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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

俺と幼馴染とダンジョン

作者: 桟橋 弥

俺は幼いころから、冒険者になりたいと思っていた。

きっかけは村での祭りに来た吟遊詩人の話を聞いたことだった。話の内容はしっかりと覚えていないがたしかダンジョンに潜り魔物を狩り最深部に辿り着くといったありきたりの話だったと思う。そのとき

「私たちも大人になったら一緒に冒険者になろうね。」

とまだ女らしかった幼馴染と約束したことだけは今でもしっかりと覚えている。



俺たちはこのときの約束通り冒険者になるため二人で体を鍛えたり、ダンジョンに関する本を読んで勉強したりして育った。辛いこともあったが一度もやめようとは考えなかった。俺たちは冒険者になるんだと心の底から信じていたし、何より惚れた女と一緒に同じ目標を目指せるということが嬉しかったからだ。

俺たちが15歳になった10日前、俺も幼馴染も親に冒険者になりたいといったが予想通りに危険だからやめておけと言われ、貯め続けたお小遣いとこっそり行商人から買った剣を持って逃げるように村を去りダンジョンが近くにあるという町へと向かった。

町へ向かう途中幼馴染とともに夢を語り合った。私たち二人の名を国中に響かせようなどと絵空事をいう幼馴染の話を聞いているとなんだか実現できるような気がした。



昨日初めて町の入り口に立った時の感動はすさまじかった。見たこともないほどの沢山の人々、立ち並ぶ様々な店々、そして何より強そうな武器と固そうな防具に身を包んだ冒険者たちを見た時にはもしかしたら自分は吟遊詩人の話の世界に紛れ込んでしまったのではないかと考えてしまったほどだ。幼馴染もすごいすごいとしか言わなくなってしまい二人そろって道のど真ん中で立ち止まり荷車を押したおっさんに邪魔だと怒鳴られるまで一歩も動けなかった。



初日は道行く冒険者に話を聞いて情報を集めることにした。大半の冒険者は親切な人で、どんな魔物がいるとかおすすめの武器屋の場所など様々なことを教えてくれた。中には

「この町のダンジョンは洞窟で寒いぞ。だから防寒着を持っていけ。」

と言い初対面の俺たちに毛皮のコートを買ってくれた気前のいい人もいた。   

俺たちもあの冒険者のようにいつか新人に毛皮のコート買ってやろうと幼馴染と誓い昨日は宿で旅の疲れを癒した。



街について二日目の今日、俺たちはついにダンジョンに潜ることにし買ってもらったコートと剣を持って意気揚々と宿を出発した。すれ違う他の冒険者の装備を見ると俺も早くあんな装備をしたいとがぜんやる気に満ち溢れいつもよりも大きな歩幅でダンジョンへの道を急いだ。

ダンジョンの入り口に着くと中から担架に乗せられた血だるまになった冒険者らしき男が出てきた。彼は、左足がなく何かに食いちぎられたのか飛び出したはらわたを必死に腹の中に戻そうとしていた。

それを見た瞬間俺はようやく現実を明確に飲み込み恐怖した。いや、気づいてはいたが気づかないふりをしていただけかもしれない。自分たちがこれから行く場所は、物語のように花々しい場所ではないということを。俺が次に担架に乗せられる人間になるのではないかと。そう考えると不安で胃が押しつぶされるような感覚に陥り足がすくんだ。

幼馴染は、俺の不安げな様子に気づいたのか

「ビビってんじゃねぇよ。私たちなら絶対大丈夫だ、あんなに努力をしてきたじゃないか。」

と背中を痛いほどたたきながら俺を励ましてくれた。俺もそんな幼馴染に負けないように当たり前だろと強がりを言いながら最大限の作り笑いでそれに答えダンジョン内へ足を進めた。



ダンジョンの中は予想より寒く、そして広かった。洞窟だと聞いていたからてっきり人一人が通るのがやっとの道かと思ったが5人並んでも歩けるほどの広さがあり、天井も高かく品種は分からないが光るコケらしきものが生えていてたいまつも必要ないぐらい明るかった。

入り口付近で立ち止まりしばらく洞窟の内部を観察した後、

「コートがあって、助かったな。」

と話しながら俺たちは内部へと足を進めた。途中道は何本にも分かれていたが他の冒険者が書いた矢印があったため迷うことはないだろう。10分ほど進むと1メートルほどの蜘蛛のような魔物と遭遇した。

