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利己主義勇者と良き魔王 【序】  作者: 雪祖櫛好
第五節 人魔戦争
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第五節 -17- 【人魔戦争】

 大勢の人間がいた。

 視界を埋め尽くす数の、人間。

 それは奇妙を感じるほどの美しい整列をつくり、ただ、待っていた。

 その先頭には、勇者がいた。

 彼は剣を抜き、天を穿つように、突き上げる。

 それだけで、人間は、咆哮にも似た叫びを轟かせる。

「多くは言わん。俺に言えることなんて、たった一つだ」

 勇者は獰猛な笑みをつくる。

「勝つぞ!」

 その応答である咆哮は、その場にいる兵士の士気を物語っていた。


          ◆◆◆


 一応は、挟み撃ちという構図だった。少なくとも魔族側はそのつもりで、両面に軍を分けておいた。

 勇者の狙いがそれであったことは言うまでもない。

 魔族側が戦を始まったことを知ったのは、思いも寄らぬことからだった。

「邪魔だ、退け」

 勇者。

 彼が、単身で、猛烈なまでの速度で、魔族の軍隊に突っ込んできたのだ。

 魔族の軍隊は動揺したが、指揮官がそれを予想しなかったはずもない。

 そして、魔王も。

『攻撃』などの様々な魔法を使い、魔族の軍を蹂躙する勇者は、まさに天災であった。

 その勇者への対抗策は、単純だ。

《通せ》

 通信魔法。

 魔族の軍隊は、冷静になり、勇者が来た場合の対応を思い出した。

 もちろん、これは指揮官が判断したことではない。最初から、決まっていたのだ。

 魔王の命令だ。

 ざっ、と魔族が道を開ける。勇者はそれに驚き、ぽかんとして、笑う。

「魔王、やってくれるな」

 勇者はその道に従い、駆けた。元はと言えば、勇者が魔王城へと至ることへの手助けに、挟み撃ちという構図をつくし、魔族の層を分けたのだが、これでは、意味がなかったようにも思える。

