蝉を避ける七月
【7】
七月最後には前期最後のテストが終わり、浮足立った教室の中、いつもの二人と話をする。話題は自然に帰省の話となる。
ハーマイオニーは終わった直後なのに、自己採点に余念がない。
一方のロンにあたる彼は手帳を確認しながら顔をしかめる。彼は長身をかがめて僕達に自分の手帳を見せてくれた。ほぼ全ての日付の欄の右上にはバの字。
バイトのバというのは聞かなくてもわかる。彼はその内バイトに殺されるのではないかと心配になる。
「あーあこれ帰れないな。その前に電車代も危ういぐらいだし。お前らは?」
「私はそうね、帰らないかも」
僕も同様だと告げる。帰れるなら帰ればいいのにと言うロンの言葉に、彼女は曖昧に笑って立ち上がった。
先生の所に行ってくると足早に去っていく。同様にロンもバイトだと去っていった。
バスに乗ると研人さんが既に乗っていた。晶君は発表が近いらしく、しばらく学校に閉じこもるだろうという話をする。
対する研人さんはお盆や贈答シーズンの生産ラインが工場で組まれたので、自分は工場に缶づめらしい。
「夏休みの予定は? バイト以外はどこにも行かないんですか?」
「ない。ああ、教授とデートしたり機械と遊んだり」
そのくせ成果は芳しくない、すこぶるだ。
研人さんはうんざりしたかのように窓に顔を打ち付けた。そして、ああでも結婚式に参加するのだと言って、さらにうんざりした顔になる。
「同級生の結婚式だ。この歳だとそう珍しくもない」
「出会いがあるかもしれませんよ。絶好のポイントでしょう」
研人さんは肩をすくめた。僕も口にはしてみたけれど、式場で陽気に誰かを口説く研人さんが想像できない。
せいぜいシニカルな笑みで毒のある軽口を叩くぐらいだ。
「学問の世界が広がるにつれ、俺の人の輪が狭まる。ニフェに、シマに、シアル。ほらもう、手のひら大」
研人さんは右手を広げて窓硝子にぴたりとつける。指紋の皺が窓に反射して僕にも見えた。
研人さんの手は僕よりも一回り大きいように見えた。節くれてくたびれている男の人の手だ。
「前から気になっていたんですが、その、ニフェとかってなんですか」
ここでバスは工場街にたどり着き、僕らは暑い外に吐き出される。蝉がそこここの街路樹の間を盛んに飛びまわっている。
弾丸のようで、僕はその内正面から額の辺りを蝉に打ち抜かれる気がしてならない。ズキュン。僕の死因は夏の蝉。それぐらい生きがいい。
研人さんは汗を拭きながら僕の一歩後ろを歩いている。そして小さく、ニフェはと僕に話してくれた。
「ニフェ、君であり俺であり、他の全て。その周りをそれぞれのシマが取り巻く。俺や晶が君のシマで、君や晶は俺のシマさ。そして俺達はシアルを知らない。シアルの向こう側も、知らない。誰しもがそうさ。例外はない」
僕は卵を想像する。黄身はニフェ、白身がシマ、殻がシアル。そういうことなのかと聞くと、研人さんはいいイメージだと褒めてくれた。
それから僕は分岐点で研人さんと別れ、長い坂を登って下って、少し昇る。
暑さが堪える季節になった。蝉が僕の頭の上を、重そうに滑空する。
工房棟の中にいると、蝉の声がしないことに気がついた。なるべく外に出たくないので、今日はバックヤードから金平糖を出して、瓶に入れる作業をする。
受付の奥にある食物専用の机に座って、薬包紙を使って入れていく。
手作りといっても流石にスタッフはプロであるので、既製品のコルクのふたがはまらないという事故はない。
色の偏りが無いように気をつけて、欠けた金平糖は寄り分けられて、後で僕や工房スタッフの口に入る。
そうして作業していると、涼しい顔をした女子高生が入ってくる。琢海さんのライバルだ。
一方の琢海さんはというと、汗をびっしょりかきながら練習室から降りて来るところだった。
二人は僕の前で会釈をして、彼女は上に、琢海さんは僕にサイダーを頼んで外に出る。
二人がいなくなると、今度は絵の具で汚れたエプロンをつけたオーナーと、カメラマンとインタビュアーの二人がオーナーの部屋から出て、入り口の前で別れる。
僕は記帳を開いて絵画工房の来客の欄にチェックを入れる。
オーナーは疲れたといって、金平糖を一瓶注文する。僕は補充して正解だったなと思いながらオーナーにシンプルな透明の小瓶を渡した。
オーナーは受け取るとその場でポンとコルクを外し、一粒、日向の色をした金平糖を口に含んだ。
「やはりそこの金平糖は格別だ。ひやりと冷たくて、なにより、色がいい」
