第3章 決着
クライは敵の動きを空中で向き合ってからずっと重視していた…しかし、手元が少し動いたと思った時には、もう遅かった。
クライの目前にはすでに視界を覆うようにして、高魔力の大きな球体が迫っていた。
大きさ、速さ、威力の全てがこれまでの攻撃魔法とは比べ物になら無かった。
それでも、クライは瞬間的に避けられなければ防ぐまでと判断し、今回は全力で例のごとく魔法を吸収するべく、魔剣を自分の前に構えた。
そして、高魔力の大きな球体は引き寄せられるようにクライの魔剣に激突し、途方も無いくらい大きなスパーク音が鳴り響いた。
その瞬間から大きな球体の魔力が少しずつ魔剣に吸収され始めた。全力で魔法の吸収に務めているため、魔力を吸収する速さと吸収できる許容量が上がっている。
一度に吸収できる魔力の量は限界があるのだ。
もし、途中で魔力の吸収が止まったら暴発してしまうため、あまりに多すぎる魔力の吸収は避けるべきなのだ。
しかし、今回は止むを得なく魔力を吸収する形になった。
クライは大きな球体から満ち溢れてる全ての魔力を吸収しまいと、死力を尽くして吸収を続ける。
だがその時、残りわずかで全てを吸収できるというところで胸に激痛が走った。
それと同時に血が大量に吹き出し、一瞬気が遠のいたが、致命傷ではないらしい。
思わず、大声を出して呻きそうになるのを我慢し、なんとか痛みに耐えて吸収をやめなかった。激痛の原因を確かめたかったが今はそれどころでは無かった。ここでやめたら、今までの苦労が水の泡になりこの魔法攻撃に飲み込まれて死ぬか、魔力の暴発によって死ぬからだ。
どちらにせよ死へのカウントダウンは始まっていると思うが。
そして、クライは最後に己の全力をもう一度出し、全ての魔力を吸収し尽くした。
全ての魔力を失った魔法は効力が無くなり、跡形もなく空間に消えていった。
そこでようやく、激痛の元凶を確かめた。
それは、この戦闘で幾度となく目にしてきたダガーだった。
おそらく、決死の思いで魔法の吸収をしているスキをついて敵が投げたのだろう。
しかも、よりによってほぼ急所にダガーが突き刺さっている。
その事実に直面しつつも、敵の気配がする方を見やる。
そこで、クライは愕然とした。なんと、眼前まで迫っていたのだ。つまり、気配は読めるがその気配との距離感が完全に失われていた。
なおかつ、それほど自分が弱っていることを実感した。
「ふふふ…残念でしたわね。うまくいきましたわ」
敵が嬉しさうに微笑んで、苦しそうに胸を抑えるをこちらを見つめて言った。
そこで、さっき言われたことを思い出して言った。
「これが、お前の必勝法とやらか…」
「ええ、そうですわ。でも、少しばかり計算が狂いましたわ」
「それは、良かったな…」
もっとマシな嫌味を言いたかったが、そんな余裕は無かった。
「いいえ、心配は要りませんわ。自分から計算を狂わせましたので」
「心配なんて…してないが」
息絶え絶えにしつつも言い返した。
「本当はあなたの頭にぶん投げて、即刻に絶命させるのも良かったですが、あえて胸に突き刺してギリギリの状態で苦しむあなたを見たかったので…ふふふ」
思わず、息を飲みつつも言葉を返す。
「おしとやかな顔立ちで美人なのに…その性格はマイナスだぞ?」
「褒めたいのか、説教したいのか分かりませんわね」
敵が首をかしげる。
「どっちも違うな…感謝してんだよ。つまり、今の言葉はお礼だな」
「私、あなたに感謝されることしましたか?あなたの身体を傷つけまくったあげく、殺してやろうと思ってただけですわよ」
そこで、素直に自分がお礼をする理由を告げた。
「何言ってんだ?お前はさっき俺を殺せたのに、殺さなかったじゃないか、それのお礼だよ」
敵はハッとなって、少しの間考え込んだ。
しかし、例にならっていつもの冷静な口調で言った。
「一理あるかもしれませんわね。でも、あなたはこれから死ぬのだから弱ってるあなたをぐちゃぐちゃにするのは普通に殺すよりも楽しそうですわ」
そこで、例のごとく不敵な笑みを浮かべた。
「じゃあ、やってみるんだな」
