~いつもどり?の朝~
プロローグ~彼の場合~
その日、彼は朝六時に置きだし出発の準備をしていた。
軽く食事をとったあと用意していたカバンに教科書や体操服などをつめる。それをおえると制服に着替える。パリパリの制服に身を包んだ彼は鏡がないながらも身だしなみを整える。
「うむ、着心地はさほど悪くないな」
彼はネクタイをしめながらつぶやいた。満足したように彼は部屋の奥に置いてある大事なものに手を伸ばす。それを袋に収めカバンの隣に立て掛ける。時計を見るとまだ時間があった。彼は昨日散々読んだこれから向かう高校のパンフレットに再び目を通す。
市立陣東高校。学力は中の上。部活が盛んで格闘技系の部活は全国レベル。また近くには森があり、空気がきれい。その他学校を褒める分がいくつも書かれていた。パンフレットならまぁ、そんなものだろう。『この陣東高校<じんとうこうこう>は男女共学で、様々な個性を持った生徒が集う。よって、いろいろな経験をすることができるだろう。部活にはなるべく入り、コミュニケーションをとるとよい……』
このあとにもつらつら学校の事情について書いてある。いちいち読んでいても仕方ないので、流し読みしているとある一行が目に留まった。
『また、この学校には手練れがいると聞く。仲良くするように』
「手練れ・・・・・か」
彼は微笑を浮かべて、資料を机に置いた。それから、カバンと袋を手に取り外に出た。温かな日差しが彼を照らす。
「行くか」
彼は一歩足を踏み出した。心に熱い闘志をたぎらせて。
プロローグ~彼女の場合~
ジリリリリリ……。
典型的な目覚ましの音が部屋に響く。ともするとそれはとめられ、とある少女が起き上がる。
「もう、朝か」
彼女はそうつぶやいた後、大きなあくびをした。しばらくボーッとしたあと布団からでて脇にたたまれた制服に着替える。ここで、もう一度あくびをする少女。やっと目が覚めたところで一階のリビングに向かった。
すでに父親は出勤していて、新聞だけがテーブルに残されていた。洗濯物を干していた母親が彼女に気づき声をかける。
「あっ、起きた?すぐ朝ごはんの用意するからね」
母は足早に台所へ入り、手っ取り早く目玉焼きをつくり、味噌汁とご飯をよそい、少女の前に出した。
「いただきます」
彼女は礼儀よくそう言ったあとゆっくりとご飯を食べ始めた。
数十分かけて朝食をすませると洗面所に立った。歯を磨いたあとようやく、くしで寝癖を直し、身だしなみを整えた。
「こんなものかしら」
彼女はふたたびリビングに戻り、いすに腰掛ける。テレビを見つつ新聞を手に取った。まず、テレビ欄を見て興味深い番組がないか確認する。
「……今日はあんまり面白そうなのがないな」
彼女は次に新聞を開き四コマ漫画を見た。
「……やっぱりオチがよくわからないや」
それから目ぼしい記事に目を通したあと、新聞をもとあった位置に戻し立ち上がった。テレビはちょうど星占いをしているところだった。彼女の星座はわりと早めに紹介された。
『四位はいて座のあなた。今日は全体的についてる日なので積極的に行動しましょう。ラッキーアイテムはコバルトブルーのメガネケース』
「私、メガネしないからな」
彼女は占いの内容よりもラッキーアイテムが気になったらしい。
ともあれ、彼女は二階に戻り、今日の授業の準備をした。用意が終わると駆け足で階段を下り、玄関まで来た。
「いってらっしゃい」
うしろから母の声がとんでくる。
「うん、いってきます」
彼女は靴を履き言葉を返した。
外に出ると、太陽の光が降り注いできた。彼女は顔をしかめつつもゆっくり学校への道を歩み始めた。
それは暑さも大分和らぎ、暮らしやすくなったある秋の日のことだった。今日も教室は生徒たちの笑い声で満たされていた。そんなにぎやかな教室にいつもより少し遅れて入ってきた生徒がいた。彼女の名前は白井響花<しらいきょうか>。髪は腰まで届くくらい位の黒髪、容姿はかなりの美少女だが、少し地味なのでクラスの人気者というほど人気はなかった。学力は高めで運動はやや苦手、クラスではおとなしいイメージを持たれていた。しっかりとしていて誰とも平等につき合うことができた。
響花は席につくと、ホッと一息をついた。すると一人の男子生徒が大慌てで教室に駆け込んできた。
彼は川島竜といった。少しKYなところもあるが、それよりも明るいバカなので、クラスのムードメーカー的存在だったりする。しかし、今朝は少しやりすぎてしまった。川島は息をきらしながらも「おい、みんな、転校生が来るぞ!」と叫んだ。
