フェイズ5:玄武 -Ignore Physics-
「フウ、クッタクッタ」
腹部を撫でながら階段で自室へ向かう。栄養をたっぷり補充するため、夕飯の鉄片サラダ原油和えを8杯お代わりした。クオン達は若干引いてたが、母さんはもっと食べてと御満悦だったのが印象に残る。
自室のベッドへ横になって各部のメンテを早急に施す。エネルギー充填率・修復率をパーセンテージ表記で確認。ヘリウムボイスなんで分かってたが、咽喉部がまだ完全に直ってない。頭部は先生の手術の甲斐あってか完治。そして右腕は修復率98パーセント。緊急自己修復したにも関わらず肘が伸びたり関節が逆になるなどの後遺症がなく、これは本当にヤヨイへ感謝しなきゃならねえな。
メールを送ろうとしたら、ドアがノックされた。
「ハイ」
「お兄ちゃんん」
ネオンだった。片手にノートパソコンを持ってる。上半身を起こしてスキャンすると、どうやら正規品ではなく自分で作ったものらしい。
「部活で作ったんだけど、動かなくてぇ。原因分かるぅ?」
お安い御用だ。頷いてノートパソコンを受け取り、右手首からハッキングコードを伸ばして繋ぐ。ネオンはオレの隣に座り、心配そうに覗き込んだ。
「どうぅ?」
そんな顔するな。えーと、不具合は…少し部品が足りてないだけだ。それ以外は完璧。とりあえず直してやろう。
ひっくり返して裏側のカバーを外し、精密機器が組み重なってる内部を露わにする。昨日みたいに肘を外してマシン細胞を組み込んで即席回路にしてやるか。肘からしか取り出せないのは面倒だが…。
「?」
モニターの機能欄にNEWという表示がいきなり表れた。なんだこれ。『指先からマシン細胞を塗布できるようになりました』。
「…ウェ」
「? お兄ちゃんん?」
オレの静かな動揺を察したネオンが首を傾げる。
「マシン細胞で直してくれるんでしょぉ?」
そこらへんは分かってたのか。昔のオレも同じ事をやってたようだな。
「ウン。デモ、ヒジカラトロウトシタラ、モニターニユビカラデルシンキノウガツイカサレタ。アプデシテナイ。フシギ」
喉に負担をかけないよう片言になりながら、3D映像を目から発しモニターのNEW表示を見せる。ネオンは顎の下に指を添えた。
「お兄ちゃん、今、肘を外すのが面倒くさいとか思ったぁ?」
頷く。
「お兄ちゃんの体はある程度融通が利くから、思考で体が自動可変する機能が付いてるんだよぉ」
え、そうなの?
「指から出る機能は容易に可変できるから速攻で追加されたんだと思うぅ」
へぇ便利。いや、マシーンロイドだからこのくらいは当然なのか。知らなかったけど。
早速、右人差し指からマシン細胞を出してみっかと思ったら指紋が真横に開閉し、その極小の溝から銀色のゲルがにゅるっと溢れて玉を作った。
「…まるで紙で指先切ったみたいで痛そうぅ」
そうなのか。わからんけど。
細胞を垂らしてスキャンし、流体移動させて補助回路へ変化・浸透させた。これでよし。カバーを再装着してネオンへ渡す。
「コレデオッケー」
「ありがとうお兄ちゃんん!」
どういたしまして。
宿題を終わらせてから、明日は早めに学校行って生徒会棟の修理に参加した方がいいんじゃないかと思った。善は急げと言うし、従おう。
「ソウトキマレバ」
弁当はいらないって母さんに言っとかないとな。しかしもう23時を回っている。母さん、起きてるかな。
居間へ降りてみると、クオンがソファーに座りながらテレビを、前髪で分かりにくいが見てた。ラフな格好だが、全身からほのかに登る湯気や首から下がるバスタオルなどから風呂上がりのようだ。
「兄貴、如何程?」
「クオン、カアサンハ?」
「風呂」
あちゃあ、タイミング悪いな。
「伝言?」
「マダオキテル? タノンデモイイ?」
頷くクオン。
「アシタオレヨウジアッテハヤクガッコウイクカラベントウイラナイ、ッテイットイテ」
「了解。復唱、兄貴翌日早朝登校、弁当不要」
「ヨロシクネ…ハヤクネロヨ?」
「…善処」
テレビに向きなおるクオン。こいつまた夜更かしすんな。年頃だからまあいいけど。
「オヤスミ」
頷くクオン。
さて、部屋に戻って早めに寝よう。勿論快眠モードで。
AM4:00 起床
うーん、寝起きバッチリぃ。
さてさてメンテナンスの具合は。
「アー、アー、アイウエオー…マダ完全ニ直ッテナイノネ」
体各部はオールクリアなものの、懸念していた喉は完治していなかった。喋るのは問題ないがちょっと落ち込む…てか、イツムナのパワーどんだけなんだ。間接的に破壊された喉がこれなら、直接叩き込まれた頭部はもっとやばかったんじゃ…?
…ヤブキ先生ありがとう。
「ヨシ」
全身を伸ばしてメタル筋肉をほぐし立ち上がった。着替えてギターケースを背負い、一階に降りて台所へ。弁当に適当な鉄詰めて昼飯にしようと思っていたら、食卓の上には見慣れた風呂敷が。スキャンすると中は弁当で、様々な鉄具材が入っているのが分かった。
まさか母さんが? 風呂敷を持ち上げると、下には挟まっていたメモが舞う。
『お弁当を作っておきました。いってらっしゃいメノン ママより』
うおおおおー! 母さんありがとー! でもママなんて言えねえー!
母さんの暖かさに手を力強く握り締めちまったぜ。
「行ッテ来ルネ、エゾ!」
犬小屋に詰まってるエゾに声を掛け、返事を聞かずに足取りもズンズンと学校へ向かう。外はまだ暗かったが、メタル気合が迸ってるオレには関係ない。よおし、生徒会棟直すついでにサービスで色んな機能付けてやるか。セキュリティ強化して不法侵入者へのトラップも沢山付けて、エレベーターも校舎間で繋いでやろう。あと監視カメラも山程…。
そんな事を考えていたらあっという間にアーケードを過ぎて、舗装された通学路へ来ていた。
「オ?」
ニュウタ学園の校門前にエアカーが。車種はベンツで色はダークブルー。降りた生徒が運転手と話しているが、服装が服装なのですぐに誰だか分かった。まあウェディングドレスなんてツクヨミしかいないし。多分。
「お嬢様、お気をつけて」
「はいはイチ。お父様に宜しくネハン」
ツクヨミはうんざりした顔で初老の運転手に手を振る。ベンツはゆっくりと動き出して、オレの右手を走り去っていった。
「…!」
車を見送っていたツクヨミがオレに気付き、
ゲッ、という分かりやすい顔をしやがる。こっちだって見たくて見た訳じゃねっつの。
校門へ進んで行くと、ツクヨミはその場に佇んだままオレを睨んでいた。んだよ。
「オ早ウツクヨミサン」
「⁉︎」
身長差から見下ろして挨拶すると、ツクヨミはオレの声に驚いた。この声になってるのはお前が原因なんだけど。
「ドウシタノ?」
「そ、その声こそどうしたのヨン?」
「君ニヤラレタ後遺症ダヨ」
「あ、ああ、そうだったノーニ」
ほっと胸を撫で下ろしやがった。…謝ろうとか思わないのか。思わないんだろうなあ。別にいいけど。
「ネエ」
「何ヨン」
「オ早ウッテ言ッタヨ。返シテヨ」
「…チッョゥ」
こ、こいつ今舌打ちしやがった…なんて女だ。
い、いやしかし昨日のヤヨイの権限を破棄できまい!
「昨日ノヤヨイトノ約束ハ? オレト仲良クスルンダヨネ?」
「ぐ、なんて卑怯ナナ…」
ふははは、正当な権利だ。さあ、オレと仲良くしやがれっ!