「ラクネアだ。本で見た。1金貨ぐらいで売れるぞ。」

幼馴染が親切にも教えてくれたが俺も同じ本を穴が開くほど読んだからそんなことは知っている。

「説明はいいからさっさと構えろ。」

そう言い終わる前にラクネアが俺の方に突っ込んできた。一瞬恐怖で体が硬直したが、長年の特訓のおかげかすぐに剣をふるうことができた。右から左へと振るった剣は頭部の一部と右前足にあたりラクネアはバランスを崩した。その隙を幼馴染は見過ごさず頭胸部と腹部の間に剣を差し込み半ば無理矢理ラクネアの体を二つに分けた。頭胸部だけとなったラクネアは逃げようと足を動かしていたがすぐにそれは止まった。こうして俺たちの人生初の魔物討伐は時間にして10秒ほどで終わった。



あっけない。

これが、最初に浮かんだ感想だった。安堵でもなく喜びでもなく興奮でもなくこれが最初に浮かんだ。ラクネアには神経毒があり、それが奥の手だったはずだったがこいつはそれを見せることもなく死んだのである。俺は現実には物語のように激しい攻防戦などないということを学んだ。俺がそんなことを考えていると

「なぁに難しい顔してんだ。さっさと解体しようぜ。」

幼馴染は白い息を吐きながら嬉しそうにそう言ってきた。

俺は分かってるよと言いながら不思議と寂しさを感じた。後々になって考えてみれば、今まで同じ夢を見て一緒に努力してきた幼馴染とこんなにも考えの違いがあること気づいたからだったのかもしれない。



解体といっても売り物になる腹部だけにする作業だからいらない部分を削り取ってすぐに終わった。ここで今まで一度も考えたことがなかった問題に直面した。この腹部が直径50センチぐらいあり、かなり邪魔であるということである。運ぶためには最低でも片手は取られてしまう。そんな状態で、戦闘になったらかなり危険である。背負い籠でも持ってくればよかった。もうちょっとだけ奥に進みたいと駄々をこねる幼馴染をなんとか説得し、俺たちはいったん外に出ることにした。



外に出てすぐのところで買い取りをしている商人がいたのでラクネアを金貨に変えた。金貨になったのを見て俺はようやく魔物を倒したという喜びが湧いてきて頬が緩んだ。しばらく休憩してからまた潜るか一度町まで戻って背負い籠でも買いに行くかと幼馴染と相談していると空の荷車を引きダンジョンの中に入ろうとする男と出会った。男は俺たちに気が付くと

「おお、ちょうどいい。あんたらこの荷車を引いて俺についてきてくれないか? やってくれたら一人金貨5枚支払おう。」

と男は言った。俺が信用してもよいのだろうかと考え始めた直後に幼馴染は、

「やります!」

と勝手に元気よく返事をした。はっ倒してやろうかと思った。

「何勝手に決めてんだよ! もう少し、考えてから行動しろよ!」

と説教してやったが、

「悪かったよ。でも金もなくなってきたしお前もやるつもりだったんだろ?」

と言われて何も言い返せなくなった。事実、俺たちの所持金はこのままでは明日には宿代が払えないぐらいに底をつきかけていた。この先のことを考えると多少危険でも今はまとまった金が欲しい。なんだか見透かされているみたいで、腹が立ったから

「そうだよ!」

とやや切れ気味で答えた。



そして俺たちは、男の後ろに続き荷車を引きながら再びダンジョンの奥地へ進み始めた。男は現れたラクネアを倒しながらどんどん進んでいった。40分ぐらい進んだあたりからだろうか。気温はさらに下がり道は倍ほどの広さになりコケの量も急激に増え始めた。そんな洞窟の変化に驚いてきょろきょろしていると、前方に3人ぐらいの人と巨大な何かがいるのが見えた。近づいてみてようやく巨大な何かが分かった。解体された鹿の魔物の死骸だった。正確な大きさは分からないが5メートルは超えているだろう。ここには、こんな化け物がいるのかと度肝を抜かされた。

「よし、乗せられるだけ乗せろ。」

と男に言われ死骸を荷車に乗せた。そして、俺たちは重くなった荷台を引き来た道を戻り始めた。



「ほら、約束の金だ。2枚おまけしといてやる。」

男がそういいながら金貨の入った布袋を幼馴染に投げた。

「ありがとうございます。ところで、あれはいくらぐらいで売れたんですか?」

と気になっていたことを俺は尋ねた。男は、誇らしげに笑いながら

「金貨612枚だ。」

と言った。俺は驚きのあまり体が固まり、横で金貨を数えていた幼馴染は、金貨落とした。金貨600枚と言えばうちの親父の年収ぐらいである。呆然としている俺たちに男は嫌な笑みを浮かべながらさらに続けた。

