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利己主義勇者と良き魔王 【序】  作者: 雪祖櫛好
第五節 人魔戦争
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第五節 -14- 【勇者5】

 まさかテドビシュが負けるとは思わなかった。それに、今の自分は魔法燃焼が使えないらしい。人間の力も認めざるを得ないかもしれない。第三の言葉を借りるわけではないが、さすがに魔王様の姿を真似ているだけある。

 いつもより炎の威力が高いように思えるのは、魔王様の姿を借りているからだろうか。いや、それだけではない。これは魔法燃焼を使えないことが関係しているのだろうか? 魔法燃焼を使えなくなったのは確実に人間によるものだ。魔法燃焼を使えなくするのはわかるが、炎の威力を高める意味はあるのか? いや、意味などないに決まっている。それならば、どうして……。

 ゾォルは考える。意味は、ない。本当にそうか? なんらかの意味はあるのではないか。人間の危険性を認めるならば、それも考えなければならないのではないのか。これに隠された何かが、あるのではないか。

 ゾォルは思考を巡らせ、人間の意図したものを、戦略を、戦術を、読もうとする。だが、至らない。『純化』なんて方法。魔法燃焼と引き換えとはいえ、敵の魔法の威力を高めるなんて、思いつくはずがない。

 それを思い悩んでいることを、勇者はわかっていた。こちらへの警戒を怠らず、だが頭の中ではその謎を思い悩んでいる。勇者は表情や仕草から対象の心をある程度、予測できる能力を持っていた。これは魔法など関係がない、純粋な人間としての能力である。魔族の表情は人間とは違い、読み難くはあるのだが、魔族は人間と比べると純粋であるから、わかるのだ。考えていることは単純であることが多いから、わかる。

 だから、勇者は現在、魔法を構成していた。時間のかかる魔法。構成に時間が必要な魔法。ゾォルが思考に傾いている今だからこその、魔法構成。

「まあ、いいか」

 ゾォルは頭を掻きながら言う。月の髪が揺れ、煌めく。

「考えるより、動け、ってな」

 煌めく髪が、その先に、煌々とした炎を灯した。炎が揺らめく。

 勇者は理解する。「いきなり、思考を、変えてくれるなっ」文句を言いながら、攻撃の魔法を左斜め後方に放つ。一瞬でそこに移動していたゾォルは驚いた顔をして、再度、炎を煌めかせ、途方も無い推進力を発現し、移動する。

 勇者は対象の心を読むことで、先を読むことも可能だった。だが、ここまで唐突に、ここまでの速度での行動は、さすがに勇者にも先は読めない。魔族ならば、いずれ思考がまどろっしくなって、思考を中断するとは思ってはいた。だが、まさか、ここまでとは……。

 勇者にとって、この第六は想定外の塊だった。良くも悪くも、想定外。魔王ほどではないにせよ、魔王の姿をしているだけはある。

 魔王に比べれば、雑魚なんだろう。それはわかっているし、実際、勇者からすれば、この第六は雑魚だ。だが、これ以上、奥の手を使うわけにはいかない。魔族にこれ以上、情報を与えるわけにはいかない。

 とにかく、まずはやれるだけやってみるか。

 勇者は思い、構成していた魔法を発動。青いなにかがゾォルの足元から噴き出し、ゾォルの身体を覆う。

 煌きが見えた。「なんだ、今のは」青いなにかから逃れたゾォルが、顔をしかめて、訊ねる。

「お前用の魔法だ」勇者は言った。「俺用? どういうわけだ。俺様自身、こんなことができるとは思っていなかったのに」

「だから、魔法構成にあんだけ時間がかかったんだよ」

「はぁ?」

「まだ理解できないのか」勇者は落胆するように肩をすくめて、「そんな美しい姿をしておいて、バカなやつだな。魔王ならばわかるだろうに」

「当然だろ。魔王様だぞ」

「なんだよその根拠のない信頼は。そんなもんはただの依存だ。人間が『彼』に対して抱く信仰くらいたちが悪い。『彼』に救いを求め、理由を付けて、自分からは何もしようとはしない人間と同じくらい、な」

