第五節 -4- 障害 【シェーラ2】
シェーラは船を降り、凍らせた海面に立っていた。
《……勇者はいないようだが、そんなことで、我らに勝てると?》
海から響くように、通信魔法が聞こえた。シェーラは気丈に、凛とした仕草でその雪色の髪をさっとかき上げ、
「無論だ。逆に、『第八』程度が私に勝てるのかと訊ねたいくらいだ」
しかし、その言葉は即答される。
《ならば答えよう。勝てる》
同時に、海からなにかが飛び出した。長い、長い、なにか。
それは、青かった。それで、ルイアの尾だということが予測された。つまりそれは、そのなにかが、四本存在するということを表す。
そして、それは、まるで……
「龍?」
自分たちが想像するような『竜』ではなく、東洋人が想像する『龍』に、それは酷似していた。
龍は一本(?)しかまだ現れていなかったが、あれがルイアの尾であるならば、四本あるはずだ。警戒しなければならない。シェーラはそう思い、周囲に意識を集中させ、
故に一本目の龍への注意を怠った。
《それは悪手だったな、人間》
龍が青く煌き、その口から魔力が放たれた。シェーラは周囲に意識を集中させていた故に、それの対応が一瞬遅れ、龍の魔力はシェーラを飲み込んだ。シェーラが凍結させた海面の周囲、すなわち海にもその衝撃は伝わり、辺り一面を覆い尽くすほどの量の水飛沫が舞った。
《……やはり、勇者以外の人間は、この程度か》
龍が船の方を向いた。
《次は、お前らだ》
その通信魔法に、船に乗っていた兵たちは、誰一人として、怯えず、ただ、戦闘体勢を整えていた。
「ほう」とルイアは海の底で感心したように声を漏らした。「威勢のいい人間が、今日は多いな。おそらく、あの女が最強であっただろうから、戦力は期待できないが、あれだけの数がいれば、少しは、愉しめそうだ」
ルイアは海上の龍に意識を集中させた。無論、それは四本の中の一本に過ぎず、つまり、ルイアは油断し、遊んでいた。
それは悪手だった。
「凍れ」
その声に、ルイアは驚き、だが、もう手遅れだった。
いつの間にかルイアよりも下にいたシェーラが、腕を振った。
海上に、氷の華が咲いた。