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利己主義勇者と良き魔王 【序】  作者: 雪祖櫛好
第五節 人魔戦争
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第五節 -9- 障害 【勇者4】

 ゾォルが笑った。

「お前が何をしたのかはわからねぇがヨ。こうすりゃ、全て同じことだ」

 言うと、彼の身体から炎が噴き出した。そして、その炎は、一瞬で辺り一面に広がった。

 魔法燃焼。

 魔法を燃やす炎。

 それを使えば、勇者がどんな魔法をしていたとしても、そのすべてを攻略することができる。

「無論、第六だけにさせてはおけんよな」

 テドビシュが言った。

「故に、此処を力で埋め尽くす!」

 彼は自分の身体から、単純で膨大な魔力を噴き出した。それは一瞬で辺り一面に広がり、そこにあった全てを破壊した。

 それを見て、勇者はこいつらバカだろと思った。さすがにここまでバカだとは思わなかった。ゾォルが魔法を燃やす炎で辺り一面を埋め尽くしているのにも関わらず、どうしてテドビシュは辺り一面に魔力を噴き出したのか。無駄でしかないだろう。ただ単に魔力の無駄遣いをしただけではないか。

 さらに、大前提として、魔法燃焼なんて魔法を持っている魔族に、勇者が魔法を仕掛けるわけもない。勇者は魔族のことを常々バカだと思っていたが、こいつらはその中でもバカだと思った。そのくせ、強くて厄介なのが、さらに苛立ちを助長するが。

 これで無駄に魔力量が少なくなっていればそれ以上良いことはなかったのだが、さすがにそう上手くはいかなかったらしい。勇者は眼で見て、ある程度の魔力量を把握した。今ので消費された魔力は、全体の魔力量の千分の一もない。

 ゾォルは自らの存在を拡散させただけだからまだわかるが、テドビシュの方は、本当にふざけた魔力量だ。あれだけの大規模な攻撃で、千分の一も消費していないとは……。

 やはり、今までに戦った魔族の中では、最も強い魔族だ。勇者は思った。

「だが、それでも、俺の勝利は変わらない」

 勇者は自らの持つ剣に魔力を込めた。そして、思い出す。

 第三。

 王を殺した、あの魔族を。

「確か、こうだったな……世界切断」

 勇者は剣を振った。同時に、世界が割れた。

 テドビシュとゾォルを分かつように、二人の中間の世界が、裂けた。

《リスト! お前には第六をやる。兵を使って、あいつを殺してみせろ! それが無理なら、お前は第三と戦う資格が無い。無駄死には御免だからな、戦わせないぞ!》

 勇者は叫ぶようにして通信魔法を使った。そして、降りる。空の遥か高い場所から。

 勇者を含む、全ての人間は空にいた。勇者はあれだけ煽ったのだから、無駄に魔力を消費するだろうと思い、全ての人間を空に退避させていたのだ。テドビシュは地面だけでなく、上空にも魔力を放ってきたから、もしかしたら届いてしまうのではないか、と肝が冷える思いだったが、空を狙っているわけではなかったので、届くことはなかった。

「第五。お前の相手は、俺だ」

 勇者はテドビシュの前に降り立った。

 テドビシュは笑った。「第六を、雑魚どもに任せてもいいのか?」

「雑魚同士の戦いなんだ。数が多い方が勝つに決まっているだろう」

「第六を雑魚呼ばわりか。ならば、オレも、雑魚なのだろうな」

「無論だ。お前は、雑魚だよ」

「ならば、勇者も、雑魚ということになるが? いや、雑魚以下ということに、な」

 勇者はその言葉に、歯を剥き出しにして、笑う。

「はっきり言おう。お前は、予想以上の魔力量だった。第四以上の魔力量だとは思っていなかった」

「当然だ。オレは小細工は苦手だが、力技は得意だからな」

「故に」勇者は言った。「お前には、予定より多く魔力量を消費して、戦ってやろう」

 勇者は剣を振った。世界切断。世界ごと、テドビシュの右腕を切断する。「速いな。だが」テドビシュは左手を勇者に向け、魔力を放出。膨大な魔力が勇者を襲う。その刹那の間、勇者は時間魔法と魔力放出を併用し、移動。時間魔法を解除し、テドビシュの魔力は勇者に当たらず空に広がる。

