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魔法王国へようこそ! ~Welcome to the Mafo-land~

駆け引き

作者: 鴇合コウ

真紀18才、ルイス25才の未来日常。

(*2011/11/17まだ本編は完了していません。未来設定のため、本編と切り離して考えられる方のみ推奨いたします。)

『運命がカードを混ぜ、われわれが勝負する』

 ――Arthur Schopenhauer――


******


「マキ、しようよ」

 夕食後、久しぶりに早めに仕事から帰ってきたルイスとソファで並んでまったりとお茶を飲んでいると、唐突にそう切り出された。

「やだ」

「どうして?」

「……だって、ルイスばっかりずるいんだもん」

 ティーカップを持ち、あたしは頬を膨らませる。

「君にもちゃんと教えているだろう」

「だけど、ルイスのほうが経験豊富だし……あたし、いっつもうまくできないんだもん」

「慣れるよ」

「でも、毎回するたびに痛い思いするのあたしじゃん。ルイスばっか喜んでるし」

「回数をこなせば君も楽しくなるから。しようよ」

 ね?と青い瞳で覗き込まれ、あたしは両手でカップを支えたまま黙りこくった。

 ルイスとこうやって二人でゆっくりできるのは、実にたっぷり二週間ぶりで、こんなところで言い合いをして時間を無駄にするのも嫌だった。でも、頷くには勇気がいる。

 ルイスがあたしの手からカップを取り上げ、サイドテーブルに置く。

「マキ。二人がお互いをよく知るには、いい方法だと思うんだ。だから今夜一度だけ、ね?」

「……いいよ」

 言った途端、ルイスがいそいそと立ち上がり、小物を入れている化粧箪笥の引き出しから手のひらサイズのケースをいくつか取り出した。少しずつ種類の異なるそれを透かし見るようにして選ぶ。

「今日はどれにしようかな。やっぱり黒がいい? ベーシックすぎるかな」

「ルイスの好きなのでいいよ」

「じゃあ、気分を変えてカラーにしよう」

 ふり向いた笑顔が晴れやかすぎて、あたしの胸の中に、厭な予感が一陣の風となって吹き荒れた。


 悪い予感っていうものは、当たるようにできている。

 十五分後、あたしは声もなくぐったりとソファの上に突っ伏した。左手からはらはらと舞い落ちる極彩色の絵付きカード。

 そのあたしの目の前で、満面の笑みを浮かべたルイスが、勝利の拳を宙に突き上げていた。

「よしっ!」

「……ずっるいルイス」

「勝負は公平だよ?」

 ううう、と呻いてあたしは、ソファのやわらかい革に顔を埋めた。

 二人でしていたのは、〝イリ=ハルティ〟という名前のカードゲームだ。

 日本語で言うと〝行くか止まるか〟という名前のこのゲームは、タルジャンと呼ばれる48枚の絵付き札を使っておこなう、もっとも認知度の高い二人対戦型ゲームだ。

 神話や自然などの絵が描かれたこのタルジャンは、12の系統と4種の点数からなる。

 系統は神話モチーフらしく、光・風・雷・水・火・土・一の月・二の月・三の月・空・王国・夜と分かれ、この順番で優位がつく。点数は20点・10点・5点・1点。光の20点札は太陽神アーミテュース。5点札が太陽の絵、1点札がキッキーナとなる。系統によって点数配分がばらばらなところがポイントだ。

 全部で46枚あるこの絵札と、白札・鬼札の二種類のジョーカーを加えて48枚となる。白札は引いた時点で負け。鬼札はどんな手札の代わりにもなる、万能札だ。

 この系統と点数を組み合わせて〝役〟をつくり、その合計点を競うのがタルジャンの基本の遊び方となる。

 で、この〝イリ=ハルティ〟だけど、まずカードを引いて、親子を決めるところからはじまる。優位のカードを引いた方が親だ。親がタルジャンをきり、それぞれ八枚ずつカードを配布する。残りは山としてお互いの間に置き、親から先に、この山から交互に一枚ずつカードを引いて中央の〝場〟に置く。これがもし自分の手札と合わせて役になるようなら、表にして自分の脇に並べて得点とする。この繰り返しだ。

