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利己主義勇者と良き魔王 【序】  作者: 雪祖櫛好
第四節 終わりの始まり
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女の戦い 【Ⅱ】

戦い……?

「で、サヤちゃんは、勇者とずっと一緒にいたんだ」

 レナリーさんが言う。レナリーさんというのは、私がシェーラ様に連れられた時、最初に話しかけた女性です。そばかすが特徴の、可愛らしい女性です。私とはそれほど歳は離れていないのではないでしょうか。

 美しいとか、そんな言葉はまだ似合わないという印象。でも、もうちょっと成熟すれば、それはもう魅力的な女性になることが予想されます。今の時点でも十分に魅力的ですが、今はまだ、すこし子どもっぽい感じがして、だから、成熟して、その子供っぽさがなくなれば、そこには魅力しか残らない、ってわけです。……子供っぽいのは他人のことを言えないだろう、という勇者様の声が聞こえたような気がしましたが、気のせいでしょう。

「はい。私はずっと、勇者様と一緒にいました」

 私はちょっとだけ誇らしげに言います。本音を言えば、全力で胸を張って、『いいでしょう? 羨ましいでしょう?』みたいなことを言いたいほどに誇らしくありますが、それをするのはさすがに気が引けます。だからしません。

「へぇ。いいなぁ」

 レナリーさんは素直に言います。それに私はどきっとしてしまいました。可愛い。そう思ってしまったのです。

 ここにいる女性のほとんどは勇者様に救われた時に悪態をついた人たちなのですが、どうやら、レナリーさんは違うようでした。レナリーさんは最初から素直に勇者様に対して感謝したらしいです。……なんだか負けた気持ちですが、い、一緒にいる時間は、私のほうが長かったんだから。だから、まだまだ負けてないもんっ。

 ……失礼。ほんの少し本音が出ました。反省します。

 そして、レナリーさんはそんなふうに素直なので、勇者様に対しての好意も、あまり隠している様子が見られないのです。くっ。羨ましい。自分の気持ちに素直になれるなんて、それはなんというアドバンテージかッ! 恋する乙女にとっての最大の難関をこうも簡単に突破するとは。スタートラインから違うっていうのは、まさにこのことですね。

 まあ、それはつまるところ、ここにいる女性のほとんどが、勇者様に対しの行為を露わにはしていないということなのですが。……最初にあれだけの(どれくらいなのかはわかりませんが、私を基準として考えて)悪態をついたんですもの。それは、素直になるのは難しいに決まってます。私は長い時間を勇者様とともに過ごしたので、勇者様に対してはけっこう素直になれるようになりましたけれど。……この想いを除いて。

「本当に羨ましい。あの勇者と一緒に旅をするなんて、魔法を学ぶ者なら、誰もが羨みを抱かずにはいられないよ」

 そう言ったのはシェーラ様。確か、勇者様より一、二歳上だったはずですから、少なくとも二十歳は越えているはずです。

 雪のような髪と肌。エメラルドのような目。長身で、すらりとした身体付き。

 素晴らしい美貌を持つ女性です。とっても魅力的で、それは妖艶とさえ言えます。私自身、尊敬する御方です。昔の領主としてだけでなく、女性としても尊敬すべき御方であることは確かです。

 しかし、シェーラ様も、やっぱり素直じゃありません。『魔法を学ぶ者なら――』なんて言っていましたが、たぶんそんなのは建前です。シェーラ様もきっと勇者様に惚れていると思います。まあ、そんな恐れ多いことを私の口から言うことはできるはずもありませんが。

 そしてその素直じゃないところもなんだかとっても可愛らしくて……、シェ、シェーラ様といえど、勇者様は渡しませんからねッ!

「あなたはそうなんですか。でも、私は違います。私、勇者のことが好――」

 その瞬間。

 私とシェーラ様は同時に動き、目にも留まらぬ速さでレナリーさんの口を塞ぎました。もごもごとレナリーさんが何事かを言いますが、何を言っているのかわかりませんし、何を言おうとしたのかも、全く見当もつきません。

 私とシェーラ様はアイコンタクトをして、互いを褒め合いました。いや、私たちは偶然体勢を崩し、偶然レナリーさんの口を塞いでしまっただけなのですけれど。決して、その言葉が私たちをその行動に誘導したわけではない。……レナリーさん、素直なのはいいのですが、状況を考えて下さい。こんな状況でそんなことを言われたら、先を越されまいと、みんなが行動に移しちゃうかもしれないじゃないですか……!

「ま、まあ、それはおいといて、だ。今回、勇者は何の用があって、ここに来たんだ?」

 シェーラ様が言います。私は正直に、人間の力を借りるためらしい、ということを話しました。

「人間の力……?」シェーラ様は信じられないと言うように顔を驚きに歪めました。「勇者に人間の力など、邪魔にしかならないような気もするが」

 その言葉には非常に同意したく思いましたが、それは言わないことにしました。私は理解しているというように振舞ったのです。理解ある女を演じたのです。卑怯なような気もしますが、戦いに卑怯などないのです。……勇者様と長い間、一緒に旅をしていたので、勇者様の考えに影響されちゃったかもしれません。

「しかし、それでは、私が呼ばれた理由はなんだ?」

 その質問には答えられませんでした。私はシェーラ様がここにいることすら知らなかったのですから、当然です。

 私がそのことを誤ると、シェーラ様は、「べつに謝ることではない。……勇者に直接訊くしかないか」と言って、考え込みました。

「じゃあ、その間、勇者のことを訊いてもいい?」

 レナリーさんが言いました。その言葉に、ピクッ、という音が聞こえてきたような気がしました。その場にいる全ての女性がその行動を止め、私の言葉に耳を澄ませたのです。結果として、レナリーさんの言葉の直後に静寂が場を支配したことになり、レナリーさんは「え? 私、なにか変なこと言った?」と言っていました。変なことは言っていませんが……。いや、それどころか、誰もが訊きたくても訊けなかったようなことでしょうから、感謝すらしているでしょう。でも……そんな簡単に訊くって言うことは、やっぱり素直な人なんだなと思います。負けませんけど!

「そうですね……じゃあ、私と勇者様の出会いから話しましょう」

 そう前置きして、私は勇者様とのことを思い返し、話し始めました。




 話し終えると、私はより一層、勇者様のことを好きになっていました。私、なんて勇者様に世話になりっぱなしなんだろう……。勇者様にはもっと感謝しなくちゃな、って思います。

「そうなんだ……羨ましいなあ」

 レナリーさんが言いました。他の人もうんうんと頷いていました。いや、あなたたち、頷いていいんですか? それとも、羨ましすぎて、意地を張ることを忘れたんですか?

「じゃあじゃあ、次は、私が話すね。私が勇者と出会ったのは――」

 とレナリーさんが話し始めました。私もそれは聞きたかったので、聞くことにしました。

 それから――

 それからは、私たちは勇者様との出会いをそれぞれ話しました。どうしてそうなったのかはわかりません。しかし、そういうものなのです。話の流れに従順なのが、女の子ってやつなんですから。

 その話が終わったとき、私たちはすっかり仲良くなっていました。もう敵なんかじゃない。仲間だ、友達だ。そういった関係になっていました。

 ……私を含めて、心の底では、『勇者は渡さない』なんてことを思っていたに決まっていますが。


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