第1章 感傷
一度投稿しましたが、削除した作品を何章かに分けて投稿することにしました。また、誤字脱字を修正しました。新たに追加された文章もあります。文章力は小説を書いていくにつれて上げていきたいです。
クライは自分の命の危機ともなれば戦う理由が無くても戦う以外に選択肢はない。
マナミアも自分の使命を果たすためにはどんな手段だろうと選ばないだろう。
そんな二人の戦闘が始まってから、今の状態に至るまでに二人は死闘を繰り広げていた。
おそらくだが、どちらかが死ぬまでこの死闘は終わらない。
クライは肉体的疲労、マナミアは精神的疲労の負荷をひどく負っていた。
それでも、この戦闘が終わることはない。どちらかが、負けを認めれば話は別かも知れないが。二人の性格上からして、それは全くと言っていいほど、期待できない。
クライは斬られた下脇腹あたりと左足の刺し傷からくる痛みに耐えながら、冷静に周囲の気配を読んだ。
「気配は三つか…」
現状は姿が見える敵を警戒しながら横目で見据えつつ小さく独白した。
距離にして然程近くはないが、右と左に同じ容姿をした二人の敵がダガーを構えてこちらを伺っていた。
それは、裾の長い燕尾服に似た上衣と、下半身は身体にぴったり張り付いた漆黒のズボンで、さらに構えまでもが全くと言っていいほど同じだった。なおかつ、怜悧な美貌の持ち主でこれまでの戦いの最中には神秘的で達観とした物言いに加えて毒を吐く一面を見せている。
自分はと言うと、いつもの上下がともに黒という、黒づくめの格好であり、戦いなのに防具類のものは一切着用していなかった。
今のところ、攻撃してくる気配はない。だが、いつ攻撃されるか分からないため、路地から感じ取れる姿の見えないもう一つの気配がする方を正面にして自分の魔剣を微かに持ち上げた。
その刹那に何かの合図でもあったかのように、右と左にいた敵が同時にこちらに向かって走り出した。
そのスピードはそこそこ距離があったにもかかわらず、一瞬にして間合いを詰めてしまうほどの驚異のスピードだった。
だが、クライにとってこのスピードはそこまで驚異では無かった。そして、左右から襲いかかる敵に目もくれずに反射的にその攻撃を自分の筋力に物を言わせ、爆発的な瞬発力を見せつけて前方に回避した。その勢いのまま疾風のこどく前方に走り出す。人間とは思えない速さで走る最中クライは不敵な笑みを浮かべてから、何かを理解したかのように呟いた。
「なるほどな…」
そう言って、路地から感じ取れる気配に渾身の力を込めた斬撃を放った。
路地の物影に身を隠していたマナミアは敵の気配が急激に迫ってくるのを察知して、ここは危険だと思わんばかりに大地を蹴って空高く舞い上がった。
結果的にそれは吉と出たのであった。
マナミアが舞い上がった直後にクライが踊りこんで、元いた場所にすざましい威力の斬撃を放ったのだ。
直前にほぼ一瞬にして近辺の建物の屋上ぐらいまで跳躍していたため、それがはっきりと分かった。
しかし、ここでマナミアにとって予期せぬ事態が起こった。
クライは渾身の力を込めて斬撃を放ったが、虚しくも魔剣は空を斬っただけで敵を捉えてはいなかった。
代わりに眼前の三階建ての建物の一階部分が衝撃に耐えられずにほとんど粉々に破壊され、一瞬にして一階部分の大半を失ったため、その建物は崩壊を始めた。
だが、クライは初めの攻撃が避けられるのは予想済みであった。
瞬時に敵を逃すまいと上空に逃げた気配に向かって跳躍して計り知れない筋力に物を言わせて追尾すると、再び渾身の力を込めて斬撃を放った。
さすがにマナミアはこの攻撃は予期していなかっため、不意を突かれてしまい避けることができなかった。
おそらく、マナミアが相当な実力を持っていなかったら、そのまま真っ二つに斬り裂かれていたかも知れないが、彼女の戦士としての直感がそれを阻止した。
無意識のうちにシールドを張りクライの攻撃を防いだのだ。しかし、常人の筋力とは到底思えない剛力による斬撃の威力に耐えられずにシールドが破られてしまう。
それでも、剣筋がずれたおかげで左腕を失ったのみだった。
その直後、鮮血が血しぶきとなって派手な音と共に吹き出して雨のごとく地面に降り注いだ。
命は落とさなかったが、重傷であることには間違えない。