それには明らかな殺意が込められていた。
そのセリフを言い切ると同時にクライは自分の胸に突き刺さっているダガーを引き抜いて思いっきりマナミアに投げた。抜いた時にさらに痛みが身体中を走り気絶しそうになるのをなんとか耐えた。
マナミアはクライの胸に寸前まで刺さっていた自分のダガーが眼前に迫った時にようやく状況を理解した。
敵はまだあきらめていなかったのだ。片腕を反射的に伸ばしてダガーを受け止めたが、目前にクライはいない…マナミアは先ほどの攻撃魔法で全魔力を使ってしまったため、敵の気配が読めない。
こうなれば、残すは自分の戦士としての直感を頼りに戦うしかないのだ。
「上ね!」
そう言うと、マナミアはダガーを強く握りしめて上からの攻撃に備えた。
この時、クライはマナミアの頭上から魔剣を振り下ろそうと急降下しているところだった。
「くらうがいい!」
クライは魔剣が敵に直撃する寸前で大喝した。
「甘いですわね」
マナミアはクライの攻撃を見切るとスッと身体を横にズラして上方からの攻撃を避けた。
クライは攻撃が避けられたものの、勢いは死んでいないので、その勢いに身を任せて地面にぶつかる寸前で身を翻して地上に降り立った。
マナミアもゆっくりと上空から降りてきて、地上に降り立った。
今度は地上で二人が少々距離を開けて向き合う。
「魔力が尽きて気配が読めなくなったか?」
クライが確信ありげに聞く。
「ええ、そうですわ。でも、今のあなたには言われたくありませんね」
「なんだ?気づいていたのか」
クライはそっけなく返した。
敵の気配を読むということは、なにも敵の居場所を知るためや魔力から発せられる波動を感じ取るためのものではない。
気配が読めないというのは、戦士にとって致命的だった。これは、強敵と戦う時ほど重要なことである。なぜなら、相手の気配を読むことで次の攻撃や動きをある程度読めるためだ。実際、敵の気配が読めないと自分の目だけ判断して戦うことになる。それでは、反応スピードが激減してしまい、気配が読める時と比べ圧倒的に不利になってしまう。
「それよりも、まだあきらめてなかったのですのね。やはり、あの時に殺しておくべきでしたわ 」
マナミアにとって後悔なんて感情は過去を振り返ってもあの日以来から忘れていた感情かも知れないが、この時ばかりは後悔していた。
なにせ、自分の命の危機にさらされているからだ。
「そうだ、悔やむがいい。もう二度俺を殺すチャンスはないと思うがいい!行くぞ!」
そう言うと、魔剣を握りしめてこちらに迫ってきた。
そのスピードは今までのスピードよりお世辞にも早いとは言えないものだったが、並の戦士なら何も出来ずにいつの間にか眼前に現れて斬られるようなスピードに変わりは無かった。
そこで、余裕を見せつつ囁くように迫り来る敵に言った。
「あら?普段よりも格段にスピードが落ちていますわよ?」
マナミアはいかに魔力が尽きて、相手の気配が読めなくても、戦いにおける戦士としての感覚だけは失われていなかった。
そして、再び空高くまで飛び上がった。
「お前も大概に力の波動が弱まってるな…次の攻撃で決める!」
そう言われて敵が瞬時にこちらの動きに合わせて止めをぶちかますまいと思いっきり地面を蹴って、こちらに跳躍してくるのがなんとなく分かった。
マナミアは振り返るように下を向いてまだ地上付近の高さにいる敵に急降下しつつ、ダガーに渾身の力を込める。そして、透き通る声でありながら、聞いた者全てが後ずさってしまう声音で言った。
「これが最後です!」
クライの魔剣とマナミアのダガーが空中で激しいスパーク音が鳴り響くとともに激突した。
クライは上方向に向けて、マナミアは下方向に向けたお互いの全力の攻撃は二人の眼前で魔剣とダガーを隔てて止まってしまい、つばぜり合いの状態になった。
その刹那クライは不審に思っていた。
「なぜだ?こっちは両腕で斬りかかっているのに片腕でたやすく止めやがって…」
クライはマナミアを押し返そうと更に力を込める。
そこで、マナミアがこう告げた。
