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サムライ・パニック!  作者: MIHA&SYO
4/11

~平和な時に闇が動く~

 プリントが配られ、先生が去ると皆はもういつもの状態に戻っていた。原三への怒りもほぼ忘れさられていた。四組は他のクラスいわく『熱しやすく、冷めやすい』らしいので、ここはそれがいい面で出たようだった。だが、響花はまだ原三への不満を捨てきれないでいた。響花は後の席に座る原三をちらりと見た。

 真剣な面持ちでプリントに取り組んでいる。響花は意を決して原三に話しかけた。

「ねぇ、樹大君」

「なんだ?」

 原三がプリントから顔をあげて答える。

「刀を学校にいる間だけ私に預けてくれない」

「何故?」

「だって樹大君がそれを持ってるとまた学校の物を壊したり、人を吹っ飛ばしたりしちゃうでしょ」

「…………わかった。預けよう」

 響花は予想外の返答に驚きを隠さずに言った。

「えっ、いいの!?」

「ああ、皆に迷惑をかけるわけにもいかないからな」

 もう十分かけているよ、とツッこむことも忘れ、響花は話を続けた。

「そうじゃなくて、私に預けちゃていいのかってこと。大事なんでしょ、その刀」

「ああ、大事だ。だが、君になら預けても大丈夫そうだ。君は信用できる」

 原三は穏やかな口調で言った。

 思いもかけず褒められた響花は少々慌てながら、「それはどうも」と、とりあえず礼を言った。

響花は刀を受け取り再び前を向いた。だが、すぐにまた後に向き直り、「あの、もう一つ頼みがあるんだけど」

「なんだ?」

「先生に謝って」

「何故?」

「だって、掃除道具入れを壊せるくらいの威力の技を、名前を名乗らなかっただけで生身でぶつけたんだよ」

さっきと同じような会話だったが、原三はわかったとは言ってくれなかった。

「残念だが、それは聞けない」

「えっ、なんで!?」

「彼女はそれだけの過ちをおかしたということだ」

「過ちって。ただ名乗り忘れただけじゃない……」

「名を名乗ることは大事なことだ。無視してはおけぬ」

「…………」

 響花は憤りを覚えた。謝るくらいやってくれてもいいじゃない。確かに名前を名乗るのは大切だけど、こうも頑なに謝罪を拒否するなんて異常だ。いよいよ響花の不満が爆発しそうになった時、何処から現れたのか、いつのまにか隣にミラが立っていた。

「響花、まぁ、落ち着いて。ここは私に任せてよ」

「……うん」

 響花は何とか怒りをおさえこみ、説得をミラに任せることにした。ミラはなかなかの話術を持っていてきっと先生に謝らせてくれると思ったからだ。


「ねぇ、樹大君」

 ミラがさっそく話しかける。

「なんだ、ミ…………いや、本郷」

「あなた、一つ思い違いをしてるわ」

「?」

「先生と生徒では地位が違うのよ」

「…………なんだと」

 原三の表情が固まる。

「つまり、あなたより先生の方が地位が上なの。そりゃ、先生も名乗らないわよ。だって普通、地位が下の人から名前を名乗るんだから」

「…………そ、それは真か?」

「ええ」

「ということは吾は格上の人間を罵倒し斬ったのか」

「うん」

「無礼なのは吾」

「そう」

 原三の顔が真っ青になる。それから原三はヒステリーをおこしたように喚きだした。

「なんということだ。吾はなんて愚かなのだ。先生殿の崇高な考えに気づかずにわれはここぞとばかりに、けなしてまくってしまった。もう旧友にあわせる顔がない。白井、吾に刀をかせ。吾はここで死ぬ」

