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フェイズ1:新生 -Accident?-

果てしなく青い空を見上げながら


寄せては引いて砕け散る波の音を聞いて


土と草木と花の匂いを嗅ぐ



君の隣で

…バックアップを起動します


…データを読み込んでいます しばらくお待ちください…


…データが破損しています

メモリーが66%、ファイトスキルが72%、その他23%が読み込めません

このままでは起動に支障をきたす恐れがあるため、破損データを「プロジェクト:M」フォルダにコピー後消去します

よろしいですか?


…データのコピー中です しばらくお待ちください…


…データの消去中です しばらくお待ちください…


…データを消去しました



…バックアップのデータを読み込んでいます しばらくお待ちください…


…データの読み込みが完了しました


…起動します



瞼を開く。降り注ぐ強いライトの光が目に入るまえに遮光膜が自動で降りて視界が薄暗くなる。

首を動かす。見覚えがある部屋、そして改造台に乗せられている。

左視界の端に人を見つける。明銀色の髪を手でかき混ぜて失望の溜息を吐いている。

この人は

「……ん」

「ん、目が醒めたか」

出したつもりの声が擦れていた。水晶モニターの全身スキャンが喉に異物が詰まっている事を表示したので上半身を起こして何度か咳をする。遮光膜が戻る。

その人はこちらを一瞥すると、面倒くさそうに首を回して再度溜息を吐く。明らかに苛ついている。

詰まってた異物が口から出てきたので手で受け止める。細い鉄の塊。身体の部品ではない。それを再度口に入れて噛み砕いて飲み込む。美味い。喉のメンテナンスが終わったので、オレはさっき出せなかった声を出した。

「父さん、おはよう」

ようやく声を出せれた。そう、この人はオレの父親だ。状況からみてオレの最終調整の改造を終えたとこか。

しかし、その態度が気になった。いつも不遜な父さんが苛立つからには余程腹に据えかねた事があったに違いない。それとも、オレの改造が上手くいかなかったのか。それは困る。

「父さん、どうし…?」

「…………………………………」

理由を聞こうと顔を向けた先には、これまた珍しい父さんの驚きに引きつったポカンとした表情があった。赤い瞳をまん丸く開いており、よほど信じられない事が起きたらしい。それが何か分からなかったが、やはり父さんのそんな顔は始めてみる気がする。

「あ…あり得ん…!」

父さんはまるで世紀の大発見を見つけたかのように、笑いと驚きを上手くミックスさせた表情でそう言った。



昼休みも終わりに近い時間帯。自席から窓の外を見ていると、隣の席に座っていたキツがゆで卵を頬張りながら何とは無しに尋ねた。

「何見てるんだい?」

「うむ、あれを見ていてね」

窓の外を指差すとキツは身を乗り出してその先を覗いた。校門の横の、防御塀の前に木がある。

「あれがどうしたのさ」

「待ちたまえ…あ、ほら」

その言葉が合図のように雀が一羽飛んできて生い茂る木の葉に突っ込んで身を隠した。キツが目を細めると、木の枝の上に巣があるのが見えた。

「ああ、鳥の巣」

「春先に産んだ卵が何個か孵っていてね」

二人が改めて巣の中を覗いてみると、未だに孵っていない卵が幾つかと、親鳥が咥えてきた芋虫をねだる雛の姿が何羽か見えた。それは、生命の営みによる祝音がここからでも聞こえてくるような微笑ましい光景である。

「…………」

「…………」

二人はしばらくそれを眺めていたが、次第とその目が光を失っていく。柔らい筋肉に包まれた雛、天然物の白い卵に段々釘つけとなり、やがて半開きになった口から同時に涎を垂らした。

「肉、美味そうだね…」

「卵…んごくっ」

捕食者の視線を感知したのだろう。親鳥は飛び跳ねると急ぎ羽で巣も中身も置いて逃げ去った。雛達は何が起きたのか理解出来ておらず、皮肉にも遠方の捕食者達と同じ様に口を開いて固まっていた。その親鳥の慌てっぷりで二人は我に返る。お互いの顔を見ると慌てて涎を手の甲で拭い、

「あ、あっはっは、お腹が空いたのかねキーちゃん! 食いしん坊だね君は!」

「そ、そうさっ。あ、ゆで卵あるけど食べるかいっ?」

「う、うむ! お一ついただこうかね!」

取り繕いながらのから笑いでその場を濁す事になった。一方は照れ隠しで、もう一方は誤魔化しである。

養殖物の卵を仲良く頬張っていたその時、校門の方から騒音が聞こえてきた。

再び窓から顔を出すと、門外の舗装された並木道の先から複数のエアバイクのけたたましいエンジン音が聞こえてくるのを感じて立ち上がる。

「ヤンキーか」

キツが肩を伸ばしながらのんびりと呟く。どこのグループか知らないが、あんな盛大な音をわざわざ立てるのはアピール目当ての弱小集団に違いなく、彼女が呆れるのも無理はなかった。

