~木VS花~
百花流、無数の花弁を操り、敵を一掃する流派。その歴史は長く、代表的な技である『秘技百花乱舞』は大抵の侍が知っている。中でも現当主は斬れない刀という特殊な刀を持ち、16歳という若さだという。これだけ聞くと何だか弱そうだが、そんなことはない。『百花乱舞』といい、さっきの『合花』といい、当たればただじゃすまないという危険性を孕んでいる。要するに当たらなければいい。と思っていたが、やつの『合花』という技は思いの外速く、左腕をかすめていった。
そのまま闘いは進み、今の状態となった。目の前にはその百花流当主が膝立ちの状態で沈黙を保っている。その背後にはオレの刀が宙に浮いている。これが緑森流の刀の能力で、森のように緑が繁る場では自由に動くことができるのだ。加えて、それを地面に刺すことで木々を操り攻撃することもできる。この刀の能力とオレの自然化を組み合わせて闘う、それが緑森流の本旨だ。そのトリッキーな戦術を前にしては百花流も及ばなかったようだ。彼は背中を斬られ今もうなだれている。
それはそうだ。侍にとって背中に傷を受けるというのは恥なのだ。オレの刀単体の斬撃はさほど威力がないが、彼の心は激しく傷ついているに違いなかった。この勝負、オレの勝ちだ。
緑森流の男は余裕の笑みを浮かべながら「もう一度聞く。刀を渡してくれないか」と言った。
返事はない。やはり心の傷は大きかったようだ。
緑森流の男は刀を自分の手元に戻し、原三の方へ歩いていった。原三のすぐ前にやって来た緑森流は、原三の手から刀を取ろうとした。
その時、声がした。
「なるほど。これが緑森流の力というやつか」
「なっ何!?」
緑森流の男は原三を見た。
「では、今度は吾が百花流がなんたるかを教えてやろう」
原三は体を起こし、刀を振り抜いた。
「秘技『百花乱舞』!」
彼の掛け声とともに幾千の花びらが現れる。緑森流の男は反射的にバックステップし、力をためる。そして、刀を地面に突き立て、木々を操りガードにあてる。と同時に姿を消す。それでも花びらは自分の傍まで来た。地面に刺した刀を抜き、再度バックステップ。
花びらが消え、衝撃に襲われる緑森流の男。彼の体はあっという間に後方遠くまで吹っ飛ばされた。地面にたたき付けられたが柔らかい土であったため、ダメージは軽減されていた。緑森流の男はどこも怪我をしていないことを確認したあとゆっくりと立ち上がった。
「やっぱり。そう簡単には勝たせてくれないか」
緑森流の男は苦々しく呟いた。
よし。なんとか百花乱舞を当てることができたか。
遠くで倒れている緑森流の男が見える。原三は彼を見据えながら立ち上がる。
それにしてもまさか刀が勝手に斬りつけてくるとは。それがやつの刀の能力か。それに加えて樹木を操るあの技。緑森流、まったく、侮れない流派だ。
やがて、緑森流の男も立ち上がり、原三の方を見てくる。しばしの沈黙のあと緑森流の男が口を開いた。
「……お前、なぜ背中を斬られて平気でいられる」
もっともな問いだ。普通侍が背中を斬られたらひどく落ち込んで闘いどころではなくなるだろう。まぁ、斬られていたらの話だが。
「それは吾が斬られていないからだ」
「何!そ、そんなバカな。確かにオレの刀がお前を斬るのを見た」
緑森流の男は驚きを隠さずに言った。
「ああ、だが、それは吾には当たっていなかった。よく見ていればおぬしにも吾が斬られていないと分かっただろう。では、なぜそれを怠ったのか。それは……」
「刀は信頼していたから」
緑森流の男が呟いた。
原三が頷き、答える。
「そういうことだ。確かに侍にとって刀との絆は必須だが、今回はそれが裏目に出たな」
「……そのようだな。だが、勝負はこれからだ」
緑森流の男は剣を構えた。
闘いが再開される。
そう考えた原三は気を引き締めた。刀を握る手にこもる。原三は一歩踏み込もうとした。
すると、「その前に」と緑森流の男が言い出した。
「な、なんだ」
原三が慌てて押しとどまる。
「お前どうやって斬撃を避けた?オレの刀は気配がないはずだ。それなのにお前はその剣に気づいた。なせだ?」
「いや、われは剣には気づいていなかった。吾の刀が気づいたのだ」
そう『神具月』は原三が斬られる直前に原三の背中に花びらを展開し、それを衝撃波に変えることで原三を斬撃から救っていたのだ。
「なるほど。そういうことか。お前は刀に救われたわけか。そして、オレがお前が斬られたと思っていると考え、芝居をうった」
「いや、ただただ背中の痛みを耐えていただけだ」
「……まぁ、何となく分かった。さて、今度こそ再開といこうか」
緑森流の男は剣を構えた緊張感が高まる。