「不幸中の幸い腕力だけは衰えていませんわ。魔法は精神を酷使しますが、筋力の疲労にはあまり影響しませんので。それでも、普段は自分の魔力を使用して筋力などを必要に応じて高めるため、それが出来ずにあなたを殺せないのが残念ですわ」
つばぜり合いのなか悠々と話すマナミア。
そろそろ、限界に近い…いや、すでに限界を超えているかもしれない。だからこそ、ここからの長期戦は避けなければならない。
そう思ったクライはここで捨て身の行動を取った。
なんと、自らダガーを受け止めていた魔剣を外してつばぜり合いの状態を解除したのだ。当然、マナミアのダガーがクライを襲った。
これは、マナミアも全く予期していなかった。
クライの剣が眼前から消えたことで、魔剣を押し返そうとしていた力はその勢いのまま何かの支えを失ったかのように見受けられ、マナミアのダガーはクライの右肩に吸い込まれていった。
そして、クライの右肩から剣先が入っていき、筋肉の繊維やら細かい神経などがミシミシと悲鳴をあげながら切り裂かれいき、しまいには大きくクライの右上半身をえぐった。
返り血でマナミアの顔はほとんどが真っ赤に染まった。
しかし、その刹那クライはただ呆然と斬り裂かれただけでは無い。
分かってはいても、さらなる痛みを覚悟していたが、一瞬あっちの世界に行ってしまったかのように思えるほどの痛みが襲った。
それでも、クライは左腕を前のめりになってバランスを崩した敵の胸元に伸ばした。
「な⁉︎離しなさい!」
マナミアが反射的に、なおかつ動揺して言った。
マナミアはクライから逃れようと必死にもがいているが、クライはマナミアを離さない。
「どこにこんな力が…⁉︎」
驚きを隠さずにマナミアが言い終わったのとほぼ同時にマナミアは身を硬くした。
クライが左腕でマナミアを捉えつつ、もう一方の腕でマナミアの心臓に魔剣を突き刺したのだ。
敵の口元からは吐き出すようにして血が大量に溢れて出てきた。
「ここまでだな…」
敵を掴んでいる左腕を通じて、敵の身体中が一気に硬直したのが伝わってきたところでマナミアを離しつつ呟いた。
それは、崩れ落ちるように地上に落下しき、最後は鈍い音とともに地上に叩きつけられた。
そこで、クライは急激な脱力感に陥った。決定的な瞬間があったその場で魔剣を鞘に戻して静止して止まってしまう。
この時クライは油断していた。これで戦いが終わったと思っていたのだ。
マナミアは地面で仰向けになりながら、自分のほぼ真上の上空にいる敵に息絶え絶えにして言った。
「私が負けるとは思いもしませんでしたわ。ですが、簡単に死ぬわけにはいきません」
そして、自分のダガーに印を結んで何かを念じてから上空の敵にダガーを投げると共に囁いた。
「あなたも死んでください」
不可視のオーラをまとったダガーはクライに向かって大気を震わせながら飛んで行った。
だが、クライはその急激に迫って来るダガーに気づくことが出来た。そう、戦士としての意地とも言える危機察知能力…つまり、直感で迫り来る危険を感じ取れたのだ。
そちらを見やると、以外にも至近距離まで先ほどとは似ても似つかぬ不可視のオーラをまとったダガーが迫っていた。
少し焦ったが、ギリギリで避けた。そう、避けることが出来た。
そのままダガーはクライの横を空を切って過ぎ去るはずだった。
しかし、クライの目と鼻の先でダガーがピタリと静止した。
そして、ダガーから不気味な音と共に魔力が高まるのが嫌でも分かった。
今の状態では魔力を感じ取る事はできないが、なんとなく分かったのだ。なぜなら、ダガーが発している不可視のオーラが急激に強まっていくのだ。
「まさか…」
クライがこのダガーが成しうることを予期した時には、もう遅かった。
ダガーの魔力が暴発して大爆発を起こしたのだ。それは、マナミアの最後の攻撃魔法と同じくらいの威力があった。
爆発した位置が少し上だったので、まともにそれを受けたクライはすざましい勢いで激しい音ともに地面に叩きつけられた。
叩きつけられると同時にさらに何本か骨が折れただろう。
ついでに声なき声を出して呻く。
それでもかろうじて生きているのが奇跡だった。