ピーッ、という電子音が口の中と、キツのミニスカートの下から鳴る。反射的に口を開き、キツは眩しい太ももに巻いている炎の鳥が描かれた手拭いが見えるようにスカートを捲った。

口の中から、キツの手拭いに描かれた鳥の目から立体映像が飛んでそれぞれの顔の前に四角いモニターを形作ると、黒いサングラスを掛けた少女の姿が光の帯に映し出される。

「お昼休み中、失礼致します」

映像の少女が行儀良く頭を下げる。高級そうな白のメイドキャップが画面に迫った。

「シンちゃん、あのヤンキー達の事かね?」

校門前のセキュリティゲートへ目を向けると、シンと呼ばれたメイド服の少女は一見サングラスに見える、凄まじく度の強い眼鏡へ指を添えた。

「現在、四神ししんの内3人はご不在の状況です。お二人で対応して頂きたいのですが…」

「カッ君は?」

ヤヨイの質問にシンは少々お待ちくださいと画面から途切れると、カグラ様〜、カグラ様〜、起きて下さい〜、賊でございますよ〜、と隣へ話しかけて、

「すいません、カグラ様は無理なご様子です…」

画面に戻ってきて眼鏡越しに謝罪の気持ちを口にした。しかし二人には想定内だったようで、特に不満があるわけでもない。彼は彼で大変なのだ。

「いいよいいよ。あたし達二人で充分さ」

「その通りだね」

「申し訳ありません。他にサポート可能な人にはこれから声を掛けておきますので…」

「うむ。ではそちらは任せるね」

シンが深々と腰を折ると、立体映像が消失した。クラスメイト達も慌しさに気づいて窓へ集まってきている。

「先行ってるよ」

キツはその言葉を残すと、次の瞬間には残像を残して消えていた。あのセキリュティゲートを開きっぱなしにできるのは一部権限者のみであり、彼女は数少ない該当者である。ゲートを破壊されて侵入されるのを阻止する為に急いだのは明白だった。

「さて、ボクはどうするべきかね」

もう一度窓の外、ゲートの先を見てみると、エアバイクに乗った集団を率いるように先頭を飛ぶ人物を見えた。

考えるより先に窓から身を乗り出し、クラスメイト達を忘れて、驚愕に叫んでしまった。

「ノ、ノン君⁉︎」



周りの景色が凄まじい速度で通り過ぎていく。オレは地面から2メートル程上で平行に浮き、滑るように移動していた。ヘルメット越しでも風がやや肌寒く感じる。

そう、オレは飛んでいた。

しかしこれはオレの性能ではない。脇腹辺りを掴んで背中に張り付き、機械で造られた翼を羽ばたかせて飛ぶ、父さん曰くオレ専用サポートメカのおかげだった。

オレ専用という響きにトクベツ感があってちょっと嬉しかったが、今の状況になって前言撤回とばかりに叫び通している。

「ね、ねぇ、もうちょっとスピード出ないの⁉︎」

首を回して背中の赤くてでかい鳥に叫ぶと、そいつは呑気な声でアホウと鳴いた。くそ。

パラリラパラリラパラリラパラリラ

そしてオレの周囲には、派手なペイントのフルフェイスヘルメを被り改造エアバイクに乗って朱色の制服を着こなした鉄パイプを振り回すどう見てもヤンキーの集団が逐一取り囲んでいるという、もう何がどうしてこうなったのか分からない状況に陥っていた。

「おらおらおら! 覚悟しやがれやー‼︎」

オレの右を絶えずキープしているグループのリーダーらしき男が時折鉄パイプをフルスイングしてくるのを浮いたり沈み込んだりで必死に避け、モニターマップにマークされたニュウタ学園という場所へ向かっている。勿論その間、説得も欠かさない。

「止めてよ! オレ急いでんだから!」

「やかましいわゴラー!」

「おうう!」

今度は縦に振り下ろしてきた。オレの後ろにも左にもエアバイクに乗ったこいつの仲間がいるので、速度を下げる事はできない。ギリギリ左に寄りながら躱して今度はそっちの奴から攻撃食らう前に定位置へ戻る、というのを何度も繰り返すが、ああもどかしいっ‼︎

「お前もうちょっと高く飛んだりも出来ないの⁉︎」

アホウ

このヤロウッ、エアバイクとほぼ同じ速度でエアバイクより少しだけ浮いてるって、殆どエアバイクと一緒じゃないか!

