~波乱の幕開け~
みんなが教室で騒いでいる頃、噂の転校生は先生と一緒に教室に向かって歩いていた。だが、なぜか異様な空気が彼らを包んでいた。先生の方は今年に初めて担任を任せられた女性で、ぎこちなさはあるが、いたって普通の先生だった。この異様な雰囲気の原因は転校生にこそあった。転校生の見た目は、少し小柄でざんばら髪、顔は整っているのでかっこいい。強いて変なところをあげるのなら、肩から背負っている竹刀袋ぐらいだ。
だが、彼の体全体から出ているオーラには、高校生が持っているあどけなさはまったくなく先生の横を歩いていると先生の方が年下に見えてしまうくらいに圧倒的な存在感があった。そんな転校生に対して先生は、緊張していると思いさっきから「前の学校はよかったか」とか「友達は多かったの」だのと聞いていたが、すべて「ああ」と「いや」といった返事しかかえってこず、先生が困っているとようやく教室の前にたどり着いた。
「ここが君の教室の二年四組です。…………あっ、そういえばまだ名乗っていなかったわね。私の名前は広峰順子、これからよろしくね」
と言って手を差し出したが、転校生はそれを払った。代わりに転校生は「今ごろ気づいたか、愚か者め!」という言葉を先生にあびせた。
先生はいきなりの豹変にあたふたしていたが、その転校生は容赦なく畳み掛ける。
「初対面の人に対してはまず名乗るのが道理。それをせずに話を始めるなど愚の骨頂。そのような人間となぜ握手をしなくてはいけないのだ。おぬしに本当に人を教えることができるのか?」
「え……あの……その……」
と完全に頭の中が真っ白になってる先生に対し転校生は、肩に担いであった竹刀袋から、竹刀ではなく刀を取り出していた。
「おぬしが本当に人を教えることができるのかどうか、吾が見てやろう。……参る!」
転校生が刀を鞘から抜き上段に構える。
そして……
『秘技 百花乱舞<ひゃっからんぶ>』
刀は振り抜かれた。
廊下のどこかから二人分の足音が聞こえる。おそらく広峰先生が転校生をこの教室に導いているのだろう。
結局、転校生はいったいどんな人なのだろうか。川島君の情報では男だということしか分かっていない。まぁ、直にそれも分かるか。
白井響花は廊下側からボーッと外を眺めながら漠然とそんなことを考えていた。今朝は勇気を出して、あのいざこざを止めたため、少し疲れていた。響花が継続して外を眺めていると隣の隣に座っていた川島が彼女に話しかけてきた。
「なぁ、白井」
「なに?川島君」
「あの……さっきはありがとな。おかげで殴られずにすんだ」
と川島はなんか知らないが照れたように小さな声で言った。
「お礼なんて別にいいよ。私はそうしたいからそうしただけだから。それに、私やるときはやる女ってよく言われるんだ」
響花は無邪気な笑いを浮かべながらそう答えた。
「そうか…………。でも、何か困ったことがあったら俺に話せよ。助けてやるから」
川島はなぜか急に顔をそらして言った。
「うん。分かった」
と響花は普通に返事をした。
川島は意外と義理人情にあつい男だった。
ただ、この時はそれだけではなかったのだが……。
何となく話が途切れたので再び窓の外に目を移すと教室のドアの前に広峰先生と肩から竹刀袋をかけた男の子がいた。
あれが転校生か。すると、何やら、転校生が怒りだした。どうやら、広峰先生の自己紹介が遅れたことに腹が立ったらしい。まくし立てる転校生に混乱する広峰先生。響花はその光景を静観していたが、転校生が例の竹刀袋から銀色に光る刀を取り出したことでそんな場合ではなくなった。
「先生が危ない」
響花は急いで教室の後ろのドアから廊下に出ようとした。すると、それに気づいた川島が
「どうした、白井」
と聞いた。
「先生が斬られそうなの」
「なんだって!よくわからないけど、なんかやばそうだな。俺が行くから、白井はここでじっとしてろ」
