がクリーンヒットーーー!! メノンダウーーンッ!!」

大技後で息の荒いカグラが実況を背に気を纏った右腕を誇示するように掲げると、その勇姿に3Dモニターと階下から大歓声が轟く。見世物としても極上の闘いだが、異形で異質なメノンをぶちのめすカグラの強さ、そしてカリスマ性が遺憾なく発揮されていたからに他ならない。

「ボリボリ…アリャダメダナ。メノンモガンバッタガ、ヤッパムリダッタカ」

キャベツの芯まで食べ終えたサバキが予想通りに頷くと、横のキツは持参タッパの油揚げを頬張りながらのんびりと言った。

「あたしは立ち上がると思うよ。もぐもぐ…あれくらいじゃマシーンロイドは壊れないし」

「以前、ヘビガミさんが与えたダメージよりは軽傷でしょうか…あむ」

キツの横のオボロは風呂敷からラップに包んだパンのようなものを取り出し食べていたが、キツの視線がそれに向いた。

「お、ワダツミ、そのパン美味しそう。ちょっとちょうだいな」

「いいですよ。ちなみにこれはピタといいます」

オボロはピタを半分ちぎってキツに手渡した。

「あんがと。ん…美味しい。お礼にどう?」

油揚げが何重にも敷き詰められたタッパを差し出すと、オボロはそつなく断る。

「遠慮なく。イツムナさんもどうですか?」

「モグモグ…遠慮なク。あ、見テン」

オボロが肉を咀嚼するツクヨミに微笑みとピタを向けるが、彼女も丁重に断った後3Dモニターの様子に気付いて指を差した。

『ぉ…』

モニター内のカグラが上げていた腕をだらんと下げる。呼応するように全身から昇っていた気が薄れていき、ゆっくりと膝をついた時には完全に消え去っていた。

「時間切れみたいヨン」

「…コレハモシカシテ、ヒキワケカ?」

ゴルフバックから瑞々しく太い大根を取り出し、やはりサバキは丸ごと齧る。

「先にメノンが倒れたので、ダウンカウントは彼の方が…」

「見て、立つみたい」

ピクリともしなかったメノンの手が動き、爪のない指先が床を引っ掻くのをキツは見逃さなかった。ゆっくりと、だがホウコのカウントに焦っているのかブースター噴射してまで強引に体を起こしたメノンに、観衆が息を飲む。

メノンの胸元から腹部までは全舞による蹴撃と気で焼き裂かれており、制服は勿論の事、下着の赤いワイシャツと白い皮膚も無惨に千切り飛ばされ、露わとなった黒い装甲の表面は幾重にも抉れて紫色のオイルが噴き出し、床と下半身を毒々しく染め上げていた。



「ぜぇ…ぜぇ…ぜぇ…!」

「9…! メノン立ちましたー!! まだやる気だぁー!!」

「ノ、ノーンくーーん!! だいじょーぶかねー!?」

じ、冗談じゃねえぞ…! なんだこの傷! 制服が破れたのは当然としても、数多の耐性を持つ皮膚が切り裂かれて、その下のコンクリより何倍も強固な装甲がやられてるのはおかしいだろ! どんな威力ださっきの蹴りは! あいつバケモンだな!

「…痛ぃ」

内部もかなりやられてやがる…しかしコアまで到達してなくてよかった。

「おぉーっとお!? カノンの傷が直っていくうー!! マシーンロイド恐るべしぃっ!」

この程度なら緊急修復するまでもない。自然修復で十分、人口皮膚もオレの装甲に触れるとそこからエネルギーを吸収して再生する機構が組み込まれてるので問題なし。

心配そうな叫びを上げるヤヨイに振り向いて…サムズアップはちょっと恥ずかしかったので握り拳で応えると、顔を喜色満面に変えてサムズアップしてくれた。

…さて、さっきから照準がぴくりとも動いてないが、カグラは一体何を…。

「ぐ…ぐぐぐ…ぅうううぅ…!」

マイボディにこんな傷を負わせた相手は、蹲りながら左拳を床につけて右手で頭を掴み、何かを必死に耐えているように歯を剥いて食いしばっていた。時折右眼がなんか光ってるが、気の方はスキャンでも確認できない。

