ハチミツ
甘く、瑞々しい蜜の香り。私の目には、したたり落ちるハチミツが煌めいて見えた。
どこへ行くの?
誰かが問いかける声がする。どこへ?どこかなんてわからない。私はただ、まっすぐに歩いているだけだから。
ねぇ、どこまで行くの?
どこから聞こえてくるのかわからない。私はただ、前へと歩み進むだけだ。
しばらく歩くと目の前に食卓が広がった。いつか見た朝の風景、皿の上にはトースト、そして小瓶に入ったハチミツ。小さなころ、毎朝目にしていたものだった。
目を覚ました私に、お母さんはおはようと言い、こんがり焼けたトーストにたっぷりとハチミツを塗ってくれた。こぼれおちそうなくらい塗られたハチミツはとても甘く、濃厚な味が口の中いっぱいに広がっていく、幸せな瞬間だった。
その幸せも、ずっと続くと思っていた。
いつしか、ハチミツはパンに塗られなくなっていた。
小瓶の底は日に日に傷が増え、同じくらい、私の体にも痕が残るようになった。
どうして?
私の言葉は届かない。
ねぇ、どうして?
彼女には私の言葉が届いていない。
大好きなハチミツの小瓶をもぎ取って、やさしかった、大好きだった、一番近くにいたヒトの頭へ振り下ろした。
割れた瓶から流れるハチミツは、琥珀色に輝きながら、赤く赤く染まっていった。
どこまで行っても、あの朝の出来事は、私を許してはくれなかった。