 勇者はその時、テドビシュに背を向けており、だから、テドビシュは勇者にもう一度、魔力を放とうとする。しかし勇者は何の予備動作もなしに、攻撃の魔法を発動し、それはテドビシュに向かった。テドビシュはそれに少しだけ驚くが、予定通り魔力を放つだけで、それを相殺する。勇者はテドビシュの方を向き、右手を出す。魔法陣が展開される。「地の獄からの鎖」勇者が言う。『詠唱』。突然、テドビシュの身体が重くなり、地に倒れ伏す。

「大地よ陸よ、在るべき姿へと帰せ」勇者の言葉。『詠唱』。地が大きく揺れ、テドビシュのいる場所に亀裂が走り、割れる。先の魔法の影響により身体が重くなっているテドビシュは、そのままその裂け目に落ちる。「もう一度だ」言った瞬間、閉じる。

 勇者は魔法陣を新たに展開し、すると、地面が爆発する。勇者の仕業ではない。つまり、テドビシュの仕業。

「なんだ、今の魔法は」テドビシュの質問。

「俺こそ訊こう。なんだ、その姿は」勇者の質問。

「質問に答えよう」勇者が言う。「魔力を最小限に抑えるために、自然の力を利用しただけだ」

「質問に答えよう」テドビシュが言う。「これが、オレの、真の姿だ」

「なら、最初からその姿になっておけばよかっただろう」

「そんなことはない。姿が変わるだけで、その強さが変わることはない」

「なら、どうして、真の姿とやらになったんだ」

「あの姿を維持するだけの余裕が消えただけの話だ」

「バカ正直にそんなことを話してよかったのか? やっぱり、畜生は畜生だな」

 テドビシュの姿は変わっていた。

 巨漢と形容するべきだったその肉体は、さらに一回り大きくなり、とても人間とは呼べないものとなっていた。5メートルほどはあった。その額の角は、さらに大きくなり、目も大きくなった。口に牙があり、鋭い爪があった。

 その姿はまさに『鬼』だった。東洋で進行されている宗教にある、『羅刹』のようでもあった。

 羅刹。勇者は思い出す。確か、破壊と滅亡を司るんだったか。この魔族は羅刹なんて言葉ができる以前から存在していただろうから、もしかしたら、鬼や羅刹なんていうのは、こいつのことかもしれない。

「よもや、ここまで強いとは思わなかった。故に、オレも、それに応えよう」

「俺としては、応えてほしくはなかったんだがな」

 テドビシュが勇者に腕を向けた。そしてその腕がぼこぼこと隆起した。腫瘍のような隆起が、ぼこぼこと生まれる。それはさらに肥大していく――という、錯覚。

 実際は目に見えるほどの膨大な魔力がその腕に集まっていただけであった。……いや、魔族の肉体は魔力で構成されているのだから、ある意味では、それは錯覚ではなかったのかもしれないが。

「ただの魔力? いや、これは」

 眼。勇者は自らの魔法の粋によって成ったその『眼』により、テドビシュの魔力を解析した。魔力配列の変化が止まらない。常に変化し続けている。何の魔法なのかわからないようにしている? いや、魔力の流れ、配列によって魔法を予測できるなんて、俺以外に存在するとは思えないし、俺がどうやって魔法を解析しているのかは誰も知らないはずだ。ならば、これは何だ? 何の意図があってのことだ? 魔力配列の変化。絶えず、変化し続けている。その理由は……。

「まさかッ」

 勇者は自らの目を、『眼』を、疑った。理解したのだ。テドビシュの魔力がどうして常に変化しているのか。どのような魔法なのか、解析できないのかを。

 その理由は単純であった。

 あれほどの魔力にあって魔法を構成している途中だからだ。

 勇者は思考を巡らせる。魔法構成速度が遅いのか? いや、違う。魔族の魔法構成速度が遅いわけがない。それが先入観? 違う。あれほどの魔力を扱う者が魔法構成速度がただ遅いだけとは思えない。そもそも魔族に寿命なんてものはなく、つまりそれだけ長く生きてきたということ。ならば、それを改善する時間は十二分にあったはず。あれだけの魔力量だったのだから改善する必要がなかった? そうかもしれない。いや、だが、違う。魔法構成速度が、遅いだけではない。俺に比べれば遅いかもしれない。しかし、十分に速い。あの魔力配列の変化を見れば、理解できる。そんなことは明白だ。つまり、あれは、あの魔法は――