「どうしたどうしたー!」

なぜ追われているのかはとんと見当が付かないが、飛んだ状態で囲まれてる今の状況は不利なので逃げるに徹する。多分轢かれても大丈夫だと思うけど、まだ各部の調子を確かめてもいないので、一応。それに時間を取られる訳にはいかないのも事実だが、何よりオレは、ただ高校生活を楽しみたいから急いでるだけなのに…いや、これは自分勝手か。

何度かカーブを曲がる内に、小綺麗に舗装された並木道に突入していた。モニターではこの先に目的の学園があるらしい。道が結構広くなったのでここらでこいつら纏めて伸してしまおうか。

「てめえ、ニュウタの奴だったのか? ハン、ちょうどいいぜ。あそこには借りがあったからなっ」

何が丁度いいのか全然分からないが、オレはただここなら今でも入学を受け付けてると調べたから来ただけだ。しかしそいつらは勝手に何かを納得したようで、リーダーを先頭にオレを追い越して先に行ってしまった、っておい。

「シンテンオウ、お前…」

アホウ

「アホウはお前の方だよ! エアバイクより遅いのかこの翼は! とりあえず降ろして!」

オレの乱暴な物言いにシンテンオウは一鳴き、少し上昇して地面と垂直になるとゆっくり羽ばたいて下降したので、オレは両足を地に着けた。それを見届けたシンテンオウが背中から離れ、でかい翼を畳んでオレの肩に乗ってくる。翼に比べて細っそりとした体躯に似つかわしくない、澄んだ目が何かを訴えるようにオレを睨んだ。

「…どうしたの?」

「…………………」

「なに。もしかしてエネルギーが足りてなかったとか?」

まさかと思いながら尋ねると、シンテンオウはアホウ、と鳴きながら首を縦に降る。

「え、そうなの? …ごめん、アホウはオレだったよ」

よくよく考えてみれば、埃塗れで眠っていたこいつを強引に飛ばしたのも、オレだった。

「どうしても、1秒でも早く高校に行きたかったから…ありがとう、シンテンオウ」

もう一度鳴いたシンテンオウを撫でてやり、オレは最後の希望、ニュウタ学園へ向き直る。

校門前に大仰なセキリュティゲートがあり、それ以外は塀で囲まれていた。その塀に彫られた「新田学園」の文字を確認し一安心。ゲートをスキャンすると学生証がなければ通れない代物らしいが、さっきの奴らは素通りしていったようなので破壊でもしたのか。

「…行こう」

自分の格好が気になった。私服だし、黒のフルフェイスヘルメット被ってるし、肩に赤いアホウドリ乗せてるし、側からみればそのアホウドリと会話してたけど。ていうか、今更だけどヘルメットいらなかったな。シンテンオウはバイクじゃないし。たまたま倉庫にあったから被ってきたが。

ここで止まっていても仕方ないので歩き出す。

特に破壊された形跡のないゲートを不思議に思いながら通ると校門があり、その先は広い砂地の空間、さらに校舎が見えた。意外と立派だが、気のせいか、全ての教室からこの空間が見えるような配置になっている。現に騒ぎを聞きつけたらしい生徒達がほぼ全ての窓から何事かと顔を出していた。

暴走族達は砂地でエアバイクのエンジン音を派手に鳴らしながら、一人の女生徒に言い寄っている。

「おうおう、ジンノ出せやあ。この間の借り返してやるからよお」

チンピラとしてはセオリー通りのニュアンスを放つリーダー格の男に、女生徒は特に怯えもせず敢然と両腕を組んでいた。

小麦色に焼けた肌と細く鋭い眼が肉食獣を思わせる、恐らく同学年となる少女。鳶色の長い髪を頭の後ろで団子に纏めてかんざしで留め、羽根模様の付いた赤色の制服を着ていた、のは上だけ。下は同色だがミニのスカートで、長く健康そうな右太ももに何故か手拭いを巻いていた。

「残念だけど、今はいないんでお引き取り願おうか。それ以前にあんたらの相手をしてる暇もないと思うしさ」

少女からは相手にするのも面倒という様子が伝わってくるが、スカートミニ過ぎ。寒くないのか。

「落とし前つけなきゃあよお、収まりがつかねえんだよコラァっ‼︎」

男が怒りに任せて鉄パイプを地面に突き刺した。靴の感触で渇いた地面だと分かるので、そこそこの膂力を持っているらしい。そいつが自由になった両腕で荒々しくヘルメットを外すと、長い金髪の若い顔が露わになる。恐らく高三くらい。

