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利己主義勇者と良き魔王 【序】  作者: 雪祖櫛好
第五節 人魔戦争
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第五節 -16- 【開戦】

「どこに行っていたのですか?」

 リストの質問に、勇者は含むように笑い、「秘密だ」

「気になりますね」

「なっとけ。教えないがな」

「残念です」

 淡白にリストは言う。興味がないわけではなかった。勇者は興も有する人間だが、今回に限っては、違う。それを理解したからだ。

 何か意味がある。

 リストはそう思い、あれ以上に追及しなかった。もしリストの予測が外れていて、先の言葉がただの興だったとしたならば、勇者にも何らかの反応があるだろう。だが、リストの淡白な応えに、勇者はふっと笑っただけだった。成長した子を見る親のような笑み。リストは自分の予測が正しいことを確信した。

「そろそろだな」

 勇者は手元に地図のようなものを出現させ、それを見て言った。そんなものをどこから……? と思ったが、よく見ると、それは魔力で紡がれた地図だった。おそらく、これもまた何かの魔法の一種なのだろう。

 地図の上には青い光点が二つ。その下方に黒い城のような図が描かれていた。青い光点は移動しており、それを示すように光点の軌道が薄く引かれている。

 青い光点の、大陸にあるのが自分たち。海にいるのがグローリーたちであることがわかった。自分たちは西から、グローリーたちは東から来ていた。

 勇者の地図を見ると、今いる大陸の全体図が書かれているが、これはどういうことなのだろう。有史以来、人類がこの大陸に来ることなど、今までに一度もないはずだが……。これも魔法だろうか。それ以外に考えられないが、すべてを魔法で片付けていいものかとも思う。

 人間は魔法に依存している。魔族を嫌っていながら、その魔族の業である魔法に、依存してしまっている。なんという皮肉だろうか。今、もしもこの世界から魔法が消えてしまったら、どうなるのだろうか。人間の目的は魔族を滅ぼすこと。だがその場合、人間は魔力を得る術を失い、遠くない将来、魔法を扱えなくなる。そうなったら、この世界は、どうなってしまうのだろうか。

 魔法。

 その言葉は『魔族が用いる法』という理由で名付けられたものではない。いや、確かにそういう意味もあるのかもしれないが、本来の意味は、違う。

 世界の自然法から外れた法。

 神の創りし世界の法から外れた法。

 神に背いた法。

 神に背く法。

 故に、魔法。

 故に、それは『魔』の法を呼ばれるのだ。

 しかし、今となっては、その『魔』も人間の手中にある。敬虔なる『神の使徒』すらも、魔法に頼らなければ生きていけなくなってきた。神に仕える者が、神に背く法を使う。これを皮肉と言わず、何と言う。

 世界は、そこまで変わってしまった。

 これを『堕ちた』と言うのか、『至った』と言うのか、それは人それぞれだろう。きっと前時代の人間は『堕ちた』と蔑むし、現代の人間は『至った』と誇ることだろう。

 この世界は、そこまで『堕ちて』、そこまで『至った』のだ。

 そうなってしまったのだ。

 リストは思う。

 ――いや、きっと、リストだけではない。

 この戦場にいるならば、誰もが思っている。

 最後の戦を前にして、思っていること。

 最後の戦を前にしている『のに』?

 違う。

 最後の戦を前にしているから『こそ』だ。

 終焉に近づくにつれて、興奮は増し、同時に、冷静も増す。

 死地に赴く兵士には、妙に達観している者が多い。興奮はあり、興奮があるからこそ、死地に赴くことができる。だが同時に、自らの死を冷静に見つめることができる。そんな人間が、世の中には大勢いる。