 勇者は舌打ちをした。これは、できることなら、魔王と戦うまではしたくなかったんだが、仕方ない。今は、この魔法が先決だ。

「それは厄介だ。介入させてもらうぞ、魔族ッ!」

 勇者は魔法陣を展開。発動させる。

『介入』。

 勇者は魔法を研究し、どのように魔法が発動されるのかを知った。魔力配列の変化によって、魔法は発動されるのだ。特定の魔力配列になった時、特定の魔法が発動される。感覚で魔法を扱う魔族は無論のこと、理論で魔法を扱う人間ですら、知らないことであった。

 そして、特定の魔力配列によって、特定の魔法が発動されるのならば。

「……勇者。何を、した?」

 その魔力配列を乱せば、魔法は発動されない。

「魔法だよ」

 勇者は笑った。実際のところ、笑っていられる状況ではなかった。おそらく、この戦闘は見られている。だから、こんなところでこの魔法を使いたくはなかった。戦闘において、情報ほど優先されるものは少ない。自分がこのような魔法を扱えるということを知られるのは、魔王と戦うまでは、避けたかった。

 だが、仕方がなかったのだ。今のテドビシュの魔法は、こうでもして防がなければ、死んでいた。あまりにも膨大で、あまりにも複雑な魔法。故に、あれほどの構成時間を要した魔法。いや、予想では、もっと時間は必要だっただろう。もしも魔族が魔法陣を扱えたならば、やばかったかもしれない。勇者をしてそう思わせるほどの魔法であった。

「折角、このオレの魔法を見せてやろうと思うたのに。あれは、魔王くらいにしか見せたことがないのだぞ? もったいない」

「いいんだよ。その魔法は、もし見たとしても、俺には扱うことができない。征服しても無意味だ。俺の戦いとは、相性が悪い」

「そうさな。オレにとって、あれは渾身の魔法だが、魔王からすれば、あんなもの、一瞬で発動できる。その魔王相手に、力勝負を仕掛けることほど、愚かなこともない」

 勇者は苦笑した。威力は未だわからないが、あんな魔法を、一瞬で? 魔王はどれほど強いのだ。

「だが、オレとの戦闘中に魔王のことを考えるか。妬けるぞ」

「そう言うな。そもそも、俺の目的は魔王なんだ。その邪魔をしているのは、お前だろ」

「そう言えば、そうだったな。忘れていた」テドビシュは豪快に笑った。

「お前が忘れるなよ。ったく、これだから、魔族は……」

 その先の言葉を、勇者は飲み込んだ。これだから魔族は嫌なんだ。人間よりも、人間らしい。人間などよりも、余程、性格がいいやつばかりだ。

「惜しいよ。もしも魔族が魔族でなく、人間だったのならば、俺は喜んで、お前らを救ってやったのに。もしくは、俺が、魔族だったのならば」

「そのような夢想に意味はないぞ、勇者。我らが敵よ。オレたちが魔族であり、勇者が人間であるというのは、確固たる事実だ。そのような夢想に思いを馳せる暇があるのならば、オレを見よ。そして、戦え。オレは、それだけを望むッ!」

「そうか」勇者は呟き、ふっと笑った。そして心の中だけで、感謝を述べた。

「いいだろう、魔族。光栄に思え。この俺が、お前の最期を看取ってやろう」

「こちらの台詞だッ!」

 テドビシュが言い放った、直後。

 勇者は一切の躊躇なく、予備動作もなく、攻撃の魔法を発動した。

 攻撃の魔法がテドビシュの身体を覆う魔力の鎧に至った瞬間に、テドビシュは勇者からの攻撃を察知する。テドビシュはその躊躇ない攻撃に目を丸くさせながらも、体表から魔力を放出。テドビシュの魔力の鎧はほとんど無意識状態で漏れ出た魔力による産物であったが、今回は意識的に鎧を形成した。つまり、その魔力密度は通常の比ではなく、並大抵のことではびくともしない鎧となっていた。