「…ど、どうしたんですか?」

持病や発作か? それとも、オレがなんかしたのか。全く心当たりないけど。

「け、計算が違った…。まさかお前がここまで消極的だったとは…!」

…逆だ。オレがなにもしなかったから呻いてんのか。でも、そんな忌々しげに言われる筋合いはねえよ。

「ぎ…ぎぎぎぎ…」

歯軋りが凄いし、歯茎の間から涎が垂れてるし、どうしたんだこいつ。でも隙だらけだ。ホウコのカウントも進んでいるが…。

「ふ…ぐぅ…!」

カグラが右手を頭から離して拳を握り、気を噴出させる。

「ぐるるぁああ…!」

その拳を、残像の見える速度で己の眉間に叩きつけた。首がへし折れる勢いで後ろへ曲がり、頭蓋骨まで届いたような凄え音なにしてるのこいつ!?

「なにやってるんですか!?」

なんだよ! どうしたんだよ! さっきから!

「ぅぉぉぉぉぉ…」

首を仰け反らせたままよろよろと立ち上がるカグラへ、カウントをとっていたホウコの実況が横入った。

「8…カグラの”眠気覚し”ぃ!! 戦闘続行だあああ!!」

…眠気覚まし? え、てことは…。

「カグラさん、この状況で眠かったんですか!?」

「……そぅぉうだぁ…」

首をぐいんと戻したカグラは、右の黒い瞳を輝かせながら額に気を纏った右手をそっとあてた。自分で殴っといて、と思いきや、ジュウウウウ、という水分の蒸発する音が間から聞こえる。出血を止めているらしい。

「いかんいかん、危ない…。 俺は…俺は眠くて眠くてしょうがなくてな…」

「…はあ」

「1日23時間寝ないと、寝不足で脳が全く活性化せんのだ…」

「そ、それは大変ですね」

…思った以上に過酷だが、合点がいった。あんなに寝ていたり眠そうにしていたのは当然だ。

「だからこういう大事には、今のように痛みで無理矢理起きている…」

額から手を離すと、黒い気が眉間に絆創膏のように固まって張り付いていた。もしかして左眼も同じように気を貼り付けてるのか? そしてさっきのは、オレがカグラにダメージを与えないので眠気覚ましにならなかったという意味らしい。

「決めるぞ…」

再び全身から気を発するカグラ。あんな状態で、まだやるのか。執念すら感じられる恐ろしい覚悟だ。

…だがオレにそんな覚悟はない。分かりやすいタイムリミットがあるのなら逃げ回ってもいいわけだ。今までの攻撃内容と、この広いフィールドなら楽勝で…。

「ノン君ファイト! ファイトッ! がーんばってええ!!」

……。

「有難い…」

両手を構えると、カグラは嬉しそうに唇を広げた。

「カグラさんの為じゃないですよ」

「ほう…?」

意外そうに瞳を細めるカグラ。確かにオレは真っ向から立ち向かう姿勢を示したが、奴に同情したからではない。

後ろでボンボン振り回して飛び跳ねるヤヨイに応えるためだ。

「オレも本気で行きます」

「そうして貰えると助かる…。重ね重ねすまないな…」

感謝されまくってるけど、手加減してくれねえだろうな。気の量がさっきより増してきてるし。

ここからガチの真剣勝負だ。

…行くぜ!!