「ちっ、いねぇんじゃあしょうがねえか。じゃあまずは、てめえからだッ!」

リーダー男が端で見ていたオレをビシッと指差す。対していた女も、今オレに気付いた様にこっちを向く。校舎から顔を出していた生徒全員の視線がオレに集中しているのが分かった。エンジン音しか聞こえない中、シンテンオウが欠伸のようにアホーウと鳴く。

………だから、オレはなんで狙われてんの? てか、居心地悪っ。

「…え、あ、どうも」

ヘルメットの後ろに手をやり、オレは何となく頭を下げた。こういう反応しかできない今の自分が辛い。

「誰?」

女の純粋な疑問と、リーダーの男が怒りに身を任せて刺さった鉄パイプを掴むのはほぼ同時だった。

「危ない!」

男が鉄パイプを振り回して女へ叩きつけようとするのが分かり、オレは声を張り上げて地を蹴った。シンテンオウが肩から離れてその場に着地し、女が迫り来る鉄パイプに気付いて呆れた表情をするのが分かったが、オレは女を助ける為に突き飛ばして、ヘルメットが歪む程の鈍い衝撃を味わった。

「…え、何してんの?」

突き飛ばした女はあっさり着地して態勢を維持すると、呆れたような呟きをオレに返した。間一髪で助けたつもりだったけど、なんだこの反応。

「てめえ…?」

リーダー男の、庇ったオレが特に堪えていない様子に驚く声が聞こえた。しかし、今のオレの視界はフェイスシールドが砕かれているのでよく分からない。とりあえずヘルメットを凹ませている得物の先端部分を掴んで外し、そのまま握力でぐんにょりとひしゃげさせる。男が咄嗟に鉄パイプから手を離したのでオレは取り上げたそれを自身後方に投げ捨て、次いで凹んだヘルメットをややもたつきながら強引に脱いだ。

砕かれていた薄暗い視界がクリアになる。

「白ッ」

横の女が気にしている事を口走り、結構傷つきながらぐしゃぐしゃのヘルメットをその場に落とした。目の前のリーダー格の男へ向き直ると、そいつの表情が狂喜的な笑みへ変わる。

「その銀髪、赤い目、白い肌! 噂通りだなあ、ブラッディアルバトロスよう‼︎」

秘密を暴露したようにそれ見たことかと叫び上げると、周りや校舎の生徒達がざわめきだした。オレそんなあだ名で呼ばれてたのか。有名なのか?

「へえ、あんたがブラッディアルバトロスなのかい」

横の女が目を更に細めて品定めするようにオレを見ている。そこそこ有名なのか。

「ジンノはいねえみてえだがよ、今はあいつよりてめえの方が先だぜ」

男が拳を合わせて関節を鳴らし、エアバイクのエンジンを止めた。さっき軽くオレの力を披露したつもりだったが、それでもやる気らしい。

「なんでオレを狙うの?」

エアバイクから降りた男に尋ねると、にやにやしながら言った。

「悪行三昧のてめえを倒せば箔がつくだろ。ありがたく思われるかもなぁ」

あ、悪行…!? 「昔」のオレ何しちゃってんのー!? ショックだぜぇ…

「じゃあいくぜえ!」

打ちひしがれていると、男がファイティングポーズを取った。ボクサーのように両腕を上げて、腰をやや降ろして脚を広げる。うわー、素人感丸出し過ぎる。流石に闘えないわ。でも、やらなきゃならねえの

「しゃー」

「へぼるぐっ!」

突然、横にいた女がオレの背丈よりジャンプするとめちゃくちゃ綺麗なフォームの飛び蹴りを男の顔面にヒットさせ、エンジンを止めて浮遊していたエアバイクごと数メートルも吹っ飛ばした。男はオレにしか注目していなかったので、もう見事に完全な不意打ちである。女は華麗に一回転して着地すると、唖然とするオレを無視して、

「いつまでもぐだぐたやってんじゃない。ここはニュウタ学園の敷地内。無断で入ってきたんだから覚悟は出来てんだろ?」

待機していた他の連中に言い聞かせるように薄い胸を張った。その行動に触発された取り巻き連中はバイクを降りて鉄パイプ片手に潰すぞーとか騒ぎ立て、他の奴らは急いで倒れたリーダー格の男へしゃがみこみ、肩を揺する。