「風紀委員長ノ白虎ガ約束破ルノ?」
「…お、お、おおおおお」
ここまで言われたツクヨミが右腕を握り込み、筋肉が擦れる生々しい音が朝を乱す。やがて歯を食いしばりながらオレの足元を見た。
「…ハタカセ君、おはヨン…」
本当に分かりやすいなこいつ。
挨拶そこそこに学園へ逃げるように早歩きして行ったツクヨミだったが、こんな朝早く登校したのはオレと同じ理由だったようだ。
遅れて到着したオレが靴箱で靴を履き替えていると、ドレスからショルダーバッグを抜いたツクヨミが目を決して合わせようとせずに『五六七 二九四三』と書かれた靴箱でガラスの靴に履き替えて生徒会棟の方へ走っていった。ツクヨミって、名前だったのか。
教室に行くと前の方の空いていた席にツクヨミのバッグが掛けられていたので、オレもギターケースを後ろに置いて生徒会棟へ向かう。棟の周囲には自動点灯式大型ライトが複数設置されていて、まだ薄暗いからかガタガタな棟を照らしてた。入り口には関係者以外立ち入り禁止のテープが張られていたが、オレは立派な関係者。テープを越えて梯子を昇り、廊下を通って生徒会室へ。
「…ヘエ」
センサーが室内に生物を探知したので扉越しにスキャンすると、ソファーに座って作業をしている人間が一人いた。外見的特徴でシンしかいないけど、こんな朝早くから頑張ってんだな。
「オ早ウ」
立て付けの悪い扉を外して中に入ると、昨日と同じように彼女は書類の山へサインしてた。
「あら、ハタカセさん? お早う御座います」
驚きながらも挨拶してくれたのが嬉しい。
「こんな朝早くにどうしました?」
「棟ノ復旧ヲ急ゴウト思ッテネ」
「まあ、殊勝な心かげですね」
「ビサトサンコソコンナ早クニ大変デショ」
「いえ、私はそこまで苦労していませんよ。ここに住んでいますので」
「エ」
ここに住んでる? この学校に?
「ナ、何デ?」
「それは…」
眉根を寄せ、言い淀むシン。あ、なんか複雑な事情があるっぽい。聞くのはよすか。
「マア人ニハ其々事情ガアルシ、聞カナイデオクヨ」
「ありがとうございます」
「デモ一人ジャヤッパリ大変ジャナイ? 夜モ寂シイシ」
「いえ、カグラ様と住んでいるのでそんな事はございませんよ」
「エ」
「え」
…ど、どんな事情で住んでんだ!? き、聞きてえけど、聞かないと言った手前聞くのは阿保だし…。
「あ、あんた何で居るのヨン…」
いつの間にか後ろに来ていたツクヨミが、真っ青な顔でオレに震えた指を突き出していた。
ああもう説明するのがめんどい。そうだ。
「シンサン、ツクヨミサンニ説明シテクレル?」
「え? …あ、そういう事ですか。いいですよ」
状況を察してくれたシンが立ち上がってくれた。昨日のやりとりからオレ達の人間関係が険悪だと分かっていたとはいえ有能な奴だ。逆にツクヨミは結託されたと思ったのか、オレとシンを交互に見て汗をだらだらと流した。なんでだよ。
オレの真意を知ったツクヨミは、ハンドレッドと鼻を鳴らして生徒会室から出て行った。ま、いいか。オレはオレで、マシーンロイドにしか出来ない事をやればいい。時間が惜しいからさっさとやっちまおう。
「データハコレダケ?」
「はい。棟の建築に使われた書類と、昨日の被害報告書です」
「アリガト」
シンに頼んでデータを集めて貰った。ふむふむ、これならいけるかな。後はスキャンしたデータと見たメモリーで…よし。
「それで、何を?」
「チョット待ッテ…出来タ」
「? あ」
目から集めたデータで構築した生徒会棟の立体映像を飛ばす。そこに昨日のツクヨミの破壊による被害データを組み込めば、簡単な演算処理でどの箇所がどのくらいのダメージを負ったのかが映像で出力されるのだ。
「わあ、すごいですね」
「マアマシーンロイドダカラネ」
人間でいえば微分積分くらいかな。それはともかく。
「デ、何処カラ補修スル?」
分かりやすいように各所へパーセンテージで損害率を付けて聞いた。
「そうですね。やはり一番被害が大きいのは生徒会室前廊下で、次が…え、一階の床?」
廊下の損害率は81%、一階床は69%。
「ウン。ツクヨミサンノパンチハ予想以上ニ強クテ、廊下デ床ニ撃ッタパンチの衝撃ガ地面マデ届イチャッタミタイ」
「こ、ここを一番早く補修して貰えません?」
「エ、ココヲ?」
普通は生徒会室の方が優先度高いだろう。
「私達、地下に密かに作った基地に住んでるんですっ」
…なんで住んでんのかすっげえ聞きてえ。
まあそれはともかく。
「オッケー。ジャア早速補修スルカラ、ソノ基地ニ行コウ」
腰を上げ、目線でシンへその基地とやらに連れてくよう促すと、彼女は生徒会室端のみすぼらしい扉の方へ歩いて行く。まさかそこが地下基地への入り口?
「特別ですよ」
シンが立ち入り禁止の質素な扉を開く。いきなり壁になっていたが、近付いてみると左に地下への階段が螺旋状に伸びていた。
「コンナ状況デ特別ナンテアッタモンジャナイヨ」
それもそうですね、とシンは納得して眼鏡のライト機能で灯りをつけて階段を降りて行くのでオレも続いた。狭い階段は壁が荒く、段差がバラバラなのは素人が手探りで作った感満載、それでもここまで形に出来るのは凄まじい。それに。
「ドウヤッテ作ッタノ? コノ空間トカ階段トカ」
重機がなければこんな空間、追加で作るのはは無理だ。しかしここに重機なんか持ってこられるわけはない。
「カグラ様がお作りに成られました」
あの寝坊助が? どうやって?
「あ、この壁は私が塗りました」
コンクリートで塗り固められた灰色の壁。所々入ったヒビからは土の噴出した跡があり、一階より下に来ている事を表していた。そこから更に1メートル程降りてコンクリートの地面に降りると、棟の方向に鋼鉄の扉があった。横にひしゃげてるから取り外してあるけど。
「ここが私共の秘密基地です」
先に進もうとするシンの肩へ手を置く。
「崩落ノ危険ガアルカラ、オレガ行クヨ」
「しかしカグラ様が…」
そう言ってから思案したシンは、メイドキャップを下げた。
「申し訳ございません。カグラ様の事、よろしくお願いします」
「ウン、任セテオイテ。アリガトウネ」
もしもの時は自分が足手まといになるってちゃんと分かってるんだな。抑えたシンの気持ちに応えるため、オレは急いで基地内に入る。
基地、というのは語弊かと思っていたが、入ったとこは正に基地の様相だった。全体的にサイバーチックで、床壁天井は鉄製。正面には200インチくらいの巨大モニター、その前にはコンソールと小さなモニターが沢山並んでる。小さな画面全てに学園の一角を切り取った映像が流れており、恐らく超小型カメラでリアルタイムに監視しているようだ。オレも気付かなかった。気付く必要もないけど。
カグラの姿はない。見回すと部屋の隅に扉があった。こっちか。
「カグラサン、居マスカ?」
生徒会長に伺いながら扉を開く。しかしそこから先は基地っぽさが吹っ飛んでいた。だって床がいきなりフローリングになって、キッチンやらソファーやらテレビやらがあるんだもの。ここが移住区ね。
「カグラサンー?」
いないし、コンクリートが下手くそに厚塗りされててスキャンの精度が悪い。仕方ないので見えるドアを片っ端から開けていく。一応、靴は基地の床に脱いで、と。
「オ邪魔シマース」
他人の家なので決まり文句を出しつつ、左右に分かれた廊下に勘で左のドアへ。脱衣所と…こっちはトイレか。逆。戻って右だったドアを開けると、また左右の分岐路。今度は最初に右に行こう。短い通路の先にドアがあったが、贅沢にも指紋認証のセキュリティが付いていた。ふふん、造作もない。あっさりと解除して開け、首を伸ばして伺う。
「カグラサン、入リマスヨー」
そこは寝室だった。
衣装ケースもタンスも開けっ放しでそこから服が溢れていたり、ベッドの布団が床に投げ出されていたり、その床は本や靴下や下着が散乱していたり、通販の段ボールが天井まで積んであったり、制服ではないまんまなメイド服が洗濯籠に数着突っ込まれてたり…。
「…見ナカッタ事ニシヨウ」
本人の名誉の為にも、オレの名誉の為にも。
よし、じゃあカグラは反対の部屋だな。さっさと起こそう。
「カグラサン、開ケルヨ」
戻ってドアを開けた。中は真っ暗だったのでスキャンし、横のスイッチで明かりを点ける。何でベッドが中央にドンとあるんだ。
「カグラサン、オ早ウ」
そのベッドにカグラが仰向けに寝ていた。ラフな格好だが、左の眼帯は外してない。何故だ。
「オウイ、起キテヨ」
部屋に踏み込むのは自粛して声だけで起こそうとするも、カグラは起きる気配を見せない。しゃあないな。
「入リマース」
不気味なくらい何もない床を通り、枕元まで進む。ベッドすぐ横の勉強机にはノートと筆記用具があるが、参考書や音楽プレーヤーで勉学に励んでいるようだ。本棚にはやけに難しそうで分厚い本や背表紙が外国語の本が並べられている。流石生徒会長様。
「カグラー、起キテー。埋マルヨー」
肩を揺すり、とにかく起こす。マジで崩落の恐れがあるからな。
「起キテー起キテー起キテー」
「………………………ん」
揺すりながら耳元でヘリウムボイスを流すと、カグラの右の瞼が…開かないまま上半身がキリキリと起き上がった。
「…シンジュ?」
真珠?
