第一節 -7- 少年の笑み
そこまで思い出して、グローリーは思った。魔王が現れたことは覚えている。それは何故だ、と。
「魔王の性格が悪かっただけだ」勇者がまるで心を読んでいるように口に出した。「あいつ、わざと魔王と言う名だけは覚えておくように調整したんだよ。そうして、自分はそれほどの魔法の使い手なのだ、と見せつけるためにな」
「誰にですか?」
「俺にだ。というより、それ以外には考えられない。あそこにいた魔族を殲滅したのは俺だし、その時妨害魔法を使っていたのも俺だけだからな」
「……お前も、妨害魔法とやらが使えるのか」
「当然だろう。そうじゃなきゃ、どんな魔法かなんてわかるかよ」
さらっと言う少年だが、おそらくこの国には少年以外にこの魔法を扱える人間はいない。
「そう言えば、話は変わるがグローリー。まだお前から礼の言葉を貰ってないんだが?」
少年の言葉にグローリーは「うっ」とうめくように声を出す。
「……何故、貴様にこの私が礼など」
「この国の騎士様は自分の命だけでなく自分が守るべきだった民衆すら救ってくれた恩人に一つの礼すら言えないのか。やれやれ、国王陛下、この国はもう駄目かもしれないぜ?」
鷹揚に肩をすくめながら少年は王に目を向ける。
「ふむ。それは困るな。貴公の目は確かだ。そのような者に見限られては、本当にそうなるやもしれぬ。はてさて、どうすればよいものか」
王はわざとらしく嘆きの声を上げ、両腕で頭を抱えるようにする。その顔は半笑いだった。
それにグローリーはぷるぷると震え、堪え切れなくなったように言う。
「わかった! 言おう。だから、もう止めてくれ。陛下も、もうお止め下さい」
「何をだ? 俺にはよくわからんなぁ」
「うむ。余にもわからん。どういうことだ、グローリー」
両者が笑いで肩を揺らして言う。グローリーは少なくとも笑いではない感情で肩を震わせ、言う。
「……私たちの命を救ってくださって、ありがとうございます。貴方様の魔法がなければ、私たちは地区ごと消滅していたでしょう。此度のことは、全て貴方様のおかげでございます」
それに堪え切れないように少年はぶっと吹きだした。
「グローリーがそんなこと、言うなんて……これは堪えることなんてできるはずねぇだろ」
腹を抱えて苦しそうに少年は言う。グローリーは顔を真っ赤に染め上げ、震えていた。
何故グローリーが少年にこんなことをしているかと言うと、グローリーが生存していることは少年のおかげだからである。
魔王により襲撃されたグローリーたちがいた北地区だが、そこにいた人々は全員生存している。
それが何故かというと、やはり少年のおかげなのである。
少年はグローリーたち北地区に残る者たち全てに魔法付加をした。その魔法とは転移魔法であり、付加された者が危険になれば即座に特定された場所に転移させる魔法である。
少年は王に頼み、それだけの人間が入るだけの部屋を確保してもらい、そこを特定された場所とした。
実のところ、グローリーたちは自分たちに魔法付加されているとは知らず、最初に転移してきた時は何故自分たちが生きているのかと疑問に思った。しかし、そんなことをする人間は少年しかおらず、出来る人間も少年しかいなかった。
少年は魔法のエキスパートとも言える人間たちに一切気付かれずに魔法付加を施していたのだ。それを知った時のグローリーは憤慨とともに深い感謝の念を抱いていた。だがやはり生意気だという感情を消せず、そもそも少年に感謝は個人的にしたくはなかった。
「でも、良かった。お前が、生きてくれて」
少年が柄にもなく、真摯な表情で言った。
グローリーは恥ずかしそうに顔を赤らめ、「……ふん。それに関しては、本当に――」
「死んだらもうからかえないもんな!」
「貴様ッ! 少し感動してしまったではないかッ!」
グローリーは剣を抜き、少年に向かって空間停止魔法を使う。しかし、少年はやはりいとも簡単にそれを防いだ。
「おいおい。魔法をそんな無駄使いすんなよ。俺ら人間は、魔族を殺すことくらいでしか魔力を増やせないんだからよ」
その言葉は正論であり、頭に血が上っていたグローリーも逆らえずに剣を鞘に収めた。
「……で、結局、用はなんだ? ただその話をするために俺を呼んだってわけじゃあ、ないんだろう?」
「左様。貴公には、北地区へ行ってもらいたい」
「北地区?」王の言葉に少年は顔をしかめた。「あそこは魔王によって消滅されたんだろ? 今更、どうしようって言うんだ?」
「現在、北地区に魔力波が検知されている」
少年は驚きに目を瞠った。
「そうか。そういうことか。魔王の奴、やってくれるな。全てを消滅させることで、逆に新しく拠点を造るには好都合ってわけか。そして、北地区は、この国に隣接した地区。とられたくは、ないな」
「ああ。貴公のことだから遠視魔法か何かでもう見ておるだろうが、魔王はきれいさっぱりと言えるほどに北地区の全てを消滅させた。そして、あの形は……」
「要塞、か。大きく半球状に抉り取られた大地は、おそらくその基盤のための部分。掘り進めることの短縮と俺たち人間が作り出していた全ての解体作業の短縮」
「そうだ。そしておそらくは、その要塞の形状は球。下半分は大地に隠れて見えぬ故、外からはドーム状に見えるだろうが、魔族どものことだ。何か細工をしているだろう」
「あいつらの魔法に関する技術は人間とは比べ物にならないからな。俺の予測では、おそらくその要塞は移動要塞だ。魔法によって浮遊し、移動する要塞」
「それが完成すれば、少し不味いな」
「そうだ。そして、魔法を扱う魔族どもならば、そんな要塞ですら、数日も経たずに建設できるだろう」
「……行ってくれるか?」
「無論だ。その代わり、グローリーとリストを連れていく。それ以外は、必要ない」
「許そう。では、頼んだぞ」
王の言葉に、少年は口の端を吊り上げた。
「任せろ。ついでに、これが俺に頼む最後になるようにしといてやるよ」