「エルドさん! しっかりしてくだせえ! エルドさあん!」

あのリーダー格の男はエルド、という名前らしい。必死に起こそうとしているが、あれは確実に気絶しているだろう。えげつない角度で顎に入ったもの。

「お、おい、あんたぁ…」

しかしこの女、無茶苦茶である。いきなり蹴り入れる事はないだろうに。おかげで奴らは殺気立ってるし。

女が振り返った。

「ブラッディアルバトロス。あんた入学希望者?」

「え? あ、うん、このニュウタ学園に、一応」

突然の質問に答えると、女はふふんと鼻で笑う。

「あんたの噂は聞いてる。生徒会長は歓迎すると思うけど、とりあえず学園に対して何らかの実績を作っといた方がいいと思うのさ」

敵討ちに燃えている取り巻きを前に、女が涼しい顔で続ける。

「そこでさ、あいつらの掃討役、譲ってあげる」

女がとんでもない事を言い出した。とんでもないのはそのスカートの短さだけで充分だっつーの。

「あんただったら軽いもんだろ? ま、あたしがやってもいいんだけど。どうする?」

嘲り等は一切ない、純粋な厚意の塊である事がその笑みから理解できた。生徒会長とやらがよお分からんけど、入学できる可能性が上がるというボーナスは大いに結構。しかし生身の人間と闘うのはちょっと大人気ないというか、危険というか、味気ないというか。正直言えば敬遠したい。

ただ、あいつらの相手をこの女に任せるのは不安なのも事実。いきなり人体急所に的確な蹴り食らわせるような女に残りを任せて、もし取り返しのつかない事になったら、多分今後一生オレは悪夢に苛まれると思う。オレなら、得物壊してちょっと脅して後遺症が出ない程度の攻撃で済ませられる筈だ。それに、元々は引き連れてきたオレの責任でもある。

仕方ない、やるしかないか。

「…ご厚意に甘えさせて貰うよ」

「うん、頑張んな」

女はオレの肩を叩くとシンテンオウの隣に移動してしゃがみ、あんたの飼い主って白いねー、と語りかけ出した。スカートがマジギリギリ。アホウ

「いてまえやこらー!」

遂に痺れを切らした奴らが鉄パイプを振りかぶって走ってきた。相手は5人。遅い。

時間が惜しいしさっさと終わらせようと思ったが、この機会に改造結果を確かめて見ようと思い直す。得物が同じなので動かずにおき、奴らの振り下ろす攻撃をわざと食らった。

右手甲、右肩、右こめかみ、左首元、左肩に鉄パイプが勢いよく叩きつけられたが、まあお察しの攻撃なので全く痛みを感じない。逆に5人全員が青い顔でオレを見てきたので、恐怖を演出するために薄ら笑うと伸ばした両手でそれぞれ鉄パイプを掴み、さっきと同じように握力だけでひしゃげさせた。

それだけで奴らは悲鳴をあげて一斉に飛び退く。攻撃が効かない事に加え、武器を砕かれたのだから大分戦意が削がれたようだ。後ろから、もっと派手にやってもいいんだよ〜、とか聞こえてきたけど無視しておく。