「彼? 誰だよ、そりゃ」

「俺も知らねぇよ。誰もが『いたらいいな』って思っている御方だ。俺が唯一敬意を払う価値のある存在、とでも言えば正しいか」

「お前のことはよく知らねェが、お前が敬意を払う相手なんて、いるとは思わなかった」

「それは同感だが、さすがに俺も『彼』には敬意を払うさ。魔族でいう、魔王みたいな存在なんだから」

「それなら、納得だ。俺たちも魔王様に対しては敬意を払っているしな」

「納得してくれたんなら、結構だ」勇者は会話中に構成した新たな魔法を発動した。

「会話中に、するか? ふつう」

 ゾォルは白き炎をその身に纏い、その膨大なエネルギーを利用し、移動することで、それを避けようとする。勇者の発動した魔法がなにかはわからないが、とりあえず、勇者から離れれば、大丈夫だろう。そんな浅はかな考えからの行動だったから、勇者にそれは読まれていた。

 炎の勢いが、一瞬、弱まった気がした。だがそれは本当に一瞬で、すぐに勢いは元に戻った。

 ゾォルはそれを気のせいだとは思わなかった。相手は勇者。警戒の必要性がある。たとえどんな些細なことであっても、勇者の行動であれば警戒に値する。かと言って、それで何かできるわけでもない。ゾォルはそれを頭の片隅に留めておくだけにした。――そしてそれは正解だった。

 今回、勇者の魔法は、ただの『失敗』だった。特別な意味があるわけでなく、ただの『失敗』。勇者としては、失敗に終わっても、それを勝手に深読みしてくれれば万々歳という気持ちでしかなかった。

 勇者に失敗という言葉は似合わない。彼は全てを計画的に進め、故に失敗など稀中の稀である。だが今回のことは勇者の想定外であった。

 予想以上に強い敵。それを攻略するにあたって、勇者は奥の手を使ってはいけなかった。それはかなりきつい。だから、勇者は奥の手を使わないことにしたのだ。

 先ほどの魔法は、魔族に初めて見せた魔法だった。しかし同時に、奥の手ではなかった。これは矛盾しているように思えるが、少し考えれば何も矛盾していないことが――矛盾していない方法があることに気付くだろう。

 つまり。

 勇者は新たな魔法をつくったのだ。

 その『眼』を使い、ゾォルを解析し、ゾォルに有効な魔法を開発したのだ。 

 それこそが、勇者が多くの魔法構成時間を要した理由である。『奥の手』ならば、そんなことはありえない。なぜなら、『奥の手』として使う予定の魔法は、(正確に言えば、奥の手の中で多くの魔法構成時間を要する魔法は)、すべて魔法陣にして、魔力を流すだけで発動できるようにしているから。あれだけの魔法構成時間を要するなんて、ありえない。

 勇者は試行錯誤していた。頭の中では思考が、理論が目まぐるしく展開され、幾つもの魔法が生み出され、没にされていた。簡単なシミュレーションをし、あまり効果がないように思えた魔法理論は捨て、即座に次の魔法へと。普通の人間ならば――たとえ魔族であっても、こんなことは不可能だろう。これは勇者の才が可能にしているに過ぎず、他の誰にも不可能な方法であろう。

 時間魔法により思考速度を加速しているとは言っても、その思考速度は、並大抵のものではない。天才などという言葉で片付けていいのかすら迷うほどに、その思考速度は桁外れだった。

 ――解析――そうか、ならこれは?――シミュレーション――失敗――次――

 魔王の姿に固定されているのだから『捕食』の魔法が通用するという可能性は? 解析してみたところ、無理だ。あれは固定されているが固定されていない。半固体とでも言うべきか。魔法の肉体を凝縮して、魔王の姿を形成し、外面上は魔王の姿に見えるようにしているだけ。中身は魔法の渦だ。表面だけならどうだろう。無理だ。表面も含めての、だ。『捕食』の魔法は使えないと判断していいだろう。