これは短い夏の日差しの色だ。オーナーはそう言って、橙色の粒を僕の手のひらに茶目っ気のある仕草で乗せた。
僕はそれを口に含み、棘の端を奥歯でカリッと噛んでみた。砕けた粒がほろりと溶ける。
「夏は短いが、しかし春も秋も短い」
「しかし冬もこれといって長いとは感じません。僕はですが」
オーナーの言葉に、僕はそう答えてみる。
君の生まれはどこだね。神奈川です。そうか私はな、北海道なのだよ。
「思い出は大抵白い。氷の色なのだ。それでも私も長いとは感じない」
奇遇だのう。オーナーはそう言って年寄りぶって自分の工房に戻った。
夏休みは見学客や体験客が多いため、補充した物品も飛ぶように売れる。中でも人気はデザインの違う金平糖入りの小瓶であり、補充した半数はその日のうちに売れてしまう。
僕は帳簿を付けつつバックヤードを確認し、硝子工房に瓶の補充を頼みに行く。頼めばすぐ出来るものではなく、注文後何日かしないと来ないのだ。特に休みの最中は皆客の相手で手いっぱいになる。
僕はゴールデンウィークに一度瓶を切らして注意されていた。用心に越したことはない。
「すみません、バイトの古賀です。物品の補充書をお持ちしました」
僕は二階の扉を開いてそう声をかけてみたが、皆それぞれ手いっぱいで、声を揃えて少々お待ち下さいと返された。
見学客がその息の合い方に笑っている。僕は工房のレジの横のスタッフ用の椅子にかけて、工房の中を見回してみる。
この工房はワンフロアを三つの部屋に仕切っている。一つは入り口を入ってすぐの今僕がいる受付がある部屋。ここは工房棟の構造上一番広く、いくつかの大きな机があり、ここでバーナーを卓上に置いて作業するクラフトグラスが作られている。
見学客が行っているのもクラフトグラスで、皆思い思いの色硝子で動物や植物の細工物づくりの指導を受けている。
今日は月に何度かある、クラフトグラスのクラスがあって混雑している。習っているのはいわゆる有閑マダム達だ。
その奥には硝子で仕切られた部屋があり、吹き硝子に使う窯が並んでいる。その部屋の奥にあるのは原材料などが置かれるバックヤードだ。
由磨さんは有閑マダムの一団の中心で楽しそうに教えていて、素敵ね、綺麗ねと愛おしそうに全員それぞれの細工を撫でていた。
しかしそうそう全員が上手くいくほど、世の中出来てはいない。少しひしゃげたガーベラの細工物を持った有閑マダムが、眉を下げて照れ笑いをしていた。
由磨さんはそれを慎重に取り上げて、白髪染めで甘そうな色に染まった持ち主のマダムの髪に添える。それは髪飾りの飾りとしてつくられたもののようだ。
「あら素敵です。いい色じゃないですか。カーヴィーな線も味ですよ」
カーヴィーとは最近になって聞くようになった言葉だ。
最近そんな言葉が多い。僕が大人になったからそういう謎の言葉に触れることが増えたのか、それともやはり、不思議な言葉がぽつぽつどこからかいきなり世の中に降ってくるのか。
僕は欠伸を噛み殺して、謎のカーヴィーな線を持っているらしいガーベラから目を離した。そのガーベラは僕が先程食べた金平糖の色であった。
そのことに思い至った頃に担当のスタッフがやってきて、ようやく僕の注文書を受理してくれた。
アパートに帰ると、メールが来ていたのに気がつく。ロンからの一斉送信メールで、学科の集中講義の知らせが書いてあった。
知らせてくれたことへの感謝の旨を返信すると、直後に電話がかかってくる。彼はまどろっこしくメールを待つのがあまり好きではなかったと僕は思い出す。
それにしたって電話するの一言ぐらい添えていてもいいと思う。
「さっさと出ろよ古賀」
「なんだよ。ありがとうって言っただろ。要件は?」
質問があるんだ、とロンは突然前置きをする。僕は彼を待つ。単位は欲しいがバイトがあるから出席を頼むとか、そんな辺りだろうか。
それにしても沈黙が長い。早く電話に出ろと急かしたのは向こうであるのに。しばらくして彼は、質問、ともう一度言った。
「お前、学費足りなかったら、どうする?」
「奨学金で凌ぐか、バイトキツいのやるか、とか? まあでも親に泣きつくな」
「湊ぐらい頭よかったら、免除もあるけど、まあ俺には無理だな」
湊というのはハーマイオニーの名字だ。しかし彼女も彼女で最近あまり調子が良くないとぼやいている。
電話の向こうで彼は、聞いては見たが結局は選択肢は一つしかない。そう言ってまた少し間を置いた。
僕は携帯電話の彼の声が聞こえてくる辺りから、なにかもやもやとどす黒いオーラが流れて来る気がして、少し電話を自分から離した。だから、と彼は続ける。