しかし奴らの目から完全に戦意が奪えていない事に気付き、周りに被害が及ぶようなアクションをとる前にとりあえずこの5人は気絶させる事にしよう。

「へぶっ」

一人の懐に素早く踏み込むと腕の力だけの右掌底を腹部へ放ち、

「ごっ」

そのまま横の奴の顎を下から同じく右掌底で打ち上げ、

「あがぁ」

鉄パイプを振りかぶった奴の首筋へ手刀を浴びせて、

「ざあぎ」

殴りかかってきた奴の拳を避けて頭部を手の甲で払い、

「ぇっ」

逃げようと背を向けた最後の一人の首へ腕を回し、きゅっと締めた。力の抜けた体を離すと、他の4人も同時に崩れ落ちる。タイムは5秒33。

おお、やるじゃんか〜、と女が囃し立てる。

動いた感じ、出力の調整具合をチェックしたが不備はなかった。

「…各部問題なし。ありがとう、父さん」

許さんけど。

後ろから、あ、起きた、という声が聞こえたので前を向くと、取り巻きの制止を振り切ってエルドが立ち上がっていた。

「…て、てめ、この、や…」

肩を大きく動かし、目の焦点が合っておらず、足は大きく大地に踏み込んでいないと立っていられない程のダメージを負って。

いや、オレのせいじゃないけど。

「諦めてよ」

痛々しい姿からそう言ってやると、エルドは歯を剥き出しにして笑う。

「…お、オレは諦めの悪い奴だからなあ…! それに仲間やられて、このまま…!」

取り巻きから奪った鉄パイプを引きずりながらオレの前まで来ると、息を大きく吐きながら両手で振りかぶる。歯を食いしばって唾を飲み込み、震える体に鞭打つと腰を捻った。

「くらえやっ!」

恨みの篭った一撃が放たれ、風切り音と共にさっきよりも数段上の衝撃が顔面に集中し、合金がぶつかり合う音が響いた。

「…ぇ」

確かな手応えに浮かべた脂汗だらけの笑みを段々と凍りつかせていくエルド。その手から途中でへし曲がった鉄パイプがするりと溢れた。

オレにダメージは全くなかった。多分顔面に打撃痕一つない筈だ。当然だけどな。

「効いてな…い…」

それがエルドの最後の言葉だった。死力を尽くしたフルスイングだったらしく、エルドの体から力が失われて白目を向いて倒れ伏すと、オレの体がガクンと揺れる。

「揺るぎないね…」

意識がなくなったエルドの体は咄嗟に動いてオレの足首を掴んでおり、大した根性だと思う素直な気持ちが口から賞賛として零れていた。

「エルドさあーん‼︎」

しゃがんでエルドの手を離してやると、残りの取り巻き連中が我先にと走ってきたが、女がオレにありがとさんと礼を述べて前に歩みでた。

「さっさと帰んな。次はジンノがいる時に来るこったね」

取り巻き連中は覚えてろー、と捨て台詞を残すと気絶した計6人をなんとかかかえてエアバイクを蒸し、そのまま校門から出て行った。持ち主のいないエアバイク6台と、鉄パイプ何本かを残したまま。

「大丈夫かい?」

ふん、と鼻を鳴らした女は、喧騒がすっかり冷めた空間に二人っきりとなった途端そう聞いてきたので、オレはエルドの鉄パイプを受け止めた左頬を見せつけてやる。

「大丈夫そうさね」

女が目を閉じて、にこやかに笑った。



いつの間にか隣に来ていたクラスメイトのマコトが、一部始終を収めたカメラを下げた。そこへ、隣の窓から校門前の『バトルステージ』の経緯を同じく見届けていたクラスメイトのホウコが声を掛ける。

「マコト君、あいつら知ってますか?」

逃げ帰っていくヤンキー集団の事を聞くと、マコトはその質問に答えるようにポケットから付箋だらけの手帳を取り出して赤い付箋を辿った。

「あいつらは確か…トシロで有名なヤンキー集団「武神ぶしん」。あの長髪のリーダーの名前はエルドで、在学校はシンエイ高校」

写真家で情報収集が趣味の彼の事、当然知っていた。ホウコはヘッドセットに付けたイヤホンマイクに手を触れさせたまま、窓からバトルステージを伺う。

「じゃあ…」

そこでは我らが四神の一人、キツと、途中で乱入した得体の知れない何かが会話していた。

鉄のような暗銀色の髪、不自然なほど白い肌、赤いロングコート、それより濁った生気の乏しい紅い瞳の四白眼、何故か付き従う異様な配色の赤いアホウドリ。

「あっちの奴は…何?」

マコトはページをめくり、眉間に皺を寄せながらペンで何かを書き綴る。

「んー、さっきエルドがブラッディアルバトロスって言ってたから、多分そうじゃないかな」

「ブラッディアルバトロス?」

ホウコには聞きなれない異名だったが、マコトもそうらしかった。特徴をまとめた手帳を閉じると角で眉間をさすった。

「コウキュウの方では名の通ったヤンキーだったらしいけど、こっちじゃあまり聞かないもんね。噂は色々聞くけど」

「情報はなし、と」

そう聞いたホウコはそいつから目を離すことはなくなった。キツが隣にいるとはいえ、その容姿はどこか不自然で安心する確証は得られない。

麒麟きりん、どうします?」

「こちらでも確認しています。朱雀すざくが有効的に接していますが、ブラッディアルバトロスの行動を抑制しているだけかもしれません。もし戦闘に入ったら、直ぐに援護をお願いします」

マイクの先にいるシンへ声を掛けると、落ち着いた声が返ってきた。ホウコは了解して屋上に待機させている狙撃部隊隊長の「ヨカズ」へ連絡を取る。

「こちらホウコ。ヨカズ、聞こえますか?」

「こちらヨカズ、聞こえています。屋上にて他の部員と共に待機中」

「今からバトルステージにいる赤コートの男をブラッディアルバトロスと識別。麒麟より命令。朱雀がブラッディアルバトロスと闘う事になったら援護射撃せよ」

「了解…こちらヨカズ、バトルステージに動きあり」

「え? ………朱雀が、案内してる?」

キツがブラッディアルバトロスに微笑みかけ、校舎の方を指差して共にこちらへ歩いてくる姿は、シンにもヨカズにもマコトにも、そう見えた。その時、キツは校舎窓から覗く生徒達の姿を見て、ポケットから携帯端末を取り出すと耳に当てた。慌ててホウコとシンは周波数をキツのものに合わせる。