 持ち札の八枚がなくなった時点であがりなのだけど、自分の順番がきたときに〝ハルティ(ストップ)〟と声をかけて、ゲームを中断することもできる。残った手札はマイナスポイントとして扱われるので、声をかけるタイミングが重要だ。ゲームを続けたいときは〝イリ(ゴー)〟と言う。

 この駆け引きが面白い――けど難しい。

 とくに問題は役の多さだ。役は二~五枚のカードで作るのだけど、単に同じ系列や同じ点数札を集めるというだけじゃない。そこに言い伝えとか神話の内容が入ってくるんだな。

 例えば、ガウル(夜系・1点)と白月(一の月系・10点)。狩人に追われたガウルが、家族を守るためにあえて矢を受け、白月に昇って影になった(いわゆる月のウサギね)と言われるため、この組み合わせが役となる。得点はなぜだか15点。

 こんなのが20種類近くあって、もう頭はパンク寸前だ。

 最初はマフォーランドのことを知らないあたしに、ルイスが分かりやすく伝説とか言い伝えを覚えさせようとはじめた――はずなのに。

――ううぅ、不公平すぎだ……。

 ルイスはこの〝イリ=ハルティ〟が得意だ。駆け引きがとんでもなく上手い。場に残したカードや、すでに開いている役の内容から相手の残りのカードの中身を読み、絶妙なタイミングで〝ハルティ〟をかけてくる。おかげであたしは連戦連敗だ。

 言っておくと、あたしも負け続けは悔しいから侍従のシグバルトやセアンさん、果てはレスまで捕まえて練習するんだけど、それだと五分五分の勝負なんだよ。調子のいいときは十回中八回勝つこともある。

 要は、ルイスが強すぎるんだ。しかも手加減なしときた。なんて大人気ないやつ!

「今回もまたマキの負けだな」

 にこにこ言われても悔しくないんだからね!と、負け惜しみの視線を送ってみる。

 仕事のときは〝氷〟だとか言われている整った顔が、ここぞとばかりに笑みくずれているのは貴重なのだけど、その瞳に浮かぶ悪戯な色にあたしは一瞬目を背けたい気分になった。

「じゃあ罰ゲームといこうか」

 実に嬉しそうに、ルイスが指をわきわきさせながらやってくる。

 タルジャンのゲームではお金を賭けるのが普通だけど、ひとつのお財布で暮らしてるあたしたちの間で支払いは無意味。だから、罰ゲームをもうけることにしているのだ。

 でね。罰ゲームって聞いたときに、思わず言っちゃったんだよ。

「デコピンするの?」

ってさ。

 知らなかったルイスは、あたしの親指と中指から放たれた初めての衝撃にナニカを打ち砕かれたらしく、それ以来あたしたちの間では〝罰ゲーム=デコピン〟が浸透してしまったのだ。

 たかがデコピンと侮るなかれ。イッタイんだ、これが!!

――くっそ、男と女で指にかかる圧が違うんだぞ。

 しかも爪とかめり込んだら目から火花散るよ、ほんとに。

 前髪下ろしてるから分かんないけど、次の日痣になってるからね! 治癒術かけてもらうけど!!

「覚悟はいいかな?」

 にやりと不敵な笑みを湛えるルイス。くそう、少しは加減しろよ。

 あたしは涙目になりながら顔をあげ、これからくる衝撃に備えて、両目をぎゅっと瞑った。

「……」

 ところが、待てど暮らせどなにもない。うっすらと片目を開けて窺えば、あたしの目の前に立ったルイスが、腕組みをした片手を口元に当て、じっとこちらを凝視していた。

「……なに?」

「あー、うん。そうだ。今日は罰ゲームを変えてみないか?」

 で、デコピン回避?