「時給換算で四千円。一日五時間週二日。単純計算、月十二万。手当付き」
随分割がいい。僕はじわじわ這い上がる嫌な予感が核心に変わった。
何のバイトかと聞いてみても、彼は答えようとしない。少し堅い声で、聞いているのはこっちだと言うだけだった。
碌なバイトではない。それぐらいは僕にだってわかる。地方都市だが物価がそれ程高い街でもないのだ。破格の値段だ。
「なあ古賀、お前学ぶって何だと思う」
いきなりなんだよ、と笑おうとも思ったが出来なかった。口元が妙にひり付いていた。
僕は自分が受話器を持つ反対の手で、机の角を握りしめていることに気がつく。何も彼は死ぬわけではないのにだ。
それにしても、学びの意味だなんて。そういう問答は彼ではなくてハーマイオニーの分野だとばかり思っていたのだが。
そして多くの大学生と同じように惰性で入学した僕にそんな問題、答えられる訳がない。少なくとも今現在の僕の頭の中の持ちあわせにはない。
好きだから、興味があるから、その分野に進みたいから。しかし電話の向こうの彼は、そういう場当たり的な答えを欲して僕に電話をしてきたのだろうか。何故。
「僕にはわからない。何だって思ってるんだよ、そっちこそ」
彼は黙ったままであった。進退極まった状態なのだろうなとそこで僕は握っていた机の角を離した。掌が白くなって、指先が少し冷たかった。
僕は惰性で生きていけるが、彼は違うのだろう。僕とは異なる、あらゆる特質の違いから。
「ああ、まあなんでもない。やるしかねえしな、もう。ごめん。じゃあな」
彼はそう言って電話を切った。彼は謎のバイトをするのだろうな、と僕は漠然と思った。
彼は僕に天秤を求めたのだ。学ぶ価値とバイトですり減らすだろう己の価値を、僕に無慈悲に天秤にかけて欲しかったのだ。
バイト魔の彼が躊躇するような内容だ。僕の世界の外側にある話なのだろう。研人さんで言う、シアルの話だ。
話にあった集中授業にはいつもの二人が来ていた。教室も同じ場所であったので、僕らはいつもの場所に座り、蝉の声に耳を塞ぐ。
うんざりしたように一番窓側に座っているロンがぼやく。
「おい今日、うるさすぎじゃねえの」
「一週間しか生きないんだろ、蝉。我慢したら」
僕の返答にハーマイオニーが首を振る。朝風呂だったのか、僅かに揺れた髪からシャンプーの香りがした。少し青めの林檎の香りだった。
「野生の蝉は一カ月は生きるわよ。蝉は飼育が難しくて、そこから来た俗説」
彼女は自分の肩掛け鞄を少し漁って、おろしたてのノートを引きずり出す。ぱりっと糊のきいたシャツのように、角がぴっと立っていた。
一方のロンは、学期中に使っていたノートをさかさまにして使うつもりらしい。一カ月か、と彼は呟いた。
「一カ月しかないなら、我慢してやるか」
「僕はかえって我慢できなくなるよ。一カ月って、結構じゃないか?」
彼は僕を見て少し考えている様子だった。自分の考えを補強する事例でも探しているのだろう。
彼は蝉の合唱の間に挟み込むようにして言った。至極真面目な顔であった。
「俺は夏休みの宿題、一カ月じゃ終わらん」
九月一日に間に合わずに、二日辺りに滑りこみアウトなのだ、いつも。彼はそう言って角の丸くなったノートの、既に汚れているページの隅に今日の日付を記入した。
そこでくたびれたおじさんが教室に入ってきて教壇に立った。くたびれたおじさんは先生になる。
僕は授業が始まると彼のノートの左側に、あのバイトは、と書いた。彼は口頭で、今日からだと言った。
くたびれたおじさんの声帯からはテノール歌手っぽいよく通る声がして、その声は教室の丁度中心を通って線を引いている感じがする。右と左に分かたれる教室。
【8】
授業が終わるとバイトである。今日も今日とて工房棟は夏の掻き入れ時であった。
僕は車で来た客の誘導や庭掃除に勤しんでいた。時々蝉の死骸が落ちているのをそっと箒で隅に寄せたり、水をまいたりする。
夕方になると客足が減り、僕はバックヤードで物品の補充をする。するとガシャガシャと不穏な音が裏庭から聞こえた。僕は慌ててバックヤードから飛び出す。
すると三階から同じように慌てて琢海さんが駆け下りてきた。僕らは階段前でぶつかりそうになる。
しかしそう思っていたのは僕だけのようで、琢海さんはどうも僕の前に立ちふさがっているようであった。僕は少し焦る。
「ちょっと、なんですか」
「ああ、何ていうかその。ええとだな。あれ、姉さんが硝子割ってる音なんだ」