 死に近いからこそ。

 そう、死に近づくからこそ、(東洋の宗教で例えるなら)、悟りに近づくことができる。あるいは、人の身では至れぬ場所に。

 普段とは違う、ある意味で高尚な、高次の思考を、することができる。

 これを哲学者は、『現実逃避』だと言うのかもしれない。

 それはきっと事実で、間違っている。『誤謬なき誤謬』とでも言おうか。

 死に接する。死を感じる。死を錯覚する。

 死を、体験する。

 死を目前にした人間だけが至る境地であり、死を目前にすれば誰もが至れる境地でもある。

 不治の病に冒された子供も。安らかに天寿をまっとうする老人も。等しく達する境地。

『自己』という自分にとって絶対的な『個』を失うからこそ、見えるもの。『個』がどれだけ矮小なものかを思い知り――同時に、『個』がどれだけ大きなものかを思い知る。

 すなわち、『全』を知る。

『全』の存在を識る。

 故に、彼らは思う。

『個』を失うことを覚悟した彼らは、思うのだ。

『全』の行末を。

『個』を自覚し、『全』を識ったからこそ、思う。

 余裕なんてないはずなのに、そんな状況であるはずなのに、だからこそ、余裕があり、思うことができる。

『余裕がないからこそ余裕がある』とはまた不思議な表現だが、そう表現する他ない。

 そんな不思議な、異常とも言える状況に、彼らはいるのだから。

「どうした?」

 勇者の声に、リストは顔を上げる。そこには、笑みがあった。その笑みにある感情を、不思議とリストは理解できた。

 故に、彼は安心した。

『全』に対する思考などは、最初からなかったかのように、霧散した。

「いえ、なんでもありません」

「そうか」

 勇者がリストから目を外し、前を見据える。すると自然、リストは勇者の背を見ることとなる。

 リストは、安心とともに、思う。

 あの笑みと、この背を見れば、言葉はないが、答えは明白だ。

 この世界の行末など、心配する必要がない。

 勇者はきっと、リストの考えなどすべて見通し、こう思った。

 ――問題ない。

 そして、それは、他の何よりも信頼できることだった。

 ただ『前』を見据え、駆けていく、その背中。

 リストだけではない。他の者も、気付く。

 その背を見れば、誰もが安堵し、緊張する。

『全』なんていう曖昧なものに対する心配が霧散する、安心。

 目前に来る『死』に対面する、緊張。

 それは大海に投じた一石が放つ波紋のように、どんどんと広がっていく。ついには、この場にいる、すべての兵へと、広がっていく。

 そうして、すべての兵が戦闘に最高の状態になった時、ぼんやりと、巨大な城が見えた。


          ◆◆◆


 その城は、ほとんど人間の城と同じだった。

 ただ一つ、その圧倒的なまでのスケールを除けば、だが。

 城壁はのっぺりとしていて、巨大な鉄板を地面に突き立てたようだった。ざっと見て、高さは10~30メートル。幅は5~10メートルほどだろう。よく見ると、城壁は微妙に曲線を描いており、外から越えることは難しそうだった。堀や跳ね橋は見られない。それどころか、城壁と城以外には、何もないと言っても過言ではなかった。

 そして、その城のスケールこそが、圧倒的だった。

 外観こそシンプルだが、高さは1000メートルを超え、圧倒的なまでの存在感を放っている。

 黒い、未知の素材で構成されているそれは、『馬鹿げている』とさえ言いたくなるような、そんな城だった。いや、これはもう、城と呼ぶべきではないのかもしれない。塔と呼ぶべきではないか。そう思わせるほどに、雄大な高さを誇っている。

 構造は円柱に窓やバルコニーがところどころに見られるといったもの。円柱とは言っても、完全な円柱ではなく、歪んでいるところもあるが、大きく見れば、それは円柱だった。

 直径は100メートルどころか300メートルを超える、まさしく規格外のスケール。

 黒く、雄大にそびえ立つそれは、シンプルであるが故に、美しかった。

 これが、魔王の住む城。

 震えた。

 恐怖に震えたのか、戦慄に震えたのか、感動に震えたのか、それとも、武者震いなのか。それはわからない。

 だが、間違いなく、彼らは震えた。

 城を見ただけで、震えた。

 しかし、その目に、諦観はなかった。

 そこには、覚悟があった。

 彼ら――人間がいるのは、魔王城から数キロメートル離れた場所。そこに人間は拠点を築いていた。

 こちらの拠点は戦争でよく見られる城塞とほとんど変わらないので、描写する意味もないだろう。魔法で築くことにより、十分も経たずに築くことができた。

 ただ、城壁は通常のものとは違ったから、ここに描写しておこう。それは半ドーム状と言うべき城壁だった。大きく反り返り、拠点を覆うような形状をしていた。無論、空からの魔法を警戒してのことである。

