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利己主義勇者と良き魔王 【序】  作者: 雪祖櫛好
第四節 終わりの始まり
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終わりの始まり 【Ⅰ】

序章の終わりの始まり。

 そうして、勇者は、様々な国の戦争を止め、様々な国の協力を得た。魔王討伐という共通の敵がいるが故に、一時的に保たれている協力関係。……魔王を討伐した後のことを考えるより先に、魔王という共通の、そして最大の敵がいるのに、ここまで戦争を続け、協力関係を築こうとしなかった人類は、本当に馬鹿なのではないだろうか。

 勇者は思う。人間のそういう愚かなところも嫌いじゃないが、度を過ぎると、やはり、苛立ちを覚えずにはいられない。人間が愚者を好きになるのは、愚者に対して優越感を覚えるからだが、愚かも過ぎると、自分がカバーしなくてはいけなくなる。それによっても優越感を覚えるが、自分がカバーしなくてはならないという事実に、人間はこれまでの好意的な態度から、突然にして、それが逆になる。勇者はそれと同じ事を、『人間』に対して抱いていたのだ。

 それでも、中には『まあまあ』なやつもいるから、人間ってやつはわからない。当然ながら、自分やサヤは例外として。

 今、勇者がいる国の王は、そんな『まあまあ』な人間の一人だ。その中でも、最上に位置するであろう存在だ。

 勇者が認める存在。勇者が、こいつになら世界の王を任してやってもいい、と思うほどの存在。

 それが、今、目の前にいる。

「よう、久しいな。王よ」

「ああ、本当にな。魔王を倒す者……今は、勇者だったか?」

「そうだ。魔王を倒すなんてのたまうなんて、勇気がなけりゃあできないだろう?」

「違いない」

 王はかっかっと笑う。それに勇者も笑みを見せる。

「お前も、久しぶりだな、グローリー。いつのまにか、俺はお前の身長を抜かしたぞ。チビが」

「……外見が変わっているから中身も、となけなしの望みを胸に抱いていたが、それも水泡に帰したようだ。貴様は何も変わっていないな」

「そんなことはないさ。外見が変わっているから中身も、という思考は良い思考だが、何も変わっていないというのは間違いでしかない。そもそも、肉体と精神というものはだな――」

 と勇者が持論を話し始めようとして、サヤはその危険に気付いた。

「あの、勇者様」

「ん?」

「今は、その……それよりも、重要なことがあるんじゃあ……」

「ああ、そうだな。こんな話をしている場合じゃないな。肉体と精神の関係を話していたら、日が暮れてしまう」

 勇者は軽口を叩くように言った。それをこの場にいる人間たちは冗談だと受け止めたようだが、サヤにはわかっていた。それが冗談ではないことを。

 どうやら、勇者は一定以上に気に入った人間とは長話をする傾向にあるらしい。特に、持論を話すときは、途方もなく長い話になる。サヤは実際にその経験があったので、このような対処をすることができた。ここにいる人達には感謝してもらいたいくらいです、とサヤは思った。

「俺の目的は、わかっているか?」

 勇者が尋ねると、ふむ、と王は手を顎に当て、

「推測するに……余の助けが必要か?」

「その通りだ。さすがは俺の認める者」

「だが、余がそなたの助けになど、なれるはずもなく思うがな」

「だが、俺は現にそれを求めている。その理由も、お前ならわかるはずだ」

 その言葉に、「そう言われてもな……」と王はぽりぽりと頭を掻いたが、なにかに気づいたように、驚いたように、その目を瞠った。

「……もしや、そなたは、人間と魔族の戦争を始める気か……?」

 それがさも深刻な事柄であるかのように王は言った。が、サヤにはそれを深刻な事柄であるとは思えなかったし、そもそも、王の言葉の意味がよくわからなかった。

「魔族と人間の戦争は、ずっと続いているんじゃあ……」

 それがサヤの疑問であり、その言葉を聞いた勇者は、「そうとも言えるが」と前置きをして、

「これまで、人間と魔族は、本格的には戦争をしていなかったんだよ。魔族側はまだしも、人間なんて、特にな。おそらく、人間は魔族のことを天災のようなものとしか思っていなかったんじゃないのか? 会ったら運が悪いとか、そんなレベルだったはずだ。

 だが、俺が今しようとしているのは、人間と魔族の本格的な戦争。人間の意識を改革し、魔族が一つの脅威だということを思い知らせ、敵国よりも強大で倒すべき脅威だということを思い知らせ、プライオリティが上なのはどちらなのか、優先順位が高いのはどちらなのかを思い知らせ、人間に、魔族との戦争をさせる。

 無論、どっかの一国だけが単独で、もしくは、周囲の国と協力して、魔族と本格的に戦争をする、なんて言って、実際にしたとしても、滅ぼされるのがオチだ。

 故に、俺が直々に指揮をとる。兵士への魔法の教育から、戦術の指導、他にも、いきなり人間同士の戦争をやめるなんて言って反論するような愚民どもへの説得の補助、及びに、メリットの説明……つまりは政治も、それら全てを、俺がすることによって、今までに多くの国の協力をとりつけた。国をつくっていないような文明も当然ながら存在するわけだが、あいつらに関しては、魔族と戦うメリットなんてもんがまず存在しないわけだから、協力をとりつけるに至らなかった。