そう言うと川島は颯爽と廊下に出ていった。それと同時に転校生が『秘技 百花乱舞』と叫び、刀が振り下ろされた。
その瞬間、桜の花弁が現れ斬撃と共に広峰先生のほうに向かった。先生に避ける術はなく、まともに吹っ飛ばされてしまった。ついでに川島も巻き込まれ隣のクラスの方まで飛んでいった。
「ぐはっ」
激しく床に叩きつけられた川島は、ミラに殴られた時と同様に深い闇へと落ちていったのだった…………。一方、響花は川島には目もくれず広峰先生のもとへ駆け寄った。
「先生、大丈夫ですか!?」
返事はなかった。気絶しているようだ。響花は集まってきたクラスメートに先生を頼み、自分は転校生にこのことを問いただしに行った。
今日の響花は実に行動的なのであった。転校生は尚も刀を怖い顔で構えている。
何をそんなに警戒しているのか。ともかく響花は彼に話しかけようとした。だが、その直前で押しとどまり、一呼吸置いてから。
「私は陣東高校 二年四組 風紀委員の白井響花です。よろしく」
と言った。転校生は響花を敵じゃないと理解したのか刀を下げ、
「吾の名は樹大原三<きだいげんぞう>だ。同じ組になるものとして今後ともよろしく頼む」
と答えた。
妙に礼儀正しいのがしゃくに触ったが、とりあえず聞きたいことを尋ねた。
「どうして先生を斬ったの?」
「先生……。ああ、あの女か。あの女は初対面の吾に名を名乗ることを怠った。だから、そんなやつに人を教える能力があるのか試すために斬った。いや、斬ったというのは正しくないな。この刀は斬れない刀で…………」
原三が話し終わる前に響花が口を挟んだ。
「そんなことは別にいいの。私が聞きたいのは斬る必要があったかどうかよ。斬らないで試す方法はいくらでもあるでしょ」
原三は少し考慮したのち、
「思い付かないがな」
と言った。
「そう。じゃあ、もういい」
響花は呆れた様子で教室に戻ろうとした。だが、響花はもう一度原三のほうを向き、
「でも、一言だけ言わせてもらうと……、広峰先生は良い先生よ」
周りにいた生徒たちもそれに便乗して野次をとばした。
「そうだ。順子さんは良い人だ」
「そうよ。先生は教える上手さが中の上くらいなんだから」
「よくも、先生を斬ってくれたな」
「てか、何、刀持ってきてんだよ。銃刀法違反じゃねぇか」
「この悪魔」
「この堕天使」
「この変態」
原三は自分への悪口は聞き流し、広峰先生をほめた言葉だけを聞いていたらしく
「…………しかしだな、名を名乗るというのは……」
と話を続けようとした。
だが、その時、廊下を不吉な風が通りすぎた。
野次が止む。そして、教室から何かが飛び出してきた。
原三が刀を構える。
しかし、それはもう遅すぎる行動だった。原三の体は跳ね飛ばされ、いやというほど床に叩きつけられた。響花はそこでやっと飛び出してきたのがミラだとわかった。
「誰だ?先生を斬ったってやつは。俺がぶん殴ってやる!」
呆然とする響花たちと原三らが倒れこんでいる廊下で、ミラの声だけが響いた。
いや、ほとんどの人の心の中では
「もう殴ったじゃねぇか……」
というツッコミが広く反響していたのであった。
クラスのみんなが唖然としている中、いち早く響花が我にかえった。
「みんな、まずはこの三人を保健室に運びましょう」
すると次々と正気を取り戻したクラスメートたちが応えた。
「ああ、そうだな」
「じゃあ、俺は川島運ぶから誰か足を持ってくれ」
「わかった」
などと三人を運ぶ準備をしているとミラが叫んだ。
「おい、そいつを運ぶ必要はないぞ!」
原三を運ぼうとしていた生徒たちが彼から離れる。すると、原三がゆっくりと立ち上がってきた。
クラスメートたちが一斉に喚きだす。
「お、おい、あいつ、ミラのパンチくらって立ち上がったぞ」
「マジかよ。あれじゃ、本当に悪魔だ」
「やべえよ、みんな殺される」
「おめーら、うるせーんだよ。さっさと先生と川島を教室に入れろ。……にしても、俺のパンチを受けても立ち上がれるとはな」