 響花はまるでミラのように態度が豹変した原三に動揺した。ミラの話術も今回は余計に話をややこしくしてしまったようだった。響花は

「お、落ち着いて。あなたが死んでも誰も喜ばないわよ」

 となだめようとした。その間にミラは響花に小声で謝って、自分の席へ戻っていった。


 …………ミラには少し無責任なところがあったりする。まぁ、彼女も悪気があったわけではないのでよしとすることにした。

 とかなんとかしていると原三が脂汗を浮かべながら

「しかし、吾の所業は決して許されることではないのだ!」と怒鳴った。本当に今にも自害しかねない勢いだ。響花は思いとどまらせようと声をかけた。

「ええ、そうよ。でも、死んだって何も変わらないわ。だから、生きて罪を償って」

 まるで刑事ドラマみたいでおかしかったが今は笑ってもいられない。

「どうやって、罪を償うと言うのだ!?」

 すっかり元気をなくした原三が泣きそうな顔で聞いた。

「謝るのよ。そうすれば許してくれるわ」

「……さっきは吾の所業は許されないと言ったではないか」

 狼狽しててもこういうところは気づくらしい。

「……言ったけど、それは普通の人ならよ。広峰先生は他の人より鈍感で寛大なの」

 響花がそう言ったとき、当の本人が目を覚ましたようでむくりと立ち上がった。

「私、いったい何してたのかしら」と先生が呟く。

「せっ、先生殿」

 原三の血の気がさらに引く。

「ほら、今よ。謝っちゃいなさい」と響花が促す。今日の響花はやたらと積極的なのである。原三は響花の言われるままに広峰先生の前に平伏した。

「さっ、先程は真に申し訳ありませんでした!!!」

「え、あ、君は転校生の」

「樹大原三でございます」

「そう。樹大君、なんで急に謝ってるの?」と広峰先生が不思議そうに聞いた。原三がかしこまりながら答える。

「それは、吾が恐れ多くも目上の方を罵倒した末に斬り飛ばすという愚行を働いてしまったからです」

「ああ、そうだったわね」

「大変都合のいいことを言うようですがどうか吾を、いえ、私を許していただけないでしょうか」

 原三は頭を下げた。

「許すもなにも私は怒ってないわよ」

「それは真ですか?」

「ええ、悪いのは名前を名乗り忘れた私だから」

 広峰先生はそう言ってからふと時計を見た。

「ああっ、もうこんな時間。私、一時間目授業なのよ。早くいかなくちゃ。あっ、その前に教科書とかとりに職員室に戻らないと」

 広峰先生は廊下へと駆け出した。響花と原三も後を追う。原三は去っていく先生の背中に

「お許しいただきありがとうございます!!!」と礼をした。

 原三はしばらくの間、頭をたれていたが、やがてそれを上げ

「白井殿。君の言う通り、このクラスの主は偉大な人だ」

 と言った。

「ええ。…………さて、私の言いたいことはこれでおしまい。自習に戻りましょう」

「ああ」

 二人は清々しい心持ちで教室へと戻っていった。

 この時、誰かに見られていることに、二人は全く気づいていなかった。


 時計を見るとちょうど長針が6を指したところであった。一時間目終了まで残り10分…………。

響花はため息をついた。目の前の自習プリントがさっぱりわからなかったからだ。題名だけはちゃんと書いてあるからわかるが、その内容が響花の理解の域を超えていた。別に響花の頭が悪いというわけではない。それどころか、そのクラスでは賢い部類に入る。要するにあの先生の用意した問題が救いようのないくらい難しいのだ。

(やっぱり、あの先生の問題は手強いわね)

 そう思い、ふと頭を上げ、他の人の様子を見る。どうやら周りのみんなもかなり苦戦しているようだ。中には諦めて居眠りをしているものや、次の授業の宿題を今やっているものもいる。そういえば、樹大君はどうしているだろうと思い振り向くと、そこには目をつぶって瞑想している原三の姿があった。

「樹大君。わからないからって諦めちゃだめだよ」と響花が話しかける。

「いや、もう課題は終わった。なので、吾自身の訓練をしていた。これなら迷惑はかからないだろう」

「えっ……」

 驚いて彼の答案を見てみると、独特の書体でなんと書いてあるかわからなかったがすべての解答がうめられていた。合っているかどうかわからないにしても、この問題の解答はあてずっぽうでうめられるようなものではない。響花は感嘆しながら