「マックス・ストレイションッ!!」

対峙していた中距離から、メノンがいきなりマックス・ストレイションを放つ。しかしカグラは流れるような動きで横に避け、打ち終わる隙を突いて右脚で頭部を狙った蹴りを繰り出そうとしたが、メノンはブースターを強く噴射させてカグラを通り過ぎるように距離を取った。最初から様子見の牽制で放っており、やはり動作の大きい攻撃では見切られしまうとカノンは考える。

「…ならば、ラッシング・ドライル!」

握った右拳を肘関節から凄まじい勢いで回転させ、長袖が破けて白いドリル状となったそれをカグラへ向けながらメノンが突っ込む。

「気反…!」

先程の速度には及ばない分リカバリーに長けた攻撃に、カグラは避けられないと見るや右掌から形成した気のバリアで迎撃に出る。気反は鋼鉄並みの強度を誇るうえ、正面からの衝撃にバリア表面の気を反撥させる事で先程のレッド・インパルスのように跳ね返す事も可能な技だった。

「ぬおっ!」

「ぐぅ…!」

ドリルとバリアが衝突し、甲高い摩擦音が断続的に響く。しかしラッシング・ドライルと気反では前者の貫通力が上だったようで、バリアは数秒拮抗したあと黒い渦を巻いて融解してしまった。気を纏った掌でドリルを受け止める事になったカグラは、到底その勢いを殺す事はできずに巻き込まれて地面に叩きつけられた挙句反動で空に打ち上げられた。

「もう一発!!」

メノンが追撃の、腕を回転させたままのロケット・フィスト「ロケット・ブレイク」を加減して上空へ放ち、腹部へまともに食らったカグラは複雑な軌道で更に上昇してしまう。

「ぐああっ…!」

『メノンの連続攻撃〜!! カグラなす術なしかああ!?』

黒い煙を撒き散らしながら宙を舞うカグラ。しかしすぐさま真上へ気を放出して黒い壁を作り、素早く体を反転させて壁を足場にしながら反撥させてステージへ急降下した。腹周りを撫でてダメージを確認し、腕を戻したメノンを睨めつけると身を屈めて再びクラウチングスタートの構え。

「爆羅…!」

瞬間的に高めた身体能力を解放、超高速で駆け抜けつつ黒い気を目くらましに使用しながら標的に高圧縮した気の塊を撃ち込んで爆発させる技だったが、メノンには既に見切られていた。

「甘いですよ!」

しゃがんで両腕を交差させ、強固なガードを築いたメノンを黒い影と化したカグラが貫く。体勢を崩さぬよう踏ん張ったメノンの後方、姿を見せたカグラが振り返るのと、黒い爆発を凌いだメノンが殴りかかるのはほぼ同時。隙は大きい筈と読んだメノンの予想が的中した。

「貰いましたッ‼︎」

メノンはカグラへ加減したマックス・ストレイションを狙い撃つ。カグラは爆羅を防がれていたので振り返りつつ左の裏拳を向けるが、メノンの右ストレートが拳を難なく弾いて振り向きざまの左頬を撃ち抜いた。

「えぎぁ…!」

爆羅に気を使っていたためほぼ無防備に食らわざるを得ないカグラだったが、殴り飛ばした右腕を咄嗟に左手で抑えたメノンは痛覚を遮断した。右腕は防いだ爆羅の威力に手首から肘までの皮膚が千切り飛ばされ、装甲が剥き出しとなっている。特に右腕は表面にヒビが入り、ピュアバイオレットオイルが滲みだすほどのダメージを負っていた。これでは50%ほどしか機能を発揮できていない。加減していたので更にその半分程、それでもコンクリートを凹ませる威力はあるので、普通の人間なら甚大なダメージを負う筈だ。

普通なら。

「…!」

動きに精彩を欠きながらも受け身を取って着地したカグラは、素早く両手を顔に回して左半分を押さえる。水が凍りつくような音と共に気が噴出し、手を離した時には顔左側を丸ごと覆うフェイスガードのように硬質化した気が張り付いていた。そんな状態でもカグラの右頬がメタルノンを見据えて楽しそうに歪められたので思わず口を開く。