「こちら朱雀。ブラッディアルバトロスは入学に来た模様。警戒解除して」

のんびりとしたキツの報告が聞こえた。

「麒麟、どうします?」

「朱雀を信じます。ホウコさん、警戒解除と、掃除部へバトルステージの片付けと、遅れましたが5時限目の開始の放送をお願いします」

了解したホウコはダイヤルを校内放送に切り替えた。



ミニスカ女はポッケから携帯端末を取り出し連絡していたので、シンテンオウに帰るまでどこかにいてくれとお願いすると、アホウと鳴いて校舎の上の方に飛んで行く。

ミニスカ女は何故か生徒会室まで案内すると豪語して校舎を回り込むように移動していたが、校舎と塀に囲まれた道に来た時に

「警戒が解除されました。遅くなりましたが5時限目を開始します」

という校内放送が流れて、うっわやっば戻らなきゃとテンパりだした。

「場所だけ教えてくれるなら、オレ1人でいくよ?」

「うーん、それが認証が必要なのさ。現状部外者なあんたじゃどうやっても辿り着けないよ」

さっきのセキュリティーゲートみたいなもんか。あの程度ならハッキングで簡単に開けられると思うけど。

その時、ミニスカ女がオレの後ろに顔見知りを見つけたようで、手を振って微笑んだ。

「お、ヤヨイー! 助かった〜」

オレは反射的に、ゆっくりと振り返る。

水晶モニターにオレとミニスカ女と同じ年頃の少女が、顔を伏せて佇んでいるのが映った。

オレの無機質な白肌とは違う、無垢という言葉がしっくりくる純白の髪を腰まで伸ばし、前髪を綺麗に切り揃えていた。姫カット? だったっけか。

ミニスカ女とは異なる制服を支給されているようで、全体的にふんわりとしている。桜色をベースに所々引っ掻いたような白色の線が散りばめられていた。オレより低いミニスカよりやや低いから、身長は160くらいか。

ヤヨイ、と呼んだ少女に近づくミニスカ。

「? どうしたの?」

項垂れているヤヨイを不思議そうに眺める。その様子から、普段はどこか影のある性格ではないらしい。

「ま、丁度良かったよ。あのブラッディアルバトロスをさあ、生徒会室に…」

「メノン」

唐突にそいつが口を開く。

…………今、オレの名を?

「メノン君、だよね……?」

ヤヨイが顔を静かに上げる。悲壮な、しかし強い決意を秘めた黒曜の瞳がオレを射抜いた。

「…あ、うん。オレ、メノン。ハタカセ メノンだよ」

思えば今日、初めて誰かに自己紹介した。

この子、もしかして昔のオレの知り合いか。すっげぇ可愛いけど…。

ミニスカがオレとヤヨイを交互に見ながら、メノン? え、こいつが? とキョロキョロしている。その反応は、オレの事をヤヨイから聞いていたのだがまさかオレとは思っていなかった、といったところ。やっぱ昔のオレの知り合いっぽい。

「ノン君……」

ヤヨイが全身を小刻みに震えさせながら、ぽつりと何事かを呟いた。

「ノーン君ー‼︎」

「ンダッ」

それまでの強張った雰囲気がその嬌声で弾け飛んだ。ヤヨイはいきなり凄まじい速度で突進してきてオレを抱き枕みたいに抱擁すると、勢いそのままに押し倒す。後頭部から地面に叩きつけられ、柔らかい感触が服越しに伝わる。変な声が出た。

「ノン君改造成功したのだね! 良かった、本当に良かったよおおおお‼︎ おわあぁああぁぁぁあ〜!!」

胸元を見ると、ヤヨイは声を喉の奥から目一杯張り上げながら笑みを絶やさずに泣きじゃくっており、大粒の涙が止め処なく滴っていた。泣き笑い、だがいや、ちょ、待て!

「ま、待って! 落ち着いて、泣き止んで、ちょっと待って!!」

「ごめんね、ボクのせいで…本当にごめんなさいいいいぃぃいいい!!」

突然残っていた笑顔を無くすと、今度は一転して号泣しだした。駄目だ、聞く耳持ってねえ。なんで謝られるのかすら理解できないため、ああ歯痒い。

「へえ〜、ヤヨイの想い人のメノンって、あんただったんだ」

ミニスカがしゃがんでにやにやとこちらを見てくる。ギリギリスカート。

「あぁ、助けてぇ…」

情けない声が出た。強引に引き剥がしてもいいけど、向こうはオレの事知ってるようでそれは忍びない。

「ま、後は頼むよ。あたし授業に遅れちゃうからさ」

「はあっ⁉︎」

軽快に立ち上がったミニスカに、力強い声が出た。それはこの状況で授業優先とか、オレとかヤヨイをこのままとかどういうつもりだとか色々込めたものだったが、ミニスカはその意図を解しているのかいないのか、見返りながらVサインを繰り出した。

「ごゆっくり♩」

「なんでだぁよ⁉︎」

意味が分からん!