最初に動いたのは原三だった。刀を横に振り、斬撃を放つ。それと同時に地面に刀を刺していた緑森流の男がそれを木々でガードし、今度は木々で攻撃を仕掛けた。先の鋭くなった木々の枝が原三を襲う。
しかし、原三はその動きをすでに見切っていたため、当たらずに済んでいた。周りを見てみると、緑森流の男はまた姿を消していた。
だが、原三は刀を構え、百花乱舞をある方向に技を放つ。その方向とはさっき緑森流のいた方向だった。
花弁はまっすぐ進み地面に炸裂した。すると、そのすぐ横から緑森流の男が飛び出してきた。原三は彼の斬撃を受けながら自分の考えは正しかったようだと思った。緑森流の男のあの技はおそらく刀を地面から抜かない限りとけない。逆にいえば刀が地面からぬければ術はとけ、木々は元に戻るということだ。
原三はさっきまでずっと襲い掛かってくる技を避けていた。すなわちそれは刀がずっと地面に刺さっていることを意味した。つまり、刀は最初刺した位置にある。実際にその方向に放ってみると緑森流の男はわざわざ斬りかかってきた。これはそこに刀があったと示していた。だが、その弱点の発見は大して役に立たなさそうだった。
緑森流の男はすぐに原三から離れ姿を消した。原三は意識を集中して彼を探したがやはり完全に自然に溶け込んでいるらしく見つからない。まもなくして木々が原三を襲ってきた。緑森流の男が例の技を発動したのだろう。原三は次々と迫りくる技を刀で斬ったり、避けたりしてなんとかあしらっていた。
「防戦一方じゃ勝てないぜ」
どこからか声が聞こえてきた。確かにその通りだった。攻めなければ勝負には勝てない。
しかし、原三には策があった。原三の刀『神具月』には斬れないという特徴がある。それだけならただのデメリットでしかなかったが、この刀にはもう一つ大事な特徴があった。
それは斬撃を当てた相手に、斬らない代わりに気の種子を打ち込むことだった。打ち込まれた種子は時間が経つにつれてその力を増していく。そして、種子は原三の意志で開花し、相手に蓄えた力に応じた剣撃を叩きこむ。
つまり、神具月の能力を使えば、一太刀入れて時間さえかせげれば勝てるということだ。
今回の場合、それで倒せなくても技が発動すれば姿を表すはずだから、そこにまた百花乱舞を放てば倒せるだろう。
まぁ、剣技に自信のある原三は、本当はこのような闘い方はしたくなかったが、そうも言ってられないので、仕方なく時間をかせぐことにした。そんな思考のもと、原三はひたすらに技を避けていた。ふと攻撃が止んだ。間髪入れずに緑森流の男が右方から斬りかかってきた。
原三はそれを防ぎ相手に斬り返す。緑森流の男は後ろに跳び、刀を避け右腕を引く。
そして、右腕を振り刀を飛ばした。原三がその刀をはじき、男に斬りかかろうとした。しかし、その直前であることに気づき、うしろをちらりと見る。するとやつの刀はもうすぐそばまで迫ってきていた。
原三は、体勢をわざと崩し、うまく左にそれを避ける。やつの刀はそのままの勢いで地面に刺さる。と同時に木々は刀の支配下に入り、緑森流の男の合図で枝の剣が殺到する。
原三は後方に跳んで間一髪枝から逃れる。周りを見渡すとすでに緑森流の男の姿は消えていた。
原三は舌打ちをした。やつの攻撃は確実に原三の体力を奪っていた。このまま攻められ続けたらいつかはやられる。
それは次の攻撃の時かもしれない……。
原三は一瞬迷ったがすぐに決断し、立ち上がった。刀と心を通わし、原三はゆっくりと刀を鞘に収め始めた。その様子を見ていたのか緑森流の男が怒鳴る。
「何のつもりだ!」
原三はその問いには答えず、刀を収めていく。刀が完全に収まったとき鍔鳴りと共に原三が呟いた。
「百花流 桜刀晩花」
「いったいどうしたんだ。なぜ、急に刀を鞘に収めるんだ?」
緑森流の男が首を傾げた。試しに質問してみたが答えてはくれない。
この行動は降伏を意味しているのか。それとも……何か策があるのか?もしそうなら……。
「見てみたいものだな」
緑森流の男はこの闘いを楽しんでいる節があった。
学校からここまで届くあの技や不意打ちの百花乱舞、そしてなにより自分の得意な森という場所でここまでてこずらされたこと。これらが彼に充実感を与えていた。仕事としてはここでさっさと殺って刀を奪うのが一番いいのだが、サムライとしては原三の策とやらを見ないわけにはいかなかった。
緑森流はしばらく様子を見ることに決め、彼の背後にまわった。ちょうどその時、百花流の刀が鞘に収まり、チンと音を鳴らした。原三も何か言っていたが聞き取れなかった。
ふと、何か体の異変を感じた。
その異変はすぐに発覚した。急に緑森流の男の左腕が斬られたのだ。彼は顔をしかめ、左腕を押さえた。無意識に姿を隠すそして技がとける。
(何が起きた?)