「いやぁ、ホント助かったよ。ついさっき荷台を引くやつがあれに殺されてな。すぐに代わりを見つけられてよかったよ。」

めまいがした。そんなに危険だと分かっていればついていかなかった。文句をいってやろうかと思ったが、金貨を落として慌てふためいている幼馴染をみたらそんな気も失せてしまった。

世の中うまい話はないもんだとひしひしと感じながら一緒に金貨を拾った。




俺たちが、冒険者になってから3年の月日が流れた。初めて街に来たころとかなり変わった。パーティーは2人から5人なったし、宿暮らしから借家暮らしになった。装備も格段に良くなった。鹿を倒せるようになってからはほぼ毎日狩りに行っていたダンジョンにも月に3回ほどしかいかなくなった。変わらなかったことと言えば、いまだに初日に買ってもらったコートを着ていることと俺と幼馴染との関係ぐらいである。仲間たちからは、

「まだ、付き合ってなかったのかよ。」

「さっさと告白しろよ。」

「羨ましい。死ね。」

と言われるが、魔物を倒す勇気は出てもこれに関してはなかなか勇気が出ない。この前、

「ふ、二人でどこかに行かないか?好きなとこ連れて行ってやるよ。」

と覚悟を決めてデートに誘ったら、

「なら久しぶりに二人でラクネアを狩りに行こうぜ。」

と言われラクネアの体液まみれのデートになった。久しぶりに死にたくなった。仲間たちにそのことを報告したら爆笑された。クソどもが。



「ダンジョンが攻略されたらしい。」

幼馴染が悔しそうにそんな話をしたのは、俺たちがラクネアデートをしてから半年後の冬のことだった。

「なんか額当てをつけたやつがリーダーのパーティーらしい。」

と言っていたが俺はたいして興味がなかった。ダンジョンが攻略されても魔物がやや気性が荒くなるぐらいで、俺たちには大きな実害がないからである。そんなことより次のデートプランを考えることが重要だった。次こそは、ロマンチックなデートにしなければならない。俺は、そのことだけを考え続けた。



ダンジョンが攻略されてから初めて狩りに出た。入り口の所には

「魔物がやや活発化しています。」

と注意書きがしてあった。俺たちは気を付けていこうぜと言いいつものようにダンジョンに潜った。俺はこのとき引き返しておけばと後悔することとなる。



すべてがいつも通りだった。確かに、鹿はいつもよりも気性が荒く感じられたが、二年近く狩り続けている俺たちの敵ではなかった。たいした苦戦をすることもなく鹿を倒すことができた。そして、いつものように解体をして荷車に乗せていると悪寒が走った。最初は、単に寒いからかと思った。だが、すぐに殺気を感じ即座に戦闘態勢に入った。殺気の主である4メートル超える鬣のある虎のような魔物は、ダンジョンの横穴から姿を現した。

「おいおい。マジかよ……。」

思わず声が出てしまった。こいつを見たことはなかったが、すぐになにかは分かった。ダンジョン最深部付近に住む魔物である。



 俺たちは、荷車を囮にして背中を見せない様にじりじりと後退を始めた。戦おうとは微塵も考えなかった。戦えば間違いなく殺されるという嫌な確信があったからだ。呼吸をしっかりしているはずなのに、どんどん息苦しくなる。魔物が俺たちに興味を持ったらどうしよう。生きて帰られるだろうか?ここで死ぬんじゃないだろうか?考えれば考えるほど心臓が握り潰されそうな感覚が走る。気温が0度を下回る環境なのに汗で服が皮膚にくっつく嫌な感触を感じる。剣を握る手に力が入っているのかすらだんだん分からなくなってくる。かつてないほどの恐怖の中俺たちは後退を続けるしかなかった。



 50メートルほど離れた。ここまでくると少しだけ余裕が出て来た。隣の仲間の顔を見る。みんな緊張した顔をしているが、アイコンタクトには答えてくれた。これがどれほど安心できることであったかは言葉にできない。そして、再び顔を前に向ける。魔物はまだ荷車の肉を漁っている。もう大丈夫だろう、そう思った瞬間見たくはない現実が見えた。どこから来たかは知らないが魔物がもう一体現れたのである。そいつは、近くの荷車の肉ではなくこちらの方をまっすぐ見、俺たちの方へとゆっくりと向かってきた。