だから怒らないでくれ、と琢海さんは眉を下げた。説明になっているようでなっていない。
琢海さんは陶芸家が失敗作を割るようなものだ、と説明した。そしてその時の由磨さんにはあまり近づいて欲しくない、と。
「いやいや、一見の価値ありだ。結希、行って来い」
そう言いながらオーナーが、自分の部屋から出て来る。作品の依頼に応じたらしく、ここのところオーナーは製作に勤しんでいる。
ナイスアシストだ。僕は少し見てみたかった。
オーナーの許可が出たならと、琢海さんはしぶしぶ引きさがり、三階に戻っていく。このやりとりの間にも、硝子の音は成り止まない。
「怒り狂ったりするほど由磨は子供ではない。残念なことにね。少なくとも常識を備える程度に利口さ」
客が引き上げるまで待つぐらい。オーナーは至極残念そうにそう言った。感情を昂ぶらせる由磨さんを見てみたいと言うようにも取れる。
そうオーナーに言ってみると、激昂する女性は世の中で最も美しいものの一つだと、口髭を揺らした。彼はやはり仙人だ。
一方の僕はというと、激昂する女性なんて、母ぐらいしか見たことがない。
激昂といっても僕には母に激しく叱られるという記憶がない。僕の母は、気の弱い女であった。
「知らないのかい結希。怒った女性の頬は、なんともいえない紅色でね。あの色は男には出せない」
君も女性を激昂させられるような男になるといい。オーナーはそう言って銀髪をなびかせて自分の部屋に戻っていく。
自分の祖父以上の年の人間に、男の魅力で負けるというのは、なんというか奥歯がきりきり痛むような感覚だった。
単純に悔しいが、若いころはさぞ色男であったのだろう。晶君も割かし整った上品な顔をしている。
気を取り直して裏庭に行くと、由磨さんは林のほうを向いて丁度金槌を振り下ろすところだった。
琢海さんが陶芸家という例えを使ったから、僕はてっきり由磨さんは地面に硝子を叩きつけていると思ったのだ。
しかし考えてみれば、裏庭の土はふかふかしていて、叩きつけて物を壊すという用途には適していなさそうだ。そして僕の前で由磨さんは硝子を壊した。
欠片はぱっと飛び散るんじゃないかと思ったが、由磨さんの背中越しに見えた硝子は思いの外厚手のもので、ぐしゃりとひしゃげてから、自重で崩れる感じで形を失った。
「一応ね、新聞紙は敷いてあるのよ……」
由磨さんはこちらを振り向くことなく僕に話しかけた。
僕は由磨さんの近くに立って、彼女の頬をそっと窺って見る。しかし由磨さんを照らしている夕日が赤くて、本当の由磨さんの頬の色はわからなかった。
じっと見ると、白い頬に生えている産毛がわかる。桃の産毛のようだと思った。触ったらちくりとするのだろうか。
由磨さんは少し首を後ろに逸らして、僕と視線を交わす。僕の不躾な視線を由磨さんは意に介さないようだった。
「ほら、ちゃんと軍手もしているでしょう」
由磨さんは金槌を地面に置いて僕に向き直ると、両手を広げて見せた。真新しい軍手であった。
由磨さんは少し疲れているようだった。そのことを指摘すると、夏はいつもこうなのという答えが返ってくる。やはり夏場に炎を扱うことは辛いのだろうか。夏バテという意味もあるのかもしれない。
由磨さんは、今壊しているのは、秋にオープンする駅前のホテルに飾る大型の花瓶の試作品なのだという。
「試しに小さいのをつくって、そこから色味や強度の計算をするのよ」
今壊したのは一人で持てる程度の大きさだが、本番は大の男三人がかりで持つような大物をつくるのだという。
由磨さんは説明をしながら、もう一度思い定めて、半壊した花瓶に金槌を振り下ろした。
振り下ろしたといってもうまく金槌を使って、握ったほうの腕の肘から下を柳のようにしならせて、最小限の力で割っているという雰囲気であった。
「いつからか、割ることが無性に、楽しく感じることもある、ということに気がついたわ。失敗作、成功作に関わらず」
オレンジと紺のグラデーションだった花瓶は割れて混ざって、紫になった。
オレンジと紺を混ぜて紫になるというのは考えられなかったが、硝子屑は紫にしか見えなかった。
由磨さんはさらに金槌を振り下ろした。硝子はさらに割れる。
細かくなった一片が、由磨さんが広げた新聞紙の領地から飛び出して、脇に立っていた僕の足元に飛んで来た。切れそうに鋭い欠片というよりかは、丸みを帯びた塊のようであった。
「細かく丸く砕ける硝子なの。ほら、ホテルに置くものでしょう。万が一を考えると、安全に済むに越したことはなくてね」
由磨さんは車の正面の窓と横の窓について教えてくれた。
