3話 『合コン求ム』前編
{昼、幸楽亭で食おうぜ。ついでに人生相談も}
佐藤が朝起きてスマホの画面を開くと、
白橋からの通知が来ていた。
薄々分かってはいたが思ったとおりのメッセージが来ていて、
佐藤はため息を吐く。
「朝6時に送ってくるなよ。通知音切ってるからいいけどさ」
佐藤はそうぼやくと、9時から始まる講義に出席するために足早に家を出た。
佐藤と白橋は文系の学部なのだが、
カリキュラムでは理系の講義も受けなければならない。
文系の学生の多数は、深くやったところで理解できない分野のため、
高校生でも分かるような浅いところを講義で取り扱う。
そのため教授もあまりやる気はないし、
学生もそれに応じてか講義中ずっとスマホを眺めている。
だがそんな講義でも出席は取られる上、
数回以上休むと問答無用で不可になるシステムなので、
朝に弱い佐藤にとっては苦痛なことこの上ない。
教室に入ると、適当な後ろの方の席に着く。
前の方でスマホを扱うのはなんとなく気まずいからだ。
そもそも講義中にスマホを取り出すべきではないという
常識的な考えは大学に入って1ヶ月で消え失せた。
SNSやいろんなサイトを見ているうちにいつの間にか講義が始まっていた。
マイクは使っているものの、教授はぼそぼそと話すため
彼の声は周囲の学生のヒソヒソ話よりも聞こえづらい。
佐藤は講義中に話すのはさすがにおかしい、と思っていたが
周りに友達がいても話さないか?と問われると強く否定はできなかった。
唐突にLINEの通知が来た。白橋からだ。
{レポート昼までに提出するの忘れてた。昼の幸楽亭はなしで}
午後にも講義がある佐藤は内心ホッとした。
幸楽亭は場所こそ大学のすぐ裏手だが、
おばちゃん1人で切り盛りしているため、料理の提供が著しく遅い。
午前の講義が終わってすぐに行っても
午後の講義に間に合うか微妙なタイミングになる。
食べログのレビューにかかればズタボロにされそうだが、
大学の裏手にあるいかにも学生向けなボロい店を
わざわざレビューする輩はいなかった。
しかし白橋から立て続けにLINEが来た。
{だから3コマが終わったら総合棟のベンチ前で!}
佐藤は少し驚いた。
白橋の『人生相談』はこれまでは夜か、昼食のついでという
形が多かった。ひょっとしたら今回は重大な相談なのかもしれない。
という淡い心配に何度も裏切られている佐藤は非情に返す。
{3コマ終わったら飯塚たちと遊ぶんだけど}
佐藤は大学での数少ない友人、飯塚の所属する麻雀サークル、
『暗黒麻雀会』に数合わせ的に所属していた。
佐藤は友人も少なく、バイト以外は基本的に暇なので
水曜昼からの『定例会』には必ず出席していた。
堅苦しい名前だが、ただ麻雀で遊ぶだけというものである。
しかし佐藤は麻雀ができないため、
佐藤が3コマの講義を終え途中から来るまでは麻雀、
その後はトランプや人生ゲームに興じていた。
{俺も行っていい?その方が好都合かも}
白橋が飯塚たちとの集まりに来たがるとは想定外だった。
大学に入ってからは佐藤以外とはほとんど人付き合いがなかったからだ。
元々人見知りというわけではなかったが、
文系大学生特有のノリを嫌っていたため、
白橋は去年の時点で大学での人間関係の開拓を諦めていたのだ。
{一応飯塚に聞いてみるよ}
飯塚はあっさりOKを出した。
実際、『暗黒麻雀会』の構成人数は5人だったのだが、
1年遊ぶうちにみんな薄々感じていた。
マンネリ化していると。
新メンバーの募集は『暗黒麻雀会』にとって切実な課題だった。
しかし、新入生の歓迎はコミュニケーションを不得手とする
メンバーたちには難しく、
なんとか身内で新しいメンバーを募集できないかと画策していた。
白橋のことは人間関係の開拓を諦めたのを知っていたため誘っていなかったが。
『暗黒麻雀会』の部室は大学の隅にある
サークル棟の3階、一番端にあった。
大体のサークルは木曜日に活動するのだが、
この建物は防音設備など一切なく、
音楽系のサークルの活動と時間が被ると
うるさくて仕方がないので、活動日は水曜日にしていた。
『暗黒麻雀会』と書かれたコピー用紙が貼られた
立て付けの悪いドアを開けると、4人の男が座っていた。
一つの机を囲むようにパイプイスを置き、静かに麻雀をしていた。
「よう、白橋連れてきたぞ」
「ようやく来たか、佐藤。
白橋くんは……一応、はじめましてかな?」
麻雀マットを囲んでいた飯塚が白橋の顔をじっと見る。
飯塚も同じ学科の同級生なので顔こそ知っているものの
面識はほとんどなかった。
「よろしく。飯塚とは仲良くできそうだ」
地味な顔つきの飯塚を見て、他の学科の同級生のようなタイプではないと
判断したのだろう。白橋が手を差し出すと、飯塚もそれに応えガッチリと握手をした。
握手をしたまま飯塚が『暗黒麻雀会』の他のメンバーを紹介する。
「僕の左手に座っているのが吉富、正面が柳川、右手が前原だ。
みんな所属はバラバラなんだけど、みんな中学からの付き合いなんだ」
「よろしく」
飯塚含め4人ともチェックシャツを着ていたが、
別にこれがこのサークルの制服というわけではない。
「ていうか、佐藤って飯塚とそんな仲良かったか?