「…どうした。疲れてるから起こすなと言った筈だ」
あ、どなたかと勘違いしていらっしゃる。
「違イマス、オレハシンジュデハナイデス。メノンデス」
「…メノン?」
カグラは両手を顔に持ってくると、右瞼を上に、目のクマを下に伸ばして現れた瞳でギョロっとオレを見た。
「………どうした」
やや考えた後に手を離して瞼を閉ざしたカグラだったが、なぜオレが秘密基地にいるのかとか色々思案したに違いない。オレもストレートに言おうか。
「一階ノ床ノ被害ガ大キク、コノ地下ハ崩落ノ恐レガアリマス」
「…補修できるか?」
「勿論」
「…どれくらいで?」
「特ニリクエストガナケレバ、30分以内デ補修可能デス。モシモノ事ヲ考エテ避難シテイテ貰イマスケド」
「…分かった。頼んだぞ」
「オ任セ下サイ」
カグラは起き上がり、衣装ダンスの前で着替え始めたので部屋を出る。
よし、パパッとやっちまおう。
本当にパパッと終わっちまった。ヒビにマシン細胞塗り込んで浸透させて硬質化しただけだし。ついでに基地部分と螺旋階段のガタついてたとこも直しといたけど、まだ20分しか経ってない。ま、こんなもんだろ。
「終ワリマシタヨ」
「ン?」
「…流石に早いな」
生徒会室へ戻ってくると、何時もの位置に座ったカグラが会った事ない青年と話していた。ここにいて普通の制服を着てないってことは、こいつが四神最後の玄武だな。
「ア、モシカシテコイツガウワサノ?」
!? な、なんだ今の、抑揚が全くない、端的に言えば凄え棒読みの声は!?
「…ハタカセ、あまり驚くな。顔に出ているぞ」
慌てて口元を隠す。初対面なのに失礼だ。
「キニスルナヨ」
にっ、と笑う男。何でそんな声なのか知らないが、他にも墨のように真っ黒な長髪と燕尾服に見える制服、やけに古びたゴルフバッグを背負うなど特徴だらけな奴だが、一番の特徴は多分身長。遠目からでもタッパのある奴だと分かったが、スキャンしてみると何と223センチもある。酷い猫背で190センチ位に見えてるようだが、それでも顔を見て話すのに首が疲れる高さだ。
「…玄武。紹介しよう。マシーンロイドのハタカセ メノンだ」
カグラがわざわざ紹介する流れを作ってくれたので、近寄って顔を見ながら右手を伸ばした。中々のイケメン。やや顔の彫りが深いか。
「ハタカセ メノンダヨ。マシーンロイドダケド宜シクネ」
「ヌ」
「ア、コノ声ハネ、昨日ツクヨミサンニヤラレタ後遺症。ジキニ直ルカラ気ニシナイデ」
慌てて弁解すると、そいつは怪訝に上がった眉を下げる。
「ソウカ。ソリャワルカッタ。オレサマハ、ジンノ サバキ。セイトカイヤクインデシッコウイインチョウ、ソシテゲンブダ。チナミニコノコエハヂゴエダカラキニシナイデクレナ」
右手を伸ばして握手してくれたサバキ。いい奴っぽい。
「アリガトウジンノ君」
「サバキデイイゼ」
「ジャアオレモ、メノンデイイヨ」
「メノン、コレカラヨロシクな」
めちゃくちゃいい奴っぽい。あれだな、やっぱり人は見かけで判断しちゃいけないんだな。
「ジャ、オレ補修ノ続キガアルカラ」
「オウ」
「…頑張れよ」
二人に手を振り、シンの姿が見えないのでスキャンするとツクヨミと廊下にいるようだったので生徒会室を出た。次はどこ直すのか聞いとこう。
メノンを見送ったサバキはカグラへ視線を戻した。
「ナカナカイイヤツッポイナ。デ、ハナシノツヅキダガ、アイツヲタオセッテ?」
「…そうだ。既に朱雀、青龍、白虎が四神戦にて撃破されている」
「モウオレサマシカノコッテナイノカ。デモナンデブッタオスヒツヨウガアンダ? ベツニアクジヲハタライタワケジャネェンダロ」
「…気になっている」
「ナニガ?」
「…渾沌は奴を無害だと主張しているが、それは正しい。なるべく他者を傷付けないように手心を加える姿勢、TPOを保つ品性、必要以上に目立とうとしない謙虚さ、授業態度も真面目、と申し分ない。マシーンロイドとしての機能も役立っている」
「フウン。デ、ナニヲキニシテンダ?」
「…パトロンの手の者かと思っている」
「ヨクワカラン」
「…こっちの話だ。兎に角、玄武。四神戦にてあのマシーンロイドをうちのめせ。敗北は許さんからな」
「アイアイサー」
ゴルフバッグを担ぎ直したサバキに、カグラは引き出しからケースに入ったディスクを取り出して渡した。
「…お前が不在だった間の監視カメラの映像だ。職務もきっちりこなせ。ついでにハタカセの戦闘記録も入っている」
「オンニキルゼ、オサ」
「…頼んだ…ぞ」
言い終わる前に机に頭を叩きつけるカグラ。昨日の騒動から書類の山を片したり、地下基地の機器の調整などをこなしたからか、限界が来たようだ。
「サテト」
ケースを懐にしまったサバキは爆睡するカグラに背を向け、生徒会室の出入口に向かう。
「マシーンロイド、カ…」
ポツリと呟き、かつて聞かされた話を思い出す。とにかくもう形容できないぐらいめちゃくちゃな存在だと、元同僚は言っていた。
扉を退けた先のボロボロの廊下では、目から立体映像を出すメノンと、次は何処を補修しようかと相談するシン、その横で不機嫌そうにその話を聞いているツクヨミがいた。
「他ニ極秘デ作ッタ場所ガアルナラ反映スルカラ言ッテネ」
「いえ、もう特にはございません。なので次は、ツクヨミさんと一緒にこの廊下の補修をお願いします」
「…私は一人でやりたいナナ」
「ツクヨミさん、早く直す事が先決ですよ」
「それは、そうだけどオク…」
「シンサンノ言ウ通リ、メンドイカラ早クヤッチャオウヨ」
「チッョゥ」
「…仲良クシヨウネ」
「オイ」
ツクヨミに辛辣な態度を取られたメノンがやや落ち込み、サバキはその後ろから声を掛けた。
「ハイ?」
「コノトウガカンゼンニナオルマデドレクライカカンダ?」
「ンー………オレトツクヨミサンガ協力スレバァ、3時間デ終ワルカナァ」
「まあそんなに早く? 素敵ですねー」
「…止めて貰えるかしら、その下っ手くそな寸げキュゥ」
頬を愉快に歪めるメノンと、その芝居がかった仕草へオーバーに驚いてみせるシンを見て、小さな右手をわきわきさせて空気に悲鳴を強要するツクヨミ。フム、とサバキは頷き、胸元から生徒会装飾の玄武の甲羅を象ったネックレスを取り出してメノンへ突き出した。
「シシンケンゲンハツドウ。マシーンロイドノメノン、ヒルヤスミニオレトタタカエ」
ピシリ、とメノンの笑顔にヒビが入り、ツクヨミの表情が、にへっとした笑顔に変貌した。
二時限目終了のチャイムが鳴った。
「何デコウナルノ…」
歴史が全く入ってこなかった頭部を机に叩きつける。一時限目の古文も全く覚えてないけど。
「ど、どうしたの?」
横のアクロウが恐る恐る聞いてきた。
「ひゃあっ」
頭を上げるメタル気力もなく、額をずりずり擦りながら左を向くとアクロウが怯え退く。もう慣れた。そのまま半目でアクロウを見続けると、向こうも慣れてきたのかオレの話を聞く態勢へ。よし。
「カレト闘ウ事ニナッチャッテネ…」
再び額をずりずりずり擦りながら右を向く。廊下側一番後ろの席に座っているサバキは、休み時間になると休んでいた期間中のノートをクラスメイトから借りて写していた。以外と真面目。
「じ、ジンノ君と?」
「ウン。四神戦」
「な、なんで?」
「本気デ分カンナイ」
…過去に何かしたけど、それと関係あんのかな。額を左へ。
「アクロウ。サバキッテドンナ奴?」
「え、え?」
「ドンナ部活ヤッテルカトカ」
「か、彼は帰宅部だけど、東溜のリーダーだよ」
東溜? 顔を上げて頬杖を付く。
「何、ソレ」
「し、知らない? 有名な地域活性ボランティアグループ「東のゴミ溜め」の事」
肩書きは良いのになんだそのネーミングの集まりは。
「ボランティアグループ…ツマリ、良イ奴ッテ事?」
「う、うん」
…ほんとに人は見かけによらないな。
「良イ奴ト闘ウノハ嫌ダヨネ」
「し、四神戦だから仕方ない」