「…まだやる気ですか」

腕の調子からカグラを倒せていないと分かっていたが、右の瞳の奥が輝きだしているうえにあんな笑みを浮かべているので逆効果なのではと訝しむメノン。

その予感通り、カグラは頭部へのダメージを感じさせない動きでメノンへ突進した。カノンは身構えたが、カグラが右へ一足飛びメたときには視界から消えていたので慌てて照準を確かめ、いつの間にか後ろに回られている事に気付き、ブースター噴射では間に合わないと振り返った顔面へ痛烈な膝蹴りを食らっていた。気を足場として利用する術に長けたカグラが凄まじい速度を維持しつつ迂回し、意趣返したのだ。

「気の篭った膝蹴り〜! メノン効いているかあ!?」

「うぅあっ」

「…っ…」

痛打された鼻から紫色のオイルを溢してたたらを踏むメノン。カグラは好機にすかさず右腕を振りかぶったところで睡魔が到来し、反動で重心を崩して膝を折るように座り込んだ。

二歩、三歩と後退したメノンは、こちらを半目で睨めつけるカグラに笑いかけてオイルを啜った。

「…ま、またですか。いい加減諦めたらどうです?」

「そうも、いかん…。はああああぁぁ…!」

眠気と闘いへ終止符をうつべく、地の底から響くような声を発するカグラ。全身から闇夜のような気を放出させながら立ち上がると、床が気の圧を受けて軋み割れる。先程までとは桁違いの気迫と気の密度に、メノンは喉を鳴らした。

「…終わらせる気ですか?」

「何事にも限界はあるからな…。睡魔を痛みで誤魔化していたに過ぎないし、何より気の行使は肉体的な疲労も多大だ…」

やはり使えば使うほど眠たくなる諸刃の剣だったと内心頷くメノン。そしてその最後の攻撃に対抗できる奥の手を出す事にした。

「コード:K メタル・ドライブ…!!」

エネルギーを数倍消費する代わりに全稼動部の出力を200%引き上げるファイトスキルを発動。皮膚の通気性が向上し、全身から余剰高熱が蒸気となって噴出する様は、黒い気のカグラと対を成していた。

「負けませんよ」

「俺の台詞だ…」

メノンは目を細めて不気味に、カグラは右眼を異様に開いて笑う合う。奇妙なことだが、この短い攻防の中でお互いに対する好感度は上がっていた。しかし二人共負けられない理由がある。メノンはカグラが再起不能とならぬよう、カグラは決戦前の前言を撤回してメノンがブラックアウトで済むよう、相手を祈りつつ全力で迎え撃つ事となった。

「はぁっ!!」

「フンッ…!!」

同時に気合の掛け声を発した瞬間、初動で床が爆裂する勢いのまま相手に殴りかかる。しかし拳と拳のぶつかり合いで間髪入れずに弾かれると、フィールドを所狭しと駆け回りながら隙を見て殴りかかる、そして再び弾かれる、を繰り返すこととなった。

周りの景色が電車内から外を見たときのようにかっ飛んでいく中、唯一まともに見える相手とぶつかり合うメノンとカグラ。が、常人には二人の姿が白と黒の帯にしか映らない移動スピードと、かち合った衝撃による閃光と炸裂音に床の悲鳴が重なって全く理解できない状況に成り果てている。

「な、何が起こっているのでしょう!? 実況に困ります!ああ、困りま〜すぅ!!」

ホウコが大観衆の意見を代弁した。どことなく凄いのは見れば分かるが、いまいち盛り上がり辛い。

「へえ、すごい」

「圧巻ですね」

二人より速く走れるキツと時間を止められるオボロはその鬩ぎ合いを堪能できたが、ツクヨミとサバキは到底付いて行けずに叫んだ。

「どうなってるのヨン!」

「カイセツシロ! ドッチガユウセイナンダ!?」

白と黒の帯がフィールド中央で螺旋を描きながら上空に昇って行くを見て、キツとオボロの表情が締まったものへ変わる。

「決まりそうさね」

「お二人共、目を離さないように」

慌ててツクヨミとサバキが3Dモニターに目を向けると、白と黒が自由落下に入った所でよくやくメノンとカグラが殴り合っているのが見えた。ブースター調整と気の壁で直立したまま両腕の連打を意地のみで張り合っていたが、それらは全て互いの拳で相殺されている。