その瞬間、皆がいっせいにその男子生徒に質問を投げかける。
「えっ、マジで!女?」
「うそっ、絶対男の子よ!しかも超絶美少年」
「性別はどうでもいい。問題は運動神経だ」
「ハァ?ふざけんなよ。巨乳かどうかわかれば十分だって」
若干イラッときた川島は「やかましい!ちゃんと話してやるから黙れ」と机を叩いた。
一気に生徒たちが静かになる。川島が頷いて話を始めた。
「まずは、男ども、非常に残念だが転校生は………………男だ」
それを聞いた男子生徒たちは肩を落とし、それぞれ席に戻ったり、さっきまでしていた雑談を再開した。
逆に女子のテンションはうなぎ登りでクラス全体で騒いでるときよりもうるさくなってしまった。
「だから、うるせぇ!」と川島が教卓を蹴りとばす。転校生が男であることは彼をもいらつかせていた。
「もう一度言うが、ちゃんと話してやるから黙れ。それと、どうせお前らじゃ友達になることすらできねぇよ」
「何でよ!?」
「だってお前らみたいな女と付き合いたいやつなんているわけねぇよ。なぁ、みんな?」
「そうだ、そうだ」
男たちが同調する。
「なんだって。あなたたちなんかこっちから願い下げよ!」
女子たちも負けずに応戦する。
「あっそ、なら自分たちの目で鏡見て見ろよ」
川島の発言にいよいよ血で血をわかつ抗争が始まろうとしていた。ちなみに響花は自分の席でおとなしくその様子を見ていた。
すると、ある女子生徒の声が教室にこだました。
「いい加減にしなさい」
その場にいた全員が彼女を見た。女子生徒の一人が彼女に抗議する。
「だって、ミラ、こいつらが悪いのよ」
ミラと呼ばれた少女は
「そうかもしれないけど、あなたたちも言い返したんだからお互い様よ」
と答えたあと、皆に「ほら、もうすぐ先生来るから、みんな座って」と呼びかけた。女子たちは促されるままに席についた。
「まぁ、確かにミラの言う通りだしな……」と男子たちもおずおずと自分の席へと戻っていった。こうして、血で血をわかつ抗争の発生は一人の少女によって食い止められたのだった。少女の名は本郷ミラ<ほんごうみら>。響花の親友で、その明るく誠実な性格からクラスでは人気者であった。
だが、彼女に無視できない特徴を持っていた。それが今まさにいつも通りに発動しようとしていた。
「ほら、みなさい。今はもう女の時代なのよ」と女子の誰かが言った。
「何だと」と川島が立ち上がる。
「だってそうじゃない。川島みたいな男子どもが女より偉いわけないじゃない」
「お前、好き勝手言ってんじゃねぇぞ」
川島が今にも女子生徒に組みかかろうとしていた時、彼の背中に悪寒が走った。
「か~わ~し~ま~く~ん」
川島はがくがくとふるえながら振り向いた。そこには満面の笑顔で、その長い髪を逆立てているミラの姿があった。
「覚悟はいい?」
「え~と。よくないと言ったら?」
「潰す」
ミラは構えをとった。覚悟するしかなくなった川島は目を閉じ、ミラのせいけん突きがくるのを待った。だが、それは中々こない。川島が何が起こったのか、恐る恐る目を開けた。すると目の前にはある生徒の背中があった。その場にいた誰もがその生徒の行動に驚いた。
なぜなら、今までにこういったことは幾度となくあったのにその生徒が割り込むのは今日が初めてだったからである。完全に人格の変わってしまったミラは、その生徒を睨みつけながら「何のつもりだ? 響花」と言った。
「だって、殴ったら川島君がかわいそうじゃない」と響花が答える。
「今さらなんだ。これまでも殴ってきただろう」
ミラが低い声で言った。まるで男のような口調である。
「ええ。確かに川島君はずっと殴られてきた。私も自業自得だと思ってずっと見ているだけだった。でも、殴られる彼を見る度にだんだん気の毒になってきたの。だからもう彼を殴らないで欲しいの」
響花の切なる願いに
「白井…………」
と川島が感動したように呟いた。そして、ミラも
「ちっ、まぁ、今日はこれぐらいにしておこうか。おい、川島、この女に感謝するんだな」と言って構えをといた。
それからまた態度をがらりと変え、「さぁ、みんな席に戻って先生来ちゃうよ」と明るく言った。
川島と響花を含む教室にいた全生徒が声に従い自分の席についた。
こうして、この日の朝はいつもより平和的に始まったのだった。