ミラが原三は見て言った。
ふと、まだ教室に戻っていなかった響花がミラにオロオロしながら話しかけてきた。
「ま、まずよ、ミラ。早く名乗らないと斬られちゃう」
だが、ミラに臆した様子はまったくなかった。それどころかなんだか嬉しそうにも見える。
「大丈夫だ。あいつに名乗る必要はない。……それよりあと三分もすると朝のホームルームが終わっちまう。他のやつに見られるのは面倒だからお前もさっさと教室に戻れ。ああ、あと教室の連中にもこれからのことは見ないように言っといてくれ」
響花は何か言いたげだったが教室に戻った。戻るとすぐに教室の窓とドアを閉めた。クラスメートたちが文句を言ったが、ミラの頼みだと伝えたら皆納得した。響花はおとしなく自分の席についた。
「本当に大丈夫だよね、ミラ……」
響花は不安げにつぶやいた。
そのころ、外ではミラと原三が対峙していた。
原三が刀を構えながら話し出す。
「いきなり、殴ってくるとは手荒な歓迎だな。いくら、油断していたとは言え、吾があの突きに当たるとは。強くなったな…………ミラ」
「ふん、そうだろ、ゲン。お前の方はどうなんだ。強くなったのか?」
「さぁ、わからぬ。確かめて見るか?」
原三の目がギラリと光る。
「ああ。だが、ホームルームが終わるまであと3分しかねぇ。それを過ぎると人に見られる」
「それはいけないな。3分で終わらせるぞ」
「おう。・・・・・・・・・・行くぞ!」
そうミラが叫んだ時には、もうお互いに飛び出していた
先に仕掛けたのはミラだった。
ミラはただでさえ圧倒的なパワーをもつパンチを高速で繰り出した。だが、それを原三は軽々と受け流していた。
「油断さえしなければ、おぬしの攻撃に当たりはしない」
「だろうな。でも、こんだけ近付けばお前だって迂闊に剣は振れないだろ」
確かにミラの言う通り原三はさっきから攻撃できていない。攻めようとすればたちまちその剛腕の餌食になるからだ。
ミラは攻撃をし続ける。
「いつまでも、避けているだけじゃ、勝てねぇぞ。避けてばかりだとそのうち…………ほらな」
とミラが言ったとき原三の背中は壁にまで押しやられていた。
「これで終わりだ」
ミラのせいけん突きは確実に原三の頭をとらえていた。だが、原三はそれを前のめりになることで避けた。いや、正確にはそういう風に避けさせられたのだ。前のめりになった原三の目の前にはミラの膝が迫ってきていた。ミラが叫ぶ。
「だから、終わりだって言っただろうが」
ミラの膝蹴りが原三の額に当たり、彼は壁に背中を打ち付けた。原三は軽く呻いたあと動かなくなった。
「確かに、前よりは強くなったが期待していたほどではなかったな。昔の癖も直ってねぇし、近づかれたら何もできねぇっていうのもそのままだな」
ミラは勝った喜びよりも原三に対する失望ばかりを思っていた。
「ちっ、久しぶりに楽しめると思ったのに」
ミラは教室に戻ろうとした。その時、
「まだだ、まだ決着は着いていない」
原三の声が聞こえてきた。
ミラはハッとして振り返った。そこにはいつものように刀を構える原三がいた。
「な、なに、俺の膝蹴りを受けてまだ立てるだと!?」
と驚くミラに原三が語りかける。
「忘れたのか、ミラ。百花流は刀と共にあるということを」
「忘れてねぇが、それがどうした」
「たとえ一人では勝てなくても刀と共に闘えば、真の力を持って敵を倒すことができる。それが父上の、百花流の教え。この数年で吾はその意味を解し、刀と共に闘ってきた。今こそ、おぬしにもその力を見せてやる!」
そう叫ぶとともに原三のまわりに無数の花びらが現れ、踊りだすように宙に舞い上がった。
「……これなら、俺も本気でいけるな」
ミラはこぶしを固める。そして、原三の方へ飛び出していった。しかし、原三は仁王立ちのままだった。ミラは無心でこぶしを振り抜いた。こぶしは花びらを跳ね退けてそのまま原三のもとに向かっていった。だが、それは原三には当たらなかった。いつまにか、原三が消えていたのだ。