正面の窓に使われる硝子は粘り強い特性を持つもので砕け難く、逆に横の窓は砕けやすくしているらしい。
正面の強靭さは衝突の際に運転者を守り、横のもろさは、車から脱出しなければならない状況の時に役に立つ。そういうことらしい。
僕はそんな説明を聞きながら、足元に散らばった硝子片を摘んだ。色が付いているはずなのに、細かく割れたそれは氷のように冷えた透明さであった。
角度によってそれは僕の指の間で、目を刺すように光って見せたり、影を背負って薄青く色付いて見せたりしてくれた。
「由磨さんって、いつから硝子の仕事をしていたんですか」
「伯父の家が硝子工房でね、高校のときにはもうバイトを始めていたわ。オーナーに出会ったのもその縁。オーナーの紹介で、高校卒業で留学をしてね」
由磨さんは細かく砕けた色とりどりの硝子屑を、新聞紙の上で金槌の柄を使ってぐるぐるとかき混ぜた。僕は持っていた一粒をその渦の中に放り込んだ。
一粒は渦中にのみ込まれて、他と区別がつかなくなった。眺めているとやはり硝子には色がついていて、僕の欠片はどこにいってしまったのだろうかと、撹拌される渦を眺めた。
由磨さんはひとしきりかき混ぜて満足したのか、横に置いてあった緑の大皿を新しい新聞紙の上に置いた。それから、これはスパッと割れるから、だから少し後ろに下がっていて欲しいと言った。
「久々に、失敗したわ。なんというかこう、醜い」
醜いという言葉を日常会話で聞くことはめったにない。
僕は少し後ろで醜いと呟いた由磨さんの首元辺りで跳ねている髪の先を見ていた。いつかのように、僕の喉奥がぞわぞわとした。悲哀の気配であった。僕はその喉奥の震えを飲み込んだ。
「醜いだなんて。ひしゃげたガーベラだって褒められるのに、由磨さん」
「自分のは違うのよ。それに私、これでもポリシーがあってね」
ガシャンというよりは、カンと堅く甲高い音で、緑の大皿は割れた。
後ろから見ている限り由磨さんの腕はちっとも動いていないように見えた。だから僕はびっくりして、肩を跳ねあげた。
覗きこむと大皿は上手い具合に一対の半月に割れていた。まるで最初から半月の皿が二枚あるようだった。
「素敵なものを素敵、と言えるような人になりたいわ。小難しい難癖を付けて、世の中のいろんな楽しいことを取り上げてしまう人には、なりたくない」
私が素敵だと思ったのはね、ガーベラに寄り添っていた、彼女の微笑んだ瞳だったのよ。由磨さんはそう囁いてもう一度割った。
大皿は派手な音をさせた。にも関わらず僕以外の誰もが気に留めていないようで、窓を開ける人も裏庭にやってくる人もいなかった。
「微笑む人は好きよ。特に目が、笑っている人は。なかなか会えないのよね。目で微笑むことのできる人には」
そう言って笑った由磨さんの顔が、半月だった一片に映り込んでいた。歪んだ皿なのか、由磨さんの目が、楕円に歪んでいた。
由磨さんは割り終えて気がすんだのか、片付けなきゃなあ、と短く息を吐いて立ち上がった。
僕達は二人でせっかくだからと、中庭全体を掃き清めた。
新聞紙を離れて拾い切れない程細かい硝子屑は、由磨さんが庭の白い土に紛れ込ませた。
庭の白い土の中には元から細かいキラキラした石英が入っていたから、誰も気がつかないだろうと、由磨さんは言い訳めいたことを言った。
僕は念のため後から箒をかけておこうと考える。車がパンクしてしまうかもしれない。
掃除を終えて僕は受付に戻る。工房棟の一般開放の時間が終わるので、僕は今日一日の会計を確認する。
ジュースに、細々したグッズ。数と会計は帳簿と狂いはないか。それが終わるとそれぞれの階にいる物品の担当者に報告を済ませる。
今日も順当に済ませ、三階ピアノ教室にいる琢海さんの先生の所に行く。先生は帳簿の確認をして、結構ですと言った。
その部屋には琢海さんもいて、終わったのなら一緒に帰ろうと僕を誘ってくれた。
僕は少し待ってくれるのならと言って、受付やバックヤードの施錠をしに、一階に戻った。
戻った僕と待っていてくれた琢海さんは連れだって、短い坂を下って、長い坂を登って下る。
「今日、音大の外部夏季講習があってな。先生がぴりぴりし始める」
鷹揚な印象の彼の先生には、ぴりぴりといった表現はあまり似合わない。
だが琢海さんは、そういう人こそ抑制するから、抑えが利かなくなって恐ろしいのだと持論を展開する。
「音大の夏季講習は、受験の説明会だ。そこでいろいろな事情を知ったり、なにより今年の受験課題の発表が成される。俺も通った道ではあるが」