『純化』による魔法燃焼の無効化はそのままにしておいていいのか? ただでさえ厄介な炎が、『純化』によってその威力を増している。魔法を燃焼するという付加価値を考えても、『純化』は解除して方がいいのではないか? ――いや、惑わされるな。それは駄目だ。魔法燃焼ほど厄介な代物はない。今の状態で『純化』を解除してしまったならば、もう一度『純化』させるのにどれだけの時間を要するか――そもそも、可能かどうかすら怪しい。

 あの肉体が魔法であることに変わりはない。なら『対魔法』を使えば、どうだ。有効かもしれない。いや、有効だろう――が、『半固体』であることが邪魔だ。通常よりもその効力は大幅に減少すると見て間違いないだろう。

 構造を理解しろ。魔力の原理はまだ解明されていないが、俺はなんとなくわかっているだろう。『なんとなく』なんて曖昧で信用ならないものに頼るのはあまり好みではないが、魔法という分野においてはそれも信用に足るものとわかっている。なら、その『なんとなく』に任せ――さあ、見るがいい。見るんだ。視るんだ。診るんだ。さあ、觀ろ――

 魔力構造を把握する。外面だけではなく内面も。この『眼』は勇者が最も時間をかけた魔法であり、彼の最高傑作でもある。彼以外には使うことができないが、その有用性は果てなく高い。

 炎の構造式に近似しているものが見受けられる。魔力の密度が流動的に変化し続けている。『眼』の解析項目に追加――温度を解析。非常な高温。だが、大気にその熱が分散することはなく、もししたとしても、それは微熱だ。魔法は一般的物理法則の外にあるところがある。ある程度は物理法則と一致しているが、していないところもあるのだ。あれは肉体を魔法化しているが、炎や熱が目的なわけではない。魔法は対象外に作用しないこともある。無論、対象外に作用することもあるのだが……これの原因については、まだわからない。そもそも『魔法』がなんなのかすら解明できていないのだから、それは当然のことなのだが。

 ――魔力の分布……構造を……粒子?……波?……どちらでもない?……魔力の結合……連なり――もっとミクロに――魔力の種類……1=∞……千変……引っ張り合っている?……何かが作用している……魔力間の力?……振動――

 勇者の『眼』でも、見えないものは見えない――いや、『理解できない』といった方が正しいか。脳が理解を拒否しているというか……形容できないような感じがする。赤子の突拍子もない行動が、しばしば理解できないように。注視していれば、何らかの理由が――規則があることだけは、理解できる。だが、それより先には、行かない。行くことができない。『世界が違う』なんて言葉が似合うかもしれない。そう、それはまさに、この世界とは別の世界の――別次元上で起こっていることのような。

 ああ、本当に。魔力とは、まるで――そう思考を進めようとして、止める。いや、違う。魔力がそうであるとは思えない。そもそも、あれは『あったらいい』ものであって、実際にあってはならないものだ。そう。だから、この思考は否定しなければならない。魔力が『彼』の住む世界のものだなんてこと、敬虔なやつらに言ったら、異端だと決めつけられちまう。

 ちょっと脇道に逸れてしまったが、一応は、理解した。勇者は魔法の構成を始める。今の第六は最強の一端。魔王の姿をすることで自らのアイデンティティを変容(だが良い意味での変容)させ、結果として、力を高める。魔法にはそんな思い込みのようなものが驚くほどに作用することがある。これはその良例であろう。

 魔法は曖昧で適当でいい加減で……それでも確かに効果を発揮する。だが、それ故の欠点も存在することは確かなのだ。

 思い込みによる魔法の強化には『詠唱』などがある。あれは少なくとも人間にとっては素晴らしい技術であるが、あれにも欠点がないわけではない。勇者のように時間魔法を扱える者でもない限り、『詠唱』は詠唱の時間を要するものだし、相手に魔法を悟られてしまうものでもあるのだ。超高速で動く魔族が相手だったならば、詠唱などする暇もなく、人間は殺されてしまうだろう。動きが速くなくとも、わざわざ詠唱で『今から何かするから』と教えるようなことをすれば、魔族になんらかの対策が取られる可能性は極めて高い。