 しかし当然ながら、勇者の魔法は並大抵のものではない。加えて、勇者はその魔法を一発だけではなく、連発していた。何の予備動作もなく連続して放たれるその魔法は、テドビシュの鎧など一秒も経たず削りとってしまうほどの威力を持っていた。

 故に、テドビシュが魔力の鎧を意識的に形成したのは、それだけで勇者の魔法を防ごうと思ったわけではなかった。テドビシュが鎧を形成したのは、ただの時間稼ぎでしかない。一秒も稼げれば御の字と思ってのことでしかなかった。

 一秒以下で何ができるのか。

 魔法。

 勇者以外の人間ならば不可能だろうが、魔族は一秒もあれば、よほど複雑でない限り、ほとんどの魔法を発動することができる。

 テドビシュは魔力の鎧で攻撃の魔法を防ぐことによって稼いだ、一秒にも満たない時間で、その魔法を構築した。人間相手に使うのは二度目の魔法。『防御』の魔法。それを構築し、発動した。

 ただの魔力だった魔力の鎧が変質し、『防御』に最適な状態へと姿を変える。テドビシュの膨大な魔力を防御に最適な状態へと変質させる魔法。それがテドビシュの『防御』の魔法だった。

 ただ纏うだけで鎧にもなるほどの量の魔力を持つテドビシュの場合、この魔法は絶大な効力を発揮する。実際は防御に適さないただの魔力ですら、(一瞬とはいえ)、防ぐことができるのならば、『防御』に最適な状態へと変質させた魔力ならば、どうなるか。考えるまでもない。容易に防ぐことができるに決まっている。

 ――だが。

 勇者はテドビシュの予想を超越していた。

 テドビシュが鎧を意識的に形成し、魔法を構築した――その一連の流れを、勇者は全て見ていたのだ。しっかりとその目で、見ていたのだ。そう、しっかりと。

 その『眼』で。 

「乱れ、散ぜ」

 勇者は介入の魔法を発動。一秒にも満たない魔法構成時間だったが、時間魔法によって一時的に意識速度を高めている勇者にとって、その時間は介入するには十分過ぎる時間だった。

『介入』とは対象の魔力配列を成す魔力へと自らの魔力を介入させることによって成る魔法だ。つまり、発動させるためには対象の魔力配列を成す魔力へと自らの魔力を届かせる必要がある。テドビシュは魔力の鎧を形成しており、故に外から魔力配列を成す魔力までに自らの魔力を届かせるのは難しく、そもそもそれができるのであれば、攻撃魔法も届くということであり、それはまさに本末転倒というものである。

 ならばどうするのか。その方法を勇者が考えていないわけがなかった。このような展開を、勇者は全く予想していないわけではなかったのだ。

 だから、勇者は念の為に、とある仕掛けをした。

 テドビシュたちが目を閉じている間に、勇者は魔法陣を展開・発動していた。ゾォルの魔法燃焼を回避するために、魔法ではないが、似たもの。それを対象へと定着させるための魔法。

 それは勇者がこんな時のことを考えていた証。介入の魔法を使うことになるかもしれないと思い張っていた予防線の一つ。

『介入』のための、道標。

 魔力の通り道。

 物質的な世界を超越して繋がる『道』を形成する魔法。

 それを発動し、勇者はテドビシュへの『道』を確保した。魔法燃焼の炎で肉体が形成されているゾォルには、『道』を形成することが叶わなかったが、テドビシュには、成功した。

 故に。

 勇者は――

 テドビシュに。

 その魔法に。

 その魔力配列に。

 ――『介入』することが、可能だった。

 結果、何が起こるか。

 いや、何が起こらなかったか。

 それは説明する必要もないだろう。

 テドビシュの魔法は発動せず、防御の魔法は発動せず、

 だからテドビシュは、勇者の『攻撃』の魔法により、一秒も経たず魔力の鎧を削り取られ、生身で『攻撃』の魔法を受けることになった。

 勇者はそれを確認して、『攻撃』の魔法を放つのを中断することなく、ただ一心に『攻撃』の魔法を連発した。

 用心な使用人が掃除の際に一片の塵すら残すのを厭い、何度も繰り返し、同じ場所を拭くように。

 何度も、何度も。


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