「あ、両者姿を見せました〜!! …こ、これは…!?」

ホウコの実況も、どちらが優勢なのかは判断できず戸惑ったものへ変化した。

「か、会長ファイトオ! マシーンロイドをぶっ潰してェイト!!」

カグラの応援に熱を入れるツクヨミ。

オボロは瞼を開いて時間を止め、モニターに目を凝らしてメノンの蒸気とカグラの気の量が少なくなっている事に気付き、目を閉じて時間を動かした。

「ド、ドッチガカツンダッ!?」

「どっちもがんばー!」

大根を食べる事も忘れたサバキは見入ったまま抑揚なく叫び、キツはボロボロの二人へエールを送った。

「行け! 行け! そこだよノン君!」

「カグラ様…!」

セコンドでボンボンを揺らすヤヨイと、手を組んで祈るシンの眼前にて、衝撃を纏ったまま落下する直前に渾身の一撃同士を放つも弾かれる二人。なんとか着地する事には成功したが、両者の身体は既に限界を迎えていた。メノンの右腕は装甲表面に亀裂が走ってオイルが迸り、カグラの右腕は気によって所々の関節が漆黒に固められた異形と化している。

「ご、互角だあああああ!!」

蹲る二人にホウコが絶叫、しかし観客や四神は決着が近いと察してモニターを食い入るように見ていた。ヤヨイもあまりの空気に応援を自粛し、シン同様祈るタイプへシフトする。

その静寂の中、己に鞭打って立ち上がるメノンとカグラ。息が上がり、覚束ない足取りでボロボロの体を引きずり、それでも三白眼と右眼で睨み合いながら右腕を振りかぶる。

「っぁ」

「ゃぁ…」

力のない右ストレートがお互いの顔面にカウンター気味で入る。そのまま二人は後方へ、枯れ枝のように力なく倒れた。

「ダ、ダブルノックダウーーン!! 1! 2!」

全観客が固唾を飲んで見守る中、ホウコがカウントを開始する。

「ノン君! 立ちたまえぇ!!」

「カグラ様ぁ!!」

セコンドのヤヨイとシンが喉が裂けんばかりに叫ぶ。その声に応えるように、メノンとカグラは体を反応させた。

「4! 5! 6!」

ブースターから何も出ないメノンと、気を練れないカグラ。両者立ち上がろうとするが、もはや気力しか残っていない。

「7! 8!」

「ノン君!」

(…エネルギー…残量…1……ム……リ…)

ヤヨイの呼び声に震えるメノン、しかしエネルギーは底を尽きかけており、完全停止まで残り数秒、それが分かるのが辛かった。

「カグラ様!」

(シン…)

シンの声に反応するカグラ。ダメージと疲労と眠気で頭に靄が掛かる。

その靄の中に目を凝らすと、黒と紺をベースにしたメイド服の少女の後ろ姿が見え、彼女が長い黒髪を翻すと同時に、眼鏡を取ったシンが残像のように被さった。

(シン…ジュ…!)

「…9!」

カウントが響き渡る。

3Dモニターには、過去の記憶を糧に死に物狂いで立ち上がったカグラと、倒れ伏したままのメノンが映る。

決着はついた。

(ごめ…んな…ヤヨ)