しかも前の三人を省みて、絶対一癖も二癖もあるに決まってる。そうだ、アクロウに聞いとこう。
「サバキノ特殊ナ攻撃ッテ何カ有ル?」
「み、見た事ない。ごめん」
アクロウが申し訳なさそうに首を振ったので、手を手刀の形にして謝った。
「コッチコソ、ゴメン」
変な事聞いて。
「う、うん」
一息吐いたアクロウは本を読みだしたのでこれ以上は邪魔するまい。ヤヨイなら知ってるかな。副生徒会長の、こんとん? だし。
「ア」
チラッと前の方を見ると、窓際の席のヤヨイがこっちを見ていた。オレの視線が彼女に向いた瞬間、意気揚々と立ち上がってこっちに来ようとして、左手側を視認して沈んだ顔に切り替わって席に座り直す。なんだ? と思っていると、右から声が掛けられた。
「ハタカセくん、ちょっといい?」
右を見上げるとマコトだった。手には何かプリントを持っている。
「ドウシタノ」
「前にさ、ハタカセくんの写真とかの売り上げ5%を納めるって話したよね」
「ウン」
「という訳で、どうぞ」
プリントを机に置くマコト。そこにはオレの写真の売れた枚数と値段が羅列されていた。
100円の写真が一五枚、300円が一〇枚、500円が八枚、ブロマイドが3枚、DVDが30枚。
「…結構売レタンダネ」
なんだか申し訳ないぞ。
「一番下のアドレスに電子マネー化しといたから。パスワードはハタカセくんの名前ね」
スキャンしてアドレスを取り込み電子バンクサイトへ。menonとパスを打ち、体内のマネーバンクへ落とした。
「アリガトウ、マコト君」
「こちらこそ。また何かの機会には撮らせてね。それじゃ」
笑顔で去っていくマコト。チラッとヤヨイを見ると、今度こそ笑顔で立ち上がって、やっぱり座り直す。
「ハタカセー、そういえば制服貰えたかい?」
右前からキツがやって来た。
「ウン、予備モチャント貰ッタヨ」
「あたしのお膳立てが効いたんだねえ」
うんうんと頷くキツ。おい。
「調子ニ乗ッテルネ。制服ブッタ斬ッタ張本人ナノニ」
「あはは、まあいいじゃん。結果オーライってことで」
「モウ」
「話に聞いたけど、生徒会棟は直したのかい?」
「ウン。シンサントツクヨミサント力ヲ合ワセテ直シタヨ」
あの後落ち込みながらもちゃんと補修し、残りは専門の生徒達に任せた。
「ははん、それでかい。今日ツクヨミが朝から荒れてるなーと思ってさ」
「フハハ、ザマアナイヨ」
「お、言うねえ。そうだもんねえ、あんた結構いいマシーンロイドだからねえ」
「フフフ」
談笑するオレら。ふとヤヨイをモニターから見ると、こっちをチラッチラッと見ていた。
ああ、そういう事。
オレをクラスに馴染ませる為に、クラスメイトと話す時はなるべく干渉しないようにしてるらしい。
いじらしいぞ、ヤヨイ。
本格的な四神戦ということで、キツの時と同じく体育館で行われるらしい。覚悟は決めた。てか、もう壊されなきゃいいや。楽観的になると、食事も喉を通るものだ。
「開き直っているようだね、ノン君」
開始20分前、控え室で愛母弁当をガキャンガキャン食っているとヤヨイが入ってきた。手にはプリントを持ってる。
「ング…ナアニ?」
「今回の四神戦は、相手が相手なので特殊なルールが適用されるのだよ」
「特殊…ネエ。サバキノ事、ヤヨイハ知ッテルノ?」
「うむ、難しい質問だ。ボクから言えるのは、彼は現実味がなく突拍子もない、という事だね。それ以外に、彼を表現する言葉はないのだよ」
なんじゃそら。
「食べながらで結構。一応対決前にアナウンスで軽く説明が入るが、詳細を知っておきたいだろう?」
ピラッとプリントを払うと、今四神戦のルールが見えた。
「アリガトウ」
読み聞かせてくれるらしい。丸まった五寸釘の塊を口に入れながらメタル聴力の精度を上げると、ヤヨイが文字を口に出し始めた。
「ジンノ サバキとの四神戦における特別ルール。これはジンノ(以下、玄武)の特異性により制定されたルールであり、現在の玄武以外では適用されないものとする」
ほうほう。
「一、線を引くなどして直径10メートル程の円を作り、その中で四神戦を行うこと。範囲を超えて体の一部が付いた方を負けとする。ニ、如何なる武器・戦法を用いても良い事とする。三、制限時間は10分。超えた場合は玄武の敗北とする。四、以上のルール以外は他の四神戦と同じものを適用する」
随分細かく決められてんな。
「ゴリゴリ…対戦者ニ有利ナンダネ。線カラ出ナイヨウニ注意シテ、時間切レヲ待ッテモイインデショ?」
「甘い、甘いのだよノン君」
プリントを丸めながらヤヨイは目を瞑った。
「バッ君がそんな甘っちょろい男なら、こんな細かいルールが定められるものか」
…それもそうか。
「相当、手強イッテコトネ」
「いや手強くはない。ただなんと言うかその…」
一瞬げんなりとした顔を見せ、ヤヨイは苦笑う。
「彼は面倒っちいのだよ」
どんな野郎なんだあいつは。
「…ゴ馳走様」
弁当を完食し手を合わせ風呂敷を戻す。
「出来ルダケ頑張ッテミルヨ」
立ってヤヨイと目線を合わせ、腕を曲げて微笑んでみせる。ヤヨイはオレを心配していたらしく、テンションを上げてサムズアップで返した。
「う、うむ! ノン君、ファイィト!」
「ウン」
直後。
「皆さーん! 間も無く四神戦のはーじーまーりーでぇーすー!」
マイクが割れんばかりの声量の後、歓声が轟いてきた。相変わらずテンション高くなんなホウコは。そういえば。
「今日モ解説役?」
キツの時みたいにヤヨイが解説役かと思ったが頭を振られた。
「生憎唯の観客Aだが、勿論ノン君の応援側だね。解説役はボッ君が抜擢されていたよ」
オボロか…という事は。
「オボロ、サバキト闘ッタ事アルンダ」
意外や意外。事の発端はなんだろ。
「経緯は省くが…その闘いが原因で制限時間と範囲内での戦闘ルールが設けられたのだよ」
どんな野郎なんだあいつは。
「三神を粉砕し最後の砦に踏み込んでいくマシーンロォィイドォォ! 今日こそ科学が火を吹くのかああああ!! ハタカセェェェェメェノォオオーーーーンンンン!」
だから吹かねえって。
前みたいに挑戦者側から館内へ出ると、歓声が上がった。おお、一年しかいない高等部と、中等部がほぼ全員いやがる。先生達の姿もちらほら。昼休みだから皆暇なんだろう。弁当やお菓子の売り子も多い。マコトによる報道部のフラッシュが焚かれる中を進み、床にテープが丸く貼られた円の外側で待機した。
「続いてえええ! 我が園きってのアンノオオオォウゥウン! 執行されて癒えぬ傷を負わされた不良達よ慄けえええ!玄武ッ! ジンノオオオオオオサバァアキイイイイイイー‼︎ 」
チャンピオン側の扉が開かれ、不敵な笑みを浮かべたサバキが悠々と現れた。こちらは歓声に混じり、不良とおもしき輩の罵声とブーイングが飛び交っている。しかしジンノは相変わらず丸めた背中と担いだゴルフバッグでその野次を受け止め、広い歩幅で中央へ歩いてきた。
…? あれ…なんだろう…なんか変だ。サバキの節々に見える挙動がおかしい。歩く時に上体が殆どずれないし、手を全く振ってない。まるで滑るように移動している。フラッシュが焚かれているのに瞬きもしていないのはどういう事だ。
…違和感に気付くと途端に不安が募ってきた。まさかキツみたいな類じゃねえだろうな。一応スキャンするが、特に不思議なとこは見当たらない。人間そのものだが…変身前のキツや謎パワー持ちのツクヨミも同じだったので当てにならねえか。
ただゴルフバッグは材質的なものか中身が分からなかった。
「解説には青龍のオボロさんをお呼びしています」
「お招きありがとうございます」
「さてお二人と闘った経験のあるオボロさんですが、ずばり予想は?」
「そうですね。メノンは何を内蔵しているのか分からない、サバキは何をしでかすのか分からない。未知なる二人の闘いですが、サバキと直接交戦した身としては、やはり彼に利があると思います」
「あの泥仕合を盛り上げるのは苦労しましたよ…!」