2人が話してるの見たことねえや。話では聞いてたけど」
「1年の時英語とか外国語で同じ教室だったんだよ。
しかもお前梅雨時とか大学来ないし、その間に遊ぶようになったんだよ」
「じゃあ、2人が来たことだし別の遊びにシフトするか。人数多いしトランプにする?」
飯塚がトランプの箱を取り出そうとすると、白橋がそれを遮る。
「いや、今日は俺の人生相談に協力してもらいたい。
そのために今日ここに来たんだ」
困惑している『暗黒麻雀会』のメンバーに佐藤が説明する。
「ほら、これがあの白橋の『人生相談』だよ。
今日はみんなにも協力してもらいたいらしい」
「ああ、これがあの」
佐藤の一言で一同は納得したような面持ちになった。
「普段俺のことどういう風に言ってんだよ」
「まあ、悪くは言ってないから」
怪訝そうな顔をする白橋を佐藤がなだめる。
「とにかく、相談ってのは何なんだよ。俺以外にも相談するなんて」
「まあみんな聞いてくれ。俺は合コンに行きたい。どうすればいい?」
白橋以外の全員が「はあ?」というような顔になった。
「俺以外ロクに人付き合いもないくせに
なんで合コン行けると思ってるんだよ、
そういうのって友達に紹介してもらうもんだろ」
「だからだよ。こんだけ人がいれば誰か連れて行ってくれないかって」
「このメンツが合コンに行ってるわけないだろ」
「どういうことだよ」
飯塚が反応するが、正論であることを認めたのか、すぐに黙ってしまった。
正直『暗黒麻雀会』のメンバーは合コンに行っているようには見えない。
「俺、今度行くんだけど」
「え?何に?合コン?」
「そりゃそうでしょ、今の文脈の中で言ったんだから」
柳川が自慢げにニヤついている。
反対に、自分を含め似た者同士の集まりだと思っていた飯塚は
驚いた顔をしている。
柳川のニヤついた顔はお世辞にもかっこいいとは言えず、
正直女性と合コンの約束を取り付けられるようには思えなかった。
「柳川、だよね?何とか俺もその中に入れてもらえない?」
「え?今日初対面の相手と合コン行くの?」
「こういうところから人間関係が広がるんだよ」
「自分から拒否してたくせに……」
「うるせっ」
白橋が軽く佐藤に肩パンすると、柳川が口を開く。
「ただ、僕も全員と初対面なんだけど」
「どういうことだよ」
「えーっと……」
柳川の話を整理すると、
『ツイッターで仲良くしていたグループで今度飲みに行くことになった。
ちょうど男と女が3:3で、ちょうど合コンの様な男女比になったので
合コンの様式でやってみることに決まった。でも全員顔は知らない。』
ということだった。
「それはオフ会って言うんじゃ……」
そんな佐藤の指摘を横目に、
吉富と前原はズルいズルいとブーイングをあげ、
飯塚はネットで知り合った人間と会うなんて…と
真面目な中学生の様な注意をしている。
「ただ、一つ問題があって。
男性側で参加予定だった『流星王子』が都合で来れなくなったんだ。
だから変わりに来れる人がいないかなって話になってるんだけど」
白橋の目が一気に輝いた。
「行くよ、行く!時間はいつでもいい。金だってある」
合コンが目の前に近づいたからか、白橋は必死だ。
「実は明日なんだけど、それでも大丈夫ならいいよ。
元々みんな初対面だし、君が代わりに来ても大歓迎だよ!」
こうして白橋の人生初合コンが決まった。