「10!!」

『エネルギー補充をしてください』



『補充完了。起動します』

…保健室のベッド、一昨日から一緒。シンテンオウと繋がってるのは昨日と同じ。

そしてサーモグラフィーで検知するとヤヨイもいる。

…起きよう。

「…あ、ノン君」

瞼を開いて上半身を起こす。シンテンオウとヤヨイの位置も一緒。

ただ、ヤヨイはチア服のままだった。シンテンオウ呼んどいたので昨日より幾分か再起動が早かったようだ。

「おはようヤヨイ」

「う、うん…」

体の各部をチェックすると殆ど元に戻ってたが、またヤブキ先生が直してくれたのか。白シャツは多分保健室の備品で、枕元の透明な袋に入れられた制服は、闘う前に言ってたようにカグラが新しく支給してくれたもんだろう。

「……………………」

「……………………」

すっごい気まずいが、原因は分かってる。

オレがカグラに負けちまって、ヤヨイに無様な姿を見せつけたからだ。ヤヨイのテンションがやばいくらいにガタ落ちしてる…あんなに応援してくれたのに、情けない。

「ヤヨイ、ごめんね」

彼女に向けて頭を下げると、ヤヨイは声を荒げた。

「ノ、ノン君っ、頭を上げたまえよ! 何故謝る必要があるのかね!」

「ヤヨイに応援して貰ったのに、こんな体たらくを晒したから」

「ボクが勝手にやった事だからノン君が謝罪する意味はないのだよ! ボクこそごめんよ。舞い上がってノン君に無茶をさせ過ぎたと、遅まきながら気付いて…」

「それこそ謝る必要はないよ。結果的にオレが自分でやった事を、とやかく言われる筋合いはないし」

「ノン君…」

「…ごめん」

口が過ぎちまった。いや、でも本当の事だ。

ヤヨイは何故か責任を感じている。

オレはヤヨイに応えられなかった事を悔やんでいる。

そういう事らしい。

「……………………」

「……………………」

アホゥ

沈黙がのんびりと破られた。

ありがとうシンテンオウ。

「ヤヨイ」

「…なんだね」

チア服のスカートをぎゅっと握ってたヤヨイが顔を上げた。

「頼みがあるんだけど」

「?」

「明日の放課後、買い物に付き合ってくれない?」

「え?」

素っ頓狂なヤヨイにオレは続けた。

「オレ、昔の服は小さくて全部着れないから、買い直そうと思ってるんだよ」

「そ、そうだね。確かに体格は一回りも大きくなってるものね」

「そうでしょ? だから、明日付き合ってよ」

それで色々清算するというオレの意図に気付いたのか、ヤヨイはいつものようにふふんと鼻を鳴らした。

「いいとも。但し明日は部活があるので、その後で構わないかね?」

「勿論いいよ」

明日は土曜、時間割で確認していたけど、多分15時頃には終わるだろな。

「おっと、そういえば聞き忘れていた」

ヤヨイが立ち上がり、チアリーディングのポーズを取った。

「どうだいノン君、似合うかね?」

アホゥ

ありがとうシンテンオウ。

ハタカセ機械工学研究所所長室にて、所長たるハタカセ グレンはデスク上のノートパソコンのモニターから浮かぶ立体映像を期待の眼差しで見ていた。それはメノンとカグラの闘いを真上から3D撮影したものであり、グレンはメノンが彼直伝バックブリーカーの披露や全舞に耐えて立ち上がった所でほくそ笑んだりしたものの、本気の殴り合いでダブルノックダウンし力尽きて動かず、カグラが立ち上がった所で眉根を寄せる。