しかしオレの言葉は届かなかった。ミニスカの姿が残像を残して消えたからだ。モニターの右下のスピードカウンターに速度が検出され、 353m/sと表示される。マッハ1超えてるけど、なんだあいつ。

「ひっく…ひっく…」

いや、しかしそんなものはどうでもいい。今はこっちの相手だ。

「ヤヨイ…さん」

慟哭が収まってきたので名前を呼ぶと、彼女の震えが止まった。どこか違和感を感じたのだろう。

非常に心苦しいが、真実を告げなければならない。

「オレは確かに、メノンだよ。でも君の知っているメノンじゃないんだ」

ヤヨイが、がばっと顔を上げる。端整な顔が涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。罪悪感+2。

「何があったか分からないんだけどさ、オレは2ヶ月前大破して、頭が4分の1、ボディは半分ほど消し飛んだんだよ」

ヤヨイが顔を制服の袖で擦り、頷く。

「ボディの方は父さんが最終調整の改造と一緒に色々弄ったから問題ないけど、損壊した頭部のブラックボックスはどうしようもなくて。直してもらったけど、詰まってた記憶メモリーの大半がなくなったんだ」

まあ、こればっかりは仕方ない。リプログラミングできない仕様が仇になった感じか。

「だから、ごめん。オレ、君の事を覚えてないんじゃなくて、何一つ知らない。オレは……君の知ってるカノンじゃないよ」

もう一度繰り返し告げると、ヤヨイはゆっくとオレの上から退いた。また顔を伏せたので表情は分からないが、多分失望してるんだろう。

立ち上がり、もう一回謝る。

「ごめ」

「ノン君はノン君だがね」

オレの言葉に被せるように、ヤヨイが言った。

「それに謝るのはボクの方だね。ノン君が破壊されたのは…」

一瞬間を置いて。

「ボクのせいだったのだからね」

「…………はい?」

「だから、もうどうしようもないけど、ごめんなさいっ」

ヤヨイが深々と頭を下げる。

オレがぶっ壊された原因が、彼女のせい?

うぅん、文脈は分かったが要領が得られない。

「えっと…」

色々聞きたい事はあったが、とりあえず。

「オレ、破壊された事は特に気にしてないよ」

ヤヨイが顔を上げる。目元から涙が溢れそうになっていた。

「昔の記憶がないのは不都合だらけだけど、まあまた覚えていけばいいし」

「…昔の友達とか、大切な事とか忘れているのだよ? いいのかね?」

「今のところは困ってないよ。それにオレの事を知ってる友達という奴が、忘れた程度で仲違いするのならその程度の関係だっただけだろうし」

薄い友情には期待しない。ある意味、選別できて助かる。…いたらな。

「だからヤヨイさんも、気にしなくていいよ。それに…」

そう、さっき彼女が言った事をそのまま返す。これが一番重要だ。

「オレはオレだから」

彼女を励ますように微笑んでみる。オレの笑顔はホラー映画の怪物みたいに不気味だから逆効果かもと思ったが、ヤヨイは目元の涙を拭うと鼻水をすすり、歯を見せて笑ってくれた。

「あ、ありがとうね、ノン君」

まだ嗚咽は収まっていない。無理してる感じがひしひしと伝わって来たが、嬉しかった。

「そうだね。ノン君昔より今の方がまともになったものね」

……すっげえ気になる呟きだったけど、蒸し返す感じになるので敢えて尋ねない。

「あ、ニュウタ学園に入学するのだね?」

「うん。受付のとこまで案内してくれる?」

ヤヨイは胸を張り、ハリボテではない笑顔を見せてくれた。

「任せておきたまえ」

そして、右手をオレに差し出した。

握手かと思い、オレは右手袋を外す。不気味な白い手を彼女の手に重ねると、固く握り締めてきた。

「ボクはイキメ ヤヨイ。ヤヨイでいい。今までの分も、これからよろしくね!」

「こちらこそ、よろしくヤヨイ!」

オレもぐっと握り返し、笑い返した。



これが、マシーンロイド(機械のようなもの)と、ヴィエルメーム(生命そのもの)の、再会となった。

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