 拠点は一つではなく、魔王城を挟んで向こう、グローリー側にあるものも含めると、20は超えているのではないだろうか。連れてきた兵士の数から考えれば少ないが、そこまで重要な拠点でもない。十分だろう。

 今まで勇者は一人で戦ってきたので、あまり大人数での戦争は知らない。様々な文献を見て、知識としてはあるが、経験としてはほとんどゼロだ。本来であれば、この戦争の指揮官には、グローリーの国の『王』に頼みたかったところだった。彼が死んでしまったことは、やはり人類にとって多大なる損失であったことは間違いないだろう。

 しかし、この時代に彼以外の名将がいないわけでもない。こういう『策』の才能ならば、勇者をも凌ぐような者も、この時代にはいるのだ。

 当然ながら、勇者は彼らのすべてを指揮官に任命するわけではなかった。総指揮官となるのは勇者以外にはいないし、(これは言うまでもなく、策士としてではなく、兵の士気を上げるためである。昔とは違い、今では勇者を知らぬ者はいない。間違いなく人類最強である英雄を、此度の戦の総指揮官、総大将に置くこと以上に良い采配があろうか。これ以上に兵の士気を上げる采配があるはずもない)、各分隊の指揮官にも、席は決まっている。

 その『決まった席』には、当然のことながら、各国の体面が関わっている。大国であれば大国であるほどに、重大な役を。その中には、無能な指揮官もいた。それは仕方ないことだ。仕方ないこと、普通の人間であれば、そう割り切るしかないことなど、容易に理解できるだろう。

 だが、勇者は理解しなかった。同時に、各国の要求は受けた。まさしく、『体面上』は。

 勇者に戦争のことはわからない。しかし、彼には人を見る目があった。そうして、彼は体面上の指揮官とは別に、最適な、実質の指揮官を選別した。

 能力だけでは判断しなかった。愛国心に溢れる、他国を貶めようとするような指揮官は、いくら有能であっても、間違いなく足を引っ張ることになる。策を考えないような指揮官は、人智を超えた本能を発揮し、誰にも理解のできぬような、最良以上の結果を残すことがある。様々な要素を考えに考え、勇者は指揮官を選別した。

 その指揮官についての詳細は省こう。彼らは今回の戦争の要のように見えるかもしれないが、それは魔法を抜きにした場合の話。つまり、『圧倒的な個』が存在しないと仮定した場合の話だ。

 彼らの役割は単純。

 勇者が魔王を倒すまでの時間稼ぎ。

 ただそれだけなのだ。

 今回の戦いは、人類と魔族の戦いであるが、実を言えば、違う。

 たった二人の戦い。

 勇者と、魔王。

 彼ら二人の戦いだ。

 それを邪魔させないようにする。それだけが、彼らの役割。

 そして、彼らはそのことを自覚し、人類のために戦うことを誓った。それができるからこそ、勇者に指揮官として選ばれた。

 そんな彼らに、勇者が総指揮官として発した命令は、細かなことを抜けば、たった一つだ。

「死ぬな、生き延びろ」

 単純であるが故に、難しく、しかし、だからこそ、この上なく、やりがいがある。

 その命令には、誰も反発せず、従った。

 誰もが、魅せられた。

 誰もが、納得した。

 勇者が総指揮官である理由。それを、理解し、納得した。

 ――彼に、付いて行きたい。

 そう思わせる一国の王にも引けをとらない、カリスマ性。

 人類の誰も敵わない、武。

 何もかもが、総指揮官であるにふさわしい。

 人を率いる者にふさわしい。

 そんな人間を先頭に、戦が始まる。

 人間と魔族の。

 勇者と魔王の。

 最後の、戦が。


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