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利己主義勇者と良き魔王 【序】  作者: 雪祖櫛好
第一節 少年と魔王
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第一節 -8- 魔王は玉座に、少年は戦場に。

 魔王が玉座に戻ると、そこにはシャムとピーピリープリーだけがいた。

「エレクトロ、チャイオニャ、コラプスは?」

「チャイオニャコラプスはー、帰りましたよぉー」

 魔王が訊ねると、ピーピリープリーが可愛らしくも間延びした声を発した。

「では、エレクトロが行ったのか」

「そうでーす。私はぱぱっと要塞造ってる途中でぇーっす」

 ピーピリープリーは空中に浮かんだ球状の映像に指を振る。その映像は先ほど魔王が消滅させた場所を映しており、そこには既に要塞のようなものの形が出来上がっていた。

「内部構造とか、機能についてはまだまだですけど、形だけならあと数分で終わりまーす」

 その言葉に魔王は少々驚いた。そして、心配げに訊ねる。

「そうか。貴様にしては遅いではないか。どうした?」

「いやー、魔王様がそれを言いますか。魔王様の魔力の余波で私の魔力が届きにくくなっているんですよぅ。だから、遅くなるのも仕方ないっていうか」

「なら良い。シャム、エレクトロは何時、発った?」

 シャムが魔王に頭を下げ、答える。

「魔王様が戻ってこられた七分前ほどです」

「ということは、ピーピリープリーが要塞を完成させると同じくらいに到着するか」

「いえ。エレクトロは魔力を節約すると言っていたので、数日はかかるでしょう」

「魔力の節約か。良い心掛けだ。今回の敵は、少々手強そうだからな」

 魔王の言葉に、シャム、ピーピリープリーは驚愕に目を瞠った。

「魔王様が、言うほどなのですか?」

「ああ。妨害魔法を扱え、更にはあれ――ディープリースを倒したのだ。それだけでも、充分だとは思わないか?」

「いやいや。魔王様だったら、それくらいじゃあ、手強いなんて言わないでしょお。だって、魔族統一の時でも、その言葉を口に出したのは、シャムさんとか、フェイくらいじゃないですかー」

「そうだったか? まあ、良いではないか。少なくとも、我には、此度の敵は手強いように感じられるのだ。それだけで、充分だ」

 言って、魔王は笑った。

 無邪気でいて不敵な、まるで最高の玩具を目の前にした児のような表情で。


      *


 エレクトロは走っていた。

 その四肢を使い、地を蹴り、とてつもないスピードで走っていた。

 その走りには黒き影のようなものが残像として残り、脚が地に着くごとにその地表が黒く染まった。

 そこにエレクトロ以外の魔族は存在しなかった。エレクトロにも多くの部下はいるが、彼はその部下を使うことを安易に是としなかった。

 その理由は様々だ。一つに部下の命の重要性を良くわかっているから。二つに自分が部下たちよりも圧倒的に強いことがわかっているから。

 そして、現在においては、自分自身の目で見なければ納得できないからであり、そもそも魔力の消費を抑えながら走ってここまでのスピードを出せるのは、エレクトロの部下には存在しないからであった。

 エレクトロが一人で走っているのにはそのような理由があり、では彼の部下はどうするのかというと、それは簡単である。

 エレクトロが先に行くことで、転移魔法の転移先を指定できるのである。転移魔法では転移先を指定しなければ転移できない。故に、エレクトロは転移先を指定するために、一人、走っているのである。

 魔王がそれより以前に現在エレクトロが目的地とする場所に転移したが、その指定先は最早使うことは叶わない。魔王の消滅魔法により、指定先は人間の拠点ごと消滅した。

 一応、転移指定点は人間の拠点より数キロメートルは離れた場所にあったはずなのだが、如何せん、魔王の消滅魔法であれば、それほど先の地点であっても消滅するのは当然のこと。それを考えれば、魔王以外の者が向かうべきなのだが、此度のことは、理屈ではない。魔王直々に向かうことが、一種の弔いなのだ。