なあ、音大の志願書には、他の大学と違う欄が一つある。琢海さんは長い坂のところどころに落ちている蝉を慎重に避けながらそう言った。
蝉の何匹はタイヤの下敷きにでもなったのか、黒っぽい体液を滲ませて潰れている。
僕は声こそ上げなかったが、実は既に思いっきり一つを踏みつぶしてしまっている。琢海さんが志願書の問いを僕に投げかけた時だ。
ピアノ歴とかでしょうか、と発された僕の声は、少ししなびて自分の耳に届いた。琢海さんはあっさり、師事している先生の名前の欄だよ。と教えてくれた。
「どこでもそうだ。日本は例外なくそうで、オーストリアもベルリンもそうさ」
芸事の世界は、先生の名前がものを言う。先生のレベルが、おおよその生徒のレベルだからだ。琢海さんはそう言って、今度は前につんのめるようにして蝉を避けた。
工房棟の裏庭から続く雑木林は長く、坂の途中まで続いている。雑木林が多いから蝉が多いわけだ。そしてその雑木林はなにかの工場の敷き地に差し掛かると、ぷつっと途絶える。
「すごい先生なんですか? あの人は」
「全国区ではある。それに現存する最後の三笠派だと言われているし」
一昔前まで、ピアノ界唯一の実力指向と言われていた三笠派。ピアノ界では大成するまでにどうしても、関わって来た人の名や実家の経済力が最後まで付きまとう。
それらを真の意味で取りはらって個人の実力のみに注視して後援をするというのが三笠派。琢海さんはそう僕に教えてくれた。
そしてその教えを受け継ぐ現存の教師というのは、もう琢海さんの先生ぐらいしか名が上がらないらしい。
「もちろん三笠派と名乗る人は他にもいるだろう。ただ、音大を受けるに当たっての力になる程度の名のあるクラスでは、先生が最後という意味だね」
事実、経済力が枷にならないようにという理由で、音大受験の可能なピアノ教室にしては、授業料が破格の低価格だという。
もちろん名家の生まれでもない自分が払い続けるには、大学の授業料と相まってやはり難しいが。琢海さんはさらにそう続けた。
それからまた歩いて蝉のいないアスファルトにたどり着き、僕達はそれぞれほっとする。
しかし太陽は黄昏時になっても未だアスファルトごと僕らを焼く。ただ風が出てきたのか、小売店の軒先の風鈴がいい音を出して揺れていて、僕は少し気分が落ち着いた。
「正義の一派の生き残りってことですか?」
「金のない俺にとってはな。ただ、まあ、やはり正義を貫くのは、どうしても難しいものがある。だから三笠派はもう先生が最後なんだ」
三笠派の中心の一族、三笠家のピアノ奏者達が、何年も前に一家心中を図ったのだ。琢海さんは唸るようにそう言った。
そこで僕達は停留所の前にたどり着き、横にある自販機で冷えたミネラルウォーターを買った。
僕達はそれぞれ疲れていて、濃厚なジュースや刺激の強い炭酸飲料を喉に通すことが出来そうもなかった。
「三笠家はこの辺に縁のある名士の一族でな。芸術をやらない人は代議士や商工会議所のそれなりのポジションに収まるし、やる人は、例えばオーナーなんかも、そこの一族の出身だ」
琢海さんはボトルのキャップを開けて、自分の唇に飲み口をあてがった。
彼は、喉を鳴らして飲んでいるというよりも、自分の胃に注ぎ込んでいるといった感じであっという間に一本を空にした。
「実力主義って恐ろしい考えだ。練習だけが自分を補強する唯一の材料だというのに、その練習はある日来た空前の才能の前に、なかったことになる」
わかるかい。僕は琢海さんの問いかけに首を振る。そんなサバイバルな経験なんて、僕の二十年程度の経験のどこにも存在していない。そういうことにして、僕はもう一度首を振った。
家に戻ると、晶君と研人さんが台所横のテーブルで教科書を広げて議論していた。
真面目で熱の入った議論であるように見えたので、僕は邪魔にならないように二人の横を通り過ぎて共同の浴室にシャワーを浴びに行った。
日焼けをしていたのか、腕の辺りに異常に水が染みる。泡を流して目をやると、真っ赤に腫れ上がっていた。洗顔の時も同様に染みた。
僕は少し考えてから、由磨さんを眺めていた時だろうかと思い至る。あの時は既に夕方だったから焼けるとは思えなかったが、しかしそれぐらいしか僕には思いつかない。暑さも感じられなかったのに。
シャワーから戻ってくると、二人は汗を流しながら教科書を片手にぐったりしていた。
廊下は風の通り道であったが、今日のように暑い日は流石に風があっても暑い。 議論は決着したのか二人は黙っている。僕は冷蔵庫から安売りしていたポカリの大きなボトルを出して、自分のコップに注ぎいれて飲んだ。