「すっ、すごい、全部分かったの?」

「ああ、この文に書いてあることは以前読んだ伝記に類似していたのでな。理解に時間はかからなかった」

「以前読んだって……」

 響花は題名を見返した。

『気と精神、そして宇宙』

 …………いったい彼はどういった伝記を読んだのかしら。響花は首を傾げた。

「間違っているか、吾の答えは?」

 原三が不安顔で言った。まぁ不安顔といっても何となくそう感じただけだが。

「いや、たぶん、合ってると思う」

 まさか、読めないとは言えないので響花はとりあえずそう答えた。

「そうか、ならば良かった。では、吾は修行の続きを」

 原三は安心した様子で瞑想に戻ろうとした。すると、響花が先程新たに浮かんだ疑問を彼にぶつけた。

「ねぇ、この気と精神ってさっきの花びらと関係があるの?」

 静まりかえる教室。いや、教室はもともと静かだったのだが、原三が急に沈黙したため、より鮮明に感じられたのだ。

 原三は険しい顔で

「おぬし、なぜそれを?」

 と聞いた。

「いや、なんとなくなんだけど」

「……そうか」

 再び沈黙する原三。額に汗が浮かんでいる。何か聞いてはいけないことを聞いちゃったのかな。

響花が悩んでいると、原三が低い声で

「頼む、白井。このことは口外しないでくれ」

 と言った。

原三の必死の形相に響花は呼び捨てにされていたことにも気づかず頷いた。

「え、あっ、うん、わかった」

 それから、響花は思いついたように

「あっ、でも、そのかわりにあの花びらについて教えてくれない?川島君は手品とか言っていたけど違うんでしょ?」

 と言った。

「……わかった。だが、ここでは誰かに聞かれるかもしれん。時間があいたときに人気のないところで話そう」

「うん」

 話が終わったとみた原三はまた瞑想に入ろうとしていた。それを響花がまたもや止める。

「待って」

「なんだ?」

「あのね、…………プリント見せてくれない?」

「構わんが、どうしてだ」

 原三は首をひねった。

「えっと、それは…………」響花は口ごもった。響花としてもある程度のプライドがあるので『さっぱりわからないから写す』とは言えなかった。字が読めないのが気掛かりだったがそこには何とかしよう。響花はそう考えていた。

「どうした、急に黙って」

 謎の沈黙に原三が聞いた。

「いえ、なんでも、えっと、何の話だっけ?」

「なぜ、吾のプリントをおぬしが借りるかだ」

「ああ…………。そうだったわね」

 響花の頭がフル回転する。いったいどんな理由だったら彼は納得するだろうか。すべて知識を導入して思慮した結果、響花は

「字が綺麗だから」

という答えを引き出したのだった!


…………わけのわからないことを言ってしまったな。これじゃ、まるわかりだ。響花はやっぱり素直に言おう、と決めて、原三を見据えた。すると、原三は真顔で「本当にそう思うか」と言った。

「うん」

「そうか。なぜ、皆、吾の字を見るとそういうのだろうか」

「……さぁ?」

 たぶん、読めないからでしょう。響花は心の中で呟いた。

「まぁ、いい」

 原三はプリントを響花に渡した。

 響花はこれで白紙の提出は避けられると素直に喜んで

「ありがとう」と微笑んだ。

 それから、前に向き直り、早速解読および転写に入った。

 一方、原三は、彼女の見せた一時の笑顔にどうしてか固まっていた。

 だが、すぐに我に返り、今度こそ本当に瞑想に入っていった三時間目の終わりを告げるチャイムが鳴った。先生が授業をやめ、教室を出る。

 


 どうやら四時間目は体育のようで女子生徒たちが外に出て、男子生徒が着替えを始めた。

 原三も制服を脱ぎ体操服に着替える。授業を受けるにあたっての用意にぬかりはないようだ。ただ三時間目の英語の授業は笑えた。というのも彼は英語というものを知らなかったらしく、一人ずっとアルファベットの勉強をしていたからだ。

「さて、俺も仕事を始めようか」

 その男はそう呟いてから立ち上がった。彼は朝からずっと木の上でひそかに四組の教室をのぞいていた。普通なら木の上になんかいたらすぐに見つかってしまうのだが、彼は自然にとけ込むという特技を持っていた。それによりあの荒々しい方の本郷ミラにも樹大原三にも存在を悟られなかった。

 男は木を利用し、大きく跳躍して割れた窓から教室に飛び込んだ。

 窓が割れていたことは彼にとってうれしい誤算であった。わざわざ窓をかち割ったり、ドアをぶっこわしたりすることなく中に入れたからだ。まぁ、そうはいってもメリットよりデメリットの方が多いことは明らかだった。初日からここまで暴れていてはいつ辞めさせられるかわからない。だから、彼は早く仕事を終わらせなければならなかった。彼は教室に入ると、気配を消してある机の前にやってきた。