 それと同じく、この……名付けるならば『魔王化』とでも言おうか。魔族の特性である外見の変化を利用した方法。実際、第六が凄まじいまでの強化を成したこの方法も、『詠唱』と同じカテゴリに属する。

 だから、この『魔王化』にも、欠点は存在する。

 勇者はそれを見出した。

 そもそもこれには穴がありすぎるんだ。発想は良い。とても良い。魔族にしかできないことを除けば、俺がやってもいいくらいに、良い発想だ。だが、駄目だ。全然駄目だ。『詠唱』でさえ、口に出すことで魔法構成を手伝っているだけなのに対し、この『魔王化』は、あまりにも、穴が多い。

 穴……つまり、いい加減さ。魔法のいい加減であることを利用しているところの多さ。

 何の理論もない、ただの思いこみ。成立していることが信じ難いほどに、不確かで、だからこそ、良い発想なのだ。

 魔族にしかできないというのは、外見の変化が魔族にしかできないという意味だけではない。成立させる精神を持っていることが、魔族にしかできないのだ。

 ならば、それは勇者の得意領域だ。

 勇者の領分だ。

「お前は、それでいいと思っているのか?」

 まずは、これだ。

 精神の撹乱。

 その強引な手段を成立させている精神を撹乱させ、下準備をし――あわよくば、『魔王化』を解く。それだけでいければ言うことはないが、無理ならば、大本命だ。つまり、欠点から見出した、新たな魔法。会話中に構成するこの魔法の開発を完成させ、実用段階にまで発展させ、使う。

「あ? なに言ってんだ」

 ゾォルが眉と眉をむっと近づける。やっぱり、魔族は単純だ。簡単に引っかかってくれる。

「今の、それもだ。それもだが――お前は、それでいいと思っているのか?」

「だから、意味がわかんねぇって」

 勇者はバカにしたような笑みを見せる。ゾォルは下唇を突き出して、「なんだよ、その顔は。もしバカだとしたら、俺にわかるように質問しないお前が悪い」

「そうかもな。魔族が俺の質問の意図を把握できるとは思えない。これは、俺の落ち度だ。申し訳ない。反省するよ」勇者は頭を下げた。ゾォルは頬をひくひくと動かした。

「じゃあ、説明してやろう」ゾォルの表情を見て、あえてそれを無視して、勇者は続ける。

「お前がしているそれは、魔王の姿、ということで、間違っていないな?」

 その質問に、ゾォルはきょとんとした顔で、「そうに決まってるだろうが。何言ってんだ、お前?」

「なら、それ相応を心掛けろ、ってことだ」

「それ相応?」

「ああ。お前が魔王を尊敬していないのなら、話は別だが」

「尊敬しているに決まってるだろうが」

「わかっているよ。お前らが魔王に抱いている感情は、敬虔なる信者たちに勝るとも劣らない」

「なら、訊くなよ」

「別に訊いたわけではないが、まあいいだろう。俺が言いたいのは、魔王を尊敬しているのなら、それ相応を心掛けろ、ってことだ」

「だから、それが意味わかんねぇ、って」

「わからないのか? 本当に愚かだな。救いようがない」勇者は鷹揚に肩をすくめた。

「殺すぞ」

「できるものなら」

 白き炎が勇者を襲った。それは直撃し――だが、勇者はゾォルの背後にいた。ゾォルが忌々しげに舌打ちした。あれは、第七の……。勇者の輪郭に、黒い影のようなものが見えた。