コップはあっという間に汗をかいたので、今日の湿度は割と高かったのかもしれない。ただ温度も高かったから気がつかなかった。
議論を終えたらしい二人は、それぞれ自分のコップを僕に突きだしてきた。僕は二人のコップにそれぞれポカリを注いでやった。二人は同じように乾いた顔をして、それを飲み干した。
「ずいぶん焼けたな」
晶君が僕の顔をまじまじと見てそう呟く。そして議論を中止しようという意思表示のつもりか、研人さんが横から手を伸ばして晶君の教科書を閉じた。
書き込みがたくさんしてあり、ふせんもあれこれついている。僕も自分のコップにもう一杯ポカリを注ぎいれる。
「夕日で日焼けってあると思う? 僕が外に居たのは夕方だったのに」
「多少はあるんじゃないか? 本には西日焼けがあるから、あるのかも」
西日で本が焼けて痛むことを西日焼けという。だから西日の射す頃、気を遣う本屋は西の窓だけを閉めるのだ、と晶君は教えてくれた。行きつけの古本屋で聞いたのだそうだ。
「焼けたら駄目なの?」
「俺は気にならないけれど、色白好きじゃないか、日本人は」
研人さんはそんなことを言いながら、冷蔵庫を開けて夕食の準備を始める。
研人さんは、今日はもやしと豆腐と大根とソルトリーフのサラダだから食べて行けと言う。晶君は返事をしながら片付けを始め、僕は聞き慣れない野菜に首を傾げながらカップ麺の準備をして、お湯を沸かす。
研人さんは硝子のボールにごま油と酢を入れて、泡だて器で少し撹拌してから、こりこりとゆっくり胡椒を挽く。
ミルは木製で焦げたような茶色で、そこから液体の中に黒や白の欠片がぱらぱら降って沈んでいく。ホワイトペッパーにブラックペッパーだ。
「このボール、由磨がつくってくれたんだ。俺が中学生だった頃だなあ」
研人さんは泡だて器でボールの縁をカンカンと叩く。泡だて器はよく見ると縁が一カ所欠けていた。
僕は沸いたお湯をカップ麺に注ぎ込んで蓋を閉じる。研人さんはドレッシングをつくっているらしく、乾燥玉ねぎの粉砕チップや得体の知れない不思議な粉をボールに投入している。
晶君は部屋の中で何事かやっているのか、なかなか出て来る気配はなかった。
「その頃から料理が趣味だったんですか?」
「まあそうだな。琢海もあの頃はもう気が狂ったみたいにピアノ馬鹿で、ほっといたらあいつ、飯も食わなくて。だから実益も兼ねていた」
ピアノを弾くあいつの口に、特製のおにぎりを突っ込んだこともある。研人さんはそう言って目を細めて笑った。
ドレッシングをつくり終わったらしく、ちょうどいいタイミングで茹であがった野菜を盛りつけて、謎のソルトリーフを白いサラダの上に散らした。
ソルトリーフは一見木に生えるような葉っぱのような形であったが、しかし表面に無数の水膨れがあるという珍妙な外見をしていた。白一色に緑が映える一皿に、研人さんは特製ドレッシングをかける。
「由磨さんはご飯作らなかったんですか?」
「作れなかったんだよ。もうバイト三昧だったしな。俺と由磨で半々で受け持つ形で、あいつに飯を食わせていた」
研人さんはドレッシングをつくったボールを洗うと、ソルトリーフを気にしている僕を少し笑って、食ってみろと皿を指した。僕はカップ麺の蓋を開けて、取り皿を出す。
「あいつ家にピアノ無くて、学校でピアノ借りて弾いていたんだ。それも音楽室は放課後ブラバンが使うからな。体育館のピアノ、バスケ部とバレー部が活動している中で弾いていた。シュールだったさ」
最初の一年は笑いものだったさ。でもあいつは結局ちゃんと音楽のできる学校に入って、最終的には音大さ。
研人さんはそう話すと、そういえば味見をしていなかったと、皿の縁についたドレッシングを親指ですくって舐め取った。そして顔をしかめる。胡椒を入れ過ぎたようだ。
晶君はまだ部屋から出てこない。研人さんは時計を確認してから、気にしないで先に食べていよう、と言った。
僕達は辛いドレッシングで謎のソルトリーフの入った白いサラダを食べる。ソルトリーフは名前の通りにほんのりしょっぱくて、柔らかくさくさくした歯ごたえだった。
研人さんはソルトリーフの入っているパックを読み上げた。
「海の近くで育つ野菜で、塩分をいくらか吸収する性質があるらしい。その水膨れみたいなとこに貯めてあるんだな」