「勝者カグラアアアァァ!! マシーンロイド、牙城を崩せず敗北ううううー!!」

ホウコの実況に割れんばかりの歓声で体育館が震える中、カグラの元へシンが駆け寄って体を支え、倒れ伏すメノンをヤヨイがお姫様だっこする場面で再生がストップされた。

「以上が『M』の戦闘データになります」

モニター端の『A』マイクアイコンから理知的な女の声が淡々と告げるが、この映像はそのAが録画していたものだった。

結果に不服なグレンが肩を竦めると、Aとは別の『E』アイコンから思慮深い男の声が辛辣に述べる。

「随分弱体化してるな。特に戦闘技能。以前は素晴らしいものだったが、見る影もない」

それに続いたのは3個目の『S』アイコンからの、やけにテンション高めな男。

「逆に人間味は増したという報告通り、気遣って闘ってるな!」

「そうだ。そしてイレギュラーな要素が顕著に表れている」

モニターの前から三人と会話するグレン。

「報告にあった、性格や口調が大きく変化したというやつか。そんなものが性能を左右するとは思えんが」

「逆にそのせいで弱くなってんじゃねえか!?」

「これらのデータを見る限りではそうです」

女の見解に納得した思慮深いEはグレンへ要求した。

「なら話は早い。さっさと新しいマシーンロイドを造るんだな。こんな失敗作にいつまでもかまけられる程、時間は無限じゃない」

「しかし初めてだぞ。修復改造だけでこんなイレギュラーが発生したのは」

グレンが事の重大性を語るも、テンション高めなSが割り込んできた。

「完全に直らないからって仕方なく直したんだろ? その結果がこれだ! 妥当!」

「Mのスペックではこのまま期待するだけ絶望的かと。次はこちらのタイプの製造を視野に入れられては…」

それに同調し、プランの検討を図るAが新しい機体タイプのデータをメールで送ってくる。グレンは三対一に追い込まれた。

「…お前らはそういう意見か」

観念したようにグレンは机を平手で叩いた。

「分かった。では明日、決定的な事件を起こす。それをMの最後の見極めとしてくれ」

「最初からそうしろ。下らない用事で通信される身にもなってくれ。こっちは忙しいんだ」

思慮深いEが通信を切る。

「あの組織使うんだろ! なんかサポートする事あったら言ってな!」

テンション高いSが通信を切る。

「通常業務に戻ります」

Aはやはり淡々と通信を切った。

グレンは映像へ再度目を向ける。お姫様だっこのメノンを見据えて、深くため息を吐きながらスマホを操作し、電話を掛けて耳にあてがった。

(メノンの奴、我が家の家訓まで忘れていたようだ。明日言っておかねば…)

通話先は「クラビウス」と表示されており、数コール後に繋がった。

「私だ」

『おお、どうした?』

出たのはフランクな男。ただしグレンはまともに会った事がないので馴れ馴れしいだけだったりする。

「頼みがある。明日、この前発案していたプロジェクト「オリジン」を実行してくれ」

『え、あれを?』

「そうだ。不都合はあるまい」

『うん。あんたの許可が出たのはいいし、相手は人間じゃないからおれ達も気兼ねなくやれて助かるけど。本当にいいのか?』

「ああ。必ず実行しろ。その代わりこっちで可能な限りのサポートはする」

『そこまで言うのならやらねばな。じゃあ今から会議して色々決めるから』

「頼む。だがもし明日計画を実行しなかったら半年分の物資の供給をストップさせてやる。そのつもりでいろ」

「りょーかいしましたー」

冷徹な脅しを生返事で済まされて通話を切られたグレンは椅子の背もたれへ体を預け、若干不安になりながらも仕事を片付けるべくPCへ両腕を伸ばした。


頂上決戦の映像を見ていたのは、もう一人いた。

4人に感知されない、漆黒にして広大な隔絶された空間にいる男。彼の前に置かれたモニターにはメノンが倒れた瞬間が映っている。無様に見える姿だが、男が着目しているのはヤヨイの応援によるメノンの動向。モニター横には映像内のメノンの多種多様なデータとリンクしたパーセンテージが棒グラフで表示されていたが、その中のコアエネルギー残量は0を示しているにも関わらず、メノンはヤヨイに反応して僅かにコア残量を動かしていた。ヤヨイというトリガーを強引に引いてやれば、今すぐにでも擬似覚醒するのは明白。

またメノンがエネルギー残量0で動いたのはこれが初めてではなく、それらのデータは男を心底愉快にさせる。

周りに空気がない世界で男は首を仰け反らせて大口を開け、無音のまま笑い続けた。

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