「さて、かくも優しく慈悲深い俺が、愚か極まれりお前に、ありがたくも教授してやろう。はづかしき俺を敬い、崇めることを特別に許そう」

「んなこと、するわけねェだろ」

「その口調だ」

「あ?」

「その口調だよ、俺が言いたいのは。それとも、魔王はそんな口調なのか?」

「違ぇよ」

「なら、お前の口調は、不敬に値する」

「不敬? 当然だろ。俺様がお前を敬うとでも?」

「俺じゃあないさ。魔王に、だ」

「魔王様に? 俺の口調が、どうして魔王様の不敬になんだヨ」

「わからないのか? 少しくらい思考したらどうだ? ヒントをやろう。お前は自らの姿を見ようとは思わないのか?」

「俺の姿を見る? んなことに、どんな意味があんだよ」

「あるさ。今のお前の姿ならば」

 ゾォルはその言葉に眉を上げ、「そうだな。今の俺の姿は、魔王様の御姿を借りたものなのだから、恐れ多くもそれを拝見することは、無尽の意味がある」

「それで、何を思う?」

「お前も魔王様の御姿に気をかけるとは、ようやく魔王様の素晴らしさの一端を知れたのだろうな、と。確かに今の俺の姿も、拝見するに恐れ多いが、本当の魔王様はこれの比ではない。拝見するだけで恐悦至極であり、満たされる。お前がその御姿を拝見する機会は未来永劫訪れることはないだろうことが、残念だ。あの御姿を拝見せずして死ぬとは、一生を無駄にしているに等しい」

「そうか。それはそれは、楽しみになった。魔王の姿はそれほどまでのものなのか。期待が膨らむばかりだ。だが、今はそんな話をしたいわけじゃない」

「なら、何の話だ」

「わからないのか? ここまでやって? ほとほと呆れるばかりだよ。それほどまでに、お前は愚かなのか」

「俺じゃねェ。お前だ」

「魔王の姿を借りるのであれば、それ相応の口調をせねば魔王に対する不敬に値する」

 勇者が言った。

「俺は、そう言っているんだ。お前は今、魔王の姿をしているんだ。なら、その姿をして、いつも通りの口調というのは、おかしい話ではないか?」

 勇者は『眼』でゾォルを見つめる。魔力配列の揺れからゾォルの感情状態を予測し、効果的に間を置き、言葉を放つ。

「第六.お前はいつも通りの……言うなれば、下品な口調をしていた。それを、魔王の姿で、していたのだ。魔族に口調の品などあるのかどうかは知らんが、今までの経験上、人間と魔族の文化は、ある程度は一致しているようだから、たぶん、それに類するものはあるのだろう。なら、お前にはわかるはずだ。今のお前にはわかるはずだ。『それ』は、不敬に値する」

 ゾォルの瞳が揺れる。蝋燭に灯した炎のように、揺らめく。

「魔王の姿を借りる……その時点で、あまりにも不敬だとは思わないか? そのようなこと、お前如きに許されることではないだろう」

 ゾォルの輪郭が、揺らめく。境界線が曖昧になってゆく。魔法が漏れる。

「第六。お前が魔王の姿を借りるなど、許されることではない。その罪、極刑に値する」

 だが。

 勇者はわかっていた。ゾォルの精神状態は、今、不安定だが、だからと言って、安心はできないということを。

 確かに、順調だ。だけど、これだけじゃ、まだ、足りない。

 精神を揺らすことによって、ある程度の弱体化には成功した。しかし、まだ、足りないのだ。精神が揺れるだけでは、『魔王化』は、解けなかった。

 あと、ひと押し。そう、あと、ひと押しだ。それはあとひと押しだけで済むのではない。あと『ひと押し』が必要なのだ。ひと押しがなければ、ダメなのだ。

 そして、それは、成った。

 勇者は思わず、笑みをつくった。ああ、これだ。この感覚。これは、いい。これこそだ。

 シミュレーションなど、もうする必要もなかった。

 そう、あとは、これを発動するだけ。

 魔力を流し、『ひと押し』する。

 たった、それだけだ。

「がら空きだ」

『介入』。

 その応用を、勇者はした――結果、『魔王化』は、解けた。

 ゾォルははっとして、『魔法化』――炎に身を任せようとして――しかし遅かった。

「消えろ」

 勇者は『攻撃』の魔法を放った。

 その跡には、何も残らなかった。


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