ドレッシングは確かに辛かったが、淡白な味のものばかりで、どういうわけか大根もとても甘かったため、その内ドレッシングの辛さも気にならなくなって来た。研人さんにそう伝えると、研人さんはにやりと笑った。
そうやって食べ進めていると、二階からふらふらと琢海さんが風呂に入りに降りてきた。研人さんは琢海さんに二度一緒に食べるように勧めたが、琢海さんは首を横に振った。
「随分、白いサラダじゃあないか?」
「米だって真っ白だろう。サラダが白くていけない理屈はない」
研人さんはそう言って、琢海さんの口に大根とソルトリーフで出来た一山を手慣れたような素早い動きでを突っ込んだ。
琢海さんも結局ゆっくりいい音を立てて咀嚼した。それから胡椒の辛さにむせて、小さく一つ咳をした。
「そんなしょぼくれた顔をするなら、飯ぐらい食いやがれ。死ぬぞ」
「ああ、そうかもしれない。ピアノに殺されるのかもしれないな」
琢海さんは自分の発言に笑ったが、研人さんが何も言わずに首を振る。琢海さんはそれを見て一言、失言だったと零すと、今度こそ浴室に入っていった。
僕は自分の唇がほんの少しだが震えたのを自覚して、むせた振りをして下を向き、冷めたラーメンをすすった。
一方の研人さんは晶君が来ないと見たのか、僕の取り皿に残りのサラダを取り分けて、皿洗いに立つ。
「確かにあいつがピアノを始めた時期は遅い。普通なら八歳には始めるらしいが、あいつは十歳だ。ピアノもない。でも芸大に入れているじゃないか」
あいつはそういう意味ではまだ夢が破れたことのない勝者なのだ。研人さんはそうぼやいて乱暴に皿を洗った。
そうしていると晶君が部屋から出てきた。研人さんはチラリと時計を見た。
「食べてしまったぞ。レア野菜ソルトリーフ。なかなか美味かった」
「それは残念なことをしましたね」
晶君はさらりと受け流して、研人さんの座っていた席に座った。しかしすぐに立ち上がって冷蔵庫を開けると、冷凍ピザを取り出して電子レンジに乱暴に入れた。そして再び僕のほうを向く。
「聞いていたよ殺人ピアノ。知っているかい、ピアノがどんどんピアニストを食べて、成長していくという話があることを」
「成長していくって、大きくなったりするの。鍵盤が増えるとか」
僕の半分茶化したような返答に、晶君はにやりと笑いながら立ち上がる。それから電子レンジを開けてピザを取り出し、素気なく白い皿に乗せる。
研人さんは念入りに皿を洗っているように見えた。
「ピアニストを食べたピアノは、夜な夜な勝手に曲を弾くんだ。ピアノは最初は片手程のレパートリーしかなかったけれど、食べたピアニストの数だけレパートリーが増えていくんだ。面白いだろ」
ミステリーなのかホラーなのかと聞くと、晶君はどっちも同じさ、とピザにパクついた。冷凍の割にバジルの色がやたらに鮮やかなマルゲリータだった。
「お前、ミステリーかホラーかって、一に百を掛けるか、百に一を掛けるかぐらい違うんじゃないのか」
研人さんは布巾で皿についた水滴を拭いながら、そんな野次を飛ばした。僕にはどちらも百にしか思えなかったが、彼らにとってその式は全く違うことのように取り扱われていた。
晶君は少し黙っていたが、やはり同じですよと唇についたソースを舐め取りながら言った。
「その話は最後どうなったの?」
「最後は」
晶君はそこで少し首をひねりながら、どうだったかなと苦笑いした。そして答える気はなかったらしく、またピザを口にした。
「違う。話したいことはピアノのことじゃなくて、琢海さんのことさ」
「なんだ。あの貪欲ピアノ馬鹿にはなにを言っても無駄だろうよ」
研人さんは拭い終わった皿を棚にしまってから、空いている椅子に座って小さなテーブルに肘を付きながら、晶君に話の続きを促した。
晶君はようやくピザを食べ終わり、自分のハンカチで丁寧に口元と指先を拭う。それから研人さんと入れ替わるようにシンクの前に皿を運んだ。
「それで終わりじゃないんですよ。周りにとっては終わりですが、琢海さんにとっては、その後もその人生が続いていくじゃないですか」
だからピアノを弾き続けるしかない。晶君はそう付け加えた。僕は二人に向かって首を傾げて見せる。
「挫折したら、終わりですね」
「なんだってそうさ。ああ、でも、そうじゃないかもしれない」
研人さんは、君も随分厳しいことを言うと僕に向き直って歯を見せた。
晶君は特になにも言うことはなかったようで、一枚の皿をピカピカに洗い上げることに注力していた。
彼ら二人は僕の何倍の時間を掛けて、一枚の皿を洗い続ける人であった。僕はそこで肌の火照りを感じて、冷えたタオルを作ろうと立ち上がった。