 エレクトロ自身、人間に殺されたというディープリースとは面識があった。そして、彼はとても良い魔族であったと記憶していた。強い魔族だと言うことにも。

 無論、ディープリースはエレクトロよりは弱い。それは当然のことだ。しかし、それでもエレクトロが認める程度には、ディープリースは強かった。

 そのディープリースが、人間程度に殺された。それは容易には信じられないことであったし、現在でも信じ切れてはいない。

 ただ、エレクトロは決意していた。

 ディープリースを殺した人間と出会うことがあれば、自分が相手をし、殺すと。

 そして、それをディープリースに捧げると。


      *


 少年はリスト、グローリーを連れて、北地区近郊へと来ていた。

 転移魔法を使っての移動だった。しかし、それはグローリーやリストによる転移魔法ではなかった。彼らの転移指定点は既に消滅してしまっていたのだ。

 ということは消去法で少年が転移魔法を使ったと言うことになるが、少年が転移魔法を使うことができたのは、当然のこととして、転移指定点が残っていたからである。

 少年は保険として、北地区から遠く離れた地点にも転移指定点を刻んでいた。無論、グローリーも数キロメートル先ならば刻んでいたが、少年の場合、もっと先まで刻んでいた。

 それをグローリーとリストは不思議に思ったが、少年曰く、「俺はこんなことが起こることを予想していたんだよ。だから、グローリーたちにも転移魔法を付加したんだしな。まあ、今回のことは、少し予想外だったがな。念のため、ここにも転移指定点を刻んでおいたが、良かったぜ」だそうだ。

 少年は簡単に言ったが、無論、簡単なことではない。グローリーが刻んだ数キロメートル先が、その『念のため』なのだ。だが、少年は数キロメートル先に転移指定点を刻むことなど、念のためではなかった。全ては予想の範囲内のことだったのだ。もしも、魔王の襲撃がなかったとしても、それはそれで予想の範囲内のことだったのだろう。グローリーとリストはこの少年の底の深さに一種の恐怖さえ覚えていた。これほどまでの若さで、これほどまで最悪の事態を予想する少年。それは、一種の恐怖を覚えるに充分値するものであった。その、今までの、生涯に対して。

「待て」

 少年がグローリー、リストを制した。手をグローリーとリストの前に突き出したまま、少年は遠いものを見るように目を細めている。

「どうしたのだ?」

 グローリーが訊ねると、少年は険しい顔をして答えた。

「……これ以上近づくと、気付かれる。結界魔法、それも遠隔の。確かに、結界魔法ならば場所さえわかっていれば転移魔法のような指定点がなくとも遠隔で発動することはできるが、これほどまで巨大な結界魔法とは、な」

「どうするのですか?」

「様子見、と言いたいところだが、あの結界魔法は厄介だ。結界により異世界へと変幻した世界と術者が繋がっている。いや、正確には、結界により世界を切り取っているのか。確かに、それならば実際のスケールよりも小さくできる。あれほどまでに大きな要塞を造るため、まず空間のスケールを小さくしたのか。そうすれば、造るだけならその小さいスケールで作業することができる。作業時間の短縮と簡易化。おいおい、しかもこの術式、魔王のそれとは違うじゃねえか。魔王以外にも、こんなもんができる奴が魔族にはいんのかよ。道のりは長そうだなか、おい」

 少年はどこか興奮した様子で声を上げる。

「よし。決定だ。グローリー、リスト。今すぐ突撃する。だが、お前らは絶対に戦闘に参加するな。隠蔽魔法をかけておくから、結界の術者にはばれないだろう。しかし、俺の予想では、もう一匹、魔族が来るはずだ。要塞が出来た後に、その主となる者が、な」

 すると、グローリーとリストは慌てた調子で尋ねる。

「では、私たちはどうすれば?」

「見ておけ。俺の戦いを。そして、学べ。もう俺という生意気なガキに頼らなくても済むようにな」


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