 ……で、今、俺はこの国に協力を申し出ようとしているわけだ。

 理解できたか?」

「…………はい」

 サヤは答えた。一応は理解できたが、やはり話が長い。こういうところは、ちょっと苦手だ、とサヤは思う。

「そなたが教育をする……それならば、一定の戦力は望めるかもしれないな。だが、それでも、そのような者どもに魔力を与えてやるくらいなら、そなた自身が使ったほうがいいのではないか?」

「単純に戦力として考えるなら、その方がいいのかもしれないがな。魔法なんてなかった時代と比べると、人数なんてもんは、ほとんど意味のないものとなった。その魔力量と技術、それに運やセンス。それが優れたやつが一人でもいればそれで十分なのだから。特に、人間と魔族の戦闘に関しては、それが顕著だろう。

 人間は魔族を倒せば、それだけ魔力が増える。故に、その強者は弱くなるなんてことがない。逆に強くなる。従来の戦闘は強者がいても、疲労し、弱くなり、その隙を狙われて、死ぬ。それが人間の限界であり、それは仕方のないことだ。だが、今は、違う。強者はいつまでも強者だ。……まあ、疲労はするが。

 しかし、俺が今言っているのは、それとは別の話だ。戦略面で見ると、やはり、人数は多いほうがいいんだよ。死人は出来る限り出したくはないが、出るだろう。それは俺にとっても苛立つことだが、そうしなければ、もっと大勢の人間が死ぬ。メリットとデメリットを考えれば、むかつくが、これが最善だ。

 詳しい説明に関しては、また後で説明する。今はそれよりもまず、することがある」

 勇者はそう言って、グローリーとリストを見た。

「お前ら。感謝しろ。疑似精神体ではない、俺直々の教育だ。口で言うより、こうした方が早いだろう。じゃあ、授けてやる」

 グローリーとリストの反応もなしに、勇者は彼らに手を向けた。グローリーが「なにをっ」と何かを言おうとしたが、それは中断した。

 魔法。

 グローリーとリストの脳に情報が入り込む。

 情報。

 それは、簡単で、難しいこと。

 新たな魔法。

 人間の魔法。

 人間にしかできない魔法。

『捕食』の魔法。

『強奪』の魔法。

 つまり、魔族の肉体に触れることで、肉体を構成している魔力を奪い取る魔法。

 その他にも、様々な情報を彼らは得たが、それが最も衝撃的だったことは言うまでもないだろう。

 それは、最強の武器。

 人間が魔族に対抗できる証明。

『必殺』の魔法。

 触れることさえ出来れば、おそらくは、ほとんどの魔族を殺すことができる魔法。

「……恐ろしくすらあるな、貴様の才能は」

 グローリーは言った。その声は震えていた。

 何に震えていたのか?

 そんなことは決まっている。 

 歓喜。

 興奮。

 昂揚。

 そういった感情に、震えていたのだ。

 魔族と人間との戦力差は、絶対的なものであり、圧倒的なものであった。比べることすらできないほどであった。

 だが、この魔法なら。

「この魔法なら、魔族にも……ッ!」

 グローリーは思わずそんな声を発した。

 しかし。

「それはないな。もしも全ての人間がそれを使えたら――いや、正確には、使いこなすことができたのならば、お前の言うことも、一理あるが」

 勇者は言った。その通りだった。その魔法の唯一にして最大の欠点は『触れる』ということ。触れなければ、魔法が発動しないということだった。

 当然、もし触れもせずにそんな魔法を扱えたならば、人間は魔族に苦労せずして勝つことができる。だが、『触れる』ということは、大きなデメリットであったのだ。しかも、『手』で触れなければならないという制限付きだ。この条件は、人間にとっては、とても辛いものだ。

 使いこなすことが出来れば、当然、想像を絶するほどの効力を持つ。しかし、使いこなすことが出来なければ、この魔法は、ただ油断と慢心を引き起こすだけの、毒だ。

 触れればいい。そう思っていては、触れることすら出来ずに死んでしまう。魔族と人間の戦力差は、それほどまでのものなのだから。

 故に、勇者はグローリーやリストなどの、一定水準以上の実力を持っている者以外には、この魔法を教えはしなかった。魔法を教えることによって救われる命もあるだろうが、失われる命の方が圧倒的に多いと予測したからだ。

 これは勇者からすれば、良心でも何でもないただの自分勝手である。彼は利己主義であり、自分が嫌だから、出来る限り人を死なせたくないのである。それを人は善人と呼ぶのかもしれないが……。勇者からすれば、やはり、それは利己心からくる感情以外の何物でもないのである。

「さて、それじゃあ、続きだが――」

 勇者は、突然、その言葉を途切れさせた。

「……予測していたが、この国で、とはな」

 舌打ちをして、勇者は言う。それを不審に思ったグローリーは、「どうした」と訊ねようとして、気付いた。

 この国に近づく、圧倒的なまでの、魔力に。


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