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 ――Mr.Unknown 以下の案件を依頼します。


 自宅の仕事用PCに届いたメールにはたったそれだけのメッセージと、一件のURLのリンクが貼り付けられていた。送信者のアドレスはお得意先のもの。会員制のネット通販サービスを提供する企業だが、どうにも優秀なエンジニアに恵まれていないようで、外部の人間である俺に業務を委託するケースが多く見られるちょっと残念な顧客である。URLのリンク先のデータから察するに、個人情報が何者かによって流出させられたらしい。世間に知れたら会社の信用や面子が丸潰れ。そこで、流出した個人情報の回収と、クラッキングをしてきた者の所在を特定してほしいというのが依頼の内容だった。


 いっそのこと潰れてしまった方がいいのではないかというほどの体たらくを晒しているこの企業、しかし依頼は依頼ということで、俺はその案件を引き受けることにした。何より報酬額が素晴らしい。


 ――引き受けさせて頂きます。一時間後にこちらからご連絡を差し上げます。


 返信をして、早速その本題に取り掛かる。


 まずは流出した個人情報の件数の確認。それから情報が行き着いた先の場所の特定。そこにあるPCのスペック、所有者データの洗い出し。こちらがどれだけのスペックを有していれば攻略できるセキュリティかがわかれば、あとは地図を見ながら道を進んでいくように相手のデータベースに潜り込むだけ。囮のセキュリティソフトウェアなんて使うだけ無駄である。一般に知られているソフトウェアなら尚更だ。そこらに流通している品を専門家が突破できない訳がない。専門家の前では囮は囮にもならないのだ。トラップデータには触らず、下手な足跡は残さない。ハードの最深部にまで入り込んでしまえば、あとは必要な情報を鞄に詰め込んで、去り際に爆弾を仕掛けてさようならだ。


 こんなもの、三十分とかからない。


 既に、相手のクラッカーのPCはただの廃棄物になっているだろう。自ら警察や関係各所に居場所を伝えるプレゼントは有効活用されているはず。


 ――依頼の完了を報告致します。報酬の入金確認完了後、改めてご報告させて頂きます。セキュリティのバージョンアップはこちらからのサービスです。不具合がありましたらいつでもご連絡ください。


 やりがいの無い仕事ばかりだ、と思う。


 俺は一時間後に入金確認をした旨のメッセージが自動送信されるようにして、プログラムを終了させた。実際の入金確認は必要ない。お金に関してのやり取りだけは信頼できる顧客であるし、仮に入金がされなかったとしても、俺の催促システムが相手の預金から約束の額を強奪する仕組みになっている。


 先にも後にも、手を焼いた仕事はない。


 毎日、集中力が切れるまで作業をこなすだけ。


 今日もそんなこんなで時刻が午前八時を回り、夜を徹して各種案件の処理をしていた体が眠気を訴え始めた頃だった。


 プライベート専用のPCに一通のメールが届いた。


 お生憎、アドレスを教えてまで連絡を取りたいと思う友人もいない俺には事件だった。セキュリティレベルは仕事以上に力を入れて設定しているプライベートPCには迷惑メールの類も届かない。そんなPCにメールが届くというのは何かの間違いでしかないだろうと思わざるを得なかったのだ。


 恐る恐るといった気持ちで仕事用のPCからプライベートPCへと向き直る。


 メールを開くと、そこにはこんな文面が並んでいた。


 ――世界に平穏をもたらすものは秩序ではない yes or no?


 ――頭脳による思考と心に寄り添う意志こそ世界 yes or no?


 ――真の世界に其方の姿はあるか? yes or no?


 なんだこれはと思うと同時に、このメールの差出人は当然、俺のPCをハッキングしてメールを送り付けてきているのだという事実に意識が向き始める。


 メールにウイルスは検知されていない。なら、この問いに答えていくべきなのだろうか。


 質問にマウスのカーソルを合わせるとリンクが挿入されていることがわかる。何かのアクセスコードのように見えるが、一般でも裏社会でも使われているものではない。


 警戒をしながらも、俺はメールに並ぶ質問に回答していく。


 yes.


 yes.


 yes.


 たったこれだけの回答をしただけなのに、一時間くらい仕事をしていたのではないだろうかという倦怠感がのしかかってきた。回答を進めることでコードが書き換えられたりするのではないかと、トラップの可能性も疑ったのだが、しかし、それほどに気を張っていたというのに、何も起こらない。


 ただの冷やかしか。


 俺がそんなことを思った直後だった。


 ――あなたが 救世主


 メールの文面が勝手に追加された。遠隔で操作されているのかとも考えたが、受信したメールの内容を書き換える操作なんてできる訳がない。


 俺の思考が渦巻いていく中、さらに不可思議な現象が起こる。


 本当に突然だった。


 体がデジタルの点描のように細分化されていく。人間の体は元々ドットでできていたと言われても頷けるほど滑らかに、手が、脚が、変質していく。


 恐怖で喉が張り付く。しかし、身震いも忘れてしまうほどのことが起きたのは、さらにその直後だ。


 指先から感覚が無くなった途端、体を形作っていた点描のその一つ一つがPCのウィンドウに吸い込まれ始めた。


 PCから離れても関係なく、俺の体はデジタルの粒子となってどんどんウィンドウの中に吸い込まれ続ける。


 手足は既に消えた。


 胴だけが宙に浮いている。だが、体の消失は末端から頭部へとせり上がってくるかのように迫る。


「ついにバグりやがったか、俺の人生……」


 ――意識と共にこれまでの運命は途絶え、新たな運命が始まった瞬間だった。

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