 廊下側前から五番目にあるその机の左脇には竹刀袋がかけてあった。

 そう、彼の仕事は樹大原三の刀『神具月<カグツキ>』奪ってくることだった。

彼としてはなるべく平和的に任務を遂行したかったのでクラス全員が教室をでて刀だけが残るこのタイミングを待っていたのだ。ただ、樹大原三がそうそう刀を手放さないと思っていたから、そんなに簡単にはいかないと考えていた。

 しかし、原三は刀を白井響花に預け、なおかつ英語の授業で気落ちしていたのか、刀を教室においていってくれた。これは彼にとっては好都合であった。これで、たった一日で任務を完了できる。

 男は竹刀袋に手を伸ばした。すると、人の話し声が近づいてきた。

「ごめんね、刀持って行くの忘れちゃって」

「いや、吾もあの忌々しい言語のせいで上の空になっていた」

「忌々しきって…………そんなに英語が苦手なの?」

「ああ」

「そう。まぁ、人にはみんな苦手なものがあるんだからそんなに気にしなくていいと思うよ」

「ああ」

 二人はこの教室の前で立ち止まった。声の主は話の内容と声の質からして、白井響花と樹大原三だろう。

 このままでは見つかる。男は窓の外へと跳んだ。

 二人が入ってくる。男は窓の下の地面に着地し、息を殺した。教室からは何も聞こえてこない。男はしばらくじっとしていた。すると、ドアの閉まる音と鍵を閉める音が聞こえた。どうやら侵入はバレていないようだ。しかし、これで刀を盗るチャンスはなくなってしまった。なるべく早く仕事を終わらせたい彼にとっては痛い失敗だった。

 男は立ち上がり窓を見上げた。割れた窓が見える。男はフッと笑ったあと「やっぱり実力行使といくしかないか」と呟いた。

 それから彼は木立の方へ駆けていき、再び姿を隠した。


 響花は内心ハラハラしながら体育の授業を受けていた。男子はサッカー、女子はソフトボールと、お互いにグラウンドで行う球技を習っていた。朝のこともあって、先生にひどいことをしたり、キーパーをボコボコにしてしまうのではないかと、心配していたが別にたいした問題も起きずに終了したので驚き半分安心半分といった感じだった。そして昼休み、着替えがおわり、刀を持って戻ってくると瞑想(?)している原三がいた。

「ごめん、樹大君。待った?」と響花が話し掛けると原三は一瞬体をびくっとさせたあと、「いや、大丈夫だ」と答えた。

「そう。じゃあ、さっきの話の続きをしましょう」

「しかし、ここは人が多い」

「ええ。だから、屋上に行こうよ。そこならあまり人が来ないから」

「うむ、わかった」と原三が頷く。

「あっ、それとせっかくだから屋上でお弁当食べようよ。なかなか良い風吹いてるから気持ちいいと思うよ」

「そうか」

「それじゃあ、行きましょ」

響花はさっさと体操服をしまい、刀とお弁当を持って出ていこうとした。すると原三は「先に行っておいてくれ」

「えっ。どうして?」

「ちょっとな」

「……そう。わかった」

 響花は言われた通りに一人で屋上に向かった。

 屋上は響花が今いる棟の一番上にあった。基本的に生徒の出入りは自由だったが、景色は山と校庭くらいしか見えないのであまり人気はなかった。だけど響花は割と屋上が好きだった。時々吹く強風が連れて来る緑の香りが鼻をくすぐり、髪を揺らすのが何とも言えず、心地好いのだ。

 響花は屋上へのドアを開け、ドア沿いにあるベンチに座った。刀を壁に立てかけお弁当を膝の上に置いた。それから大きく息を吸い込み

「ああ、空気がおいしい」と呟いた。ふと空を見上げると水色の空が広がっている。太陽も明るく響花を照らしていた。

「今日はいい天気ね」と響花は伸びをした。

「それにしても、樹大君、何してるんだろう……」

 響花は屋上のドアを眺めながら言った。


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