マナミアはあまりの激痛に一瞬呻いたが、左腕を斬り落とされた屈辱感を糧にして気絶しそうになるのを耐えると、さらなる追撃をされないために少し離れた路地に逃げ込んだ。
マナミアレベルの魔力を持っていたとしても、片腕をすぐに治すせるほど治癒魔法は万能じゃない。せいぜい、すぐに治すことができるのは治癒魔法を使う人によるが、ある程度の軽傷までなのだ。大きな傷を治そうとするほど、治癒魔法を使う時に精神を酷使するものだから。また、傷を負ったのが自分の場合、その傷の痛みにも耐えつつ自分の精神を使って治癒魔法を使用するのは困難極まりない。それに、この死闘の中ではそんな時間なんてない事をマナミアはここまでの戦闘で嫌ほど分かっていた。
素早く逃げ込んだ路地に入ると、まず地上に足を降ろして激痛に慣れるのを待ち、建物の壁によしかかった。どうやら敵は追ってきていないようだ。
「片腕を失うなんて…私がここまで追い詰められたのはいつ以来かしら」
自分の記憶をたどっても思い当たる節はすぐに出てこなかった。少しの間、自分の記憶をたどっても目的の記憶にはたどり着けないので、そんな事は今までに一度も無いと断定して自分の記憶を探るのはやめた。
次に周囲の気配を読み始めた。
気配を読むのは戦いにおいて切っても切れない事だからだ。
だが、そこで驚きの事実がマナミアを待っていた。
目と鼻の先から敵の気配が感じ取れ、すぐ近くまで接近しているのが分かった。
驚きのあまり目を見張りよしかかっていた壁から身を起こした。
こんなにも早く自分の居場所が見つかるとは思っていなかったのだ。仮にも自分の気配を完全に消していたにもかかわらずだ。そしてもう一つ、敵が自分の近くにいるのにすぐに気配を読むことができなかったという点。
敵は自分がよしかかっていた建物の角を隔てた先にいるのだろう。
マナミアはそちらを向いてすぐさまダガーを構えた。
すると、自分と敵を隔てた角の向こうから、疲労と不満が混じり合ったような男の声がした。
「やっと気づいたか、少し油断しすぎじゃないか?一応言っておくが、路地にいた(強調)
お前を攻撃したのは勘じゃないからな?」
何故か、路地にいたという部分を強調して男が立て続けに言った。
「ならば、何故あなたは路地にいた私が本物だと分かったのですか…?」
思わず、聞き返してしまった。
「それはだな、お前の…」
そこで、とっさに男の言葉を遮った。
「今分かりましたわ」
「え?分かったの?」
こちらを疑う男の表情が垣間見えた気がした。さらに、の疑問さえも無視して沈着冷静した態度で長々と話し始めた。
「私の分身二人に対してあなた一人という、数の有利を生かそうとして分身は接近戦を挑んでしまったこと。分身ということもあって、これまでの戦闘で接近戦においてあなたに負けていることを知らない。その二つの条件から生まれた私の分身による勝手な 勝利への発想…それが、裏目に出たのね」
ここで一拍おいて、また話し始めた。
「本来、分身は本体と同じ攻撃動作を行うが、本体が攻撃動作または攻撃に繋がる行動を一定時間行わない場合、分身が自分の意思で考えて攻撃を行います。しかし、分身には本体の記憶も無ければ感情も無く、ただ目の前の敵を倒すことしか考えていませんわ。それが、結果として左腕を失う形になったのね」
最後に何かの難問を仮定から証明するかのように続けた。
「つまり、あなたは本体の私なら一度破られた攻撃手段は使わないとどういう訳か確信しており、二人の分身が接近戦を持ち掛けたため路地にいた私が本体だと分かったのですね?」
クライは路地の壁によしかかりながら、腕組みなどをして敵の言葉を長らく我慢強く聞いていた。だが、核心を突かれるような問いかけををされたところで声を出した。
「お前…頭良すぎだろ。片腕を失ってから十秒くらいでそこまでの思考に至るとは…」
すらすらと冷静な口調で自分の考えを読まれているにもかかわらず、褒めたたえる感情が真っ先にこみ上がってしまい、思わずと言わんばかりに敵を褒めてしまう。
「まだあるわ。気配を広範囲にわたって読める相手に本体の私が身を隠して攻撃動作を行わずに、分身なんかに時間稼ぎをさせようとした私がバカだったわね…」