「なにするの?」

「そうだな……マキがキスしてくれるっていうのはどう?」

「キス?」

「そう」

 あたしはしばらく考えた。デコピンよりは実害がなさそうだ。だけど、いい加減ルイスとのキスも慣れたけど、自分からしたことなんて数えるほどしかない。しかもかる~く触れる程度だ。

――ほっぺちゅーとかで許してくれる、かな。

 こくんと頷くと、ルイスがソファの空いている隣に座った。少し離れている彼に、寝そべったまま腕だけでずりずり近づく。左頬に顔を寄せると、「こっち」と唇を指差された。

――やっぱりか。

 どきどきする心臓を抑えて、上唇の薄い、形のいい唇に口を近づける。

「……め、目ぐらい閉じない?」

「そんなもったいないことしないよ」

「意味わかんないし」

――閉じろよばかあっ!

と心の中で絶叫して、唇を触れる。軽くついばんで離す。湿った音がいやらしい。

 至近であたしを見る青い瞳が、さらにうながした。

「1分ね」

 ……くっ。勝者の余裕が憎い。テーブルの上の時計を確認し、あたしは罰ゲームを開始した。

 といっても、テクニックはあまりない。いつも九割九分ルイスが主導で、あたしは受身だから。

 彼にされたことを思い出しながら、唇の輪郭に沿って小刻みにキスを落としていく。それだけで1分なんて潰れるはずもない。

 下唇を甘噛みして、少し開いた口にそっと舌先を差し入れた。普段は別の生き物のようにあたしの口の中を動き回る彼の舌は、ぴくりとも動かない。覚悟を決めて、ややざらついた表面に触れる。小さく吐息が洩れた。

 動きやすいように彼の頬に右手を当てて体勢を固定し、あたしはさらに動きを進めた。螺旋を描くようにからめ、舌の根、上顎、頬の内側、歯の裏と舌を滑らす。応えるように彼の口の中も動きはじめ、だけどいつもの荒々しさとは全然かけ離れていた。

 あたしのつたない動きをひとつひとつ確認するような、ねっとりとした応答。それでも互いの動きのせいで唾液が分泌され、発する音がさらに刺激になった。どちらのものか分からない、とろりとした液体で口の中がいっぱいになる。苦しくて、喘ぐように口を開けたら「んふぅ」と鼻にかかった声が出た。

 途端、あたしの頭を抱えたルイスが、大きく舌を捻じ込んできた。ごくり、と音をたてて口腔に溜まったものを飲み下す喉仏を、浮かされたように眺める。

「――よくできました」

 ふと時計を見ると、1分を少し回っていた。これで罰ゲーム終了!――となるはずもなく。

 いつのまにか彼の膝に乗りかかるようにしていたあたしを、ルイスが問答無用で抱き込んできた。初めての罰ゲームにへろへろすぎて、逆おうにも力が入らない。

 二人分の唾液を嚥下した喉が、くっと笑い声をたてた。

「君にしてもらうのも刺激的だけど、じれったくて仕方ないな」

 へ、へたくそでわるかったな!

「まあそこがいいんだけど。それに他で補ってもらうしね」

「……ほ?」

 腰砕けになったあたしの体をいきなり抱えあげる。ふわりと浮く感覚に、慌てて彼の首にしがみついた。

「え、ちょっとるいす?」

「待てはなし。二週間も君なしでいたんだから、これ以上の我慢は無理」

 いやでもまだ月も全部昇っていない時刻でしてね?

 なんて反論する間もなく、あたしは部屋の隅の大きな天蓋付きベッドに投げ出される。軽い車輪の音をたててベッドを覆う丈長のレースカーテンが引かれ、あたしたちは外の世界から隔絶された。

 逃げ場なし。

「煽った君が悪いんだぞ?」

 や、あたしじゃないよね? ルイスがしろって言ったよね??

――ま……まさか、全部仕組んでた……?

 駆け引きの上手いルイスに、あたしの考えとか行動はほとんど読まれてるのだと気付いたときには、もうすっかり籠の中の鳥なわけで。

「長い夜になりそうだな」

 オスの瞳があたしを見下ろす。うっすらと笑いを湛えた唇が、さっきの百倍の甘さで絡みついてきた。


 ゲームオーバー。


 白旗をあげたあと、あたしがルイスの額にしっかりデコピンしてやったのは言うまでもない。



<END>


デコピンって、思わぬ破壊力ですよね……。

ちなみに二人がいるのは天都のルイス社宅という設定。

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