「はは…」
ホウコが食ってかかると、オボロは乾いた笑いをこぼして申し訳なさそうに頭を掻いた。そうか、あの止まった世界を動く奴と互角に立ち回ったのかサバキは。
「ワルクオモウナヨ、メノン」
円を挟んで立ち止まったサバキがオレを悪そうに見下す。
「思ウナトイウ方ガ無理ダヨ。トイウカ、何デ闘ワナキャイケナイノ?」
根本的な質問をしてみると、サバキは眩しそうに上を見て数秒考えた後、
「…ヒミツダ」
と宣った。この野郎。
「さあさあ、両者出揃ったところで、ここでルール説明を行います!」
ルールはもう聞いていたので、サバキと会話を続けよう。
「多分、ダケドサ。カグラサンカラ何カ命令サレタノ?」
「ソレヲシッテドウスンダ」
「何デカグラサンガオレヲ追イ込ムノカ、理由ガ知リタイ」
「ナゼダ?」
「ダッテ本当ハ闘ウ必要ナンテナイノニ、コンナノ変ダヨ」
オレを追い込んでどうしたいのか、さっぱり分からん。もう扱いは部下でいいから、学園生活を保証して欲しい。
しかしサバキは、初めて眉間に皺を寄せてオレを見て来た。なんだその反応。
「…オマエ、ホントウニマシーンロイドカ?」
「? …ドウイウ意味?」
「ダッテ、マシーンロイドッテノハ、タタカウタメダケニツクラレタサツリクヘイキデ、ナマッチョロイカンジョウハイッサイナインダロ?」
…どこのどいつだ、言うに事欠いてそんなアホみてえな事吹き込んだ馬鹿は。
「アノネ、オレハソンナ品性ノ欠片モナイマシントハ違ウノ」
「ソウナノカ? ハナシニキイテタノトゼンゼンチガウジャン」
「因ミニ、誰カラ聞イタノ? ヤッパリツクヨミサン?」
思い当たる人物を上げる。という、十中八九ツクヨミしかいないだろ。
「イヤ、アイツジャネエヨ」
「エ?」
予想外。サバキはというと、また上を見て考えている。しかし。
「モトドウリョウ…イヤヒミツダ。ヒミツッテコトニシトイテクレ」
と自分で納得してしまった。どういうこっちゃ。
「では両者! 円の中へっ!」
ホウコによるルール説明が終わり、遂に四神戦の時間がやってきてしまった。
「ジャ、ヤルカ」
力強い一歩を踏み出し線を跨ぐサバキ。
「…ヤルシカ、ナイネ」
覚悟を決めた。ゴネるより、さっさと切り替えよう。念の為両肘両足を捲って露出させ、線を越えた。
「ではレディ〜ッ…‼︎」
実況席に用意された、40センチくらいの長方形巨大ストップウォッチに上から手を振り被るホウコ。
「ゴォ〜‼︎」
叫びと共に上からスイッチを入れ、10:00分表示がアナログに形作られた。
オレは姿勢を低くし、どんな攻撃にも対応できるよう爪先立ちで構える。先ずは様子見だ。サバキがどんな奴なのか分からねえんじゃ手の出しようがない。MAXパワーでぶん殴って肉塊にしました、じゃ洒落にならねえものな。
「デハマシーンロイド。ホンキデイクカラホンキデキナ」
「望ム所ダヨ」
オレが闘う気になったのを見て笑い、背負ったゴルフバッグに手を入れるサバキ。クラブが出てくるのか? 別の武器か? 金属なら食ってやるぞ。
「ナギハラエ!」
サバキは自信満々に叫び、勢いよく取り出した長い獲物を振るう。凄まじい速度で回転させたそれの切っ先をオレにピシッと向け、勝利を確信したかのように笑った。
…それをまじまじと見て、冷静にスキャン開始。
材質、木材。バットとかじゃない。もっと細くて弱々しいもの。
「…枝?」
サバキが手に持つそれは、間違いなく木の枝。長さは250センチ。重量は1キロ。木の棒といった方が正しいかもしれないが、棒というには頼りない細さと密度のスカスカ具合から枝でいいと思う。先端の横側から幹が長く突き出ておりL形してるけど…何の役に立つんだそれ。
「は、早くも出ました! 執行具リークライム!!」
「…相当警戒していたようですが、まさかいきなりあれを使うとは…」
「ノン君、気をつけたまえー!」
何をどう気を付けりゃあいいんだ。
「アノ、サバキ。ソレデオレニ勝ツツモリ?」
クククと笑う阿呆に一応聞いとく。
「ユダンタイテキ、ッテシッテルカ」
油断するな、ってほうが無理だろ。
「イクゼッ!」
時間が惜しいからか、サバキは一気に間合いを詰めてきた。でかい図体して中々に素早い動きだ。
「ディヤア!」
極上のリーチからリークライムなる枝を横一直線に振るってきた。
…スッカスカのそんなボロい木がオレに効まびれっ。
「あーっとぉっ! ハタカセ吹っ飛んだぁー!」
「ノン君だから言ったのだよー!」
!!? なんだ今の衝撃!?
…天井がなんか凄えスライドしてる…? あれ…オレ、傾いて…吹っ飛んでる!?
「ヌゥグオオオ!」
仰向けで床と水平に飛んでいたので、両肘両脹脛からバーニア噴射して軌道を上昇させながら射出口を可変させる。両肘を後方へ、両脹脛を直下へ噴射して姿勢を正しながらホバリング。後ろを見ると、二回席中等部の生徒達が仰け反って眼を真ん丸く開いていた。激突寸前。あっぶね。
「おおー! 浮いたー!」
「これは予想外。この四神戦ルールは壁床天井に触れなければいいので、メノンがかなり有利になりましたね。普通なら」
冷静に解説すんなよ。こっちは訳わかんねえのに…なんであんなに吹っ飛ばされたんだ。録画を再生してもおかしな所は見当たらない。本当にあんな木の枝で薙ぎ払われただけで、オレがここまで吹っ飛んだ。おまけにあの枝、折れていない。これで材質が木っておかしいだろ。オレのスキャンシステムがイカれる訳ないのに。しかし。
「…威力ハナインダネ」
何処も損傷していない。かーなーりーぶっ飛ばされる衝撃はあったものの、ダメージはないようだ。このままタイムアップまで…逃す相手じゃないよな。
「ヤッパリマシーンロイドニハキカナイカ。マア…ククク、ベツニイイガナ」
嫌な笑い方で左手をゴルフバッグに入れるサバキ。やっぱり何らかの遠距離攻撃をお持ちのようで。嫌な予感…?
今気付いた。サバキの頭頂から白いアホ毛が伸びている。なんだあれ。髪が黒いからめちゃくちゃ目立つ。いや高すぎる身長で今の今まで気付けなかったけど。
それはともかく。
「タタキオトセ…」
サバキが取り出したものを早速スキャン。
材質 樹脂。もう騙されんぞ。
「手にしたのは…撃墜具パージスオールだぁーー」!」
「勝負を急いでいますね」
今度は輪ゴムかよ。しかも5個。そいつをどうすんだ?
「ハアッ」
器用に左手の指だけを駆使して人差し指と親指に輪ゴムを引っ掛けたサバキは、銃のように人差し指をオレへ向けて弾いた。しかし天井近くに滞空するオレまで届く事はなく、途中で空気抵抗をもろに受けて減速し、床に落ちる。今度は一体…うおっ⁉︎
「メノンがバランスを崩したあー!」
「何なんですかね、あの輪ゴム」
オレの体が回転しながら…落下してる!? くっ、両肘のバーニアを可変させて…!
「おおーっとなんとか凌いだかあー⁉︎」
視界が二転三転したがなんとか立て直してホバリング続行。天井には何かかぶつかった跡があるものの、床の輪ゴムは消えていた。よく分からんが、あれから変なエネルギーが出てオレの足の裏を押して回転させた…のか?
「マダマダァッ!」
サバキは輪ゴムを連続で射出して来やがった。恐らくさっきの推測が正しいと仮定して、ばら撒かれた輪ゴムを警戒…していたら、一つ一つが輝きを放って光の柱を突き昇らせた。さっきのはこれか。
「ノ、ノンくーーーん!」
ヤヨイの叫び声が聞こえたが、心配するな。ちゃんと計算していたから全て避けれる。軌道が直線で、しかも正確にオレを狙って伸びたもんだから読みやすいし。
「行クヨッ!」
バーニアを点火させて体を回転させながら柱を素早く抜け、勢いそのままに円の中で人差し指を向けていたサバキに接近。
「ッ⁉︎」
驚く顔に溜飲が下がったので、一応僅かに減速して蹴りを腹部にお見舞いしてやった。細っこい手応えあり。長いサバキの体がくの字になって吹っ飛……ぶ…?
