第一目標
「これから円卓会議(作戦会議)を始める!!」
ネットで購入したという、研究員用白衣を纏った、我が秋月高等学校科学部部長『 如月 鈴 』が、ボロボロの教壇に立ち、黒板に平手を打った。
ドンッ!という衝撃音とともに、上の方からチョークのカスと埃が一緒になって、部長の頭上、栗色のサラサラとした髪の毛の上に降り注ぐ。
「ゴホッ、ゴホッ!何なんだこの教室は!うわっ、目に、目に入ったじゃんかぁ!」
部長はむせて涙目になりながらも、怒り心頭である。
古くなった校舎を改造して、無理やり造った部室棟だからオンボロなのは仕方がない。
だが、部屋が埃臭いのは、掃除を御座なりにした自分が悪いんじゃないか。
まぁ、掃除をしていなかった俺が言えるような事では無いが。
「・・・・・・と、いう訳で、今日は大掃除をします!」
立ち直った部長は、いつの間にか、バケツと雑巾を手にしていた。
その無駄な行動力には、毎度毎度驚かされるが・・・、
「先輩、質問があります」
俺は手を上げて、部長に問い掛ける。
「うむ、言ってみたまえ」
彼女は腕を組んで、得意げに鼻をうごめかす。
その根拠不明な自信はどこから来るのですか、と言ってやりたい気分だよ、全く。
「まだ、俺しか来ていないんですが、それでもやるんですか?」
そう、今、この部室に存在する部員は、俺と部長の2人なのだ。
部長は、それを鼻で笑う。
「・・・・・・構わん、子供の駄々に付き合っている暇はない。放っておけ」
そして、某司令の如く肘を教卓に乗せ、両手を顔の前で組んだ。
どこからか取り出したのかサングラスも装着済みだ。
「てか、無駄に命かけてますよね!?」
部長は不敵な笑みを漏らす。
どうやら、褒められたのが嬉しいらしい。
いや、今はそんな事どうでも良いんだった。
「話が脱線しかかりましたが、部員がいなければ、作戦会議も掃除も出来ませんよ?」
「問題ない」
「いえ、大有りです。チルドレン達が居ません。ダミーシステムなんて便利な物もありません」
「瀬田、私と一緒に我々の新たな部室を作らないか?」
「だが断る」
きっぱりと宣言してやった。
毎日使う部室だから、綺麗になるに越したことは無い。
だが、普通の教室だった場所の真ん中を横断するように壁を建てて、作った部室は、二人で掃除するにはあまりにも広かった。
「せめて、もう一人くらい、部員を連れてくるべきだと俺は思います」
「そうか、だが、そんな些細な障害で、私の部室清掃計画は阻止出来ぬわ!」
「一番大きな障害は、あなた自身が指揮をとる事にありますがね!」
一喝して問答を終わらせ、俺は嘆息しながら科学部の部室内を見回した。
無駄に広い教室内の真ん中に置かれた、大きなテーブル。
その一角、通称、「アビオニクス・スペース」に我が部唯一のデスクトップパソコンが身構えており、隣には、どっからか拾ってきたのであろうPCパーツが無造作に置かれていた。
どうせ、霧島先輩の持ち物だろう。
これ以上、部室のエントロピーが高くなるのは嫌なので、早く持って帰ってほしい。
それ以外にも、机の上にはお菓子やら本やら書類が大量に散乱している。
もはや、固体状態と言っても過言ではあるまい。
そうそう、さっき部長が言っていたが、何故かこのテーブルにも「円卓」と名前が付けられている。
大方、部長の趣味なんだろうが、その形は、アーサー王もエクスカリバーで角を削りに来るレベルの長方形だ。
そのテーブルに備え付けられている椅子は全部で5つ。
そして、俺が座っている椅子以外の4つの席は空席のままだ。
その内一つは、教壇で「フッ、決まったな。流石は狂気のマッドサイエンティスト」とか自画自賛している部長の席。
残りは遅刻か、絶賛サボり中の部員の席だ。
教室に対して縦に置かれたテーブルの両側に聳え立っているのは、なにやら色々な実験器具が詰まったガラス棚。
窓側にある棚が物理、化学用の実験器具が収納された棚で、廊下側が生物、地学用の棚だ。
この棚が窓の一部を遮っているため、部室は、蛍光灯を点けなければ昼でも薄暗い。
全く厄介極まりない代物だが、部室を三次元的に活用しなければ、物が多すぎて足の踏み場がないレベルまでXY平面を占拠してしまうから、やむを得ない状況なのだ。
「でもさー、みんな遅すぎないかー?」
教卓の裏に隠していた回転する丸椅子に座り、暇そうな部長はクルクル回る。
部長が言うのも納得だ。
HRが終わって、もう、半時間ほど経つというのに、誰も部室に来ないなんて少しおかしい。
まさか・・・・・・っ。
俺は何か虫の知らせのようなものを感じ、俺はあるところを意識を向けた。
「・・・・・・どうしたの、瀬田?」
部長には、それが奇妙な行動に見えたらしい。
「頭、大丈夫?」と言いたげに俺に視線を向けてくる。
部長に変な目で見られるとは、一生の屈辱!
