紋様術(5)
タチアナのチェック受けながらケインは疑問を投げかけた。
「そういえば師匠がスケッチしてるところ見た事ないですね。」
そう、今までにタチアナ師匠がスケッチしてるところは見た事がない。以前、ララカルの街ですずらん亭を担当してくれている紋様術師がラルゴは紋様を描いているのを見た事があったが、かなり細かくスケッチ描写や文章記録をしていた。タチアナは少し間を置いて、
「…人それぞれだ。スケッチするものも、文章で記録するもの、そして私の様にイメージとして頭の中に記録する者など、な。」
「最もイメージだけで記録できるのは、タチアナと私ぐらいなもんだ。今回私は大事な報告書を書かなければならないのでスケッチをしているのだ、念のためだよ。」
サイラスが勝手に会話に割り込んできた上に、最後の部分を強く強調された。実際はどうかわからないが、それができるのは紋様術師として稀有な存在らしい。
「…ふむ、それよりケイン、予定通りバトルスタイルを変えてくれ、変化がなさすぎて手がかりにならん。」
「了解です。」
「なら、ケイン”あっち”でやるのか?」
ラルゴの問いに、鉄棒を荷物の中にしまう事で答えた。ラルゴのいう”あっち”とは拳のことである。
またダンジョンを前に進むと足音が聞こえてきた、規則的で硬質な足音だ。
そちらに気を取られていると、
「ケイン!後ろ!」
ラルゴの警告に振り返る。
後ろでモンスター出現の発光現象が起きていた、しかも2つ。
「前任せた!」
そういって後方に移動する。すると2体の横で、さらにもう一つの発光現象が起きる。
「モンスターの発生率が上がっているのか。危なくなったら下がれ。」
タチアナ師匠が叫ぶ。
(…キラキラ蟹のときの鉄は踏まない、ラルゴの方が片付くのを待つ、生き残ることを優先だ。臆病でいい。)
きっとサイラスに、みっともない戦いだったと言われるであろう戦い方をケインは心の中で選択した…。