「エ」
ボヨン、という感触。トランポリンとか、普通のゴムとか、そんな感じの柔らかい感触に、サバキの体が変わる。蹴りの勢いでサバキの体が押されていき、振り抜いた瞬間には上半身がブリッジみたいにしなっていた。
「ウヌッ」
ぶるぶるん
瞬間、サバキの体が…奴の、体が…なんか軟体生物みたいに…伸びて、蠕動しながら元の体型に戻りやがった…⁉︎
「メノンの攻撃! しかしサバキ躱したー!」
「…? 今のは…?」
一瞬だったから人間には分かるはずも無い。だが、奴は確かに…そう、ゴムみたいに伸び縮みしやがったのだ。
「サバキ、君ハ一体…?」
円の中へ着地して問うと、サバキは心底うんざりしながら天を仰ぐ。
「ウルセェナア、ソンナモンドウダッテイイ…ダロガッ‼︎」
怒りなどではなく本当にどうでも良さそうに、リークライムを逆袈裟懸けに振るってきた。
サバキの身体の特異性は置いとくとして、その厄介な武器ぶっ壊してやる。
「マックス・ストレイションッ!」
拳を固く握り締め、オレの首を刈りにきた枝へ本気の右フックをぶっ放す。乾いた枝の感触が拳から伝わってきた…までは良かった。
「…ハ?」
ぶつかったときに反発して、なんか白い爆発がボンと起きて変なエネルギーが発生してしまった。
計測したがエネルギーの詳細は不明。キツん時のは妖気って分類したから同じなら引っ掛かるが異なるようだ。発生した時の衝撃は物凄く、咄嗟にバーニアでバランスを取って踏ん張った。さっきオレを壁付近まで飛ばした原因はこの力だったらしい。やはりリークライムは折れていなかった。
「ット」
サバキも余波を受けて体勢を崩す。チャンスだ。
「モッ発!」
バーニアなしで踏み込み、加減したマックス・ストレイションをガラ空きの腹へ打ち込んでやった。
「…又ッ!!」
奴の肉体がゴムみたいな感触に変わったのを確認。オレの攻撃が無効化されている。サバキは食らっても吹っ飛びすらしない。
「ッ!」
上からの風切り音に素早く身を翻すと、オレのいた場所へリークライムが刺さった…体育館の床に、あのボロい枝の幹が半分以上食い込んでいる。
「フン」
殴られた腹部を叩いて枝を引き抜き、踏ん反り返るサバキ。ダメージらしきものがない。全く、これっぽっちも、見受けられない。
「メノンの連撃! しかしサバキは効いていなああーーーいぃぃ‼︎ どうするマシーンロイドー!」
「不思議、としか言いようがありませんね」
全くだ。もうスキャンに頼るのは危ねえなこりゃ。
しかも、まるでオレのシルバー・プラスターみたいな能力だ。あれじゃ関節技は狙えない。
「…ドウシタ? マダヤレンダロ?」
サバキがオレを冷たく見据えながら猫背になる。
「ホラ、ロケットパンチトカミセテミロヨ」
…これは多分挑発だな。当たったところで効かないし、外れたら腕はオレの一部だから場外に触れて敗けになってしまうだろうし。
「ソレトモ、モウシマイナノカ? オマエホントウニマシーンロイドカ?」
一度ならず二度までも…そこまで言われては仕方ない。
「後悔シナイデヨ…」
「オ?」
今まで使う機会が少なかったファイトスキルをお披露目してやろう。
「最初ニ言ッテオクケド、キミガドウナッテモ知ラナイカラネ」
「シラジラシイ。ダイブワカッタダロ、オレサマノカラダガ。ムシロオマエガゼンリョクダサネェト、オレサマニハカテンゼ」
言いやがる。では遠慮は不要。あいつも馬鹿じゃないし、やばくなったらちゃんと降参するだろ。
「…エビル・スラッシャー」
右腕を振るい、腕を剣へ可変させた。
「おお! メノンの腕が剣となったあ〜‼︎」
「切れ味良さそうですね。彼と木刀で戦わなくて本当に良かった」
切っ先をサバキへ向けると、また悪そうな笑みを浮かべる。
「ソレデオレサマニカツツモリカ!」
にゃろう。いい度胸じゃないか。こっちは手加減してやんのに。
「シィ!」
両脹脛のバーニアで加速し、貫手の如く剣で右肩を突き刺すように狙う。奴は反応できないまま切れ味抜群の一撃を…ぼよんとした感触が本当にわけわからん。制服は大きく裂けたのになんで体は斬れないんだ?
「ナマクラガァ!」
リークライムを下から伸ばしてきたので咄嗟に剣でガードすると爆発発生、バーニア点火して線ギリギリで踏ん張った。
「何ノォ!」
今度はジャンプして回転加えながら剣を横に薙ぐ。サバキも枝を反動つけて思いっきり叩きつけてきた。交差した瞬間再び爆発、しかし今度はバーニア調整して頭上から背後へ周り込み、背中を全力で斬りつけた…やっぱり斬れたのは服だけで、体は無傷。
「サカシイワッ!」
サバキはリークライムを回転させて背後のオレにぶち当てた。ガードしても爆発で吹っ飛ばされたがバーニア調整して壁回避、再び円の中へ戻りながら剣を腕に戻す。これじゃ埒があかん。ならば。
「…コード:B」
目の前で拳を握り締め、叫んでスキル発動。
「ヒート・アディション!」
オレの腕は可変しない。ギミックのなさに怪訝な顔をするサバキだったが、次第に腕が陽炎に包まれるのを見て面白い物を見るように目を見開いた。
「ネツカ!」
ご名答、ヒート・アディションは体内熱を腕に凝縮して数百〜数千度まで上げる。皮膚を纏った状態では耐熱質により外部への熱伝導が幾らか軽減されるが、これでも700度くらいは余裕。腕を振るうと熱気が迸り、体育館の温度が上昇した。
ついでに制服の右半分が焼け焦げたけど、今は置いておく。
「あ、熱い!? メノンの腕から熱が放出されているようです〜‼︎」
「これは…どうでしょう。果たしてサバキに有効か…」
試してみれば分かる。
「沸ッテッ!!」
一足飛びからバーニア点火で、奴の胸部へ右拳を叩き込む。サバキはモロに食らったが、やはりゴムみたいな感触で防がれた。関係ないがな。
「グ…ウオオオオ…!」
腕の熱が奴の制服を焦がし、露出した肌へ押し当て続けて苦悶の声を上げさせている。
「き、効いている〜!? あのサバキが苦しんでいるーー!?」
「初めて聞きましたよ、彼の叫び」
「ドウ? サバキ! ヤッパリ効イタネ!」
「…! テメェ…!」
そう、オレのシルバー・プラスターと同じ理屈ならば、連続した破壊にはなす術もないということ。見事的中した。これなら…。
「ナメンナァ!」
視界の隅にリークライムが見えたので距離を取ると、目前の空気が斬られた。危ない危ない。
「グゥ…」
右腕を瞬間冷却すると同時に、サバキが苦しそうに膝をついた。燕尾服っぽい制服が無残に焼け落ちて上半身が露出しているが想像以上の細身だった。しかしその薄い胸板には傷も火傷も見当たらない。
…もしかして、熱がってただけ?
「ヤッテクレルナァ…!」
痛みに耐えながらも、犬歯を剥いて笑うサバキ。まだまだやる気のようだが、こっちだってまだだ!
「コード:P レッド・インパルス…!」
スキル発動。口周りに搭載された4つの共鳴機関から熱エネルギーを放出し、口の前で球体状にチャージ。
「ナ…」
形成された赤い球を、呆然としていたサバキ目掛けて放った。
「火…火を吹いたああああ⁉︎」
「まさか本当に吹くとは…」
吹いてないよ。
「チィ!」
サバキは咄嗟にリークライムを振り下ろして直撃を避けようとしたが、オレのレッド・インパルスはそんなんじゃ防げない。枝にエネルギー球がぶつかった瞬間、サバキが丸ごと包まれる程の爆発が起きた。
「ハタカセの連続攻撃! 息つく暇もありません〜!」
「これは決まりましたかね」
どうだ? 威力を抑えたし、死んでないとは思うけど。
「…ンギ…」
晴れた爆炎の後に、床に刺さったリークライムとそれを握ってしゃがむサバキの姿が現れる。ああやって吹き飛ぶのを防いだらしく、円ギリギリの縁に足が来ていた。でもやっぱり、肌に傷一つないわ髪も焦げてないわ、ゴルフバッグやリークライム共々無傷。余波を受けた床や円の一部が炭になっているので相当な火力があったのに、なんだこいつ。
「ツバハイテルミタイデ、キタネェジャネェカ…」
「酷イ言イ掛カリ。傷付クヨ」
変わらん減らず口に少し安心した。次こそは吹き飛ばして…あれ、これは?