今ので敵が落ち込んでいるのが一瞬にして分かってしまった。先ほどからの冷静な口調に変わり無いが、語尾の部分が少しばかり沈んで聞こえたのだ。
いつもなら、相手が誰であろうとここで励ますのだが、あいにく今は戦闘中なのだ。
そこで、思い出したように建物の角を隔てた先にいる敵に言った。
「お前が分身を使ってくれて助かったよ。そうで無かったら、もっとやばかったと思う。
励ますどころか、逆に嫌味を言った」
実のところ、クライは敵に対して戦闘中に嫌味を言うのが至極当然のことなんだが。
「嫌味を言われた挙句、これ以上に無い屈辱ですわね…」
嫌味を言ったことがしっかり伝わっていたようだ。
「ところでお前が作れる分身は二人までなんだろ?」
その時、敵の気配が一瞬揺らいだのがいとも簡単に分かった。
「一瞬、気配が硬直したぞ?図星か…」
そして、立場が入れ替わったかのように長々と話し始めた。
「俺は分身を使う戦士が作れるであろう分身の数が最大になった時にどういう訳かその時に感じ取れる気配が本体も合わせて一瞬だけ変わるんだ。つまり、その時に感じ取れた気配の数が分身と本体の合計となるわけだな」
得意げにいい切ったのはいいが、敵の反応があったのは短い沈黙が流れた後だった。
「あなたに教える義理はありませんが、もう隠す必要もありませんわね…そう、私が作れる分身の数は二人までですわ。でも、そんなことはどうでもいいですので、そろそろ無駄話はやめて殺しにかかっていいですか?たった今、あなたを死に追いやる必勝法を思いつきましたので…ふふふ」
敵は最初からどこか嬉しそうに話しつつ、最後にどこかの上品なお嬢様のように笑った。
しかし、殺すよりも無駄話という部分に対して顔をしかめた。
「無駄話ってか…先に質問して会話に発展させたのはお前なんだけどね。俺は別にここまで話そうなんて思ってなかったぞ?」
自分は悪くないと主張するかのように言った。
その刹那、頭上から慣れた気配が漂ってきた。
「この後に及んで不意打ちか?」
問いかけたが答えは返ってこなかった。
クライは気配の正体を瞬時に見破っていた。
敵が魔法を発動する際に起点となる部分から魔法が発動する予兆とも言える気配がある。予兆と言えど、その魔法を発動した戦士が魔力を開放してから魔法が実際に発動されるまでの極わずかな時間だ。
しかし、クライはその予兆を感じ取ると、人間離れした筋力が可能にするでたらめな瞬発力で横に大きく飛んだ。
その直後、クライがよしかかっていたあたりで大爆発が起きた。
爆発に巻き込まれないであろう距離を一瞬で飛んで直撃は回避したが、さすがに爆発の熱によって高温を帯びた爆風には巻き込まれた。
この爆風だけでも、吹き飛ばされてどこかに叩きつけられ骨を折るか、高熱により火傷どころでは済まない怪我を負うだろう。もしくは、その両方の苦痛を味わうことになる。
でも、その話はごく普通の人間の場合だ。
クライの場合、その爆風ぐらいのどかな村を散歩した時に吹きそうな、そよ風となんら変わらない。
仮に今の大爆発が直撃したとしても死ぬことはないどころか、少し呻くだけで平然と立っていられるだろう。それほど、クライにとって軽いものだったというわけだ。
爆風がまだ吹き荒れる中、クライは敵の気配を見失っていない。
どうやら、攻撃を避けている間に路地を抜け出して、大通りに出たようだ。
極わずかだが、少しでも自分から注意をそらすために範囲の広い攻撃魔法を避けている間に距離を置くというとこまでは、クライの予想通りだった。なぜなら、敵はさらに奥の路地に逃げると考えていたからだ。
「何故だ?」
当然の疑問だった。
本来なら戦闘において、接近戦は障害が少ない広々とした空間の方が有利なのだ。反対に複雑な路地のように障害が多いところでは、接近戦では相手を捉えにくい。それに比べて魔法攻撃の場合は広範囲に攻撃が及ぶため、移動範囲が少々狭まる路地などでは攻撃が避けずらくなる。
なのにクライの予想に反し、大通りから魔法を得意とする敵の気配がするのだ。
クライが不審に思っていると、どこからともなく声が聞こえてきた。
第1章から第4章まではクライとマナミアの死闘による物語ですが、第5章からは違う人物をメインにした物語になります。