「いや、何でもないです」
ここはひとつ、鎌をかけてみるか。
「・・・・・・ところで部長」
「ん?どした?」
「今日のところは、やっぱり、掃除は止めときませんか?」
「おーおー、いつにも増して消極的な発言だな」
「それでですね、よければこの後、甘いものでも食べに行きませんか?日頃の感謝を込めて、俺が奢りますから」
嘘だけど。
「マジでか!行く行く!」
「いやー、霧島先輩も来ればよかったのになー」
我ながら大根臭い演技だが、取り敢えずはこれで大丈夫だろう。
俺は部室唯一の入り口であるドアを一瞥する。
エサは撒いた。
後は、大物が連れるのを待つだけだ。
鼻歌をうたいつつ、上機嫌で帰る支度を始める部長。
それには目もくれず、俺はただひたすら待った。
ドアの向こうが俄かに騒がしくなった。
急ぎ足で階段を駆け上る、廊下のリノリウムの床を蹴る足音。
それは加速度0、つまりは等速をもって、この部屋に近づいてくる。
そして、勢いよく部室のドアは開かれた。
「私にもkcalを!!」
一人の少女が息を切らしながら、部室の中に躍り込んできた。
「捕まえた」
俺はそれを逃す気は無かった。
「嘘・・・・・・だろ」
「残念ながら本当です、副部長」
彼女は長い黒曜石のような光沢がある髪を振り乱して机に突っ伏しつつ、こちらを恨めしそうに見つめてくる。
その姿は、まるで貞子のようで若干怖い。
「畜生、後輩に裏切られた。もう、私は生きていけない。寝てやるー」
「いやいや、どう考えてもそこは『寝てやるー』じゃないでしょう」
「瀬田よ、何事にも体力は必要なのだぞ?」
「その、あくまでも自分は常識人ですよ、みたいな言い回しは止めてください」
「・・・・・・ぐ~」
「そして、寝ないでください!会話さえ放棄するとか、どんだけ無気力なんですか、あなたは!?」
彼女、『霧島 千歳』は残念美人だ。
ととのった流麗な面持ち、背が高く、スタイルも申し分ない、というのに、その性格、無気力さがすべてを台無しにしている感がある。
死んだ魚のような、生気が感じられない目。
両目の下に蓄えられた隅。
それが彼女が他人に与える第一印象である。
俺もそう思ったし、共通の知り合いも同じようなことを言っていた。
彼女の長所と言ってよさそうな、質感のよさそうな長い黒髪も、本人に聞けば、面倒くさくて切らなかったらこうなった、という、なんとも救いようが無い理由からだった。
しかし、彼女はただ無気力な訳ではない。
自分が楽をするためには、あるいは、自分が消費する労力とそれに見合う対価が得られると判断した時には、俄然とやる気を出す、超合理的人間なのだ。
故に、俺の狂言に誘われた訳である。
して、どのようにして、声が届かない外部から、彼女の脳内で有益だと判断された情報を聞きつけたのか?
階段を上ってきた、となると、彼女は少なくともこの階には居なかった事になる。
まさか、第六感でもあるのではないだろうか。
いいや、違う。
答えはこの部屋の中にある。
「ところで、霧島先輩」
「・・・・・・」
返事がない、ただの怠慢なようだ。
力ないため息が、思わず漏れた。
「部室に盗聴器を仕掛けるのは、もう、止めませんか?」
今度は少し反応があった。
どうやら正解の様だ。
となると、怪しいのは・・・。
「・・・そこのテーブルタップか」
俺はつい最近、ここで見かけるようになったテーブルタップに意識を向けた。
「分かった。少し話そうか、少年よ」
ゆっくりと、気怠そうにだが、確かに霧島先輩は身を起こした。
「で、また、自作したんですか?」
テーブルタップをコンセントから引っこ抜き、自分の席に座る部長の前に置く。
恐らく、この中に小型の盗聴器が仕掛けられている。
如月部長は、何やら小さな声で愚痴を言いながら、それを即座に鞄にしまった。
また、と言うように、霧島さんの盗聴は今回が初めてではない。
彼女は、過去に2回、机の下とPCパーツの中に盗聴器を隠していた前科がある。
ちなみに、2回とも見つかって、部長に没収されていた。
「今回のは高性能だぞ。それだけ小型化しておいて、電波の有効受信範囲は前より広いし音質も改善されている。半径30m以内であらば、このイヤホン型レシーバーで傍受可能なのだ。どうだ、素晴らしいだろう!?」
「ついでにそれも没収!」
部長が、横からそれを勢いよく取り上げる。
「ちょっと待て、鈴!それは万単位の金が掛かった・・・っ!ああ、私の一か月分の食費がぁ・・・っ!」
悲痛な声が聞こえる?
いや、これも自業自得だ。
全く、どうしてこんな人が副部長になれたのか、部長職の人事以上に理解に苦しむ。
あっ、消去法か。