 城壁を飛んで越えると、そこにもひしめき合うような魔族がいた。彼らもまた、道を開ける。勇者はその真ん中を、堂々と進む。

 そして、魔王城の扉に至る。

 巨大な扉。10メートル以上あるような、常人では開けられないような扉。

「……サヤ」

 勇者が言うと、彼の隣に、一人の少女が現れる。

「はい」

 サヤは覚悟を決めた者だけが見せる目をして、言った。

「じゃあ、行くか」

 勇者は腕に力を込め、扉を押し、開いた。


          ◆◆◆


 興奮に溢れた兵の波で、冷静を保つ男がいた。金の髪と髭を持つ壮年の男性で、壮麗な衣装に身を包んでいた。

「ふむ」

 彼は座っていた。勇者から魔法車の技術を知り、それを使っているのであった。

「シュトゥルム。勇者はもう入城したか?」

「はい。そのようで」

 シュトゥルムと呼ばれた老人が言った。燕尾服に身を包み、柔和な顔つきをしていた。

 壮年の男性は勇者からの要請に応えた将軍であった。老人は彼の従者であった。

「では、そろそろ始まるのか。気が病まれるなあ」

 彼はうなだれたようにして言う。面倒くさいなあ、と言っているようでもあった。

「仕方ありませんよ。それに、この戦に勝たなければ、人類は滅んでしまいます」

「しかし、魔族は慈悲深いだろう。スウもそうだし、別に、負けてもいいんじゃないか?」

「恐れながら、さすがに今回は、そうはいかないと思います。ここまで人間が危険であることを知れば、どれだけ慈悲深くとも、許すことはできないかと」

「だよなあ」

 ふう、と彼は溜息を吐いた。

「そもそも、私が将をしなくとも良いと思うのだが。此度の戦は、策を必要とするものでもなかろうに」

 面倒だという思いが多分に含まれてはいたが、彼の言葉は自分が仕事をしたくないという理由からのものではなかった。

 今回の戦は単純であった。策などはないに等しかった。

 千人を一単位として、行動させる。その単位ごとに魔法を構築し、発動させる。そんな大多数の移動砲台をぶっ放すというだけの策であった。

 人間は魔族から魔力を奪うことができる。その量の限界はないと思われている。

 なら、一人に千人分の魔力を与え、その一人で戦えばいいではないか。そもそも、すべての魔力を一人に――勇者などの強者に与えるべきではないか。

 そう思うのは無理もない話だ。しかし、それができない理由がある。

 それこそ、魔力親和性――魔力変換率の問題だ。

 魔力変換率。それは文字通りの意味だ。魔力を変換する効率。人間には、そんなものが存在する。――いや、人間『には』、ではない。おそらくは、魔族にも存在する。

 魔法とは、魔力を変換することによって生ずる。魔力を変換し、魔法にする。そこで重要となるものが、魔力変換率である。

 魔力変換率は、魔法を構築するスピード、一度に魔力を変換することのできる量を評価する指標として最重要とされている。

 これで、わかっただろう。

 魔力変換率――それは、人間によって決まっている。つまり、『一度に魔力を変換することのできる量』は、決まっているのである。

 魔力を奪うことだけならば、無限だ。いくらでも、保持することができる。

 しかし、それを魔法へと変換することには、限界があるのだ。

 故に、千人を一単位とする。

 それにより、魔力変換率の低い者であっても、千人を合わせることにより、強力な魔法を扱うことができる。平均の千倍である。その威力は、勇者に遠く及ばないまでも、魔族の将軍が扱う魔法に匹敵する。

 将軍と言えば、魔族の将軍は、もうほとんどいないようだが、(勇者の話では、残っているのは『第一』、『第三』、『第十三』)、今回の戦は、どうするのだろうか。

 そもそも、将軍という地位からして、疑問だ。魔族に将軍など必要なのか。作戦など、立てているようには思えないが……。

 ――そして、事実、魔族は作戦を立ててなどいなかった。

 作戦を立てる者もいた。しかし、『個』が圧倒的な『武』を誇る魔族の世界では、強者こそが上に立つ。最強である魔王が頂点に立っているように。そんな世において、作戦など、何の役に立つだろうか。

 重要なのは、『個』の力。魔王によって統一されるまで、魔族にも戦乱の世はあった。そこで重要なのは、『個』の力であったのだ。

 たった一人の『怪物』が、戦場を圧倒し、制覇する。

 そんな単純な戦争。それが、魔族の戦争であった。

 だから、『将軍』と名を立ててはいるが、その役割は違う。指揮などしない。ただ、士気のみである。象徴としてだけの役割なのである。軍を将いて、戦場を駆ける。それだけをする、その軍の――群の頂点。それが、将軍である。

 余談であるが、魔族の将軍とは、元々の『群』――魔王が統一するまで、ばらばれに分かれていた頃の、群れを率いていた者が選ばれることが多い。魔王が統一するまでにも、『群』というものはあった。自由に行動する者もいたが、『群』もあったのだ。その名残で、『群』は『軍』となり、『群』を率いた者は、『軍』を将いる者となった。

「あそこ、薄いな」

 男が魔族の集まる、ある場所を指して言った。

「そのようで」

「だが、魔族は個で力が違うからなあ。定石は、通じんよなあ」

「はい」

「なら、どうするか、ってことだが、まあ、考えるまでもないか」

「ですね」

「うん。じゃ、『まずは地形でも変えるか』」

 男はなんでもないように、そんなことを言った。

「では、それを伝えましょう」

 しかし、そんな突飛なことを聞きながらも、老人は平静を保ち、応えた。

「ああ、頼む」

 そうして、その命令が、男の将いる軍の者たちに伝達された。

 それを聞いた兵たちは耳を疑わずにはいられなかった。


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