魔物がどんどん近づいてくる。逃げ出したいのにまるで、地面と足の裏が同化しているみたいに足が動かせない。歯が震えはじめた。涙も出てきた。死にたくない、頭の中がそれ一色に染まる。ついに距離10メートルまで追い詰められたとき、

「うおおおおおおおおおお」

仲間の一人が雄叫びをあげながら、魔物に切りかかった。それが、何か策があっての行動だったのか、ただ気が狂っただけだったのかは分からない。ただ、分かることと言えばそれが無意味な行動であったということだけだった。仲間の剣は、魔物に届かなかった。剣を振るう前に、魔物の前足が仲間の首を叩き落としたからである。頭を無くした体は、血を噴水のようにまき散らしながら2歩進んで倒れた。一瞬の沈黙ののち、

 「逃げろぉ!」

誰かが叫んだ。もしかしたら、俺だったのかもしれない。俺は幼馴染の手を引いて走り出した。



前だけを見て走った。後ろで幼馴染が何か叫んでいるが分からなかった。確かに聞こえてはいるが、それを理解する余裕はなかった。がむしゃらに走った。途中で後ろから、

「がっ」

という短い悲鳴が聞こえ首筋に何か生暖かい液体が付いたが、振り向かなかった。ひたすらに走った。前を走る仲間が突然剣を捨てた。投げ捨てたのではなく、俺の足元を狙ったかのように感じた。よけることもできず、足を取られ俺たちは転んでしまった。振り返ると魔物が目の前にいた。俺は、意味がないだろうと思いながら幼馴染を守るように覆いかぶさり目を閉じ覚悟を決めた。



「っうらあ!」

そんな声と骨が砕ける音が聞こえた。続けて何かが洞窟の壁にぶつかる音もした。恐る恐る瞼を開けると、目をつむり震えている幼馴染がいた。無事でよかったと安堵しながら周りを確認すると顔の半分が潰れ絶命している魔物が見えた。そして、目の前には血だらけの大槌を持つ額当てをした男が立っていた。

 男が誰かは見当がついた。何でここにいるのかまでは分からないが恐らくダンジョンを攻略した冒険者だろう。

「大丈夫か?」

そう言いながら男は手を差し伸べてきた。助かったと思ったら緊張の糸が切れ、男の手を掴むこともなく俺は意識を失った。



目が覚めたら、ダンジョンの入り口だった。横になったまま周りを見ると、目に涙をためた幼馴染と申し訳なさそうな顔をした仲間がいた。仲間は偶然通りかかったあの冒険者一行が俺をここまで運んでくれたこと、仲間が二人死んだこと、そして自分はこの町を去るといったことを端的に話した。

「すまなかった。」

最後に仲間はそういい頭を下げるとどこかへ消えた。幼馴染は、何も言わずに泣きながら俺の横に座っていた。しばらくの間なにも話さずなにも考えなかった。そして、

「夢じゃないよな……。」

そう尋ねると無言で頷いた。

「あいつらは本当に死んだのか?」

幼馴染はしゃくりあげながら、小さく

「うん」

と言った。俺はそうかと答え幼馴染に背を向け静かに泣いた。



その後、俺たちが再びダンジョンに潜ることはなかった。理由はあの偶然のおかげで助かった出来事がトラウマになったことともう一つある。自分たちが、吟遊詩人の話に出てくる特別な存在ではないと実感したからだ。鹿を倒せるようになり、いつかはダンジョン最深部に行けるようになると信じていた。俺たちも物語に主人公になれると思っていた。だが、助けてくれた男の強さを見て諦めてしまった。俺たちではあの領域には生涯辿り着けないと思い心が折れてしまった。それが、もう一つの理由である。




あれから5年たった今、俺は冒険者時代の金と縁を使って街の入り口に小さな雑貨屋を作り商売を営んでいる。街を離れ村に帰らなかったのは、きっとまだ冒険者に未練があるからだろう。だが、どれだけ未練があってもあの場所に再び戻る気は起きなかった。この場所で商売をしていると時々、街の入り口で昔の俺たちの様に立ち止まっている初心者冒険者を見かける。今の楽しみは妻となった幼馴染と一緒に彼らにこう声をかけてやることである。

「ここのダンジョンは寒いぞ。ただでやるからこのコートを持っていけ。」


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