「ちっ、どこだ……。っ!」
上を見上げると、大きくジャンプしそのまま攻撃の体勢をとっている原三がいた。原三が刀を引く。
「見よ……!吾らの百花を。『風花<ふうか>』」
原三とその刀から放たれた技は完全にミラをとらえた。
花びらが彼女を包む。その途端、ミラを中心に小さな竜巻がおこり、彼女は吹き飛ばされてしまった。
「くっ……。だが、まだだ」
ミラはなんとか空中で体勢を立て直し着地に成功した。『風花』という技はどうやら、それほどの威力は持っていないようだ。しかし、ミラは気づいてしまった。
「まずい、この距離は……!?」
目線の先には刀を振り上げた原三がいた。
「秘技 百花乱舞!」
そう叫ぶと同時に花びらがミラに襲いかかった。両腕をクロスし衝撃を軽減させようとしたが、その程度のことではすべてをガードしきることはできなかった。ミラは再び吹き飛ばされた。全身に痛み走る。ミラは少しの間動けずにいた。しかし、痛みのせいで体を起こすことしかできなかった。目の前にすでに原三がやってきていた。原三はなおも刀を構えている。原三は落ち着いた声で言った。
「吾の勝ちだな」
「……まだだ」
「しかし……」
「まだだ!」
「……ならば仕方ない」
原三は刀をミラに向けた。
「斬る」
原三が斬りかかろうとした。その時、
「やめて」
誰かが二人の間に立った。原三は斬る動作を途中で止めた
「……なぜ、このようなことをするのだ。白井殿」
「もう、ミラは闘えないよ。ボロボロじゃない」
「ああ、確かにそうかもしれない。しかし、彼女はまだ闘うと言っている。それゆえ、侍たるもの彼女が負けを認めるまで闘い続けなければいけない」
「そういうことだ。お前は教室に戻れ」
だが、それでも響花は、どかなかった。
そんな彼女に原三は
「早くどけ。さもなくば……」
刀がキラリと光った。恐れを抱きながらもその場を動かない響花。今の原三は闘うことしか知らない獣のようになっていた。原三が刀を上げた。
そして、その刀を…………。
キーン コーン カーン コーン。
しばしの沈黙のあと、原三は刀をゆっくりと下ろした。
不思議に思う響花とまだ立ち上がれないミラに原三が刀を竹刀袋にしまいながら言った。
「時間切れだ。…………なので今の闘いは引き分けだ」
響花は何も言わなかった。いや、何も言えなかったのだ。響花の中には、さっきまで恐怖や今の安心感などが混在していてまったく処理速度が追いついていなかった。だから、響花はただ今絶賛混乱中なのであった。
「白井殿」
「……」
「白井殿」
「……」
「白井殿」
「はっ、はい」
原三の再三の呼びかけでようやく混乱から脱出した響花は慌てて返事をした。
「これから吾はどうすればいい?」
「えっと。とりあえず。教室に入って」
「わかった」
原三はさっきの凶暴さはどこへやら、素直に言うことを聞き、教室へ入っていった。残された響花はミラに手を差し延べた。
「大丈夫?」
ミラは
「ああ、なんとかな」
とその手を握りよろよろと立ち上がった。
やっとの思いで立ち上がったミラはなんだかきまりが悪そうに
「……まぁ、助かったよ」
と言った。
「え、邪魔するなって怒らないの」
「バーロー。あそこでお前が入ってなかったら俺はこの程度の傷では済まなかった。……俺は負けを認める勇気がなかったんだ。そんな俺を助けてくれて……ありがとう」
ミラはそういうと真っ赤になった顔を響花から背けた。
「えっ。最後の方、声が小さくて聞こえなかったんだけど」
「うっ、うるせぇ。はっ、早く教室に入るぞ」
ミラが焦ったように言った。
響花は首を傾げながらも教室に戻ることにした。ミラがドアに手をかける。その瞬間
『ブワー バキバキバキ』
というさらなる不安をかきたてる不可解な音が聞こえてきた。
二人は顔を見合わせた。