ひとつの可能性 【Ⅵ】
人間と魔族は共存できたかもしれないという、可能性の証明。
「あの人たち、結局、なんだったんだろう」
ソフィが呟いた。それにはスウも同感だった。
第一に、来るはずだった『ノッシュ夫妻』は?
もしや、彼らがそうだったというのだろうか。いや、彼らのはずなのだが……わからない。
そう言うと、ソフィは「そういう意味じゃなくて」とぷんぷん怒った。しかしそれはスウにもわかっていた。
彼らの目的。彼らが何をするために来たのか。
それを訊ねたのだろうことはわかっていた。
だが、それに答えることはできなかった。その答えがわからなかったからではなく、その答えがわかっているからこそ、答えることができなかったのだ。
簡潔に言えば、自分を殺すため。
ただ、それだけのことだろう。
そんなことを、ソフィに言えるはずがない。
あの青年は、スウを殺すために来た。しかし、殺さなかった。……いや、正確には、そもそも殺すために来たのではなく、殺すかどうかを見極めるために来た、という方が適切か。
そして彼らはスウを殺さなかった。殺さないという選択をした。
……だが、スウが悩んでいるのはそんなことではなかった。それはソフィには言えないことだが、答えが出ている。そんなことに悩む必要などない。
スウが悩んでいるのは、青年が言ったこと。
『魔王を倒す』。
それはスウにとっては信じられないことだった。あの魔王を倒すなど、できるはずがないのだ。魔王以外のすべての魔族を倒すことならば可能かもしれない。だが、もしもあの青年が、その通り、魔王以外の全ての魔族を倒し、その魔力を得たとしても……それでも、魔王には敵わないだろう。魔王は、それほどまでに、強い存在なのだ。
もしも魔王が、人間の国にしばしば存在する暴君であったならば、スウは絶対にここにはいないだろう。そもそも裏切ることなどせず、ただそれに従うだろう。魔王は優しく、王としての素質にも優れている。だが、魔王に限って言えば、おそらく、彼女は暴君であったほうが良かった。『魔王』としての素質は、彼女には、ない。
彼女は優しすぎた。魔族のことを考え過ぎた。だが、彼女には、そんなものは必要なかった。それにより、魔族は彼女に異常なほどの忠誠心を抱いているが、(現に魔王を裏切っていることになる自分ですら、未だに魔王に対しての忠誠心を完全に拭えないでいるほどに)、本来、そんなものは、必要ないのだ。
彼女は暴君であるべきだった。なぜなら、暴君である彼女に反抗する者など存在するはずがないからだ。その他の全ての魔族が彼女に反抗したとしても、彼女はそれに勝るからだ。
しかし、彼女は暴君ではなかった。だから、スウは今ここにいて、魔王から見逃されている。魔王の、深い慈悲のおかげで。
そう思うほどにまで強い魔王。
それを、倒す……。
そんなことは、非現実的なことだった。
ありえないことだった。
だが。
「……だが、もしそうなったら」
もしそうなったら、自分は、どうすれば良いのだろう。
喜べばいいのか、悲しめばいいのか。
どちらなのだろうか。
「……スウ?」
ソフィがスウの方を向いて、首を傾げる。「どうしたの?」
それを見え、スウははっとする。そして、微笑む。
そうだ、そんなのは、決まっている。
えっ、どうして、そんな顔するの。とソフィが戸惑うように言っているが、スウは微笑みを消すことができない。
選択するまでもない。
今の自分の主が、誰なのか。
それを考えれば。
……。
その後、ソフィはスウに微笑みの理由を訊ねたが、スウは答えず、それにソフィが頬を膨らませ、そんなことをしているとソフィの父親が帰ってきて、ソフィをからかい、ソフィが顔を真っ赤にしたりするのだが、それはまた別の話。