オレの傍には誰もいなかったのになぜ斬られた。わからない。いったいやつはどんな技を放ったんだ?緑森流の男は混乱しながらも、原三に目を移した。いや、目を移す必要などなかった。
原三が百花乱舞の構えで目の前に立っていたのだ。
原三は思惑通りに姿を表してくれた緑森流かね男に百花乱舞を放とうとしていた。発動までにはあと一秒もかからない。
(これならいける。)
そう思ったのもつかの間、緑森流の男は突如木に刀を刺した。不思議に思う間もなくその意味はわかった。
今までの倍、いやそれ以上のスピードで枝の剣が原三に迫ってきたのだ。このまま百花乱舞を放てば、おそらくやつに当たる。だが、その前に自分が枝に貫かれる。
「くそっ」
原三は悪態をつきながら迫りくる枝を薙ぎ払った。緑森流の男に目を向けると彼が剣を構えて立っていた。
今、技を放っても多分避けられるだろう。緑森流の男の木々を操る技は木に刺すことで速射性が増すようだ。それにしても、あの一秒にも満たない時間でその行動がとれるとは彼も熟練した侍だったということか。
そういえばなぜ、彼の左腕しか斬れなかったのだろう。あの百花乱舞は緑森流の男には命中していなかったのか。なら、なぜ腕が斬れる。悩んでいると同じく悩んでいるらしかった緑森流の男がしゃべり出した。
「なるほど。わかったぞ、お前の刀の能力」
「なんだと?」
「お前の刀は一回斬ったところをもう一度時間差で斬ることができるんだ」
……ちょっと間違っている。
まぁ、そう思っているならそれでいい。緑森流の男はしゃべり続けている。
「だが、それもオレに姿を現させたくらいで、結局成果はなかったようだけどな」
……その通りだった。今回の機会を逃したことにより再び戦況は劣勢へと変わっていた。
しかし、ここで諦めるわけにはいかない。このまま戦ってもやつは倒せない。やつはこの地形を得意にしている。
「ならば……」
原三は百花乱舞の構えをした。
「おっと、もうお前の斬撃には当たらないぜ」
緑森流の男が姿を消す。
それでも原三は技を放つ。
「秘技 百花乱舞!」
花びらがまっすぐに飛んでいき木を薙ぎ倒した。
「なんだ、あてずっぽうか。そんなんじゃ、オレは倒せないぞ」
原三は緑森流の言葉をまったく無視して同じ方向に百花乱舞を放つ。花弁はさらに木々を薙ぎ倒した。
緑森流はここでようやく原三の考えに気づく。
「まさか、ここから逃げる気か?」
原三が返事の代わりに三回目の百花乱舞を発動する。
「そうはさせるか」
緑森流の男は剣を地面に刺し、木々を原三に向かわせる。
原三は百花乱舞で切り開いた道を、迫りくる木々をあしらいながら走った。
「ちっ、この技はもう効かないか」
緑森流の男は刀を抜き原三のあとを追った。その間に原三が立て続けに技を放ち、枝がそこら中に散った。原三を逃がしたくない緑森流の男は彼の背中に向かって刀を投げた。
刀は自らの推進力で加速し、すごい速さで原三の方へ突進していった。
あと少しで当たる、というところで原三は止まりしゃがみ込んだ。緑森流の刀はその上を通りすぎていった。勢いがある上に急にしゃがんだので軌道を修正することができなかったのだ。
それでも刀は原三の前をとり、攻撃を仕掛けようとしていた。しかし、それより先に原三は百花乱舞を放っていた。花弁が渦を巻きながら刀に向かう。
「くっ、避けろ」
緑森流の声に従い、刀が空へ舞い上がり彼の手元に戻ってくる。
刀が避けたことにより花弁は直進し、樹木を跳ね飛ばす。
「……見えた」
原三は呟いた。というのも、やっと森の出口が見えてきたからだ。原三はそこに向かって駆けていった。緑森流の男が後を追う。
――そして、彼らはついに森を抜けた。