「あ」
「あ」
「ア」
「ア」
足下に落ちてたペンダントを右手で拾ってから気付いた。亀の甲羅を模した物のようで綺麗な六角形、ってこれ玄武の甲羅を象ったサバキの生徒会装飾じゃん。
返そうとして、ふと思い直す。そういやキツもツクヨミも、これ返したらなんか逆上してきたっけ。という事は返さない方がいい? いや、でもこれ人のもんだし…。
「…カエセヨ」
静かに猫背で立ち上がるサバキ。めちゃくちゃ怒ってらっしゃる。返しても返さなくても同じじゃんか。
「ハイ。ゴメンネ」
下手投げると、サバキは乱暴に掴み取ってズボンのポケットに入れた。ペンダントの紐は熱で焼き切っちまったみたい。
サバキがチラッと実況席を見たのでオレも見ると、タイマーが三分を切っていた。
「…モウジカンネェナ。」
呟き、左腕をゴルフバッグに入れるサバキ。ここに来て新武器か。
「…チョウフクセヨ」
のっそりと取り出したるそれは、赤いまん丸から糸が出ている。
「こ、ここで出しますか! 拘束具エーヴレン!!」
「…後三分、果たしてどうなるか」
直径20センチほどの毛糸玉。猫がじゃれつきそうなそれを、サバキは左手で糸を持ち先端の玉をブンブン振り回しながら、右手の枝を構えた。普通に見たらアレな奴だが、今は心底恐ろしい光景にしか見えん。
…オレの方もエネルギーが少なくなってきている。長時間のバーニア点火や微調整、ファイトスキルの連続使用は思ったより減るのが早かった。残り時間は後僅か。
どうする。攻めるか、逃げまわるか。
…ふつふつと怒ってる、サバキの攻撃見てから考えよう。
「ブッコワレロッ!」
叫び、サバキは突進してきた。同時に右手のリークライムをオレ目掛けて振り下ろしたので、バーニア点火して空に逃げる。その時モニターに謎エネルギーの発生が感知、場所はサバキの左手の毛糸の先の玉、エーヴレンなるもの。
「ドゥオラ!」
まるでヨーヨーみたいに振り回して上空のオレへ玉をぶつけようとするサバキ。しかしいかんせんリーチが…!?
「エーヴレン直撃ー! 謎の爆発でハタカセ吹っ飛ぶーーー!」
「決まりましたか…?」
糸が伸びるまでは予想できたが…玉が明らかにオレを自動追尾した挙句に爆発…こんなん対処できるか! まずい、壁が…!
「ギッリギリでなんとか凌い…ああぁー!?」
バーニア点火微調整で壁寸前で静止した瞬間、サバキは輪ゴムを束で取り出して又しても指だけで器用に乱射していた。マジで本気らしい。
ならこっちだってもう手段を選ばんぞ!
「ウオオオオオオオ!!」
地面に落ちたパージスオールから光の柱がオレを狙って乱立するのをバーニアを酷使して紙一重でかわしまくる。エネルギーがやばいが、そうも言ってられない。というか、近付かなきゃ。このままじゃ不利だ。
行くぜ!
「カノン突進! 残り1分を切りました!!」
「いい判断です。しかし…」
オレが向かってくるのを目視したサバキは、輪ゴムを仕舞って毛糸玉をブンブン振り回す。だがもう見切った。爆発に耐えて本気の一撃食らわしてやる!
「イッタロ…ユダンタイテキッテナァ!」
エーヴレンをオレ目掛けて投擲するサバキ。よし、右腕でガード…!?
「エーヴレンが巻き付いたぁー!?」
「あんな事も出来るとは…」
エーヴレンは迎え撃ったオレの右腕をするりと抜け、そのままオレの周囲を回りながら糸を出し続けて、最後はオレをビシッとグルグル巻きに縛りやがった。この毛糸玉、追尾するんじゃなくて遠隔操作出来たのか!
まずい、射出口に絡まってバーニアが微調整できねて!!
「ハタカセが落ちてきたあ!」
右腕だけしか自由が利かない。後は重力に従うだけだが…下には丁度円、そして。
「トドメダア!」
サバキがリークライムを大仰に構えてオレを待っていやがる。この野郎。
だけど。
「油断大敵、ナノハソッチダヨ!」
エネルギーをチャージする。さっきは加減したが、もう遠慮はいらない。
その円ごとぶっ飛ばしてやる!
「レッド・インパルスッ!!」
直径30センチくらいまでチャージしたエネルギーを、真下へぶっ放した。
「オマッ‼︎」
察したサバキは直撃を避けるが、床には着弾した。
大爆発発生。膨れ上がった爆炎が床を粉砕し、壁寸前までのあらゆるものを燃やし尽くした。観客を巻き込まない調整は勿論OKだ。
「ーーーーー!?」
「…本当に闘わなくてよかった」
ホウコは驚きに何も声を出せず、いつの間にか耳に指を突っ込んでいたオボロがポツリと漏らした。
「ウゥッ」
「ヌグゥ…」
オレとサバキは爆発の衝撃で天井近くまで打ち上げられた。勿論オレ達にダメージはない。しかしお互い衣服がズタボロ。そんな事を気にしてる場合じゃないが。オレの方が奴より高度が高い。お互い円から離れたこの状況、このまま行けば奴の方が早く地に着き、オレの勝ちだ。
しかし当然油断はしない。今もサバキをロックオンし続けており、予想外の動きに警戒しつつこの毛糸を解く事に専念し…駄目だ、解けない。
床を見る。レッド・インパルスは計算通り、直径15メートル大の焼き焦げたクレーターを作っていた。円はもう判別不能。これならもう、先に床に落ちたほうが負けのルールになるだろう。床は後日作り直…
「クッ!」
サバキが動いた。空中で体勢を立て直そうとしているが、一挙一動に注目している。さあ、何をしてくるのか。
サバキの動きが止まった。見下ろすオレの下でしゃがむような姿勢。あれじゃ直ぐ床に落ちるだけだが…あ、サバキが体を伸ばした。足から落下しながらも一息ついてリークライムを肩に掛けて安堵の表情…? 奴の視線が上から下に動く。オレをずっと見ている。オレは逆に奴を下から上に見続けながら落下していく…あれ?
「…マサカコレヲミセルコトニナルトハナ」
呟いたサバキは、透明な床の上にいるように両の足で、無造作に浮いていた。
「浮いてる〜!? サバキが空中に浮いているー!!」
「凄いマジックですね」
そんなアホな! ありえねえだろ! なんの力も働いてないのになんであいつ浮いてんだ!? 物理法則いくつぶっ壊せば気が済むんだ!!
「ノンくーん‼︎」
ヤヨイの悲鳴が聞こえる。まずい、バーニア点火できない今、このままじゃ負けちまう。
どうする…どうすれば…。
「あ、イキメさん何を!」
「副生徒会長権限発動! この四神戦のルールを、先に壁床天井に着いた方の負けとする!」
実況席に乱入し、ヤヨイが口元に手を添えて叫んでいた。
「あの床の惨状ですから、中々妥当な判断ですね」
…! 閃いた。本当にありがとうヤヨイ!
オレは体を回して仰向けになり、上空のサバキに唯一自由な右腕を向けた。
「ククク、ムダダ!」
高みから余裕の表情でオレを見下し、リークライムを構えているサバキ。オレのロケット・フィストも想定内で迎撃する準備が出来ているらしい。
甘えぜ!
「コードD:ラッシング・ドライル!」
スキル発動。右腕の肘から先が超速回転を始める。ギョッとするサバキだが、まだだ!
「+ヒート・アディション!」
回転する腕が熱を迸らせる。そしてこの間、必死にロケット・フィストのアップデートをしまくった。最近溜まってたポイントがすっからかんになったが、これで最高速度はマッハ5まで上昇したぜ!
「+ロケット・フィスト……?」
いざ発射、という段階でモニターにNEWが。『コードM+D+Bの新技が開発されました。名前を設定して下さい』。んなもん適当じゃああ!!
