終わりの始まり 【Ⅱ】
魔族の軍。
魔族の大群。大軍。
魔族の奔流とも言うべきその光景は、普通の人間ならば見ただけで卒倒するような光景だった。魔法を扱える人間ならば、その魔力量に恐れ慄き、即座に死を覚悟するような光景だった。
先頭には、最も巨大な魔族。
三対六本の強靭な脚は地を蹴り、猛スピードで障壁へと向かっている。脚から視線を上げると、それは馬の胴のようだった。そして、そこから人間の上半身のようなものが出ている。上半身が人間。下半身が馬という、半人半馬、つまりはケンタウロスを思わせる姿だったが、脚が六本の時点でわかるように、それはケンタウロスと全く同じではなかった。
上半身は毛深く、腕は脚と同じように三対六本。筋骨隆々としていて、その手には武器があった。
真ん中の一対は右手に斧。左手に槍を持っている。上の一対はその両手で弓を構えている。下の一対は武器を持っておらず、だがその両腕にはびっしりと紋様が刻まれていた。
その魔族の肉体は、およそ五十メートルもあった。故に、魔族が持つ武器も、それ相応の巨大さということだ。
「征くぞ! 我が戦友たち! 蹂躙だ!」
『蹂躙する! 我らは第四トーラ様の配下! 全てを蹂躙する者たちなり! 蹂躙する! 蹂躙する! 蹂躙する!』
「圧倒的なまでの戦力を発揮し! 押し潰せ!」
『我ら津波なり! 嵐なり! 我ら、全てを蹂躙する天災と知れ!』
「地を揺るがし、天を轟かせ、この世の全てを蹂躙する!」
『我らが尽力を発揮し、その望みに答えん!』
「蹂躙せよォォォオオオオオオオオオオオオオッ!」
その言葉に、その場にいる魔族はそれぞれの言葉で応えた。筆舌に尽くし難い慟哭が轟いた。しかしそれは、統制のとれていないものではなく、統制のとれた慟哭であった。
最も巨大な魔族――第四トーラ以外の魔族は、トーラに比べると小柄であったが、十分に巨大な肉体を持っていた。
トーラを先頭に、鏃型の陣形。最前方にいる魔族は、ほとんどが四本脚の魔族であった。四本脚と言っても、トーラのような、ケンタウロスのような意味での、四本脚である。半人半馬。と言っても、その大きさは、十五メートルほどあったが。
それより後ろの魔族はその限りではなかった。前方部、後方部には、半人半馬の魔族がいたが、中央には、様々な魔族がいた。それは本当に様々で、記述することなどできるはずもないほどであった。
彼らは至る地に、どんどん近づいていく。
だが、人間はこのような自体を想定していなかったのか。まだ、誰も出てこない。
それとも、気付いていないのだろうか。
もしそうなら、人間は、本当に愚かだ。
「……しかし、第七などの者たちも殺しているのだ。愚かなはずは、ない」
――そして、その言葉こそが真実だった。
一瞬、膨大な量の魔力が爆発する感覚。その余波がここにまで届いてくる。
その魔力の爆発がなにかはすぐにわかった。
魔力放出による高速移動。
それを爆発的なまでの魔力放出で行ったために、錯覚したのだ。
何故、わかったのか。
それは簡単なことだった。
「これより、お前らを征服する」
そこに、人間が、いたからだった。
夜空を思わせる黒髪が印象的な、人間。
そして、その人間の目の前に、
巨大な魔法陣が出現し、
その魔法陣が魔力の供給を受け、
煌々と輝きを発し――
「――いかんッ!」
トーラがその脚を止め、下の一対の紋様が刻まれた両腕を前に出す。
直後。
魔法が発動した。
魔法陣から『なにか』が放たれ、
それはトーラが咄嗟に発動した障壁に接触した。
障壁は、その『なにか』に耐え、
だが、
それはほんの一瞬のことだった。
暴虐に満ちたその魔法は――否、純粋な『破壊』だけによって構築されたその魔法は、一瞬でトーラの障壁を破壊し、トーラの身体を飲み込む。
そして当然、それはトーラだけでなく、彼の軍も襲った。
その『破壊』は、その『滅び』は、まるで感情を持っているかのごとく、暴虐なまでの振る舞いを見せた。
……そして、その魔法が効力を失ったとき、魔族の軍勢の数は半数にまで減っていた。
トーラは即座に地を蹴る。軍の統制を保つために速度をある程度緩めていた先ほどまでとは違い、その巨躯から本気で放たれた蹴りは猛烈なエネルギーを発揮し、トーラの巨躯はただの一蹴りで、人間の目前に在った。
「たったの半分しか殺せなかったか。残念だよ」
人間は笑った。その人間を実際に見たことはなかったが、知っていた。
「勇者……ッ!」
「ほう。俺のことを知っているか。俺も有名になったものだ」
勇者はそう言って、剣をその手に持った。
トーラは三対の腕を構えた。
「さて、征服だ」
「我が名は第四トーラ! これより蹂躙を開始する!」
そうして戦闘は始まった。