「コードMDB:ロケット・ブレイザー! そしてシルバー・プラスター!!」
ロックオンしたサバキへ、当てつけ同然に最速の一撃をぶっ放した。反動や衝撃はシルバー・プラスターで緩和し、威力だけを奴へ届けたのだ。
「ギ」
サバキはガードも避ける事も出来ずに直撃を受け、凄まじい勢いで吹っ飛ばされていく。オレが地に着くのが先か、奴が天井にぶつかるのが先
『エネルギー補充をしてください』
『補充完了。起動します』
え? ……あ、やっべえ。エネルギーが尽きたのか。いきなりブラックアウトして…こうなってちまうのね。今度からマジで気を付けないと。
今の状態は…寝かされてる。右腕が…ある。各部はオールグリーン。喉も、修復完了。
この感触はベッド、しかも保健室のだ。多分、ぶっ倒れてそのまま運ばれたんだろうな。
補充完了した時に時間も再設定されたらしく、現在は15時過ぎ。午後の授業始まっている。
瞼を開こう。
アホゥ
え。
「気が付いたかね」
左にヤヨイの顔、右にシンテンオウの嘴が見えた。彼女は安心した顔だったが、そんな心配しなくても。
「…うん」
上半身を起こす。ヤヨイはおやっと声を上げた。
「声、戻ったのだね」
「そうみたい。ようやく」
アホゥ
翼をばたつかせるシンテンオウ。
「ていうか…なんでシンテンオウがいるの?」
今日は連れてきてないし、呼んでないし、ここ保健室だし。
アホー、アホゥ
「…救難信号を受信したから来た…?」
エネルギーの切れたオレが自動で送信したのか? ヤヨイを見る。
「そう、ノン君はエネルギーがなくなるとシンテンオウを呼んで補充する機能が搭載されているのだよ。体育館で倒れた時、救難信号を体から発していたのだ」
そうだったのか。全然知らんかった。
「因みに四神戦はノン君の勝利だ。四連勝おめでとう」
「あ、そうなの?」
良かった、最後のあれが決まったんだ。でもあんまり嬉しくはないけど。
「…それで、ここに右腕があるって事は」
「御名答。吹っ飛ばされたバッ君が持って帰ってきたのだよ」
ありがとうサバキ。
「…ちなみにサバキは?」
「本人曰く、数キロも吹っ飛ばされたらしいが、勿論怪我一つ負ってはいない。今は元気よく体育館の修繕に取り掛かっている。おっと、ノン君は勝者なのだから手伝う必要は皆無だよ」
ヤヨイはオレを制した。まあしゃあない。ここは従っておこう。
アホアホゥ
労われ、と鳴くシンテンオウへ右手を伸ばす。
「うんうん、ありがとうシンテンオウ」
頭を撫でると、少し嬉しそうに翼を広げた。可愛いやつめ。腹の下から伸びたコードがオレの首筋に接続されていたので、外してゆっくりと戻してやる。帰ったら充電してやらないと。
「ノ、ノン君…」
左のヤヨイに顔を向ける。恥じらいの表情。なんだ。
「ボ、ボクも、その…ノン君をここまで運んだのだが…」
え、ヤヨイが? それは大変だっただろうに。
「ごめんヤヨイ。ありがとうね」
「う、うむ」
なにそわそわしてんだ。
…待てよ。右手でシンテンオウの頭を再び撫でると、ヤヨイは羨ましそうにオレの手を見た。
マジか。撫でてほしいとかそういう…? 良いのか、そんなので。でもまあ、減るものじゃないし…。
「ヤヨイ」
呼んで一呼吸置き、右手を彼女の頭の方へ近づける。嫌ならこの段階で拒否る筈。しかしヤヨイは徐に目を瞑った。分かった。撫でてほしいんだな。
「…よ」
手を払い、ヤヨイの美しい純白の髪に触れ、掌全体をそっと押して頭頂を左右に撫でた。
「よしよし…」
…なにこの髪、手触りがやばい。高級羽毛布団が脱毛するレベル。オレのメタル男性ホルモンがざわつくぞ。
「ん…ん…んぃ…」
ヤヨイ…目をうっとりと閉じて頬を赤らめて微笑みながら気持ち良さそうな声を出さんでくれ。お前の頭は性感帯かなんかか。
「どう、ヤヨイ」
聞くまでもないけど、一応聞いとく。
「さ…さいっこうだ…ね!」
なぜかぐったりとしながら、ヤヨイは緩めのサムズアップで返した。
補修された地下基地の移住区にて、ソファーに座りながら紅茶を嗜むシン。テレビからは体育館の監視カメラの映像が出力されている。
『メノン落下! しかしサバキも天井に…』
ホウコの実況で観客全員が天井を見ると、破片が陽光に遅れて降り注いでいた。
『…天井を突き抜けて吹っ飛ばされたのかぁ⁉︎』
『無事だとは思いますが…』
解説のオボロも、どうすればいいのか分からないでいる。というか、どう収拾を付ければいいのか。
『ホウコ、アレ、アレっ』
呆然とするホウコにキツが声を掛けると、ヤヨイがクレーター内に仰向けで落下したメノンに駆け寄る寸前だった。
『いけませんよヤヨイさん! まだ決着がついていません! 四神戦のルール違反です!』
『あれを見たまえ!』
慌てて警告するホウコに、ヤヨイは立ち止まると血相変えてメノンを指差した。その先にいるメノンは、全く動く気配がない。いつの間にか彼を拘束していたエーヴレンは影も形もなくなっているが、しかしその静寂さは生物なら異常どころか死んでいる様相であった。だがメノンは機械なので人間の見た目を除けば別段不思議ではない。
そう思った生徒達は、シャッター音と共に開かれたメノンの口からゆっくりと真上に伸びる棒に騒然となった。先端に半透明の赤く丸い玉がついたそれはまるで指し棒のように細く多関節で、一メートルほど伸びると成長を止めた。様々な疑問が錯綜するなか、ヤヨイが少し安堵して実況席へ歩を進めようとしたときに先端の玉がランプのように灯り、何らかの電波を発信しだした。
『…全く訳が分かりません。ヤヨイさん、あれは何でしょう?』
ヤヨイは実況席へ着くと、その疑問に答えるべくマイクを手に取る。
『あれは救難信号を発しているのだと思われる。恐らく相当な闘いだったのでエネルギーが尽きてしまったのだね。信号を受けてシンテンオウが飛んでくる筈なので、ほっとしたよ』
それを聞き、オボロが解説マイクを握った。
『成る程。では先に今四神戦の勝敗を決めてしまいましょう。ね、ホウコさん?』
『え? …あ、はい。そうですね』
ホウコは巨大なストップウォッチを優しく押し、〇〇:一三で表示を止めた。
『報道部! どちらが先に床若しくは天井に触れたのか、写真判定用の映像を提供願います!』
玄関前に陣取っていた取材陣からマコトが手を上げて了解を示し、部員達の取った映像を一人一人から受け取って実況席へ提供、キツ、オボロ、ツクヨミ、ヤヨイが席を取り囲んで映像を一つ一つ確認する真剣な審議が行われた。場内は張り詰めた空気のまま暫く時間が流れたものの、売り子達がここぞとばかりに精を出したので緩和に進む。
『え〜、ゴホン。皆様、長らくお待たせしました』
生徒会メンバーが実況席の横に並び、ホウコがマイクを握った。
『こちらが結果になります!』
ハンディカメラの映像が、ヤヨイの口内から立体映像となって体育館の真ん中へ映し出された。
そこに、空に浮くサバキへ落下しながら右腕を向けるメノンを後ろから撮影した映像が流れる。そこからスーパースローになり、メノンの右腕が一瞬で回転し、更に熱気を撒き散らしながらスローでも殆ど見えない速度でサバキへ飛んで行ったのが分かった。そして、メノンが地面に触れる前にサバキは右腕ごと天井を突き破って吹っ飛ばされていたのが、ハッキリと映っていた。
『四神、玄武敗北です! マシーンロイド四連勝!! 残るは唯一人ッ!!』
その一言で館内が歓声で溢れかえった。それを聞いたキツはてへへと頭を掻き、オボロも面目無いと頬を掻き、ツクヨミはチッョゥと舌打ちしてそっぽを向き、ヤヨイはノンくーんとメノンに走り寄って行った。
「カグラ様。玄武、敗北致しました」
メノンをお姫様だっこで担いで保健室へ走るヤヨイを見届けたシンは、真横で眠るカグラへ顔を向ける。カグラは両耳にイヤホンを付けて睡眠学習をしていたが、その状態でシンの声が聞こえた為、瞼を閉じたまま丁寧にイヤホンを外してテーブルに置き、立ち上がる。
「…明日の為に眠る。後は頼んだ」
座るシンの頭を撫でながら頼むと、彼女も満更ではない様に眼鏡の奥の目を細めた。
「はい…あ、ジンノさんには何か?」
「…制服のスペアを渡しといてくれ。あと、良くやった的な言葉を」
「かしこまりました」
「…決して俺からとは言うなよ」
「心得ております」
最後にポンポンとシンの頭を撫で、居間を後にするカグラ。その隻眼は爛々とした黒い輝きを放っていた。